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名古屋での激闘

名古屋・ドルフィンズアリーナ。

この日、座席は異様なほどに埋め尽くされていた。

剛士の地元開催、そして“前王者”との再戦――その両方が観客を惹きつけた。


控室。

剛士は、道着を畳の上に丁寧に置いたあと、静かに目を閉じた。

耳に届くのは、遠くの観客のざわめきと、子どもの笑い声――


(悠斗……来ているな)


観客席には、妻・奈緒と小学生の息子・悠斗の姿があった。

これまでテレビ越しだった家族が、ついに“目の前の畳”で父を見守る。


その頃、会場の裏側。

南條 彬は、無言のままストレッチをしていた。

付き人も、監督も、彼の“集中の輪”には近づけない。


(天野……)


わずかに拳が震えていた。

前回、彼は確かに剛士に勝った――が、それは僅差の判定。

そして何より、「自分の柔道」があの試合で揺らいだことを、本人だけが知っていた。


(今回は、一本で決める)


入場アナウンス。


「青、南條彬。赤、天野剛士――名古屋大会、第8戦、はじまりです!」


地元の応援が、剛士の名前を叫ぶ。


だが彼は、その声に応えるように――静かに一礼しただけだった。


(勝ち負けじゃない。

 今日は、“柔道の本質”を見せる日だ)


試合が始まる。


開始10秒――南條が、仕掛ける。


払い腰。

内股。

そして、釣り手を中心に相手を崩す、独自の体重制御技。


剛士は、真っ向から受け止める。

躱すのではなく、崩れずに立ち続ける。

重心と間合いが重なる、剛士だけが持つ“構えの柔道”。


(南條、お前……進化しているな)


20分が経過。

両者、一本なし。


だが、畳上の空気は静まり返り、

“観客が呼吸を忘れる”ほどの緊張感に包まれていた。


残り30秒。

南條が、ついに見せた。

得意の――“無音の技”。


崩しの音すらなく、相手を地に伏せさせる重心移動技法。

かつて誰もが翻弄されたその型が、剛士を襲う。


だが――


剛士は、その技を読んでいた。

半歩、後ろに引く。

崩されながらも、片足を踏み出し――


小内刈り。


南條の足が浮き、体が反転する。

その瞬間、剛士の手が確かに“芯”を捉えた。


「一本!」


主審の声。

静まり返った会場が、次の瞬間、大歓声に包まれる。


握手の時間。

無言の南條が、剛士の目をじっと見つめた。


「……強くなったな」とも、「ありがとう」とも言わない。

だがそのまなざしは、明らかに前とは違っていた。


剛士もまた、一礼し――

その背を観客席に向けて、静かに手を挙げた。


控室。

悠斗が泣きながら駆け寄ってくる。


「パパ……すごかった……ほんとに、強かった!」


剛士は、その小さな体を抱きしめながらつぶやいた。


「……ありがとう。お前に、“逃げない背中”を見せたかったんだ」


こうして、剛士はプロ8戦目にして7勝目を挙げた。

だが――

会場を後にするバスの中。彼のスマホに、一本の連絡が入る。


【次戦・新潟大会】

対戦相手:“静かなる毒” 佐伯 玄真さえき・げんしん


元・医師であり、心理戦に特化した異色の柔道家。

次なる戦いは、技ではなく“心”を削る戦いとなる。

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