表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

もしもの話・・・不老不死が実現したら人間はどういう行動を起こすのか?

この小説は許可を得て代わりに小説を投稿しております

話は、今から3日前から始まった。


要は、俺が浅見氏宅に契約に行った日だ。


その日俺は、今月の売上が、新人にしてトップを記録するってことで、

意気揚々と浅見氏宅に向かい、滞りなくサインを頂戴したのだ。


俺の心はとても晴れやかで、他の先輩達は不甲斐ないねー

、と内心馬鹿にしていたのは秘密である。






「それでは、最後にこちらにサインと捺印をお願いします」






俺はそう言って、契約書を差し出す。


今時分に、紙面と印鑑を使っての契約なんて時代遅れと思うが、社長の方針なので仕方ない。


ついでに言えば、印鑑証明という仕組みは、まだ役所で続けられており、自死代行においても印鑑証明書の提出を求めるのが通例となっていた。




浅見氏に、さらさらと契約書にサインと印鑑を貰い、貰い忘れがないかを確認完了。


よし、これで今月の売上暫定トップだ。


このペースで行けば、月間トップも間違いないだろう。


世の中楽勝である。






「はい、問題ありません。これで契約完了となります。実施日は来週の水曜日となりますので、残りの身辺整理をよろしくお願い致します」




「はい」






俺は、そそくさと書類などをカバンに入れて立ち上がる。


浅見氏も合わせて立ち上がって、俺を促してくれた。


そこで、何となく浅見氏の顔を見やると、そこには安堵のような諦観のような表情を浮かべているのに気付いた。


ふと頭にノイズがよぎった気がしてくる。






(……この人、本当無口だったな)






自死代行の仕事は、単にお客様に安楽死を提示する仕事ではない。


その人の抱える背景を鑑み、適切な実施日や身辺整理や自治体への手続きをし、時には、お客様の抱える問題を解決することで、自死以外の答えも提示する。


人生は捨てたものじゃないのは当然のことで、まして、比喩でも何でもなく永遠の若さを得ているのだから、本当の意味で新しいスタートを切ることだってできるはずなのだ。




そりゃ普通の人からしたら、如何に良いことを殺し屋さんが言っても、おためごかしに聞こえるのかもしれないが、人としての尊厳を守ることこそが、俺たち自死援助師の仕事の本分なのは間違いない。




故に、浅見氏とも色々な話をしたつもりなのだが、返答の殆どが、はい、か、いいえ。


長い文章を話すのは稀で、話しても簡単な説明程度。


きっちり自死を希望する理由も聴いたのだが、年齢108歳となり生きるのに疲れたため、以外の答えは得られなかった。




でも、もしかしたら何か別の理由があるかも、という可能性について検証が不足していたかもしれないと自省する


ノイズの理由は、我ながら先走って契約まで持っていったことが原因だろう。






「浅見さん、そちらの写真が奥様ですか?」






とはいえ、単に本当に人生を終わりしてもいいのか、と問うても返答は変わらないだろうと思い、少し切り口を変えて、小さめの仏壇に置かれた、恐らくは大切な人なのだろう女性について尋ねてみる。




名前は、浅見永子さん、だったか。




経歴確認で、奥様が亡くなったことは書いてあったが、もう50年近く前のことだったので、今まで特に言及してこなかった。






「…はい」




「お綺麗な方ですね。確か若くして亡くなられたのでしたか」




「…そうです」






当時奥様の年齢は50代。


カイワタリは、もう普及しているはずだから突然死や事件事故なのだろう。


不老になって死に難くなったとはいえ、抗えない死は存在するのは皆分かっている。


けれど、普通死なないはずと思っていたところで、不意に連れ合いが理不尽で唐突な死を迎えたとなると、やはり耐えきれない人は多いのが現実と言える。


多く人は、近しい人を亡くすと呆然として、しばらくは何も手につかなくなり、激しい人だと半狂乱に陥ったり、誰かに原因がありそうものならすぐさま復讐を考える人もいた。


或いは、浅見氏にも、そういった面があるかもしれない。






「奥様が亡くなった時、さぞお辛かったのでしょうね…」




「……いいえ」






え、あれ?


流石にその返答は予想外。


まさか仏壇を大事にしている風なのに、奥さんとは仲が悪かったりするのか?


いやいや、会話にも経歴や文章の中にもそんなマイナスな表現はなかったし、奥さんと同じ墓に入れて欲しいとも示されていたはずだ。






「……私たちはお互いに、何かの理由で別れが来ると分かり合っていましたから」




「そんなもの、ですか…」






なんとも達観してらっしゃる。


皆いつかは死別すると分かっているとはいえ、今の世の中では早々納得なんてできないものだろうに。


何にしても、珍しくそこそこ長めの文章が出たし、そこに感情のブレもないから嘘ということはないだろう。


まぁ、他の人と比べて自死への根拠が薄いわけではないし、浅見氏が黒……予備犯罪者ということはないだろう。


それに、あんまり人のプライベートに踏み込むのも良くないしね。






「不躾に失礼しました。今日のところはこれでお暇致します」






そう言って、俺は安堵感や達成感と共に事務所に帰社したのだった。












「うん、黒」


「ダウトですね」






帰社して、すぐに先輩と社長にいつも通り報告したら、そんなお言葉を頂戴した。


納得できん。


何故浅見氏が予備犯罪者だと言うのか。






「鎌苅さん、この報告受けてたかい?」




「いいえ、初耳です」




「だろうね。宇賀さん、契約書どうやって作った? 俺、この件報告受けてないけど」






やべ。


浅見氏の分だけ、社長に許可もらわずに多めに作っといた分を使っちゃったのだよね。


本来は、お客様ごとに社長に説明して、社判を借りるのだけど、一々面倒で予備を作ってたりしちゃってたわ。


人の生き死にに関わることだからと、手間だけど契約書を書面上で介して、社員管理のために社判を社長に借りる形にしてるのも知ってはいるのだけど……ついね。






「いや、そのええと……」




「わかった。鎌苅さん、後で宇賀さんの机と鞄確認よろしく」




「かしこまりました」






言い淀んでもウチの人らは、みんな答えを待ってはくれない。


大概先読みされて、それが正解なもんだから遣る瀬無い。


ミスを認めることもできないやつなど知らん、時間の無駄、とでも言いたげな対応には、最近ややうんざりしている。






「それよりも浅見様だ。 会話記録はちゃんと撮っているね?」




「え、あ、はい。ここに」






俺は急かされつつ自分のエリアを視線で操作し、他の人のエリアと一部共有してから録画映像を再生する。


録画については、自死援助法でも認められた記録方法で、鷺綱葬儀社では申込時点で説明、サインも頂戴することになっていた。


こうでもしないと、契約後に本人や自死代行後に家族から、死ぬことなんて認めてない、と訴えられてしまう場合があるからだ。


それ以外にも……まぁ不本意だが、今回のようにお客様を検分する際にも有用だったりする。






「奥様、が鍵だろうね」




「はい、私もそう思います」






映像を見てのお二方の意見がまたも一致。


何それ。


先輩と社長の中では、もう俺のミスってことで確定ってこと?


もはや原因分析に入ろうとしてるわけ?


納得できん。






「待ってくださいよ。そんな安易にお客様が何かやらかすなんて決めつけないで欲しいです」






どうして浅見氏が罪を犯したり、俺を騙したりする可能性があるって言うのか。


二人には悪いが、浅見氏はそんな人には見えない優しい人だし、俺だって新米とはいえ自死援助師。


やらかす可能性を考えていなかったわけじゃない。


最後に何となく不安にはなったけど、それでも許容範囲だと考えたから、こうして契約を取り交わしてきたのだ。






「社長、宇賀さんを気にする必要はないかと。事は一刻を争います」






先輩は、俺のことなどガン無視だ。


それよりも浅見氏の動向を優先すべきと訴える。


でも先輩って、どうあれ俺の教育係なのだから、ちょっとでいいからフォローが欲しいです。






「……いや、一応説明しよう。時間にはまだ猶予はある」






対して社長は、状況の説明を許容してくださる方に一票らしい。


大方、今後の俺の成長を思ってのことだろう。


だから別に、あんたに味方されても嬉しくなんてないんだからね!






「……やっぱり止めとこうかな」






だと言うのに、速攻で意見を反転させてきやがった。


一体今何が起きたって言うのか。


先輩も微妙な視線で、俺のこと眺めてるし。






「はぁ……寒気がするようなこと思わないで欲しいよ。まったく……」






何やらボソっと溢す社長だったが、咳を一つして気を取り直したかのように話し始めた。






「まず、浅見様は、奥様を今でも愛しておられる。ここに異論はないね?」






俺は首肯し、浅見氏が普段から仏壇の掃除を欠かしていないことや、同じお墓に入りたいと考えていることを伝えた。






「うん、映像からも考えごとをする際に、仏壇の方を見つめていることが散見される。それと、目線、表情が許しを請うようでもあるね」






言われてみると、確かにそんな風に見えなくもない。


まぁ、これで愛情云々を忘れていないか、と言われると微妙な線だとは思うけど。






「次に、浅見氏の視線、座り方、会話のイントネーション、癖が、過去の予備犯罪者と類似している」




「は?」






社長に対し、失礼かとは思うが我慢できなかった。


この人何言ってるの?


まるで理解できないのだけど。


過去の予備犯罪者との類似点?


何それおいしいの?






「特に、復讐を検討するタイプに限定すれば、7割合致するね」






7割?


その数字的根拠はどこからやってきたの?


経験則? データ?


てか、復讐って何言ってるわけ?






「特に、自死という言葉が出る度に、肩や腕に力が入っていて、目線も0.5ミリ未満だが細まって、何らかの覚悟を意識している」






筋肉の動き?


0.5ミリ?


そんな細かい動きある?


というか、そんな教えを俺は学ばないといけないの?


ここのみんな、これができるの?


嘘でしょ?






「……ふむ。すまない鎌苅さん。君から説明してもらっていいかな。俺には荷が重かったみたいだ」




「ふふふ……はい、承りました」






!?!?!?!?!?!?!?


せ、先輩が笑った!?


そ、そんな馬鹿な!


クールで隙のない完璧主義者的振る舞いしかしないはずの先輩が、笑った!?!?!?


ツンケン標準装備で、睨んだ顔が素敵な先輩が、口に手を当てて可愛らしく笑った、だと!?!?!?


なんだどういうことだ何が今起こったというのか!!


もはや世界の終わりがやってくるってのか!?






「いい?」




「良くないです」




「あ?」




「すいません良いですお願いします!」




「すいませんじゃない。すみません、よね?」




「すみませんすみませんお願いします!」






あまりのことに気が動転していたのだろうか。


自分でもよく分からない返答をしてしまっている。


というか、何の話をしていたっけ。


社長は0.5ミリの荷物も持てない貧弱とかだっけ?






「いだっ!?」






な、何故に足を蹴られました?


先輩、俺何か悪いこと言いました?


というか、態度振る舞いに酷すぎる落差を感じてるのですが!?






「話を聞きなさい」




「イエスマム!」






ゴミを見る目で見つめられ、俺は言いたいことも何もかも無かったことにして俺は先輩への忠誠を示す。


そんな俺に対して、先輩は、よろしい、と頷いた。


……何故だろう。悪くない。






「ここを見なさい」






先輩の美しい指先を見つめる……とギロリと睨まれたので、大人しく俺のARビジョンの指差された箇所を見た。


そこは、浅見氏の指で、よくよく見てみると指輪らしいものがあるのに気付いた。






「次にここ」






そう言って、次に差されたのは仏壇の写真。


いや、更に細かく奥様の指だ。


そこには……えっと、そこには……






「拡大を許可します」




「イエスマム!」






言われた通り、奥様の写真をピンチアウトしてみる。


すると、奥様の薬指にやはり指輪が見えた。






「同じ、指輪……ですか?」




「見ての通りね」






すみません。


見ての通り指輪ってだけしか分かりません。


正直色が同じくらいの判別しかできないです。






「……これは、50年前のデザインされたもの。ブランド名は&アンド。結婚指輪というよりはファッションリングとして見られることが多いでしょうね」






……先輩すごいです。


とにかくすごいです。


とりあえず賛美だけさせて下さい。


けど、共感は勘弁してつかぁさい。






「ちっ」






この無能が、とでも言いたげに舌打ちをする先輩。


そんなこと言われても、無駄知識に理解なんて示せませんもん。






「でもまぁはい、お二方が同じ指輪をしていることは分かりました」






ついでに、浅見氏の指輪は薬指に食い込んでいて、それなりに長い期間嵌めているのも見て取れた。


よって、浅見氏は今でも奥様への愛を忘れていないと認識できそうだ。






「ふん。次はこれ」






やや不満気に先輩は、指で俺のARパネルを操作して、今日の録画映像を映してくる。


そして、同じように浅見氏の指を差したが、そこには指輪が嵌められていなかった。






「普段から身に付けていたはずの指輪を、この日だけしていない。ここには何かしらの意図があるはず」






……確かに、他の日の映像も自分でも確認してみたが、指輪をしていないのは今日の分だけだ。


そこに意図……例えば、奥様との決別や裏切り、ないし引け目などがある、のかもしれない。


でも、それだけじゃ足りないような……






「それと、服」






俺の不満を感じ取ってか、先輩はもう一手打ってくる。


これまた言われてみれば、今日の服と、それ以外の服とを見比べると傾向が違っていることが分かった。






「今日以外はどれも来訪者がいることを鑑みたスマートな服装。なのに、今日だけがジャージ、ってことですか」






俺の答えに先輩は頷き、やはりここにも何かしらの意図を感じられる、と続けた。


動き易く地味な格好が好まれる何か……要は、復讐などの実力行使ということか。


ついでに、先程先輩が一刻を争うと言ったのは、この辺りが根拠ということか。




でもな。




この程度じゃ、浅見氏が黒とまでは言い難い。


精々怪しいか限界だ。






「そうね。社長には申し訳ないですが、私も黒とまでは判断しかねます。ただ、何かしらの行動に出る可能性があると推察します。よって、浅見様の行動監視ないし確保に動くべきかと」






あ、なるほど。


だから、先輩はダウトって言ったのか。


ハッキリ黒ではなく、疑いがある、と。


つまり、最初の時点で社長と先輩の意見は合致してはおらず、誤差があったと……


うん。なんか安心した。


そして、ちょっとニヤニヤしそう。






「宇賀さんどうかな。これで納得できたかな?」




「はい、出来ません!」






社長の問いかけに俺はハッキリそう答えた。


するとなぜか、2人は眉間に指を当てて困ったように唸っていた。


いやいや、これでミスとか言われても無理。


というか、自分らの説明下手を棚に上げといて、俺に納得しろと言われても、俺の方が困るというものだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ