第二話 遭遇
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ゲーム内のリザリーの情報は以下の通り。以下、全てセトの発言から抜粋。
『俺を裏切った女』
『嘘吐きで、自分勝手で、人の心を弄ぶ畜生』
『俺は死んだあいつを絶対に許さない』
『絶対に生き返らせて地獄を味わわせてやる。だから俺はネクロマンサーになったんだ』
『これを聞いてもなお、あいつはのこのこ生き返ると思うか?』
『後悔させてやる』
い、一体何をしたんだリザリー!!
どうやら笑って聞き流せないほどの憎悪がこの子に向けられている。
詳細は分からないが発言から推測するに、リザリーはセトを裏切って命を落としたみたい。
…多分、自らの手で。
そんなこんなでセトはリザリーを死ぬほど憎んでいる。ま、リザリーは一回死んでるけどね!!生き返らせてまで地獄を味わわせようなんてリザリーはよっぽどの事をしでかしている。相当な悪女だったのかな。
じゃあやることは1つしかない。
「よしっ!逃げよ」
リザリーが死体だろうが知ったこっちゃない。こんな胸糞悪い地下で生き地獄を味わうくらいなら、太陽の元、笑顔で死んでやる。
ううん。生き延びて元の世界に帰る手段を探そう。
「あ、砂時計」
棺から立ち上がり周囲を見回すと、キラキラ輝く魂を閉じ込めた砂(魂)時計があった。蠟燭とは異なる光で、仄暗い部屋を淡く照らしている。
「君のせいだからね」
全く悪くない砂時計を睨みつける。私の危機なんか知らぬ存ぜぬの砂時計は、白くて綺麗な魂を循環させていた。
――さて。
ここにいても仕方がない。早くここから脱出しよう。
腰まである銀の髪を翻し、私は鉄の扉をそっと開いた。
ギィィ
重々しい音をたててゆっくり開く。
そっと廊下を盗み見たところ、誰もいない。と、どこからかガリガリと不気味な音が聞こえた。…いや、この通路中に鳴り響いている。
「ひぃぃ」
もはや気分はお化け屋敷。暗いし一人だし、ここ死者の国だし。目を瞑ってビクビクしながら通路に出て、光が射しこんでいる方向に足を運ぶ。
ガリガリ ガリガリ ガリガリガリガリ
気付きたくない。音がだんだん大きくなっている。
「えぇいままよ!」
左右から絶え間なく聞こえる音に観念してそっと目を開いた。
「…え?」
そこにあったのは――――、
血の気のない灰色。
落ちくぼんだ眼。
ボロ切れを巻き付けた、やせ細った体。
1部屋に約10人。それが通路に沿っていくつも並んでいる。
ゾンビは鉄格子から腐った棒のような手を伸ばしたり、壊れた機械のように壁をガリガリ引っ搔いたりしている。
ここはどうやら地下牢だったらしい。それもゾンビ専用の。
「っう、うぎゃーーー!!!」
大声を出して誰かに見つかったらどうしよう、なんて考えもしないくらい驚いた。お化け屋敷だって分かっていても、やっぱり怖いものは怖いのである。脅かされるって分かっていても驚いてしまう経験は誰にでもあるだろう。
必死に、必死に走り、階段を駆け上がる。
馬鹿みたいに長い階段を上りきると眼前に広がったのは、暗~い暗~い廊下だった。何か全体的に紫の霧がかかっているようにも見えなくもない。
「…あ。ここ、お城なんだ」
ゲームで見たルドガルド王国の城と似ている。
窓から見える空は厚手の雲が覆い、太陽の光は決して届かない。
見る者に恐怖と不安を与える雰囲気はまさに死の城。
でも不思議な事にお城自体は壊れていなかった。廃墟とは言えない綺麗さだ。
セトは意外と綺麗好き…?
…いやいや、そんな感心している場合ではない!
誰かに見つかる前に脱出しなければ。多分、セトに見つかったら即刻殺される。か、見事私も地下牢ゾンビの仲間入りだ。
こんな超絶美女を閉じ込めるなんてセトの趣味を疑っちゃうね!!
廊下にあった鏡に向き合い、ペタペタと頬を触る。
鏡に映るは、満月を思い起こす黄色の瞳。ちょっと吊り目で猫っぽさがある。狼だけど。
口角を上げると鋭い牙が姿を見せた。笑った顔も無邪気で、今までにお目に掛かったことが無い程の美人…美人狼だ。
「それにしても人の気配が無いなぁ…」
キョロキョロと辺りを見回すも、誰もいないし、全く音がしない。
ラッキーと思いたいが、異世界に来て誰とも出会わないのはいささか不安ではある。
「お、っと」
体のバランスを崩してよろめく。
どうやらリザリーの体はまだ強張っているようだ。灰色の手足はまだ動きが鈍い。気を抜くと膝が曲がらず前につんのめってしまう。
右、左。右、左。ゆっくりと、でも確実に足を運んでいると。
厳重に封印が張り巡らされた扉を見つけた。
複雑そうな魔法陣が幾重にも重なり、取っ手には嫌な色をした鎖がグルグル巻きになっている。…触ったらバチッとなりそう。
でもその扉はよく見ると豪華だった。魔法陣が邪魔だけど、お洒落なステンドグラスが見える。中は礼拝堂かな?ということは、何かの儀式とかお祈りをする場所かもしれない。
「ちょっとだけ。一瞬ね」
明らかに何かを隠している扉に、好奇心がムクムクと膨れ上がった。どうせこの体に痛覚なんかないだろう。なら、バチっときても痛くも痒くもない!
取っ手に手をかけようとした――――、その時だった。
「リザ、リー…?」
やや掠れた若い男性の声。
振り返ると、フードを被った人影が1つ。全く気配がなかった。
その人物がフードを脱ぐと、暗い城内でも分かる白髪が現れる。
「…あ」
この人だ。
地下にゾンビを閉じこめて、死者の国を意のままにするネクロマンサー。
そしてリザリーに殺意と敵意と憎悪を向ける、ゲーム唯一の攻略キャラ。
彼は私に驚いている様子で、まだ殺意は向けられていない。…まだ。ね。
それも時間の問題だろう。多分、私はセトの魔術によって生き返った死体。彼の魔術一つで体は制御が利かなくなるだろう。そうしたら捕まって生き地獄だ。
私もきっと鉄格子カリカリ仲間になるんだ。
…嫌だ。絶対嫌に決まっている。
「ごっ、ごめんなさーい!殺さないで!」
「待て!!」
脱兎のごとく逃げ出した。足がもつれて走りにくい。既に体が死んでいるから、どれだけ動いても息は切れないのが不幸中の幸いか。
訳も分からず城内を駆け回っていると、どこからか微かな歌声が聞こえた。とても美しい女性の唄。
助けを求めようと大きな耳を頼りに足を運ぶと、中庭に何かがいた。
「♪~~♪~~」
楽器のような歌声が大きくなる。
歌声のおかげだろうか?動揺していた心の波がゆっくりと引いていくのを感じる。むしろ安心するような…。
「わぁ…」
噴水に腰かけたその人は、長くて白い足をパタパタさせながら、目を瞑り口から音色を奏でていた。
水を閉じ込めたような透き通る髪に、水生生物を思わせる頬の鱗。よく見ると手や脚にも虹色に輝く鱗がついていた。パタパタ揺れる足の鱗が光る波のよう。
あまりに幻想的な風景に、思わず立ち止まり放心状態に陥る。
彼女はおそらく人魚の「エリーゼ」。セトの旧友だ。
「~~♪~~♪―――…誰?」
死の国には似つかわしくない生きた歌声が、突如ピタリと止む。
同時に彼女の周囲を取り囲んでいた穏やかな空気が一瞬にして死の色に上書きされた。
――私は人間離れした瞳と目が合っていた。
「…リザリー?リザリーなの??」
「えっと…」
「どうしたの?まさか私の事も…覚えてない?」
「エリーゼ、さんですよね。分かります」
「…そう。その通りよ。私は人魚のエリーゼ。でもちょっと偉い人魚だから、脚だってヒレだって自由自在に生やせるの。…リザリー?何だか上の空ね。まだ本調子ではないのかしら?」
エリーゼの優しさは嬉しいが、今は彼女の自己紹介に足を止めている場合では無かった。焦った足音がこちらに近付いて来ているからだ。
「今、あの、ちょっと人に追われてて…」
「セトね。どうして逃げるの?彼は貴方と話したいだけだと思うわ」
「えぇと…」
憎んでいる相手と冷静に話が出来るだろうか?というか、なぜ聖人みたいなエリーゼがこのような死の国にいるのだろう。もしかして彼女もネクロマンサー側の人間?
「どうやら訳アリの様子ね」
エリーゼは私の表情から何かを感じ取ったようで、穏やかな波のような笑顔で言った。
「…分かったわ。一緒においで。私の部屋に一度避難しましょう」
ありがとうございました!