第一話 はじまり
閲覧ありがとうございます。
なんてことない日常。
いつも通り満員の車内。電車の中でスマホをタップ。時刻は8時20分。
隣の人にぶつからないよう気を付けながら、惰性で続けているアプリを開く。
毎朝のルーティーンだ。
今開いたのは、ちょっとマイナー過ぎる恋愛ゲーム。その名も『デッド・ラブ』。ものすごく物騒な名前の通り、闇を煮詰めたような訳の分からない恋愛シュミレーションゲームだ。
舞台は、死者の国――ルドガルド王国。
200年前までは魔族と人間がルドガルド王国で平和に共存していたそう。
…が、とある事件によってルドガルド王国は死者が跋扈する地獄と化した。
その国を一夜にして滅ぼしたのが「セト」という名の極悪ネクロマンサー。彼は事件で亡くなった国民の死体を操り、死者の国を手中に収めているらしい。
そしてあろうことか。なんと彼はこのゲーム唯一の攻略キャラである。製作者の癖が分からない。他にも色々突っ込みたい最悪設定が満載なのだが、その話をしていたらキリがないから今は割愛。
要するにマイナス要素しかない世界観かつ、攻略キャラはたったの1人。
もはや世間のネタとなりそうなこのゲームはある意味で有名…かと思いきや。私の周囲に知っている人はいないという奇跡が起こっている。
友人に『デッド・ラブ』で検索をしてもらっても「そんなゲーム見つからない」の一点張りだ。もしかして、サ終してる…?なんて思ったりもしたけれど、普通に私のアプリは開くから不思議なものだ。逆にこんな面白いゲームを知っているのが私だけ!という謎の優越感さえ生まれつつある。
なんて事を考えながら揺れる車内で人に揉まれていると、画面に光る砂時計が現れた。
それを見た私は、パッと目を輝かせる。少し待っていたら、
【魂を捧げる】現在998個
という文言が浮かび上がる。そう!これを待ってたのだ。
この文字をタップし続け早10年。998回も私は魂(笑)をこのゲームに捧げている。我ながら馬鹿なことを続けているものだなぁ。
…いや、でも聞いて欲しい。
【魂を捧げる】ボタンはランダムでしか出てこないから、10年間毎日アプリを開いている私でもやっと998個だ。この域に達してるのは世界中私しかいないのではないか?
この10年間を振り返ると、この魂モドキには何度も裏切られてきたなぁ。
100個目で変化あると思いきや、無し。
ならば500個?無駄だった。
こうなったらもうやけくそで、1000個まで溜めてやる!という謎の意地が…今!報われようとしている。
と言っても今はまだ998個だから、このタップでやっと999回。
次はいつ魂ボタンが出てくるだろう?魂ボタンに法則があるかと思ってカレンダーに出現日を書き留めてみたことがあるけど、まぁ時間の無駄だった。返せ、私の3年間。
まぁいいか。とさして考えもせず【魂を捧げる】を親指でタップ。電車が揺れて人にぶつかる。
「っあ、すみませ――…。え」
突如、画面に異変が起こった。
白いぽわぽわを閉じ込めた砂…いや、魂時計がランダムにクルクル回る。
遠心力で999個の魂が1つになっちゃうよ~ってくらいクルクルクルクル回る。
こんなエフェクト初めて見た。
じっと見ていた私の目もおかしくなってきたみたい。
白くて、光ってて、ぽわぽわ。何だか心があったかくなる。
―――ふ、と意識を失った。
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「はっ!!!」
あれ、今、何してたんだっけ。寝て、た??
なぜだろう。分からない。
…あ、そうだ。電車で携帯弄ってて、アプリ開いて、それで、それで…?
そう。魂の入った時計がぐるんぐるん回ってた。
頭がこんがらがって、起き上がりながらうぅんと唸る。と不意に手にふさふさした何かが当たった。
「なに、これ?」
ふさふさの正体は犬の尻尾だった。
尻にもう一本腕が生えたみたい。私が動かそうと思うと、ふさふさが揺れる。
右に左にゆらゆらヒュン。
私の意思に従って、銀色の美しい毛並みがロウソクの光を浴びて鈍く輝く。
「狼だ」
頭には大きなお耳。顔の横に両手を当てても人間の耳は存在していない。
…待てよ。
よく見ると黒い服を着せられている。精巧な装飾が施されている黒装束、みたいな。
…あれ?
私が寝ていたであろうベッドは、棺の形をしていた。その棺を中心として敷かれたおどろおどろしい魔法陣。地下なのかここに窓は無い。
これじゃあ朝なのか夜なのか全く分からない。
薄暗いロウソクの光が酷く不気味だ。
…もしや。
バッと自分の手を見る。血の気を失った灰色。腐ってはいないようだけれど、とてもじゃないけど健康的な肉体とは言えない。…あ、でも問題なく動く。
今分かる情報から、私の体は「死んだ人狼」だと断定した。となれば、
「まっずーい」
おそらく私は『デッド・ラブ』に登場する人狼・リザリーの体に転生している。
攻略キャラはネクロマンサーのセトだけだったが、『デッド・ラブ』には立ち絵が無いキャラの名前が何人か登場していた。人魚だとか吸血鬼だとか蛇男だとか。
その中の1人。
―――セトが死ぬほど憎んでいる女性。それこそが…私、リザリーだったのだ。
ありがとうございました!