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対馬朔

フローライト第八十話

高校に入った途端、変な男子の隣になってしまった。授業中もブツブツひとり言を言っていたり、お弁当をボロボロこぼしていたり、急にニヤッと笑ってみたりするのだ。


(あーサイアク・・・)


しかも美園は絵画部に入ったが、その男子も絵画部に入ってきた。よほどやめようかと思ったが、元々決めていたのでとりあえずはやめなかった。


対馬朔つしまさくと言います」と自己紹介の時に言っていた。


変な奴がどんな絵を描くのだろうと、少し気になって何気なく後ろを通った時にチラッと見て驚いた。


(何・・・これ・・・)


色使いも何もかもハチャメチャだった。模写をしているのに形になっていない。


思わず立ち止まってしまい、朔が後ろを振り返った。美園は素知らぬ顔でそのまま後ろを通り過ぎて自分の席に戻った。


(何なの?あいつ・・・)


でもどことなくだけど、絵の感じが利成に似ていた。利成も絵画は抽象画が多かった。


 


ゴールデンウィークも終わり学校が始まったある日、部活の時間に朔から話しかけられた。


「天城さんてあの天城利成の孫なの?」


最近はこういう聞かれ方をしない。聞かれるとしたら○○〇(奏空グループ)の天城奏空の娘なの?だった。なので少し新鮮な思いで朔の顔を見た。


「そうだけど?」


答えると何故か朔が嬉しそうな顔をした。


「頼みがあるんだけど・・・天城利成の絵を見せてもらえない?」


美園は朔の顔を見つめた。ミーハーで言っているようではなく、本気で絵がみたい様子だった。


「いいよ」と美園は答えた。もちろん利成に聞いてみないとわからないことではある。


朔は満面の笑みを見せ「いついい?」と聞いてくる。


(ちょっとこいつ怖いな)と思いつつ、絵を見た時から美園は朔に対して興味が湧いてたので「利成さんに聞いてみるよ」と答えた。


「利成さん?天城さんのこと、名前で呼んでるの?」と朔が少し驚いた顔をした。


「そうだよ」


つっけんどんに美園が答えると、朔が「決まったら連絡ほしい」と言う。


「じゃあ、対馬のライン教えて」


そういうと朔はスマホを取りだした。とりあえずラインを交換する。


帰り道、(利成さん、いいって言うかな?)と思いながら利成にラインをした。


返事は夜に来た。


<絵を見たいの?>


<そうだって>


<女の子?>


<違う、男>


<そう、いいよ>


(あーやっぱり利成さんはいいな・・・)とラインを見ながら思う。前にやたら長いラインをしてくる男子がいたけど、美園は本当にそういうのが嫌だった。利成のようなさらっと簡潔にが好みだ。


次の日朔に伝えると、物凄く嬉しそうな顔を見せた。


「明後日の夜ならいいって。夜出て来れる?」


「出るよ」と朔は興奮したような声を出した。


「じゃあ、学校終わったら一緒においでよ」


朔はかなりその日は興奮しているようで、隣の席でガタガタと貧乏ゆすりをしたり、指で机を叩いたり授業中に先生から注意されていた。


そして利成の家に行く日、たまたま掃除当番で少し遅くなった。朔と二人でJRに乗って利成の家へ向かった。


利成の家に向かって歩いている間、朔は歌を口ずさんでみたり、石を蹴飛ばしてみたり、やたら落ち着かない。美園は少しイラっとしたが黙っていた。


「こんにちは」と美園が玄関に立つと、明希が出てきた。明希とは利成の妻だ。美園にとっては一応祖母だが、明希はまだまだ見た目が若々しいのでおばあちゃんという感じではなかった。


「いらっしゃい。お友達が絵を見たいって聞いたけど・・・?」と明希が美園の後ろに立っている朔の方を見る。


「こんばんは」と朔が頭を下げた。挨拶は普通にできるんだなと美園は朔を見た。


 


真っ直ぐ朔を二階に案内した。二階の一室が絵画の部屋になっている。昔、絵を教えてもらっている時、美園もよく入った部屋だ。


利成の仕事部屋を先にノックしてみると「はい」と声が聞こえたので美園はドアを開けた。


「利成さん、学校の子、連れてきたんだけど」


美園が言うと利成が立ち上がってドアの方まで来た。後ろで朔が興奮しているのを感じる。


「君?絵が見たい子って」と利成が言う。


「はい」と朔は頷いた。


アトリエにしている部屋に案内すると、入るなり「すげー」と朔が叫んだ。


利成の描いた絵が無造作に床に立てかけられてある。朔が興奮しながらその絵を見始めた。利成本人がいることはどうやらすっかり頭から抜け落ちている様子だ。


「美園の彼氏?」といきなり利成に聞かれて美園は慌てて否定した。


「違うよ」


「だろうね」と利成が笑顔で言う。


「まあ、好きに見てて」と利成が言って部屋を出ようとすると、朔が呼び止めた。


「あの!天城さん」


利成が立ち止まり振り返る。


「この人は誰ですか?」


朔が示しているのは部屋の壁の片隅にある人物画だった。抽象画の中で一つだけ人物画があるので目をひいたのだろう。


「それはうちの奥さんだよ」と利成が答えた。その絵は若い頃の明希の姿だった。


「そうなんだ・・・」とその絵を朔が見つめている。


利成が再び部屋を出ようとしたら「この絵を描いた時はとても楽しかったみたいですね」と朔がぼそっと言った。


利成が振り返り朔の方を見ると、朔も利成の方を見た。


「どうしてそう思う?」


「絵から感じるから」と朔は答えた。


利成は黙ったまま少しだけ朔を見つめた後、「そう。・・・じゃあ、ごゆっくり」と言って出て行った。


美園は朔が絵を見る様子を暫し眺めていたが、だんだん退屈になってきたので、自分も部屋を出ようと朔に声をかけた。


「対馬、じゃあ、私も向こうに行ってるからゆっくり見てて」


「うん」と絵を見ながら答える朔。


ドアを開けると朔が「天城さん、ありがとう」と言ったので美園は振り返った。


「俺、今、すっごく幸せ」と朔が笑顔で美園を見た。


「そう、良かったね。じゃあ」と美園は部屋を出た。


 


利成の仕事部屋をノックしてからドアを開けた。利成はパソコンに向かっているのかと思ったら部屋の隅で何か冊子を見ていた。


「利成さん、彼幸せらしいよ」と美園は言って利成のところまで行った。


「そう?」と利成は特に表情を変えなかった。


「何見てるの?」


「昔の画集だよ」


美園が見るとその冊子には様々な抽象画が載っていた。


「これ、利成さんの?」


「そうだよ。二十代の時のね」


「へぇ・・・」と美園も覗き込んだ。


「限定で売り出したんだよ」


「そうなんだ。売れたの?」


「まあね」と利成が美園にその絵画集を渡してくれたので美園は画集をめくってみた。


最終ページだけオレンジ色の絵が載っていた。


「最後だけちょっと違うね」と美園は言った。


「そうだね。それはもっと古い絵だよ。中学生の時だから」


「え?ほんとに?」と美園は驚いてその絵を見つめた。よく見るとただのオレンジ色ではなく、様々な色も隠れているように見えた。


「これって一色じゃないんだね。色んな色が隠れてる」


美園が言うと利成が微笑んだ。


「うん、そうだよ」


「へぇ・・・でも何か・・・」


「何か?」


「寂しさもあるね」


「そう?・・・子供の頃引っ越した直後でね、明希と離れてしまった頃に明希を思い出しながら描いた絵だからね」


「え?じゃあ、これ明希さんなんだ」


「そうだよ」


「へぇ・・・利成さん、明希さんがすごく好きだったんだね」


「そうだね」


美園は顔をあげて利成を見た。懐かしむような悲しいような表情をしていた。


「・・・明希さんにこの思いが伝わればいいのにね」と美園は言った。


「ハハハ・・そうだね。難しいね」と利成が美園の頭を撫でた。


それから「さてと・・・」とその画集を持って立ち上がった。


「彼のところに行こうか?」と利成が言う。


「まさかそれ、対馬にあげるつもりじゃないよね?」


美園は利成の手にしているたった今見た画集を見つめた。


「いや、あげようと思ってね」


「えー・・・ズルい。私も欲しいよ」


「ハハハ・・・そう?でも残念ながらこれ一冊しかないんだよ」


「じゃあ、私に頂戴よ」と美園は唇を尖らせた。一冊しかないそんな貴重な画集を何で対馬なんかにと思った。


「んー・・・美園には他のをあげるよ」


「他にもあるの?」


「画集じゃなくて直接俺が描いたスケッチとかあるよ」


「え?ほんと?昔のもので?」


「そう。スケッチブックが何冊かあるから、美園にはそっちをあげるよ。それでどう?」


「うん、そっちがいい」と美園は嬉しくて笑顔になった。


「うん」と利成も笑顔になる。


 


アトリエにしている部屋に戻ると、朔は部屋の中央に胡坐を描いてじっと絵を見つめていた。


「対馬」と美園が声をかけても聞こえないようで返事がない。


「対馬!」と美園が大きな声を出すと「えっ!」と朔がびっくりして飛び上がった。隣で利成が笑っている。


「あ、な、何?」と朔が利成に気がついて焦った声を出した。


「もう時間遅いけど?」と美園は言った。時刻は夜の八時を過ぎていた。


「あ、ごめん」と朔が立ち上がって名残惜しそうに絵を振り返っている。


「対馬君、これ」と利成がさっきの絵画集を差し出した。


「え?」と朔は不思議そうに利成の顔を見た。


「俺の画集、昔のだけどね。あげるよ」と利成が朔に画集を渡した。


「え?え?マジに??」と朔が焦って受け取っている。そしてその場で開いて見ている。


「ちょっと、家で見なよ」と美園が言うと「あ・・・」と朔が画集を閉じた。


帰り際朔は「ほんとにありがとうございました」と深々と利成に頭を下げていた。


「見たかったらまたおいで」と利成が言うと、「え?ほんとに?!」と飛び上がらんばかりに喜んでいた。


「彼は面白いね」と利成が朔が帰った後美園に言った。


(あー・・・利成さん、対馬に興味持っちゃった・・・)と美園は利成の横顔をチラッと見た。


 


利成に送られて自宅のマンションに戻ると、もう奏空が帰宅してリビングのソファに座っていた。


「おかえり~」と奏空が両手を広げる。美園が高校生になっても奏空は子供の頃の習慣を変えない。美園にしてみればもういいのになと少しげんなりとしたが、仕方なく奏空の腕の中に入って「ただいま」と言った。


「うん、おかえり。利成さんの家に行ってたんだって?」と聞かれる。


「うん、そう」


「美園が男の子を連れてきたって明希から聞いたけど?彼氏?」


「あー・・・違うから」と美園は立ち上がった。


「美園、ご飯は?」と咲良がキッチンから言った。


「食べたよ。利成さんのとこで」


「そう?じゃあ、奏空の分だけでいいね」と咲良が言った。どうやら奏空は今帰宅したところらしい。


部屋戻って着替えてからまたリビングに戻る。ダイニングテーブルで奏空と咲良がご飯を食べていた。


美園はキッチンに行って冷蔵庫を開けてビールを取り出した。そのままキッチンで缶のままビールを飲んでいると、気がついた咲良が「美園!未成年はビールはダメだよ!」とダイニングテーブルに座ったまま叫んだ。


「別にビールくらいいいじゃん」と美園はビールを持ったままダイニングテーブルの方に行った。


「ダメでしょ。アルコール類は」と咲良が睨んでくる。


「だって奏空はいいって言ったよ」と美園が言うと咲良が「奏空?!」と奏空の方を向いた。


「まあ、ビールくらいはいいんじゃない?家でだし」と奏空が言う。


「ダメでしょ?!もう、美園、それこっちに頂戴」と咲良が手を出してきたので美園は缶ビールを持ったままリビングの方に行った。


「美園?!」と咲良がまた怒鳴ってくる。


「うるさいな」と美園は立ち上がってリビングを出た。


この家で一番のおバカさんは咲良だと美園は思っていた。奏空は話が通じるが咲良はダメだ。テンプレートな答えしか返ってこない。


(少し自分の頭で考えるってことないのかね)と自分の部屋に入ってパソコンをつけた。ビールを飲みながら自分のユーチューブやSNSを見る。


最近ユーチューブはアップしていなかったので、さほどコメントは増えていなかった。ツイッターやインスタグラムは随時更新してるのでコメントもいいねも多かった。


確認した後奏空のグループのユーチューブを見てみる。目当ては奏空ではなく晴翔だ。唯一この中で話が通じそうな晴翔が美園は好きだった。


(会いたくてもなかなか会えないな・・・)


芸能界への誘いがなかったわけではないが、美園は躊躇していた。理由はと聞かれても「何となく」としか答えていない。そして実際何となくだったのだ。


(でもこのままでは晴翔さん、結婚しちゃうかも・・・)


彼女がいるらしいが詳しくはわからない。そのことを聞いてから一年くらいは経っているので、もう別れてるかもしれないし・・・と思う。


(そういや対馬はツイッターとかやってるのかな?)とふと思う。


利成に気に入られたらしい朔の今日の様子を思い出す。今頃はあの画集を宝物のように見入っているのかもしれない。


(あーでも何か退屈・・・)


咲良はバカだし・・・とまたさっきの咲良のことを思い出す。


(だけど奏空は何で咲良なんかが好きなんだろ?)


利成が明希を好きなのは何となくわかる。明希にはどこか魅力があるのを美園も感じていた。だけど咲良は違う。何でも中途半端。話も通じない。


(ま、いいか・・・)


美園はパソコンを閉じた。


(シャワーは明日にしてもう寝よ)と美園は歯を磨きに洗面所に向かった。


(明日は対馬何か言ってくるかな・・・)と考えながら・・・。


 

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