終わりなき決闘
それは、夜空を流れる星の如く、一瞬にして、唐突に始まり、広大な砂漠に落とした一本の針を探し出す程に気の遠くなる時間をかけて、今も続く出来事である。
二人の剣が交差すると、双方は共に音を掻き立て、あたり一面の空間には衝撃と閃光が迸る。
周りへの影響を気にせずに、二人は何度も繰り返して剣を交える。と言っても、そこは藍色の海に囲われ、夜空に煌めく星々が美しく見える無人の島である。
そこで、二人の攻防は、絶え間なく続く。何度も、何度も、繰り返される。その度に、迸る。
どちらかが周りへの影響を気にすると、それだけで勝負にはならない。本気を出した二人の技量は先日手であり、拮抗している。だからこそ、互いが相手に集中して本気を出していなければ、対等に戦うことは不可能である。
二人の戦闘領域の外界は、彼らにとって無に等しい。それは決して誇張で無ければ、過言でも無い。実際に、二人の激しい剣戟が天変地異的現象が起こしているにも関わらず、二人の双眸はそれを認知することはしても、認識することはしない。
戦闘が続く限り、二人は永劫的に世界を無視し続ける。
少し前のこと、男の一人であるルシウスは、星の浮かぶ夜空をも穿つ剣戟を魅せた。
それに対して、灼熱の対抗心を燃やすが如く、もう一人の男レオルスは、海を、山を、大地を、世界をも穿つ剣戟を魅せた。
その証拠に、満天の星空を見上げると、そこには、天の川のように夜空を分ける裂け目があった。――否、裂け目があったと言うより、空間が無かった。
更には、海は割れ、山は崩れ、大地は陥没し、世界は裂けていた。
二人は、破壊する。世界の位相を、宇宙の概念を、全ての次元を。別に二人に壊す意思は無くても、それに反して、戦闘の余波は全てを呑み込み、破壊する。
時を刻むにつれ、二人の攻防は更に激化し、その技術は更に磨かれる。先日手である二人の技量は、確かに拮抗している。が、二人は己の限界を越え、微かに、僅かに、成長を遂げているのだ。
既に全てを凌駕する領域に到達している二人であるが、かつて、彼らは同じモノを求めていた。
それは――、
自分と対等に戦える好敵手の存在。
自分と同じ領域の好敵手と切磋琢磨し、互いに影響を及ぼし合って成長する。そんなことが出来る存在を求め、渇望していた。
――否、実際の二人の関係は、互い切磋琢磨し合う好敵手と言えるほど優しいものでは無かった。互いが互いを喰らう底なしの暴食。それが、それぞれを成長させた。
そして、現在に至る。二人は全てを凌駕する領域に到達した。――そう、二人とも到達したのだ。
今、二人が激しい攻防を繰り返しているのは、頂点を決めるためである。最強は、一人しか要らない。一人しか存在してはならない。
最も強いと書いて、『最強』である。最も強い存在が二人もいるのはおかしな話だろう。
その『最強』を決めるための天井の戦いは、ここまで、一週間に渡る攻防と、十万三千六百四回の剣戟を産んだ。
その回数は、今現在も増え続けている。
ルシウスは、奥義を魅せようと、太刀を構える。構えられた太刀には、少しずつ力が集まって行く。
これは、真剣勝負である。太刀を構えている時に攻撃を加えるなどと言った蛮行に走るようなことはしない。
太刀を構え始めてから、数秒。完全な太刀が完成した。
力を集束させた、光を纏う太刀。その『最強』の太刀が、今、解き放たれる。
それから、数瞬の間が空いて――、
世界の、壊れる音がした。
二人の戦いは先日手であったが、世界が、迸る衝撃に、全てを呑み込む余波に、耐えられなかったのだ。
――都合、十三万千六百十八回。
この世界が壊れるまでに繰り返し繰り出された、二人の剣戟の回数である。
その内、致命傷となり得た剣戟の数は百にも満たなかったのだが、夜空を切り裂くのと同等の剣戟を繰り返していた。
現実的では無いが、こうなることは必然的である。
世界の位相が破壊され、海が、山が、大地が、崩壊する。引力を失ったその星から、二人は大気圏の外へと、投げ出された。
どこかは分からないが、少なくとも宇宙空間では無い無重力空間を放浪する。世界は壊れたが、それでも壊れなかった刀を鞘に納めながら。
二人は、大罪を犯してしまった。もっとも、それを咎める者も、もう居ないのだが。
しかし、二人は、世界を壊してしまったことに対し、贖いをしたいとは思わなかった。むしろ、自分たちの戦いに決着が着く前に壊れた世界に対し、憤りを覚える程だった。
しかし、そんな二人の罪を咎めるかの如く、突如として目の前に謎の黒い球体が現れる。
その突如として現れたモノは、全ての色をかき混ぜたような漆黒に染まる光を放ちながら、刹那的に、貪るように二人を呑み込んで――、
◆◇◆
二人が目を覚ますと、知らない場所に居た。先程まで戦っていた満天の星空に見下される地とは打って変わって、灼熱の炎に見守られる地だった。
「――ここ、は?」
「さぁーね?」
今までに見たことのない未知の景色を目の当たりにし、困惑の念を抱くルシウスに対し、レオルスは考える気も無さそうな無気力な声で答える。
現在はどこにいるのかも分からないため、二人は一時休戦協定を張っている。不測の事態に休戦協定を張ることに二人は慣れている。故に、何も伝えずとも、無言で伝わる訳だ。
「でも、見た感じさっきまでの世界とは違うっぽいよ?」
レオルスは、先程――否、あれからどの位の時間が経過したのかは分からないのだが、そのルシウスが破壊した世界の存在を仄めかす。
夢であって欲しかったルシウスの想いとは反面に、それは決して揺らぐことのない事実なのだと言う宣告のようなものを下す。
自分は悪くない、と責任を全てルシウスに転嫁するかのような、贖う気は本当に一切無さそうな様子で。
「そうだな、違うっぽいと言うか確実に違う」
ルシウスは目の前に広がる光景を朱色の双眸に映し、不思議な感情に駆られながら、状況を冷静に判断する。
――煌々と煮えたぎる灼熱の炎の海。無人島に隣接する藍色の海とは真逆の存在であるそれからは、歪な雰囲気を感じる。
「まあでも生きてるんだしさ、さっさと続きやろうよ」
その冷静なルシウスに対し、レオルスは楽観的な表情で、翠色の双眸を輝かせながら提案をする。
この状況下でも尚、決闘を続けようとするレオルスには本当に顔が上がらない、と言わんばかりにルシウスは驚愕する。
レオルスは、混ざりっ気のない好奇心を際限なく注ぐことが出来る器である。そして、その際限ない好奇心の溝を埋めようと、渇望していた。
「こんな状況でも続けるつもりか」
冷静に、常識的な解答をしたルシウスだったが、それに一言「当然」とだけ返し、レオルスは鞘へと手を伸ばして戦闘体制に入る。
「さっき世界を壊したのは俺だ。――なら、俺の方が強い!」
自信満々に、既に勝ちを確信したかの如く、荒々しく声を上げて、ルシウスもまた、鞘へと手を伸ばして戦闘体制へと入る。
「まだ決着がついてないんだよ? それなのに勝利を確信するなんて傲慢だね。――どうせ僕が勝つ」
二人は互いの双眸を睨み合い、刀を鞘から取り出して構える。満天の星空に見下される地とは違う、灼熱の炎に見守られる地で。
――それは、『最強』を決める戦いの、第二回戦の火蓋が切って落とされる、歴史的瞬間だった。
◆◇◆
――都合、三十二万七十二回。
夥しいほど繰り返された剣戟の末、この灼熱の炎に見守られる地も、破壊された。
満天の星空に見下されていた世界よりは長く持ったが、結局は破壊されてしまった事実に変わりは無い。
世界が終焉を迎えようとも、二人の剣戟は繰り返されていた。決着が着くまで、二人は決して手を止めない。
そして、再び現れたモノは、全ての色をかき混ぜたような漆黒に染まる光を放ちながら、刹那的に、貪るように二人を呑み込んで――、
◆◇◆
二人が目を覚ますと、知らない場所に居た。満天の星空に見下される地でも、灼熱の炎に見守られる地でもなく、砂が吹き荒れる地だった。
そこで、『最強』を決める戦いの、第七回戦の火蓋が切って落とされる。
そこでも、二人の激しい攻防は幾度も、絶え間なく繰り返され、衝撃と閃光が迸り――、
――都合、七万六千五百二十五回。
繰り広げられた剣戟の回数は、少なかった――否、ここまでの回数が夥しかっただけに、感覚が狂っているだけかもしれないのだが、この砂が吹き荒れる地も、破壊された。ここまでに渡ってきた他のどの世界よりも、持った時間は短かった。
脆い世界だったな、と思う二人。その目の前にまたしても現れたモノは、全ての色をかき混ぜたような漆黒に染まる光を放ちながら、刹那的に、貪るように二人を呑み込んで――、
◆◇◆
二人が目を覚ますと、知らない場所に居た。満天の星空に見下される地でも、灼熱の炎に見守られる地でも、砂が吹き荒れる地でもなく、吹雪で凍てつく地だった。
そこで、『最強』を決める戦いの、第二十三回戦の火蓋が切って落とされる。
当然の如く、そこでも二人の攻防は幾度も、絶え間なく繰り返され、白でも黒でもない衝撃と閃光が迸り――、
――都合、五十万二千九百三回。
夥しいと言う言葉では表せない程に夥しい回数の剣戟を重ね、この吹雪で凍てつく地も、破壊された。ここまでに渡ってきたどの世界よりも持った時間は長かった。
もう何度目か、現れたモノは、全ての色をかき混ぜたような漆黒に染まる光を放ちながら、刹那的に、貪るように二人を呑み込んで――、
◆◇◆
何度も、何度も、幾度も、幾度も、終わりなく、終わることなく、終わりを知らず、世界を渡って、世界を破壊して、呑み込まれて、目覚めて、戦い続ける。
何千、何万、何億もの世界を巻き込んで破壊しても、決着は着かなかったし、きっとこれからも着かないだろう。
世界を渡る度に、二人の技量が向上しようとも、片方の技量が向上すれば、もう片方の技量も向上する。
二人がいずれ、一撃で世界を屠るほどの力を得たとしても、決着は着かない。
二人の技量は永劫的に拮抗する。
二人が今、どこの世界で、何をしているかは、誰も知らない。
だが、きっと、今もどこかの世界で、『最強』の玉座を求めて、終わることのない決闘を続けているだろう。
――これは、夜空を流れる星の如く、一瞬にして、唐突に始まり、広大な砂漠に落とした一本の針を探し出す程に気の遠くなる時間をかけて、今も続く出来事なのだから。
――と思っていたのも束の間のことだった。
刹那、悍ましいほどの力をその手中に収め、『剣』と言う名が冠する全てのモノ、或いはコトを窮め尽くした二人が、この世界にも遂に襲来してしまった。
世界は、不可解と不条理が連続して創られているのだと、今、この場で実感する。
この世界も、いずれは標的になることを想定していたが、実際にその現実を目の当たりにすると、受け入れ難いものだ。
――とは言っても、この世界も、もう時期終焉を迎えるのだが。
――都合、一回。
『最強』を決める戦いの、第十六億三百二万四千三十三回戦の火蓋が、切って落とされる。と同時に、何の予備動作も無く放たれたルシウスの一撃は、世界を切り刻む。
幾多の世界を破壊し、渡ってきた二人技量は既に、一撃で世界を屠ることが出来るほどに全てを超越してい――。