作戦失敗?
レイはツンが多めのツンデレである。
イケメンは得てしてそういう生き物なのだと思う。ツンばかりだと”裸の王様”になりかねないが、スパイスのデレの匙加減で女を虜にする。相手によって絶妙なバランスが肝要なのだが、例え匙加減を間違っても最後は顔でごまかす手法もある。イケメンの特権である。
同中の三上玲とレンタル彼氏の逢沢玲、いまだに同一人物だと思えなくて困惑している。しかも三上玲とは会話を交わした記憶もないのに、初恋の人だと告白された。困惑を通り越して、一種の飽和状態です。いま起きている現実が受け止めきれずに、あふれ出しています。確実にキャパ超えてます。
それってホントに私ですか?と、いつまでも狼狽えている場合ではありません。まずは目の前の現実から対処しなければ。
レイはこの機にレンタル彼氏稼業を辞めると決めた。大学2年の時に友達に誘われ、報酬に釣られ軽いノリで始めた。卒業時に辞めるつもりが、もう少しと引き止められてズルズルと先延ばしになっていたらしい。生家は群馬にある老舗の旅館なので家業を手伝うつもりで就職はしなかった。3人兄弟の次男で割と好き放題してもうるさく言われなかったのもあるが、サラリーマンとは桁違いの収入は魅力だった。
ホストとかデリヘルと違って身体の関係がないので、俳優と同じような感覚らしい。演じているうちに現実と非現実との境目がわからなくなって、レイと玲を纏う自分に快感を覚えた。どっちも自分だけど、どっちでもない自分、そんな感覚が好きだと言った。それって危ない領域に浸かってますよ、ちょっと心配だよ。
「辞めるって言ったら、社長がいい顔しない。もう26だから、チャラ男引退だろ、勘弁してほしいわ」
「予約いつまで入ってるの」
「3月28日、それで最後、それ以後は全部断ってる」
「だったら諦めてるでしょ。契約期間とかあるの?」
「ずっと仮契約で延長してるし、このまま辞めてもペナルティとかないけど、顔写真だけ載せさせてくれって言われてる。それって客寄せパンダでしょ、まじムカつく。予約のカレンダーアプリに×つけといたらわかんないとか言ってやがる」
「それは悪質だわ、乙女心をカモるのは許せない」
「僕としたら、すんなり辞めさせてくれればそれでいいわけ。まっ、キツネとタヌキの化かし合いだからね。純粋な乙女は男をレンタルしないでしょ。そこんとこ宜しく」
「うわっ、最悪、最低!そんな風に思ってたんだ」
「あんただってそうでしょ。現実逃避したかっただけだし」
レイとは正式なお付き合いを始めたわけじゃない。呼び出しに応じてくれた、あの日からどちらからともなく誘いあって会う。仕事用じゃないLINEで、主に私がお伺いを立てる。予定がなければ、どこかで落ち合うという感じで甘いデートとは程遠い。
今日は馴染みのビストロを予約してあるらしい。ピザが絶品だと言っていた。予約の時間まで暇を潰そうと喫茶店に入ったら言い合いになった。
初恋の人だからといって彼女の座を射止められるとは限らない。ほっとけないと言われただけで、好きとか付き合ってくださいとか言われたわけじゃないし。そこを掘り下げて聞く勇気はないので、相手がどう出るか様子見といったところだ。でも、この男グイグイ来られることには慣れてるけど、引かれることには弱いのを知っている。
「今日は帰る。気分が優れません」
惚れた弱みに付け込んで調子に乗るなよ。顔だけで許されると思うなよ。
折角のご馳走をすっぽかしてバックを手に店を出た。後ろから声はかからない。もしかして失敗?
家に着いても電話はおろか、LINEさえも来ない。
ちょっと不安、万事休すか・・・
つづく
明日の21時に更新します。