第九話 提案
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セトがリザリーの背に言葉を投げる。
「別の、世界?」
「そう。私、こんなファンタジーな世界は、本かゲームの中でしか知らない。ここは私の世界じゃ有り得ない世界なんだよ。何言ってんだって思うかもしれないけど、本当なの。だから、セトが言う『リザリー』は私じゃない。でも見た目は同じだから…、人格は別にあるって感じかな。一つ言えるのは、セトの憎むべき人物は私じゃないってこと」
「じゃあ、お前は誰なんだ?」
「私…?私は、別の国で生きている、普通の…、普通の女性。電車の中でゲームアプリを楽しんでた一般人。そう、ただの一般人」
「名前は」
「…リサ、だったかな」
ズキンと頭が痛んだ。ゾンビの体には痛覚がないはず。
でも頭が、いや、私の思考が危険信号を出していた。これ以上はマズイと言っている。物語の登場人物に、メタ発言ってやつをしたからだろうか?世界が私に怒髪天なのかもしれない。
セトとの対話はもう無理だ。留まっていてもいいことは無い。早く逃げよう。
「…う゜っ」
霞みかけた思考に、自分の愚かさを呪う。そうだった。私の体はセトの術によって一時的に動いているに過ぎなかった。つまり、私の意識は彼の掌の上。
「ごめん、リザリー」
だから私はリザリーじゃないって。そう言いたかったが、脳が強制シャットダウンする方が早かった。セトの口が動いている。けど、何も見えない聞こえない。
「安心しろ。俺達はまた会える。もう寿命に縛られる心配は無いんだ。…本当のお前が蘇るまでいくらでも待てるよ」
*
セトは意識の無いリザリーを抱えて帰還した。魔法陣を使わずその足で帰ってきたのは、考える時間が欲しかったからだ。
リザリーを地下の棺桶に横たわらせ、死んだように眠る彼女の顔を目に焼き付ける。
「しばらくの別れだな」
壊れ物を扱うように彼女の頭を撫でていると、灯りを持ったエリーゼが入ってきた。
「セト。もしかして一からやり直し?」
「あぁ」
「そう。200年はちょっと長いわね。…ふふ、リザリーも大変。厄介な人に捕まっちゃったわねぇ。もう死ぬことも許されないなんて可哀想」
エリーゼはリザリーの耳をくすぐった。死人の冷たさを感じたエリーゼはこれ見よがしに溜め息を吐いた。
「誰のことを言っているのかさっぱりだな」
「あら?人間の癖に高潔な銀狼に心を奪われ、彼女を殺めて闇に堕ちた下劣なネクロマンサーだけれど?」
「…人間の癖に、か。…俺は相当お前の怒りを買ったみたいだな」
「あらいけない。リザリーが聞いているかもしれないのに迂闊だったわ。でも本当のことよ」
「俺はリザリーを殺めてなどいない」
「直接的には、ね。結果リザリーが命を落としたのだからセトの責任でもあると思うのよ。貴方に出会ったから、この子は自ら命を絶った。皮肉にも誰かから貰った趣味の悪い銀の短剣でね」
「何度も言うが俺はっ、リザリーに銀製のものを与えたことは無い!」
セトが声を荒げ、ロウソクの灯がざっと消える。エリーゼは液状化した髪を広がらせ、いつでもセトを攻撃できる準備に入っていた。
「口では何とでも言えるわ。思い上がったニンゲンの分際で魔族と結ばれようとするから報いを受けたのよ。身の程を知りなさい、薄汚いニンゲン。次に彼女が目覚めたら、貴方にリザリーは渡さないわ」
酷薄な笑みを浮かべたエリーゼにセトが応じる。
「場所を変えよう。彼女が眠っている」
***
甘い。でも奥の方に寂しいスパイスが潜んでいる。そんな不思議な香り。
目を開けるとぼんやりとした視界に、白い何かが映っていた。こちらを覗き込んでいる。
「セ、ト…?」
「違う。俺だ」
「あぁ、シュドー。女の子の寝顔はジロジロ見るもんじゃないよ」
「お前に話がある」
シュドーは私の傍に椅子を引き寄せて座る。
私の軽口にも乗る余裕が無いのか、あえて反応しないのか。性格的に後者かな。
意識が戻るにつれて私と彼らの間に何があったのかを思い出してきた。思わず笑いが口から零れる。
「あはは。私の死に方についての相談?」
「あの魂を解放するか1000個集める前に、上部にある魂が全て落ちると、お前の魂は虚空に消える。二度とこの世に意識を戻せなくなる」
シュドーが視線で遠くの魂時計を示す。
「なるほど。時間内に1000個集めるのが皆の目的なんだね。残り1個がどうとか皆で騒いでたみたいだし。魂を解放して1からやり直すなんて気の遠くなる作業だね」
「あぁ、200年かかった」
「それは大変」
白い魂が時計の中で蠢いている。ただ流動している、そんな動きだ。椅子から立ち上がったシュドーがそれを手に持ち観察する。
ひっくり返しても上部の魂は、不思議と下部には移動しない。
何をするつもりだろう?目の前で叩き割って、大量の魂を解き放つのかな。そうしたら私は解放される?もう味方がいない孤独を感じずに済む?なら、いっか。
リザリーは体を棺桶に預けて目を瞑った。もう何も映す必要はない。
「いいよ、さようなら」
「俺と逃げよう」
「えっ?」
死を覚悟した私に予想外の言葉がぶつけられた。思わず起き上がり、シュドーの顔をマジマジと見つめる。とてもじゃないけど冗談を言っているようには見えない。放心状態の私に向かって、シュドーは冷静な声音で語る。
「リザリーは魂の転生って信じるか?結論から言うと、お前は転生してる状態だ。昔、お前の意識が1000個の魂となって散り散りにされた」
「転生。分かる。信じられないかもしれないけど、実は私って違う世界に生きてたんだよね」
「…そうか。納得がいった」
意外にもシュドーは取り乱すことなく事実を受け止めていた。私が「リザリー」ではないことが、とうの昔にお見通しだったみたい。セトより数段、頭が切れる。
「魂が全て集まり、リザリーの人格が完成した瞬間。彼女は真に生き返る。…俺が何を言いたいのか分かるか?」
「1000個目が見つかったら、私は、本当に死ぬ…?」
「お前がどこに逝くのかは、俺にも分からない。お前にも『あっちの世界』での人生があったんだろう?残念ながら、俺にはその依り代がどうなっているのかを知る術が無いんだ。帰る肉体を失っているかもしれないし、既に別の人格が宿っている可能性もある。そうなったらお前は、永劫に幾つもの世界線を彷徨い続けることになるかもしれないんだ。全て憶測でしかないが」
ゾッとした。自我を見失ってしまいそうな感覚に陥る。そんな私に追い打ちをかけるようにシュドーが伝える。
「今のお前はリザリーの意識が戻るまでの、一時的な仮の人格でしかないんだ。本来の彼女が戻ってきたら、お前はその肉体から追い出される。運が良ければ、元の世界に帰れるかもしれないが」
「そんな…」
「だからもう一度言う。俺と逃げよう、リザリー」
ハッと顔を上げると真剣な顔をしたシュドーと目が合った。
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