第3楽章:名前と旋律
翌日の昼休み。
昨日のギターの音が、まだ心の奥に残っている。
僕は少し早めに教室を抜け出し、また音楽室の方へ足を向けた。
廊下を歩く間、胸の奥がそわそわして、手のひらが少し汗ばんでいるのを感じる。
音楽室の扉を前に立つと、静かにギターの音が流れてきた。
――やっぱり昨日と同じ人だ。
ゆっくり扉を開ける。光に差し込まれた室内で、背中越しにギターを抱えた男子がいる。
彼は演奏中で、こちらにはまだ気づいていない。
息をひそめて立ち、旋律を聴く。
指が弦をなぞるたびに、パッヘルベルのカノンが静かに部屋を満たす。
僕は思わず息を吐いた。
(……昨日より、さらに丁寧だ……)
演奏が終わり、彼は肩を少し落としてギターを置く。
目線を少しこちらに向けたその瞬間、僕の心が小さく跳ねる。
「……あの、昨日も今日も、すごく綺麗だった」
つい口に出してしまった言葉に、少しだけ赤くなる自分。
彼は一瞬目を見開き、そして小さく笑った。
「……ありがとう」
その声が、昨日より少しだけ近く感じる。
沈黙のあと、僕は勇気を振り絞り、尋ねた。
「君の名前は、なんていうの?」
彼は少し間を置き、そして静かに口を開いた。
「深瀬……隼」
その瞬間、胸の奥が軽くはずむ感覚。
そして僕はふと、どこかで見たことがある顔だと気づく。
――隣のクラスにいたあの男子だ。
授業ではただ背を向けていたけれど、まさか音楽室でこんな風に会うとは思わなかった。
名前がわかると、不思議と距離が少し近くなった気がする。
「深瀬……隼か」
僕は心の中でそっと名前を繰り返す。
言葉に出すのはまだ少し照れくさいけれど、確かに覚えておきたい名前だ。
彼は少しだけ目を細め、軽く肩をすくめた。
「……なんか、こっちも少し緊張するな」
そう言って笑う深瀬の姿を、僕はじっと見つめた。
音楽室の静かな光の中、昨日と今日の旋律がまだ余韻のように響いている。
僕はそっと頭を下げ、音楽室を後にした。
心の奥に、少しだけ勇気と温かさが残ったまま――
また明日の昼休み、
音を聴きに来ようと、自然と思った。




