第四話 賑やか
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「リザリー、大丈夫!?平気?」
どう見ても怪我した可能性が高いのはケッピーの方だというのに。翼の隙間から見えた少女の目は、本気で私を心配していた。
柔らかな白い羽毛を揺らしながら、私を包むように守っていた大きな翼が開かれる。
「怪我してない?!痛い所は?ごめんね…!」
「ケッピー…が守ってくれたから平気。ありがとう。そっちこそケガは無い?」
「おい、ケッピー。今回ばかりは流石に怒るからな。僕の部屋をめちゃめちゃにしやがって…!」
ドスの効いた声を向くと、猫背の少年が肩をいからせて近づいてくる。頭から生えた数匹の蛇が彼の感情に呼応して、シャーっと威嚇していた。
「マロノ!それどころじゃない!もっとヤバいことが起こったの!」
「君、話を逸らそうたってそうはいかないからな!前みたいに僕を騙せると思うなよ鳥女!」
「あーもう!ほらっ!!見ろ!」
と、ケッピーが私の肩を掴んで立たせる。マロノに向かって背を押された。
私の姿を認識した瞬間、蛇のように陰湿な緑の瞳が徐々に大きく開かれる。マロノの瞳孔が不気味に収縮した。
「ま、まさか!!リザリーか!?君、リザリーなのか?」
「でしょでしょ!驚いたよね?リザリーなの!ケッピー達のリザリーがやっと目を覚ましたの!!嬉しい!!!」
ケッピーが私の手を取ってにぱっと笑った。人を明るい気持ちにさせる太陽のような輝きを感じた。死者の国に似つかわしくない聖なる光。
が、私の手を握っていたケッピーが不意に顔を曇らせる。灰色の手を白い羽毛で温めるようして包んでいた。
「リザリー、冷たいね…。顔色も悪そう。ケッピーね、リザリーに会えたらずぅっと聞きたいことがあったの。なんで、どうしてあの日―――…」
「あの日…?」
「…!!ケッピー!そこまでだ」
マロノの大声にびくり、と肩が震えた。その声はケッピーを厳しく牽制するかの如く、怒気を含んでいる。驚きで放心状態だったケッピーはハッとし、困ったように自身のポニーテールをいじりながら俯いてしまった。
「リザリー、ごめん。見た感じ君は過去を何も覚えてないんだろ?いきなり昔の事聞かれたってさっぱりに決まってる。君が無理して思い出す必要はない」
「思い出すっていうより…」
――私は2人が知ってる「リザリー」じゃないんだよ。思い出すも何も、はなから何も知らないんだよ。
そう言いかけた言葉をグッとこらえる。言ったところで何になる。どうせ元の世界に帰る身だ。最後までこの真実は隠しても罰は当たらない。逆に言えば、傷が深くなる前に早くこの世界を去ってしまわなければ。
「…うん。ちょっと混乱してるみたい。あんまり前の事は考えないようにしてみる」
そう言うのが精一杯だった。
エリーゼの時も思ったが、どうやらこの世界の人達は「リザリーに思い出して欲しくない過去」があるみたいだ。
私の言葉に安心したマロノは剣呑な雰囲気を収め、クルリと振り返りケッピーの頭を容赦なく拳骨で叩いた。
「君は!!まず本を片付けろ!せっかくこの前整理したのに!」
「うわーん!ごめんってばぁー!」
大げさに頭を守りながら走り回るケッピーと、威嚇しながら彼女を追いかけるマロノ。一見仲が悪い二人は大の仲良しに見える。
「おい、何笑ってるんだリザリー!…っていうか、どうしてケッピーはリザリーを抱えてこの部屋に飛び込んできたんだ?まさか歩いているところを搔っ攫ってきたのか?君って奴は…!」
「ううん、違うよ!エリーゼの部屋からリザリーが飛び出してきたの!キケン!!って思って咄嗟にリザリーを受け止めちゃった!…ごめんね?」
ケッピーが目を潤ませてリザリーを見つめる。
「あのまま地面に叩きつけられていたら多分捕まってたと思うから。むしろケッピーのおかげで助かったかも」
「捕まるって誰に??リザリーはエリーゼから逃げてたの??どうして?」
「いや、エリーゼじゃないよ。その…」
口ごもる私の言葉を、眉間にしわを寄せたマロノが引き継ぐ。彼は冷静で理知的な人物のようだ。だからこそ彼の理解が及ばないケッピーとなんやかんやで仲良しなのかもしれない。
「セトだな」
「…うん」
「あいつに何かされた?何か言われたのか?」
「いや、まだ何も…。でもあれでしょ?多分セトって私の事憎んでいるでしょ?だから正直顔を合わせるのが怖くて」
「え!!!そうなの??ケッピーはそうは思わないけどなぁ!むしろ逆だよ!!セトはリザリーが好――――」
「ケッピー」
羽をバタバタと上下させ興奮するるケッピーを、マロノが先程とは比にならない鋭い眼で睨んだ。マロノを見たケッピーが、まるで石化したみたい硬直し動きを止める。
「君は、ここから、去れ。さもなくば口を閉じろ」
冷ややかな口調に委縮したケッピーは、人形のようにコクコクと首を上下に振った。
溜息をついたマロノは私の方を向き、懐かしそうに微笑む。
「あいつから逃げないでやってくれ。確かにセトは君を許してはいない。憎んでいるというのもあながち間違ってないかもしれないな…うん。正直、君をかなり恨んでいる…と思う。でも、あいつは絶対に君を傷付けない。僕が言ってもあまり説得力は無いけどさ」
「!…うん、ありがとう」
何故か。不意に強烈なデジャブに駆られた。確証はない。でも、ほんの一瞬。懐かしい感覚がした。私の思い違いかもしれないけれど。今みたいな台詞を、マロノみたいな人から聞いたことあるような、無いような…。
――いや、違う。本当のリザリーの意識が浮上してきているのだ。このデジャブは私のものじゃない。
不安な顔を見せた私に、ケッピーが明るく言った。
「安心してリザリー!!大丈夫!!……な、ハズ!」
「その言葉のどこに安心要素があるんだよ…。リザリー、心配なら僕たちも着いて行こうか?」
「平気、ありがとう」
「ヤバそうだったら、また窓から飛び出しちゃえ!大声出してくれたらケッピーすぐさま飛んで行くよ!ビューンヒューンって♪」
「あはは。覚えておく」
ケッピーなりの励ましに勇気づけられ、私はその場所を後にした。
そしてセトに会うため、再びどんよりとした霧が立ち込める城内へと足を踏み入れた。
*
「ケッピー」
「…ハイ」
「さっきは怒鳴ったり、力を使ったりしてごめん。余裕が無かったんだ。君は口が軽いし鳥頭だから…。あと、人に対する配慮が欠けてるし、片付けは出来ないし、一度言ったことをすぐ忘れるし…」
「あれ。もしかしなくても今、めちゃくちゃ悪口言われてる?よね??」
「と、とにかく。僕は君に悪意があった訳じゃないから。気を悪くしたらごめん」
「…そんなこと気にしてたの?やぁだな~!ぜーんぜん気にしてないよ!!ケッピー、怒鳴られるのもこわぁい魔法使われるのも、平気!むしろ、マロノ相手なら何されても平気だもんね!嬉しい??」
バサバサと羽毛を散らし、ケッピーは無邪気な笑みを浮かべる。まるでその笑顔は邪気を意図して祓うかのようにさえ見えた。
「…僕は君が心配だ」
マロノはケッピーの脚に目をやり、彼女が聞こえない声で小さく呟く。
その鳥脚には枷の痛々しい痕がクッキリとついていた。
ありがとうございました!