異形頭集会と首無しの客
人々が寝静まった夜に、その集会は開かれる。
ある町の講堂で、四半期ごとに催される定例集会があった。それは異形頭たちの、異形頭たちによる、異形頭たちのための集会だ。
それぞれ自分の頭にまつわるあれこれを語らい、日々の憂さを晴らし、日々の楽しみを再発見することを目的にした集会である。ささやかな料理や催しもあって、それ目的に毎回出席する異形頭も少なくない。
前回の記念開催の記憶が新しい、第三百一回定例集会。受付係を、顕微鏡と望遠鏡が務めていた。
「ガス灯様、ようこそおいでくださいました。間もなく開会となります。段差がございます。どうぞお足もとにお気をつけて……おっと、釈迦に説法でございましたね。失敬。今宵もどうぞお楽しみください」
「ああ、カリヨン様。よくぞおいでくださいました。鐘を鳴らさずにお忍びになられるのは、大変なご苦労でございましたでしょう。ささ、お入りください。皆さま、カリヨン様の演奏を心待ちにしておいでです」
異形頭の集会である。誰でも顔パスで通るのだった。
顕微鏡と望遠鏡は、来会者の頭に合わせて、来会の挨拶に気を利かせていた。親しい者が来れば、砕けた雰囲気にもなる。
「プレパラート! 遅かったじゃないか! 植物細胞を挟んでいるな? どこで見つけた? アマゾンの新種! よく似合っているじゃないか! っと、あまりベタベタ抱き合うのはよそう。カバーガラスが割れたら事だ。後もつかえているしな。また、後で」
「お、久しぶりだね、オペラグラスさん。この三ヶ月の公開はどうだった? ああ、また後でじっくり。実はこちらもびっくりするような星空を仕入れてね……」
望遠鏡が旧交を温めている隣で、顕微鏡が次の来会者に応対した。
だが、その客には首が無かった。
ああ、またこの手の冷やかしか。顕微鏡はレンズが曇る思いがした。首無しに内心を悟られないよう、拡大倍率を下げて取り繕った。
「恐れ入ります。どこのどなたか存じませんが、当会は異形頭定例集会にございます。お宅様は異形ではございますれども、頭がございませんことには、当方としてもお通しできかねます」
首無しは少し困ったように胸に手を当てた。そして、何か思いついたように、スゥ、と一本指を立てて見せた。顕微鏡は「ああ」と納得し、やはり困った。
「お一人様でございましても、例外はございません。特例を許しますと、当会の意義を喪失しかねませんので……」
何とか体よく首無しを追い返そうとする顕微鏡だったが、いきなり望遠鏡が慌てて二人の間に割って入り、首無しの方に向いて経緯台をペコペコさせた。
「これはこれは、この者が大変失礼いたしました。不肖の朋輩に代わりまして、深くお詫び申し上げます。遠路遥々よくぞおいでくださいました。あなた様がいらっしゃらねば、本日の会は始まりません。どうぞ今宵はごゆっくりおくつろぎください」
首無しは鷹揚に手を挙げて、悠々と会場に入って行った。
顕微鏡は納得がいかなかった。
「おい、この集会に首無しは相応しくないのは、君だってわかっているだろう? それなのに、どうしてあんなのを……」
望遠鏡は指を一本立てて「しーっ」と、顕微鏡の無礼を咎めた。
「上を見ろ、上を」
そのまま一本指で夜空を指す望遠鏡。だが、顕微鏡は首を横に振り、肩をすくめた。
「生憎、下を向いて歩く人生なもので」
「だったら、僕を覗いて夜空をご覧よ」
訳も分からない申し出だったが、顕微鏡は言われるがままに望遠鏡を覗いて「ひゃあ」と素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「ハレー彗星だよ」望遠鏡は言った。「七十五年前の第一回集会を逃したことを残念がられておいでで、今日晴れて初参加なさる御仁なんだよ」
「最接近は来月なんじゃ」
「バカ言え。楽しみに合わせて予定を早めるくらい、誰だってやる」
ハレー彗星が一足早く来たことを知らない人々は寝静まっている。
七十五.三年ぶりの夜空を、首無しを追うように、彗星が尾を引いていた。
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