表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最上位の推し  作者: 琴音
3/15

どっちも僕だから

更新、遅くなってすいませんm(_ _)m

映画館を出てあてもなく歩いていた。


「これから、どうする?30分ほどあるけど」


「うーーーん、疲れた、どっと疲れた。喉も乾いた」


「じゃあ、そこ入る?」


 指を差した先にレトロなカフェが見えていた。古い手書きの看板に、日替わりのケーキはいかがですかと書いてある。小腹も空いたので入ってみるか。

 ドアを開けるとチリンと真鍮のベルが鳴って、中から甘い香りが漂ってきた。


「いらっしゃいませ」

「おっ、焼けたな、美味そう」

 なじみの客の一人がカウンターに入ってオーブンからチーズケーキを取り出したところだった。こんがりと焼きあがったケーキをマスターが手際よく切り分けた。

 注文を取りに来た女の人に、私たちもケーキを頂けますかと訊いてみた。勿論ですと即答したので、オリジナルコーヒーとケーキを2個ずつオーダーした。レイも異論はないようだった。


 運ばれてきたのはベイクドチーズケーキだった。

「うまい!焼きたてなんて滅多に食べられるもんじゃないよ。すげぇ~うまい!」柄にもなく子供のように喜んでいる。食べるのをじっと見ていたら視線を感じたレイが、これは僕が払うよと言った。そんなつもりではなかったのにと妙に悲しくなった。


「ルールは守らなくてはいけないので、私が払います」

 いきなり敬語になってしまって小さく笑った。笑った後に言葉に詰まった。ムセかえるように喉の奥が苦しくなって、嗚咽が漏れた。涙が溢れて止まらない。泣いてなんかいられない、早くケーキを食べなくちゃ時間が来てしまう。どうするの、どうしよう。こんな筈じゃないのに、思いっきり楽しんで忘れるつもりだったのに。


 怪訝そうにマスターがこちらを見ている。さっきオーブンからケーキを出した客も遠慮がちに視線を送ってくる。オーダーを取りに来た女の人は、今は店内にはいない。レイだけが黙々とケーキを食べ続けている。なんなの、この人まるで泣くのがわかっていたような態度で落ち着き払って。恋人が泣いているんだよ、なにか言えよ。


 いろんな感情が一緒くたになって押し寄せてきて、人目も憚らず声を出して泣いた。人目と言っても目の前の男はケーキに夢中だし、マスターも客も見ないふりをしてくれている。それにカフェで泣いてはいけないルールもないし。

 ひとしきり泣いた。ナプキンで鼻をかんだのでテーブルが紙くずだらけになった。ナプキンを無駄に使ってしまった罪悪感から、それらを拾い集めて小さく丸めるとバックの中にしまう。


「気が済んだ?失恋をこんなことで紛らわそうなんて、ちゃんと恋してた自分に失礼だよ。その人のことホンキで好きだったんでしょ。だったら泣いて泣いて吐き出さなくちゃ、前に進めないよ」

 

 ぶっきらぼうな言い方にムッとした。わかった風なこと言いやがって、ふざけんな!私がどんだけ傷ついてるのか、わかってるの。

 

 利用するにあたってアンケートを書かされた。キッカケは?の質問に”失恋”と書いた。レイは私が振られてヤケになってるのを知っている。


「お金払ってるんだから、もっと優しくしてよ、もっと言い方が・・・」


「そういう仕事じゃない」

 そういう仕事だよ、嘘でもいいから優しく慰めてよ、と言いたかった。でも余りにもキッパリ言われたので反論できなかった。


 時間が来たので支払いを済ませ店を出た。自然と足は駅に向かう。一歩下がって後ろを歩くレイとは無言の行進が続いている。言葉も感情も必要としない偽りの関係なのだから、無理に会話をすることもなくサヨナラすればいい。それでいい。

 

 スマホにセットしたアラームが震えた。バイブレーションにしといて良かったと何となく思った。振り返ると、レイが真っ直ぐこっちを見ている。言いたいことが山ほどあったのに、その目に見つめられるとどうでも良くなった。彼の目に映っている私は惨めで、懸命にお道化ても笑ってもらえないピエロみたいだ。


「じゃあ、時間だからここで」

 

「前を向けるようになったら連絡してよ。待ってるから」


「それってレイ君?それとも素の逢沢玲アイザワ レイが言ってるの」


「両方、どっちも僕だから」


 カッコつけないで!

 私の横を追い越して背中を向けて遠ざかるレイに心の中で叫んだ。振り向きもせず雑踏に消える男に未練など残してはいけない。私は自分を戒めるように唇をかみしめた。

つづく


更新は21時を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ