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本当はそんなこと言ってないのに固有スキル【名言翻訳】のせいで英雄扱いされてしまうんだが。 〜もうひとつの固有スキル【有言実行】でなんとか乗り切ります〜

読切短編異世界ファンタジーです!

よろしくお願いします!!

 知らない森の真ん中で、ディファテナはごく短い生涯を終えようとしていた。

 元からボロ切れみたいだった服は、一緒に馬車に詰め込まれていた子どもたちの血と、ねっとりした獣臭い粘液でいっそう汚れきってしまっている。


 おそろしくて体が震え、首に嵌められた黒々とした首輪がカチカチと音を鳴らした。

 奴隷の身分であることを示す重苦しい鉄の枷。

 しかしそれももう、意味をなくした。

 何故なら自分にそれを嵌めた小太りの奴隷商人もまた、いまや物言わぬ肉の塊と成り果ててしまっているからだ。


「ぎゃあああ……っ!!」


 情けない悲鳴を上げながら、隆々とした体格の男──奴隷商人が雇っていた最後の傭兵が、まるでチーズのようにあっさりと真っ二つに裂けた。

 噴水のごとく飛沫が舞い、また新たに地面に広がる赤いシミ。そして森に満ちる静寂。

 もはや生き残りはディファテナしかいない。


 傭兵の死体からせめて視線を逸らそうと、ディファテナは壊れた人形のようにぎこちなく眼球を左右に巡らせる。

 ……しかし周囲を埋め尽くすのは、転がる無数の死体と馬の亡骸、そして残骸と化した馬車の名残り。

 絶望と呼ぶに相応しいおぞましき光景が、逃げることを許さぬとばかりに彼女を取り囲んでいる。


 ついに少女は悟った。ああ、自分もいまからこれになるのだと。

 それを肯定するかのように、ディファテナに影が落ちる。

 恐る恐る視線を頭上に向けると──形を成した死がそこにあった。


「ウグルルル……」


 猿に似た顔。邪悪な双眸。大きく開かれた口の中には、雑然と牙が羅列している。曇天のような色の体毛に覆われた巨躯は小山のようで、四肢の先に生える長く鋭い爪が血に濡れて昏く輝いていた。

 人を襲い、殺し、喰らうおそろしい化物──魔物が、ディファテナを見下ろしている。


「あ……」


 途端にディファテナの瞳から涙が溢れだす。

 こわい。助けて。こわい。助けて。助けて。助けて。

 ひたすらに心の中で祈りを繰り返すディファテナ。

 そんな彼女を見下ろしていた魔物の口が……にたりと歪んだ。

 ぼたり、と異形の涎が幼い少女の頬に落ちる。


「ひっ……」


 恐怖に染まり上がるディファテナの顔。

 それを惨たらしく引き裂かんと欲して、魔物の腕が振り上げられる。

 逃げようにもおそれのあまりディファテナは足がすくんで動かない。


 たがそれでも生に縋りたい一心で……いつしかディファテナは、無意識に胸元のネックレスを手に握った。

 金に卑しい奴隷商人ですら無価値だと言って取り上げようともしなかった、傷んだ革紐にごく小さな黒石を繋いだだけの、今は亡き母の形見。


 『──ディファテナ。これは希望の石なのよ。こことは違う世界からあなたのための英雄を呼び出すことができるの。だからもし絶望から救い出してほしいと願うときがあったなら、そのときはこの石に祈りなさい』


 思い出される母の言葉。


「ウガアアアアアアアアアッ!!」


 ついに振り下ろされる死の一撃。

 ぎゅっと目を瞑り、ディファテナは石に祈った。


「助けてっ!!」


 その瞬間、彼女の手に握り込まれていた黒石が煌々とした輝きを解き放った──。




 

 俺──本山(もとやま)夕市(ゆういち)はその日、いつものように大学の講義をサボって家でゴロゴロしていたはずだ。

 スマホでYouTubeのショート動画を適当に漁っては、無意味に時間を過ごしていたはずだ。

 不意にとある野球選手の動画が流れたはずだったと思う。

 それはメジャーリーグのワールドシリーズとかいう大舞台で伝説的活躍をした選手の動画で、試合前の彼の何気ない発言が通訳によってめちゃくちゃカッコいい名言に意訳されて伝わってしまった、といった感じのものだったはずだ。


「『なんとしても負けるわけにはいかない』が『負けるという選択肢はない』って、ウケるな」


 と、俺はベッドの上で吹き出したはずだ。

 しかも結果的に大活躍して有言実行してしまってるところが余計に面白くて、「カッコよすぎるだろ」と笑いが止まらなかったはずだ。


 え、なんで『はず』ばかり言ってるのかって?

 それは何故かといえば、記憶が真実であることに自信が持てなくなったからだ。

 だってついさっきまで家のベッドでゴロゴロしてたはずなのにだぞ?

 そこでYouTubeのショート動画を眺めていたはずなのにだぞ?


 なんか急に眩しい光に包まれたとおもったら、どうして俺はいま、空を落っこちているんだ──?


「うおおおあああああああああああああああ!?」


 よくわからんがものすげー勢いで地面に向かって落ちている! 当然パラシュートみたいな装備はない! 当たり前だ、だっていままでベッドの上にいたんだもん!


 もはや痛いくらいの風圧を全身に受けながら、それでもどうにか真下に目を凝らしてみると、どうやら広がっているのは森らしい。

 ひょっとしてワンチャン木がクッションになって助かる説ある……?


「んなわけあるかああああああああ絶対死ぬううううううう!!」


 流石に希望的観測すぎて自分を騙せなかった! 賢い自分が憎い!

 てかあっという間にいよいよ地面が近い。つまるところ人生の終わりが近い。


「どうにか、どうにかしないとおおおおお!」


 藁にも縋りたい思いが込み上げるが、悲しいかな、掴めるものといえば空気だけである。


「どうにもできねえええええやべええええええ!! 誰か、神様、神様お願い助けてええええええ一生に一度のお願いだからああああああ!!!」


 最後の手段とばかりに神へ懇願する。

 すると脳内に無機質な音声が響いた。


『承認。召喚特典の単発限定(オンリーワンス)スキル【確定死亡回避】を発動します』


 え?なんだって?

 召喚特典? オンリーワンススキル? 

 なにがなんだかわからない。

 でもとりあえず確実に聞こえたのは、確定死亡回避っていうワードだ!


「うわああああああああああああああ!!」


 謎の脳内音声に希望を託し、俺はついに森を突き破って地面に激突した。

 衝撃と同時に巻き上がる土煙。

 意識は……ある。

 けれど視界が茶色く覆われてなにも見えない。

 これじゃこの世かあの世かわかったもんじゃないぞ、なんて思っていると、そのうち風が塵芥を吹き流して徐々に視界が晴れてきた。


 ようやく世界が鮮明になる。

 とりあえず自分の体をぺたぺた触ってみる。痛くもなんともない。あちこち目で見て確認しても、まるで傷ひとつもない。


「助かった……?」


 どうやらマジで死なずに済んだらしい。【確定死亡回避】とかいう未知の力が俺を救ってくれたのか。

 とりあえず無事にまた自分の足で大地に立つことができた喜びを噛みしめていると……不意にか細い声が聞こえた。


「ウオユ……エラ……イム、オルフ……?」


 視線を下げる。

 するとそこにへたり込んでいたのは──長い白髪に金銀のオッドアイをした小さな女の子だった。


「外国人の女の子?」


 目鼻立ちの整った可憐な容姿をしているが、着ている服はボロボロで汚れているし、何故か首には頑丈そうな鉄の首輪を嵌めている。

 まるで……物語に出てくる奴隷みたいだ。


「ウオユ……エラ……イム、オルフ……? オルフ……?」


 潤んだ瞳で訴えかけてくる少女。まるで、おそれの中に一抹の希望を孕んだかのような眼差しに見える。

 けどなにを言っているのかわからない。英語でもないし、それ以外に聞き齧ったことのある言語でもない。一体何語なんだ?


「ご、ごめんよ、俺は君の言葉がわからないんだ。そのオルフってのは俺のことを言ってるのか?」


 その瞬間、また脳内に例の無機質な音声が響いた。


『条件達成。スキル【翻訳】を獲得しました』


「あなたが、私の英雄なのですか……?」

「うおっ!? 急に言葉がわかるようになった!?」


 びっくりした。スキル【翻訳】を獲得とかなんとか聞こえた途端に女の子の言ってることが理解できるようになったのだ。ていうか、理解というよりは普通に日本語に聞こえる。

 すると女の子の目もまんまるになった。


「あ、よかった、私たちの言葉も知っていらっしゃったのですね……」


 なんと。相手も俺の言葉を理解できるようになったっぽい。あと反応的に向こうには俺の言葉が向こうの言語で話してるように聞こえてるっぽいな。


 ……ていうかだ。

 そろそろ俺も勘づいてはきたんだけどさ。

 急に知らない場所に飛ばされたりだとか、異国風の女の子がよくわかんない言語をしゃべってたりだとか、おまけにスキルがなんのとかさ。

 これって……アレだよな?


「もしかしてここって、異世界ってやつ?」


 我知らず疑問を口にすると、目の前の女の子はこくりと頷いた。


「あの、たぶんそうだと思います……。私がこの石に祈ったから、あなたは違う世界からここに呼び出されたんだと思います」

「やっぱりですか……リアルに存在したんだね、異世界召喚」


 ガチのマジで俺、異世界に呼び出されてしまったらしい。

 まあなんだ、召喚されちゃったもんは仕方ない。そこらへん俺は物わかりがいい人間である。


「でも君が俺を呼び出したって、なんで?」


 ただどうして召喚されたのかくらいは知っておきたいものである。

 すると少女は顔面を蒼白とさせた。まるで束の間忘れていた恐怖を思い出したかのように。

 そして俺は気づいた。彼女の視線が、俺の肩を超えたその先へ向けられていることに。


 その視線に倣うようにして俺は後ろを振り向く。

 そこにあったのは──灰色の毛並をした馬鹿でかいゴリラみたいな化物の姿だった。


「ウグルルルル……!」


 化物ゴリラはどこか警戒した様子でこちらを睨みつけている。


「え、なんなのあれ……?」

「魔物、です……」女の子が震える声で言った。「森の暴君フォレストキングマンクっていうおそろしい魔物です……」

「へ、へぇ……」


 おいおいマジでこわいって。体のデカさも唸り声のドスの効き方もヒグマの比じゃないだろあれ。

 ていうかいまさら状況を理解したが、周りにとんでもない数の死体が転がってやがる。絶対これアイツがやったやん。


 なるほど、森を抜ける途中であのやべえ魔物に襲われた一行の現状唯一の生き残りが白髪少女なわけか。んでその彼女が俺を召喚したと。


「で、君はこんな絶望的な状況のなかどうして俺を呼び出したのかな……?」


 正直わかりきってはいたけれど、それでも訊かずにはいられなかった。

 そして案の定、少女は答えた。


「英雄様に、助けてほしくって……」


 ムーリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ!!!!

 どう考えても講義サボり常習犯でサークルにすらも入ってない自堕落大学生の手に負える相手じゃないだろ!! さくっと喰われて魔物のうんち化まっしぐらだって!!


「お願いします英雄様……どうかお救いください……」


 そんなこと言われましても……。

 困り果てているあいだに、徐々にフォレストキングマンクから警戒心が消えていく。どうやら俺がただの人間だとわかってきたらしい。


「グルルルルル……!」


 ついに俺までもが獲物認定され、フォレストキングマンクがじりじりと距離を詰め始める。

 距離が縮まるほどに強まる威圧感と、いっそう大きさを増して見える巨体。


 こんなんどうあがいたって勝てるわけがない。

 でも流石に異世界に来て早々死にたくもない。

 だったらやるべきことはただひとつ。


「よしわかった。できるだけのことはやってみよう」

「英雄様……」


 少女の表情に希望が灯る。

 けど申し訳ないが君の思ってるような行動をとるわけじゃない。

 フォレストキングマンクから目線を逸らさないまま、ゆっくりと少女のもとへ近づいていく。

 そして俺は……少女の華奢な躯体をひょいと抱え上げた。


「ふへ?」

「少女よ、一緒に逃げるぞおおおおおおおお!!!」


 身を翻して全力で駆けだす。この状況で生き延びるには逃げるしか方法はない!!


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 いまや堕落した大学生ではあるものの、高校までは陸上部に所属していた俺だ。足の速さにはちょいとばかり自信がある。

 さあ唸れ我が俊足!! あのでっぷりゴリラ野郎をぶっちぎれ!!


 現役時代の己を魂に憑依させ、俺はとにかく森を貫く街道を駆けて駆けて駆けまくった。

 一体どれくらい走り続けただろうか、いい加減心肺と足に限界が来て立ち止まる。


「はーっ、はーっ、はーっ……」


 後ろを振り返るが、巨大ゴリラの姿は見えず、また追ってきている気配もない。諦めてくれたか。やはりあの巨体では大したスピードは出せないみたいだ。


「ど、どうにか撒いたみたいだな……」


 陸上競技の素晴らしさに感謝しつつ、抱えていた少女を下ろして立たせてやる。


「あ、ありがとうございます英雄様」

「英雄様はやめてくれよ。俺の名前は本山夕市だ。夕市でいい」

「ありがとうございます、ユウイチ様。わ、私はディファテナと申します」

「ディファテナか、綺麗な名前だな」

「そ、そんな……ありがとうございます……っ」


 顔を赤くして照れるディファテナ。うん、可愛い。

 とまあとりあえず窮地を脱したわけだが、果たしてこれからどうするか。


「なあ、ディファテナには行くあてとかあったりするのか」

「い、いえ……故郷からも遠くて知らない場所ですし、そもそも身寄りなく奴隷に堕ちた身なので……」

「そっか……」


 服装とか首輪的にそうだとは思っていたがやっぱり奴隷だったか。悪いことを聞いちゃったかな。

 当然俺も来たばかりの異世界で行くあてなんてないが、それでもずっと森のなかにいるわけにもいかない。


「ひとまずこのまま歩いて森を抜けるか……」


 と、そんなことを呟いたそのときだった。

 ──ガサッ。

 街道の脇に茂る木々の向こうで音がした。

 反射的に体が動いた。


「危ない!!」


 ディファテナを押し飛ばす。

 茂みから飛び出してきたのは──フォレストキングマンクだった。


「ウグルオオアアアアア!!」


 すんでのところでディファテナを免れさせることはできたが、代わりに車に撥ねられたような衝撃が俺を襲った。

 激しく吹き飛ばされて木の幹に背中を打ちつける。そのまま地面に倒れ込んだ俺は、激痛のあまり呼吸もままならず、ただその場に転がることしかできなかった。


「ユウイチ様っ!」


 ディファテナが悲鳴じみた声で叫ぶが、意識が朦朧として反応してやれない。

 かろうじて顔を上げると、ぼやけた視界にフォレストキングマンクの姿が映った。


「ウグルルルル……!!」


 鼻にしわを寄せて牙を剥き、唇からはぼたぼたとと涎を垂らしながら、ゆっくりとこちらに死が近づいてくる。

 立ち上がって、逃げねば。しかしあちこち骨が折れているようだ。逃げようにも体がまったく言うことを聞かない。


 くそっ。急に異世界に召喚されたと思ったら、あっという間に魔物にやられてゲームオーバーかよ。胸踊る異世界ファンタジーストーリーもなにもあったもんじゃない。


「ユウイチ様! ユウイチ様! ユウイチ様っ!」


 しかもヒロインっぽい美少女にだって出逢えたってのによ。つうか俺が殺されたあとはきっとディファテナも殺されてしまうよな。ああもうマジで後味が悪すぎる。


 ったくよ……こんなんなら召喚なんてされずにベッドの上でYouTube見てた方がマシだったぜ。

 そんなことを心のなかでぼやくうち、走馬灯のように例の野球選手のことが思い出される。

 言ってないことが名言として通訳された面白エピソード。『なんとしても負けるわけにはいかない』が『負けるという選択肢はない』という台詞として広まった話。しかもその後、彼は実際に有言実行と言うに相応しい結果を示してみせたという。


 ……ふっ、と口から笑いがこぼれた。


「ウグルルルル……!!」


 見ればもう、目の前にフォレストキングマンクが立っている。

 凶悪で醜悪な魔物の眼球がギロリと俺を捉え、明確かつ絶対的な殺意を突き刺してくる。

 フォレストキングマンクが両手を組み、天を覆うように拳を振りかぶった。


 俺はいまから、殺される。

 そんな抗いようのない事実を前にして。

 ……しかしそれでも最後に少しくらい足掻いてみせたくて。


「なんとしても負けるわけにはいかない、か……」


 俺は朦朧とした意識のなか、その台詞を真似てみようと思ったのだ。


『条件達成。スキル【翻訳】がレベルアップしました。固有スキル【名言翻訳】を獲得しました』


 またなにか脳内音声が聞こえたが、もう気にもしていなかった。

 そして俺は言った。


「──俺だって、なんとしても死ぬわけ(死ぬという選択)にはいかない(肢はない)


『条件達成。固有スキル【有言実行】を獲得しました。発動条件を達成。承認。スキルを発動します』


 振り下ろされるフォレストキングマンクの拳。

 その瞬間、まるでなにかに操られたかのように勝手に体が動きだした。

 一瞬後、俺は目を見張った。


「なんだ、これは……!?」


 何故なら振り下ろされたフォレストキングマンクの重々しい一撃を、俺の片手が易々と受け止めていたのである。


「ユウイチ、様……」ディファテナも半ば呆然とこちらを見つめている。


 脳内音声が響いた。


『発言の実行に必要なスキルを選定。スキル【超身体強化】を獲得しました。スキル【格闘王者】を獲得しました。発動します』


「グルウウアオアアア!!」


 攻撃を止められて怒ったフォレストキングマンクが力任せに乱打を放つ。

 するとまた体が勝手に動いた。

 否、動こうと思ったのは俺の意思だ。だが避けたいと思ったときの体の動きも、あるいは反撃したいと思ったときの体の動きも、自分自身の想定を遥かに超えた動作が出力されるのだ。

 つまりなにが起きたのかというと、俺はフォレストキングマンクが繰り出した嵐がごとき連打をすべていなし、さらには目にも留まらない速さで相手以上の連続打撃を一発も漏らさず叩き込んでみせたのである。


「グブルァアアアゥアアア!!」


 フォレストキングマンクの巨体が無数の木々を巻き添えに吹き飛んでいく。

 折れた木々の下敷きになる魔物だったが、しかし幾許もないうちにそれらを押し除けて再び立ち上がった。

 その表情にはいままでにない警戒と、そしてただならぬ怒りの形相が浮かんでいた。


「ウグルオオオオオオオ!!!」


 咆哮するフォレストキングマンク。その雄叫びに応じて、四肢の先に生える長爪がさらに伸びて鈍く閃いた。

 間をおかず、地面を蹴り割った巨体が飛びかかってくる。

 俺の肉を切り裂こうと迫り来る刃の群れ。


『発言の実行に必要なスキルを選定。スキル【魔力剣錬成】を獲得しました。スキル【剣聖】を獲得しました。発動します』


 ぶぉん、と両手に青白い光の剣が出現する。

 そして何故かいまの俺にはもう、それをどう振るうべきか完全な知識と技術が具わっていた。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 一閃。二閃。三閃。四閃、五閃、六閃、七閃、八閃、九閃、十閃──瞬く間に、俺は合計百位上の剣をフォレストキングマンクに刻み込む──!!


「ウ、グ、グ、ゴ、ゴ、オ……」


 うめくような声がフォレストキングマンクの口から漏れる。

 その数秒後、魔物の全身に百を超える筋が走り、そのまま細切れの肉片となって崩れ落ちた。

 森に静けさが戻り、俺の呼吸音だけがその場の空気を小さく揺らす。


 無我夢中だった意識がだんだんと冷静さを取り戻し、俺はようやく自分がなにをしたのかを正しく理解した。


「はあ、はあ、はあ、……やった。生き延びた」


 そう、やったのだ。

 まさかのまさか、フォレストキングマンクとかいう馬鹿デカくておそろしい灰色ゴリラ野郎を、俺は倒してしまったのである。

 ほぼ死を覚悟した状況からの逆転劇。

 自分が生を掴み取った事実に、にわかに喜びが込み上げて頬が弛緩した。


「しかし【名言翻訳】とか【有言実行】ってなんだ。いや有言実行はまだわかるけども……」


 多分言ったことを実行するためのスキルなのだろう。俺は死ぬわけにはいかないと言った。それを遂行するための力として【超身体強化】やら【格闘王者】やら【魔力剣錬成】やら【剣聖】といったスキルが追加で発動したのだ。めちゃくちゃすげースキルじゃん。


「まあいっか。スキルのおかげで死なずに済んだわけだし」

「ユウイチ様っ!」


 とりあえず【名言翻訳】については置いておこうと考えたところで、ディファテナがぴょこぴょこと駆け寄ってきた。


「ああディファテナ」

「ユウイチ様っ!」


 がばっと抱きついてくるディファテナ。え、マジ? 白髪美少女に抱きつかれるとかどんな主人公展開だよ。

 抱きついたまま俺の顔を見上げたディファテナは、涙を流しながら嬉しそうに顔を綻ばせた。


「私を救ってくださりありがとうございますユウイチ様……やっぱりユウイチ様は私の英雄様です」

「いやそんな英雄なんかじゃないよ俺は」

「それに先ほどフォレストキングマンクに向かっておっしゃった『死ぬという選択肢はない』というお言葉、とてもカッコよかったです……!」

「え? いやそんなこと言ってない気が……」


 ディファテナの言葉に戸惑っていると、不意に俺から離れた彼女は──そのまま俺の前に跪いた。


「お、おいディファテナなにやってるんだよ」


 しかしディファテナは祈るように跪いたまま言った。


「どうかユウイチ様のおそばに私を置いてください。ユウイチ様に救われた命、一生ユウイチ様にお仕えすることでお返しさせてください」

「いやそんな大袈裟な……」

「大袈裟ではありません」


 顔を上げたディファテナの潤んだ瞳には熱がこもり、そして頬にはどことなく朱が差しているように見えた。


「このディファテナの人生は、これからずっとユウイチ様のものです」


 はてさてどうしたものか。

 いや可愛い女の子からそう言ってもらえるのは嬉しいけど、でも見たところディファテナはまだ十歳そこらのようだし、たった一度命を救ったくらいで残りの人生を差し出させるのは忍びない。

 でもまあ、とりあえず身の安全を確保できるまでは一緒に行動した方がいいのは間違いない。

 そう考えた俺はこう答えることにした。


『固有スキル【名言翻訳】を発動します』


「わかった。とりあえず安全なとこ(お前は必ず俺が守る。)ろまでは一緒にいよう(決して俺から離れるな)

「ユウイチ様……! ありがとうございますっ!」


 再び抱きついてくるディファテナ。なんかすげー喜びようだけど、納得してくれたってことでいいんだよな?


『条件達成。固有スキル【有言実行】を発動します』


 なんかまた脳内音声で言ってる。【名言翻訳】も発動した気がするし、一体なにを有言実行するんだよ。まあいいけどさ。

 そうして異世界に召喚された俺は、ディファテナとともに森の出口を目指して歩き始めたのだった。




 そして俺は知る由もなかった。このとき獲得した固有スキル【名言翻訳】のせいで、今後いろんな人たちから英雄扱いされることになり、その都度もうひとつの固有スキル【有言実行】を使ってなんとか乗り切る日々を送る羽目になるということを──。

お読みいただきありがとうございました!

好評だったら長編化するかもしれません…笑

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