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不愛想な鍋屋さんの焼却炉

作者: marron

ひだまり童話館企画「ぱちぱちな話」参加作品です

よろしくお願いします

 垣根の垣根の曲がり角、そこを曲がると少し香ばしい、物を燃やした空気が漂っています。チヨは大きなかごを抱えながら垣根を曲がり、低い木戸をお尻で押しながら開けて入りました。

「おはようございます。これ、お願いします」

 木戸の中は母屋に続く庭が雑木林のようになっていて、たくさんの木が生えています。そして木戸のそばには家庭用の焼却炉があって、そこから香ばしい煙が漂ってきます。

 チヨの持ったかごには家で出たごみが入っています。

「生ごみの水はちゃんときったかね?」

 焼却炉の前で長い火かき棒を持つ鍋屋(おじい)さんがおはようも言わずに尋ねました。

「うん、絞って乾かしてきたよ」

「燃えないものは入ってないだろうね」

 鍋屋さんはかごを見もせず焼却炉のフタを開けて中を覗きながらまた聞きました。

「うん」

「じゃあ、そこ入れてきな」

 チヨは言われた通り、焼却炉の横にある大きなごみ箱にかごの中身を入れました。焼却炉は燃やすタイミングがあるようで、次から次へとごみを入れるのではなく、ある程度ごみをためてから火をつけて、ちゃんと燃え始めたらふたを閉めるそうです。

「あら、おはようございます」

 そこへ母屋の方から茶色いお団子頭の小さな女の人がやってきました。火かき棒とちりとりを持っています。

「ミヤコさん、おはようございます」

「チヨちゃんいつも感心ねえ。今日は学校ないでしょ?」

 ごみを持ってくるのは、お家のお手伝いです。もちろん“ごみの日”に家の前に置いておけば、塵芥車がごみを持って行ってくれますが、町には数件ほど「認定家庭焼却炉」の家があって、そこに家庭ごみを持っていくと燃やしてくれるという制度があります。それによってごみをしっかり分別して減らそうという試みです。でも分別の基準が厳しく、またわざわざ認定家庭焼却炉のある家まで持っていかなければならないので面倒なのです。

 だからチヨのように、家庭ごみを持ってくる子どもはなかなかいません。しかも学校のない日に早起きをしてまで。


「おはようございます。今日もお願いしますよ」

「おはようございます、下田さん。そちらに置いてくださいね」

 次にごみを持ってきた近所のおばさんが来ると、ミヤコさんはにこやかに挨拶しました。

「ちゃんと分別したかね」

「はいはい、生ごみもしっかり絞りましたよ。じゃあ、鍋屋さんよろしくお願いしますね」

 不愛想な鍋屋さんに近所のおばちゃんはサバサバと答えるとチヨに手を振ってすぐに戻っていきました。

 焼却炉の横の箱はそれなりにごみがたまっています。

 チヨが見ていると、ミヤコさんは火かき棒で焼却炉の下の小窓から灰をかき出して、ちりとりに集めて、今度は灰の溜めてある向こう側の大きなバケツに入れました。

 もう焼却炉はほとんど燃えていないようです。

「よし、良いじゃろ」

 鍋屋さんは焼却炉の上のフタを開けて中を覗き込みながら、火かき棒でごそごそとかき混ぜています。その中は背の低いチヨには見えません。でもミヤコさんが下の小窓から灰を出しているところを見ると、ひと段落したところのようです。


「さて」

 と言いながら鍋屋さんは真っ黒な火ばさみで集まったごみを焼却炉に入れ始めました。ミヤコさんもちりとりと火かき棒で挟んでごみを拾って焼却炉に入れています。

「あの、あたしも手伝います」

「あぶねえからそこで見ていな」

 チヨが手伝おうとすると、鍋屋さんはぶっきらぼうに言いました。チヨはおとなしく、邪魔にならないところで見ていました。

 あらかたごみが焼却炉に入ると、鍋屋さんはチヨに「台に乗って見るか」と言いました。

 チヨは「うん」と頷いて台に上りました。そこに乗ると焼却炉の中のごみがどんなふうになっているのかが見えます。

 鍋屋さんはマッチを擦り、燃えやすそうなごみに火をつけました。

 めらめらと紙が燃えて、それから他の紙に燃え移って、さらに下のごみにも火が移っていきます。

 焼却炉の中はあっという間に火が広がりました。

「降りな」

 鍋屋さんはチヨを、台から降りるように言いました。あまりずっと焼却炉を覗いていると熱すぎるからです。


 台から降りると、焼却炉の上部分から炎が出ているのが見えるだけです。中のごみの様子は見えません。

 でもチヨはそれを見るのが好きでした。

 焼却炉の煙突からは少し煙りが出始めて、辺りが熱くなってきました。

 鍋屋さんが火かき棒で中をガサガサと押していると、火が強くなって焼却炉の上にパチパチと小さな火花が爆ぜています。

 鍋屋さんは汗をかきながら、じっと焼却炉の中を監視していて、ミヤコさんは下の小窓の様子をうかがっています。

 その、じっくりと火を扱う様子を見るのが好きなのです。

 乾いた匂いと爆ぜる音。それがチヨの心を落ち着かせてくれます。


「あれは・・・どうなった」

 焼却炉を覗いている鍋屋さんがそっと言いました。

 チヨは前に、ここで話を聞いてもらったことがあるのです。ここには不愛想な鍋屋さんと優しいミヤコさんしかいなくて、あまりに落ち着いたものだから、つい、心に抱えていたもやもやを口に出したのでした。

「あのね、まだ、あんまり」

 チヨはクラスでうまくなじめなくて、特に男の子が怖いという話をしていました。それで鍋屋さんは心配してくれていたのです。

 鍋屋さんは、自分も顔が怖いし不愛想だからうまく女の人と話すことができないことがあったと言って、チヨの気持ちをわかってくれました。

「練習はしてみたか」

「うん、少し」

「人形には?」

 鍋屋さんは“人形”に向かって話の練習をしたことがあるそうです。そんな鍋屋さんを想像すると笑ってしまいます。でも実際にチヨもやってみたら、意外と緊張してうまく言葉が出ませんでした。だから、まず人形に向かって練習した鍋屋さんはすごいのです。

「うん、やってみた」

「じゃあだんだんできるようになる。焦らなくて良い」

「うん」

 焼却炉の中の火が少し落ち着いて爆ぜる音が小さくなるまで、鍋屋さんとチヨは静かに話していました。その様子をミヤコさんは優しい顔をして聞いていました。



 垣根の垣根の曲がり角。

 ある日チヨが大きなかごを抱えて、低い木戸をお尻で押して中に入ると、焼却炉の庭はまだ冷えていました。

 ミヤコさんが一人、火かき棒やちりとりの準備をしているところです。

「おはようございます、ミヤコさん」

「チヨちゃん、おはよう。ちょっと待ってね、今から火をつけるから」

「鍋屋さんは?」

 チヨは焼却炉の横の大きな箱にごみを入れるとミヤコさんに聞きました。

「今日は寒くてちょっと足が痛いんですって。だからお休み。もうお年だし」

「そうですか」

 確かに鍋屋さんは、チヨが知る大人の中で一番の年よりです。顔も腕もしわしわで、背中はあまり曲がっていませんがそれでも見ればかなりのお爺さんです。

 それでミヤコさんが一人なので、チヨはごみを移すことや焼却炉の下の小窓から灰をかき出すお手伝いをしました。


 次の日には鍋屋さんは焼却炉に戻ってきましたが、その次の日はいませんでした。

 少しずつ、鍋屋さんがいない日が増えてきて、時々鍋屋さんが戻ってくるとなんだか小さくなったように感じました。


 そんな日が続いて、ひと月も経った頃でしょうか。もうだいぶ寒い日が続いていましたが、その日はぽかぽかと温かい日差しのある日でした。

 焼却炉でごみを燃やしながら、その火で三人が温まっていると、鍋屋さんが言いました。

「あれは・・・どうなった」

「あのね、お人形さんに話すのはできるようになったの。それでお友だちが一人、できたの」

「まあ、それはよかったわねえ」

 ミヤコさんがすぐに朗らかに笑って褒めてくれました。

 鍋屋さんは焼却炉を覗きながら、少しウンと頷いているようでした。

「まだ男の子は怖い?」

 ミヤコさんが聞くと、チヨは下を向きました。そう簡単にはクラスに馴染んだり急に男の子と話ができたりしないことはミヤコさんも鍋屋さんもわかっているのでしょう。

 でもチヨの気持ちを覚えていて、応援してくれているのだと思うと、チヨはとても勇気づけられました。

「だんだんできるようになる。焦らなくて良い」

 鍋屋さんはいつものように言うと、焼却炉のふたを閉めました。


 それから数日間はまたミヤコさんだけが焼却炉を燃やしに来ていました。チヨもごみを持っていくと必ずミヤコさんのお手伝いをしました。

 でも、ミヤコさんもあまり元気がありません。

 鍋屋さんの具合が悪いのでしょうか。

 チヨは心配でした。それでチヨは、鍋屋さんとミヤコさんを元気付けたいと思いました。でも、チヨにできることは何もありません。


 チヨはたくさん考えて、鍋屋さんのように優しい人になれたら、喜んでもらえるかもと思いました。

 鍋屋さんはちょっとぶっきらぼうなところがあるけれど、いつもチヨのことを気にかけてくれます。だからチヨは鍋屋さんが好きなのです。

 チヨはそれを真似しようと思いました。相手のことを思いやる気持ちで話すのです。人形相手に一生懸命練習しました。

 そのかいあって、チヨは学校で男の子が話しかけて来た時に、ちゃんと話すことができました。そしてそれを、鍋屋さんに報告しようと思いました。


 男の子と話ができた次の日の朝、チヨは鍋屋さんの焼却炉に行きました。

 しばらく鍋屋さんの姿を見ていません。ミヤコさんも少し遅れてやってきました。

「おはようございます」

「チヨちゃん、おはよう。毎日感心ね」

「うん、お手伝いするね」

 ミヤコさんを気遣い、チヨは焼却炉にごみを入れ灰をかき出すお手伝いをしました。

 そして火が入って乾いた匂いがして、ごみが爆ぜる音がすると、ミヤコさんとチヨは二人で火の粉を見ていました。

「あのねミヤコさん、あたし、昨日男の子に話しかけられて、ちゃんと答えられたの」

 ミヤコさんはパっと表情を明るくしました。

「まあ、ついに!?チヨちゃん、やったわねえ」

「うん、あのね、算数の問題わからないって言ってたから、一緒に考えたの」

「怖くなかった?」

「大丈夫だった。お人形さんで練習したから、緊張、したけど」

「まああ、本当によかったわ。鍋屋さんに伝えておくわね。きっとすごく喜ぶわ」

 それを聞いてチヨも嬉しくなりました。鍋屋さんとミヤコさんに喜んでほしくて勇気を出したのですから。


 その次の日に焼却炉に行くとミヤコさんが「鍋屋さんがすごく喜んでいた」と教えてくれました。


 そしてその次の日。

 焼却炉にはすでに火が入っていました。

 でも、そこには誰もいません。

「おはよう、ございます・・・鍋屋さん?」

 チヨが小さな声であいさつをしても誰も来ません。

 乾いた匂いと爆ぜる音だけがそこにあって・・・いいえ、焼却炉のそばには茶色いお団子頭の人形が、火かき棒の上に落ちていました。

 目にはもう光はなく、ただの人形になっていました。

 チヨは人形を拾い抱っこすると、焼却炉から立ち上る赤い火の粉をずっとずっと黙って見つめていました。


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無愛想だけど仕事は真面目で、優しい鍋屋さん。実に味のある人物像ですねえ。無愛想でも自分なりに背伸びをせず、相手のことを思いやる気持ちを鍋屋さんから教わったからこそ、チヨちゃんは一生懸命、お話の練習が出…
 学校にごみ焼却炉があったし、おじいちゃんも裏庭でごみを燃やしていたなあ、と思い出しました。  鍋屋さんがだんだん心配な様子になってきて、ああ、これはミヤコさんとチヨちゃんが受け継いでいくのかしらと思…
ちょっと衝撃の結末で(一瞬、ホラーかと思いましたよ)、いったいどういうことなんだと悩みましたが、もう一回拝読したら、ああそうか、そういうことなのかと。 自分なりの見解ですが、きっと鍋屋(苗字だったん…
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