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1000個目の魂  作者: NeKo
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第六話 再会

閲覧ありがとうございます!


さて、私は今、城下町に繰り出している。

城の上階から見えた街並みが気になり、こうして外に出てきた。依然、空は私の肌色と似た曇り空。そして充満する紫の濃霧。


ちょっと…いや、かなり劣化している建物の数々に恐怖して街を歩いていた。城の気配もさることながら、ここでもお化け屋敷の延長戦だ。


「うぅ~…怖いなぁ」


もしかしたら人が住んでいない?と、思いきや。遠くに人影を発見した。

何人かで集まって会話をしているようだ。


「なんだ、ちゃんと人が…あれ?」


おかしい。この大きな耳は遠くの音も拾えるくらい性能がいい。それこそ、気合を入れたら10メートル先の人間の鼓動が聞こえるくらい。


「あれれ?」


いくら耳に集中しても、聞きたい音は聞こえない。聞こえるのは木々のざわめきと風の声。そして彼らの話し声。それだけが聞こえる。

心臓の鼓動だって、呼吸音だって聞こえない。もちろん自分のものも。


「まさか、あの人たちも死体…?」


近付くにつれ疑惑は確信へ。彼らは私と同様に血の気を失っていた。所々、体に重々しいキズが目立っている。恐らく致命傷になるほどの。

何だか怖くなって、その人たちを避けるようにして路地に入った。


――薄暗い路地を抜け、大通りに入ると大きな看板が目についた。


「『無壁の庭』…?」


その文字だけが記されたシンプルな看板。ぱっと見じゃ何を表す建物なのか分からないが、おそらく酒屋だろう。中から微かにオレンジ色の光が漏れ、人々の話声が聞こえる。

――以前、鼓動も呼吸音もしないが。


「お、お邪魔します」


重々しい木製の扉を押すと、数人が丸テーブルを囲っており、その集団がいくつもあった。賑やか。予想外にも第一印象はそうだった。

突然空いた扉に客は驚き、一斉に振り返る。


「こんにちは…あっ、こんばんは…ですかね?」


静寂。あまりの気まずさにどうしたものかと考えていると、


「リザリー!?」「リザリーちゃん!!」「おー!やっとか!」「待ちくたびれたよ!」「おかえり!」「リザリー!!」


あちらこちらから声が投げられる。誰かが私の名前を呼び、再び会えたことを喜んでくれている。こちらからしたら訳が分からないが、何だか嬉しかった。

あまりの歓迎ムードにえへへと照れながら、私は促されるままに席に着いた。すると隣に気さくなおじさんがドカッと座り、私に話しかけてきた。それを機にワラワラと周りに人が集まってくる。そして皆が一斉に捲し立て始めた。


「腹減ってるか…って、リザリーちゃんも俺らと同じだから食わなくても平気か!あはは!この体は便利だぞー。腹は減らないし寝なくても平気。まぁ、退屈なのが玉に瑕だが」

「リザリー、私の事覚えてる?あなたから借りたお金、まだ返してないの。もう時効よね?」

「おいおい、何年経とうとも金は返さなくちゃならないぜ」

「リザリー!!昔に体術教えてくれるって言ったの覚えてる?ボク、あれから物凄く練習したんだよ」

「ねぇ、リザリーちゃん!聞いてよ!私の夫ったらね!!」


楽しそうに話す人々。その表情と声音から、皆「リザリー」と仲が良かったんだと分かる。私は、何も知らないけれど。それが少し悲しいと思ってしまう。

思い思いに話しかける人たちを見て、正直びっくりした。

だって、この人たちは――…。


「皆も、一度死んでいるんだよね?」


意外だった。この人たちもセトによって蘇った元死者だというのに、どんよりしたこの世界を謳歌しているように見えたからだ。彼らと城の地下に閉じ込められていたゾンビの違いは何だろうか。


「あぁ!俺らは全員死んでるぜ」

「リザリーより…ちょっと後だけどね」


さして気にもせず、彼らは平然と答える。


「だ、誰に殺されたの…?」


思わず声が震えた。

――思い出したのだ。

200年前。

人間と魔族が共存し、平和だったルドガルド王国を一夜で滅ぼしたネクロマンサーを。

ルドガルド王国を死者の国に変え、死体を操っているその人の名は。


「セトさ」

「セト」

「セト君ね」


あっけらかんと。彼らはその名を口にする。自分を殺した相手に何の感情も抱かないのだろうか。まさか。彼らはすでにセトに操られている?


「リザリー」


少女の声が聞こえ、下を向く。私の袖を引いた二つ結びの女の子がこちらを見ていた。彼女もまた大昔の死者だ。


「わたしたちね、セト兄をまもってるの。セト兄がもう、かなしまないようにって。だからそんなこわいかおしないで。セト兄はわるいひとじゃないよ」


「…リナ?」

「!わたしのなまえ、おぼえてるの?うれしい!」

「そう、みたい。何でだろうね」


口から零れた彼女の名。リザリーの意識が彼女の名前を思い出させたのだろうか。

はしゃぐリナをぼぅっと見ていたら、不意に背後がざわついた。

振り返ると1人の男性が入り口に見えた。

切りそろえた光る白髪。尖った耳。赤い眼。スッとした出で立ち。息を吞む美しさ。

ぽかんとする私の背を、興奮した誰かが乱暴に押した。思わずガタっと椅子から立ち上がり、その人物に向き合う。


「は、はじめまして」

「…」

「あれ?聞こえてますか?」


彼は一切表情を変えず、口を開く。聞き心地の良い透き通る低音だった。


「…おはよう、リザリー」


失礼にも、怖そうなセトより彼の方が真っ当な攻略キャラっぽいと思ってしまった。

…ただ、どことなく取っつきにくい雰囲気を醸している。

言うなればそう、クールな男性だ。分かった、クーデレってやつか。


「また会えて嬉しいよ、リザリー」

「あれ。あなたは死者じゃないんだ」

「俺は吸血鬼だから。200年位生きるのは造作も無い。魔族は総じて長命なんだ」

「そっか」


酒場にいる人たちはほとんどが人間なのだろう。勘がそう訴えている。

彼らの見た目は人間そのものだし、何より匂いが魔族じゃない。目の前の白い彼は、100%魔族の匂いがした。


私の隣に座っていたおっちゃんが気を利かせ、吸血鬼の彼に席を促す。


「ここに座りなよ、シュドー」

「あぁ」

「じゃ、後は積もる話もあるだろうし。俺らはあっちで吞んでるからさ」


人々が離れ、賑やかだったテーブルが一気に静かになる。比較的無口なシュドーと何を話そうかと考えあぐねていると、先に彼が口を開いてくれた。


「俺を覚えているか?」

「…ううん」

「そうか」

「ごめん」

「謝る必要はない。分かり切っていた事だ」

「…どうして?同じ死者でもここの人達は私を知っているのに、私だけが皆を知らないの?もしかして、私だけ蘇生失敗してる?」


…私は何を言っているんだ。当然だろう。リザリーは「私」じゃないから。答えは明らかなのに。あまりにも他の人達が私の知らない「リザリー」をみているから落ち着かない。

この世界に来てから、私はずーっと蚊帳の外。誰かが私の生き返りを喜んでいても、それは「私」に向けた喜びの感情じゃない。

その虚しさが続いて、どこか寂しい気持ちになっていた。


「俺にも分からない。リザリーが魔族なのが原因かもしれないな」

「この国に他の魔族はいないの?魔族は長生きなんでしょ?」

「魔族によっても寿命は異なる。吸血鬼は数千年生き永らえるが、リザリーみたいな人狼は長くて千年だ。…この国の魔族はみんな他の国に消えたよ。ルドガルド王国の歴史は魔族にとって不利益だというのが主な理由だ。一部の過激な魔族が人間を襲ったからな」

「へぇ…。何だか難しい話だねぇ」

「ふっ。お前は相変わらずだな」

「あ!笑った!」


整い過ぎている顔面がやや微笑んだのを私は見逃さなかった。不意に懐かしい感覚が浮上し、それに懐かしい――…。


「あれ?この匂い…」

「匂いは記憶を呼び覚ますとも言う。鼻のいいお前なら尚更だろう」


シュドーからややスパイスの効いた甘い匂いがする。スゴく好きな香り。

彼の香水かな?と思っていたら、シュドーは中の見えない小さな小瓶を取り出し、突如私の顔に向かって吹きつけた。プシュッと小気味のいい音。


「うわっ!!ちょっと、いきなり何するの!」

「まじないだ」

「意味わかんない…」


鼻を擦りながらシュドーを睨むも、彼はどこ吹く風でグラスを手に取っていた。

恨めし気に見ていると、再び入り口から喧騒が訪れる。またもや誰か酒場を訪れたようだ。


「ルルド!!やっと来た!早く!」「リザリーが動いてるよ!!」「こっちこっち!」


人ごみの中から姿を現したのは、優しくて善良そうな青年だった。長い髪を三つ編みにまとめ、片方の肩に垂らしている。まるで森の守護霊だ。

彼は――そうだ。ルルド。

エルフの青年で穏やかな性格だと言われていた。『デッド・ラブ』のセト情報だけど。


「ル、ルド?」

「リザリー…!良かった。あぁ、良かった…」

「わわ!ちょ、落ち着いて!」


ポロリと涙を零すルルドに駆け寄り、崩れ落ちそうな彼を慌てて支える。森を閉じ込めたような深緑の瞳とばっちり目が合った。潤んだ瞳は雨が降っている静かな森みたい。


「もう、目を覚まさないかと…。僕らのようにならなくて、本当にっ、良かった…!」

「うん。…うん。心配かけてごめんね」

「情けない姿を見られちゃったね。リザリーとこうして再び話せる日が来るなんて夢みたいだよ」

「そんな…――」


そんな大げさな、と言いかけて口を噤む。あぁそうだ。まだ知らないことがあった。

私について。私の死について。言葉が口から零れ落ちた。


「 ねぇ。どうして私は死んだの? 」


ピタリ


この言葉がぴったりくる。

私の言葉が魔法をかけたみたいに。

酒場が一気に凍った。

表情が乏しいあのシュドーでさえ、顔には薄く焦りが滲んでいる。

目の前のルルドは時が止まったように私を見て――いや、怯えているように見えた。


――陽気な青年が言った。


「そ、それよりもさ!ルルドは収穫あったのか?…その、な、長い調査だったんだろ?な?そっ、その話を聞かせてくれよ!」


――私は言う。


「なんで答えないの?みんな、何を隠して―――、「地下穴の調査については少し進展があったよ」――…はっ?」

「何が分かった?聞かせてくれよ」

「どうして無視するの?」

「最近『魔の巣窟』の瘴気が濃くなったんだ。おそらく根源に何かいる。無策で飛び込むのは危険だから一旦持ち帰りってことになったんだ。シュドーの方にも成果物がわたっていると思うけど」

「あぁ。あれを調べつくすのは骨が折れそうだ」

「ねぇ…?2人とも?」

「リザリーが起きたと知れば探索部隊は一斉にコンタクトを取りたがるだろうね…。どうしようか」

「隠せるか?」

「100年までなら」

「上等だ」


「っねぇ!!!」


バンっと机を叩いて立ち上がる。誰も驚かない。その反応で私が意図的にのけ者にされていることがはっきり分かった。分かってしまった。激情に駆られるのが分かったが、どうしようもなかった。


「どうして、答えてくれないの?」

「リザリー、落ち着け」

「落ち着ける訳ない。おかしいよ。私、本当は起きない方が良かったの…?」

「それはない!!」

「ルルドはそう言うけどさ、じゃあ答えてよ。私が死んだ理由!!」

「それは…」

「ほら!答えられないんじゃん!!意味わからないよ!」

「おい、リザリー」


地を這うような低い声が聞こえ、シュドーが赤眼で私を射抜いていた。

なんなの。怒りたいのはこっちだ。

みーんな演技ヘタクソ。私に言えない事ならバレないように隠して欲しかった。


「もう黙れ。お前に話すことは一切無い」

「~~~~っ!!」


気が付いたら、酒場を飛び出していた。

もう怒ってはない。悲しいんだ。誰も本心では私の生き返りを望んでいなかったのかもしれないって思ってしまったから。「私」じゃない。「リザリー」の生き返りだけど。だけど、悲しい寂しい悔しい。


ありがとうございました!

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