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短編集

ある雪の日に

作者: 鶴留 海

朝起きたら、腕の中にいるはずのあおいの姿がなかった。寒い理由はこれか。眠気の残る頭で思う。蒼は、いつ腕の中からいなくなったんだろう。

 すぐ横の窓を仰ぎみると、曇天の空から白い雪が降っていた。

 あぁ、雪が降っていたのか。そう思って再度、それは寒いわけだ、とひとりごちた。俺が寒い理由は蒼が腕の中にいないからだけれど、部屋の温度が低いのは雪が降っているからだ。

 ベッドから半分体を起こす。室内は暗く、電気が消えている。時間は午前十時だ。

 蒼は今日、俺と一緒で三限からだったはずだから、大学に行くにはいささか早すぎる。それでも全く人の気配がしないから、蒼は外出しているのだろう。

 

 「無理ー…」

 

 独り言がこぼれ落ちた。大きくため息をついて、もう一度曇天の空を見上げる。

 大学進学とともに同棲を開始してもう一年が経つ。高校で知り合ったところから数えると、蒼と出逢って早五年は経つ。それでもかけるの気持ちはいつまでも冷めず、むしろ日々積み重なった愛おしさで自分こそ押しつぶされそうなくらいだ。自分でも驚くくらい、蒼が好きだ。

 だからこそ、朝起きて一番最初に蒼の顔が見たいのに。雪が降っていて余計に人肌が恋しくて、尚の事そう思ってしまう。

 何も言わずに出て行ったということはおそらく、そんなに長く外出するつもりはないことはおよそ見当がつく。蒼は長時間外出する時は、俺が眠っていてもわざわざ起こしてくれて、そのことを伝えてくれるから。だからーーーーーでも。

 辛抱たまらず、翔はすぐそばにあった携帯電話に手を伸ばす。メッセージアプリを開いてすぐに通話ボタンを押す。蒼に電話を掛けると、いつも聞こえる音楽がやけに耳についた。早く。聞きたい音は、声は、()()じゃない。

 『はい』

 やけに長く感じた呼び出し音は、それでも五秒程度で蒼へ繋いでくれた。聞きたかった声だ。だけど、できるならそれはこんな電子音じゃなくて朝一番に直接顔を見て、直接聞きたかった。

 「蒼、なんでいないの」

 執着、不安、焦燥ーーー色々な感情が混じって、責めたような口調になってしまった。俺は今までこんなんじゃなかったのに。雪の曇天が嫌に不安を煽る。

 『翔?どうしたの?なんかあった?』

 蒼の後ろはなんだかざわついていて、外にいるのは明白だった。いらっしゃいませ、といくらか声が聞こえていて、おそらく歩いて十分くらいのスーパーにいるのだとアタリをつける。

 スピーカーに切り替えて、携帯を持ったまま洗面所へ移動する。

 「蒼がいないから寂しいのー。…なんで何も言わずに行っちゃうの、外に行くなら起こしてくれたっていいのに」

 声をかけつつ身支度を整えていく。

 『ごめんって。すぐ帰るつもりだったから、起こす程でもないかなって…今スーパーなんだけど、何かいるものある?お昼は昨日の残り物でいいかなって思ってるんだけど…』

 朝ごはんはマフィンでいい?と並べて聞く蒼に、いいよ、と返事をしつつ靴を履く。

 待っていればいいのはわかっているけれど、それは無理だった。無性に、今すぐ会いたい。

 外はまだ雪が降っていて、だけど雲が晴れてきたのか曇天は少しだけ明るくなっている。雪の勢いもだいぶ引いて、大学に行く頃には止んでいるんじゃないだろうか。

 家を出てちょうど、これからレジだから、という蒼の言葉を最後に電話を切り、携帯をポケットにしまう。少し重いブーツを蹴り上げて、スーパーまでの道を転ばないように注意しながら雪に覆われた真っ白な道を駆け出した。

 

 「翔⁉︎」

 スーパーに着くと、ちょうど出て来た蒼に見つかった。

 「どうかなって思ってたけど、本当に来た」

 驚いた顔をした蒼は、でもその後すぐに嬉しそうに笑って言う。

 その嬉しそうに笑う顔が、見慣れたはずなのに相も変わらず綺麗でーーー明かりが差し始めた風景に照らされて、いつもより、より綺麗に映る。その明るさに目を細めてしまいながら蒼に近づき、買ったもので溢れているエコバックを受け取る。もちろん、空いた手は蒼の手を握る。

 蒼は手を繋ぐことを躊躇わない。そんなところも俺にとっては愛おしい。

 

 「どうしても早く会いたかったんだよ」

 声に出すとちょっと子供のようで、バツの悪い気持ちと恥ずかしさが入り混じる。急いで帰るように蒼の手を引く。顔が赤くなって、耳まで熱を持ったのが自分でもわかった。その顔を見せるつもりはなかったから顔を逸らして手を引いたのに、蒼はせっかく繋いだ手を離してぐるりと前に回り込み、下から顔を覗き込んでくる。

 「なんだよー」

 「んー。どんな顔してるかなって」イタズラっぽく笑いながら顔を覗き込む蒼は、嬉しそうに笑っている。蒼にしては珍しく、テンションが高い気がする。なんとなく揶揄いたくなって、–––テンションが高い理由がそれなら、確かめたくなってしまって。

 「俺が迎えに来たの、本当はすごく嬉しかったんだろ」

 くしゃり、と蒼の柔らかな髪の毛を撫でる。蒼は本当に嬉しそうに笑って、頷いた。

 「うん。ありがとう、翔」

 「…どういたしまして」

 あぁ、なんて愛しいんだ。俺の行動でこんなにも喜んでくれる人、喜んでくれることが嬉しいと思わせてくれる人は、蒼以外、いない。

 気持ちが溢れてキスがしたい。でも、誰もいないとはいえここは公道で、俺たちは男同士で。–––切ない。「蒼、」

 「ん?」咄嗟に呼んで、やっぱりなんでもなく答えてくれる蒼が好きでしょうがない。早く抱きしめて、キスして、…なんで今日は休日じゃないんだろう。

 

 「早く帰るぞ、早く」

 「ふはっ、うん。そうだね」

 

 手を握り直して、早足に家に向かう。

 

 

 今日も、蒼が隣にいる幸せを噛み締める。

 早く、2人の部屋でくっついて座って、朝ごはんを食べよう。

 

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