表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最上位の推し  作者: 琴音
6/15

生保レディです

 やっと3日目にレイからLINEが来た。

 ほっと一安心、ちょっと焦りました。


『ごめん、何に怒ってるのかわからない』

『キツネでもタヌキでもないってことです』

『ますます分かりません』

『わかるまで闇に沈んでてください、

 わからなかったら、もう浮かんでこなくても結構です』


 しばらくの沈黙後にスタンプが届く。レイにそっくりのイラストで号泣のスタンプだ。うわぁー、自分のスタンプまで持ってるんかい、スター並みだな。


『レイ専用のスタンプなの?』

『専用というか、購入できるんじゃない。常連のイラストレーターが誕生日プレゼントに描いてくれた。それより、お願いヒントください』


 デフォルメされているがレイの特徴を捉えていて可愛いらしいスタンプだ。そのイラストにどんだけの思いを込めて描いたと思ってるんだ。

 闇の中で考えろ。


『ヒント、なし』

 その後の返信もなし。ああ面倒、私より数倍めんどくさいじゃないか。

 

 冷静に考えると、私たちの相性はいいとは思えない。それどころか最悪に近いかもしれない。もう26なのに()()()遊びで、レイの言う通り現実逃避してる場合じゃない。先のことを考えるとお先真っ暗で途方に暮れる。でも暮れなずんでばかりじゃ食べていけない。会社に行かなくちゃ。


 月曜の朝は憂鬱だ。一週間の営業成績が発表されるからだ。いちいち声高に公表しなくても、オフィスの正面に堂々と一目瞭然のグラフが貼ってあるではないか。それも常に最下位をキープしている者のやっかみなのだろう。華々しくピンクのリボンで棒グラフのてっぺんを飾っていれば、ウキウキの月曜日なのだ。

 

私の職業は生保レディと呼ばれている。いまどき「レディ」ってなんだって思う。

 のんびり構えていたら就職活動に出遅れた。大量採用の保険会社に辛うじて滑り込み、もう4年になる。大口の固定客を掴んでないと保険の外交など成り立たない。「こんにちは」で玄関を開けてくれる家など皆無に等しい。マンションもオートロックで話さえ聞いてもらえず、どうやって契約を取るの?が現実だ。アポ電も会社名を名乗っただけで切られる。ノルマ地獄にヘトヘトになり、「神経が崩壊した」の一言を残して退職した先輩を思い出す。そうなる前に何とかしなくては。


 この仕事を始めてから何人もの友人を失った。遊びの誘いも断られ、声もかけられなくなった。契約欲しさに見境なく勧誘した見返りがこれだ。大した成果もなく、失ったものの方が遥かに大きい。親戚にも敬遠されて、もはや八方塞がりである。

 ヒールの靴を何足もダメにして靴擦れに血まみれになって、気が付いたら周りに誰もいなくなっていた。愛想笑いとカモネギ男に合わせた下ネタが上手くなっただけだ。 


 グレーのスーツに身を包み、髪を後ろで一つに結べば生保レディの出来上がりだ。色気よりも、早口で言葉を並べて相手を圧倒させる話術が必要なのだ。いざ出陣です。


 駅に向かう途中で、もうすぐ定期が切れることを思い出した。以前は一か月単位での支給だったのに、いまは三か月単位の金額で支払われる。僅かな差額なのにシビアだなと思う。


 10分ほどで駅に着くと売店で〇ントスのレモンスカッシュ味を買う。クサったときの気分転換に最適なのだ。ふと券売機の横にレイを見かけた気がした。髪の毛が黒だったので、見間違いかと思って通り過ぎた。でも振り返って確かめるとレイに間違いがない。

 

「なにしてるの」


「あっ、おはよう・・・」

 声をかけられ、スマホを見ていた顔を上げる。クッキリハッキリの目鼻立ち、整い過ぎでしょ。朝からどんだけ爽やかなんだ。


「こんなとこで何してるの?」回答がないので、繰り返し聞く。


「逢いに来た」

 その逢いたい人は、あなたが下を向いてる間に通り過ぎるところでしたよ。


「だれに?」一応、聞いてみる。


「あんたに。朝起きたら、あんたの顔が浮かんで逢いたいと思った」


「思わせぶりな言い方だね。それってなに?私はレイのなに?」


「ともだち」


「友達なのに朝起きたら顔が浮かぶの?逢いたいと思って飛んでくるの?」


「うん、それもアリでしょ」


 自分を俯瞰している自分がいる。強くて頑固で信念を曲げないのは、脆くて弱い自分を知ってるからだ。虚勢を張って平静を保っている以外に自分を守る術を知らない。でも今は違う。


「大嘘つきだね、じゃあ私は真っ正直になる」


 お腹に力を込めて、ちょっと大きめの声で叫ぶ。


「レイが好き、全部好き!世界で一番好き」


 朝の通勤時間帯に行き交う人の目も憚らず告白した。誰であっても、彼が誰を愛そうと、誰に心を奪われようと関係ない。

 私がレイを好きなことに嘘はない。


「知ってる」


 私は好きな男と1秒でも長く一緒にいたくて、その場で会社に電話をして退職の意思を伝えた。

 マスターがなにか喚いていたが、問答無用で電話を切った。

 ピンヒールを脱ぎ捨て自由になるために、私に逢いに来た男と今すぐに手を繋ぐために、会社を辞めました。


つづく


明日、21時に更新します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ