どっちも僕だから
更新、遅くなってすいませんm(_ _)m
映画館を出てあてもなく歩いていた。
「これから、どうする?30分ほどあるけど」
「うーーーん、疲れた、どっと疲れた。喉も乾いた」
「じゃあ、そこ入る?」
指を差した先にレトロなカフェが見えていた。古い手書きの看板に、日替わりのケーキはいかがですかと書いてある。小腹も空いたので入ってみるか。
ドアを開けるとチリンと真鍮のベルが鳴って、中から甘い香りが漂ってきた。
「いらっしゃいませ」
「おっ、焼けたな、美味そう」
なじみの客の一人がカウンターに入ってオーブンからチーズケーキを取り出したところだった。こんがりと焼きあがったケーキをマスターが手際よく切り分けた。
注文を取りに来た女の人に、私たちもケーキを頂けますかと訊いてみた。勿論ですと即答したので、オリジナルコーヒーとケーキを2個ずつオーダーした。レイも異論はないようだった。
運ばれてきたのはベイクドチーズケーキだった。
「うまい!焼きたてなんて滅多に食べられるもんじゃないよ。すげぇ~うまい!」柄にもなく子供のように喜んでいる。食べるのをじっと見ていたら視線を感じたレイが、これは僕が払うよと言った。そんなつもりではなかったのにと妙に悲しくなった。
「ルールは守らなくてはいけないので、私が払います」
いきなり敬語になってしまって小さく笑った。笑った後に言葉に詰まった。咽かえるように喉の奥が苦しくなって、嗚咽が漏れた。涙が溢れて止まらない。泣いてなんかいられない、早くケーキを食べなくちゃ時間が来てしまう。どうするの、どうしよう。こんな筈じゃないのに、思いっきり楽しんで忘れるつもりだったのに。
怪訝そうにマスターがこちらを見ている。さっきオーブンからケーキを出した客も遠慮がちに視線を送ってくる。オーダーを取りに来た女の人は、今は店内にはいない。レイだけが黙々とケーキを食べ続けている。なんなの、この人まるで泣くのがわかっていたような態度で落ち着き払って。恋人が泣いているんだよ、なにか言えよ。
いろんな感情が一緒くたになって押し寄せてきて、人目も憚らず声を出して泣いた。人目と言っても目の前の男はケーキに夢中だし、マスターも客も見ないふりをしてくれている。それにカフェで泣いてはいけないルールもないし。
ひとしきり泣いた。ナプキンで鼻をかんだのでテーブルが紙くずだらけになった。ナプキンを無駄に使ってしまった罪悪感から、それらを拾い集めて小さく丸めるとバックの中にしまう。
「気が済んだ?失恋をこんなことで紛らわそうなんて、ちゃんと恋してた自分に失礼だよ。その人のことホンキで好きだったんでしょ。だったら泣いて泣いて吐き出さなくちゃ、前に進めないよ」
ぶっきらぼうな言い方にムッとした。わかった風なこと言いやがって、ふざけんな!私がどんだけ傷ついてるのか、わかってるの。
利用するにあたってアンケートを書かされた。キッカケは?の質問に”失恋”と書いた。レイは私が振られてヤケになってるのを知っている。
「お金払ってるんだから、もっと優しくしてよ、もっと言い方が・・・」
「そういう仕事じゃない」
そういう仕事だよ、嘘でもいいから優しく慰めてよ、と言いたかった。でも余りにもキッパリ言われたので反論できなかった。
時間が来たので支払いを済ませ店を出た。自然と足は駅に向かう。一歩下がって後ろを歩くレイとは無言の行進が続いている。言葉も感情も必要としない偽りの関係なのだから、無理に会話をすることもなくサヨナラすればいい。それでいい。
スマホにセットしたアラームが震えた。バイブレーションにしといて良かったと何となく思った。振り返ると、レイが真っ直ぐこっちを見ている。言いたいことが山ほどあったのに、その目に見つめられるとどうでも良くなった。彼の目に映っている私は惨めで、懸命にお道化ても笑ってもらえないピエロみたいだ。
「じゃあ、時間だからここで」
「前を向けるようになったら連絡してよ。待ってるから」
「それってレイ君?それとも素の逢沢玲が言ってるの」
「両方、どっちも僕だから」
カッコつけないで!
私の横を追い越して背中を向けて遠ざかるレイに心の中で叫んだ。振り向きもせず雑踏に消える男に未練など残してはいけない。私は自分を戒めるように唇をかみしめた。
つづく
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