8 高校デビュー
荏原学園の四階にある一年生の教室。それが、まもなく今年度の新入生たちがやってくるはずの場所でした。椅子も机も新設の学校ならではのまだまだ新しいもの。ただし、そのうちの一つに、ブービートラップのようにあるものが置かれていました。
もし、そこに女の子が座ってそれを取り出したとしたら、それは彼女にとってトラウマになってしまうものでした。また、もしそこに男の子が座ってそれを取り出したとしたら、おそらく一瞬開いた後、急いで隠したはずです。そのあと、彼は、みんなが学校から帰ってしまい一人だけになった時に、そっと開いて中に掲載されているグラビアを見つめたでしょう。見つめるというより、いささかの興奮をもって見入ってしまう、そんな18禁の写真集でした。俗にいう「ビニール本」という雑誌類で、ネットで検索すれば各種の映像が検索できるこの時代にも、まだ生き残っている書物でした。
但し、それをおいた者は、初めからそこに座るであろう男の子を狙っていたようです。
さて、桜はすでに散った4月6日、数野ジミーは従姉妹のチャウラ理亜、チャウラ玲華とともに、荏原学園の入学式に参列していました。もっとも、ジミーは入試が終わった後に特別の編入試験を受けて、特別に入学を許された新入生でした。
「僕は、本当だったら男子校に行っていたはずなんだよ」
「そうなの?」
玲華はそういいながら、興味深そうにジミーの制服の着こなしをチェックしていました。
「男子校だと、制服はそういう着方をするのかしら」
玲華が指さした先には、ブレザーの前側の下には、ボタンが一つ余っていました。その代わり、その上部には、ボタン穴が一つ余っていました。つまり、ジミーはボタンをずらしてはめているにもかかわらず、そのままここまで歩いてきていたのです。
「ジミー君、待って!」
後ろから理亜が声をかけてきました。
「駄目よ、そんな着方じゃあ。それに髪も寝起きのままなんて......」
彼女はそういうと、ジミーを止まらせてボタンを嵌めなおす手伝いというよりも、彼女がジミーのボタンをはめていました。
「理亜ちゃん、ありがとう」
「理亜、そんなことまでしてやると、ジミー君はダメ人間になっちゃうよ。彼自身にさせないと、成長できないよ」
確かに玲華の指摘の通りでした。でも、間もなく入学式が始まるこの段階では、彼に細かく指示して直させると、到底間に合わないのは明らかでした。
入学式が行われる会場の前には、クラス分けの掲示が張り出されていました。それによれば編入試験で満点だったジミーは、理亜や玲華とともに、国公立コースの1Aクラスになっていました。このコースのほかには特進1の1B、特進2の1C、特進3の1Dというように、4つほどのクラスが設けられていました。
入学式では学園理事長の挨拶、校長の挨拶が済むと、在校生の歓迎の挨拶となり、そして首席合格者による挨拶が司会者から告げられました。
「新入生挨拶。新入生代表 チャウラ理亜」
「はい」
この呼び出しに、ジミーは非常に驚き、立ち上がった従妹の顔を見上げたのでした。
「す、すごいんだな。理亜は.......」
そう独り言を言うと、隣にいたクリーブランド・明司が声をかけてきました。
「そうだね。彼女は君と知り合いなの?」
「え?」
ジミーは声を掛けられたことに戸惑い、ろくな返事が出来ませんでした。それをかばうように、明司は言葉を続けてくれていました。
「あ、自己紹介しておこうね。僕はクリーブランド・明司というんだ。きみは彼女と知り合いなのか?」
「ああ、そうだね。僕は数野・ジミーというんだ。そして、彼女はチャウラ理亜、従妹なんだ」
「へえ。彼女は美人だな」
「美人? そうか......。美人なんだな」
「あんたにはそう見えないのか?」
明司はそう質問を返してきました。でもジミーは、理亜と玲華の見た目を評価したことはありませんでした。あくまでも仲良くしてくれる従妹であり、幼馴染でした。
「そうだな、彼女たちは美人なんだろうな」
ジミーの脳裏に、理亜と玲華のイメージが浮かび、脳の片隅で少しばかり計算がなされていました。それは、彼女たちの造形が彼女たちの性格を反映するように美しいものであり、それはジミーにとって宝であることを改めて認識させていました。
「彼女たち? チャウラさんは二人いるのか?」
「あ、そうだよ。彼女たちは双子なんだ」
「双子?! それはいいことを聞いたな」
明司はそう言うと、入学式の間中、同列に座っている理亜と玲華の方をちらりちらりと見ながら、にこにこしていました。ジミーは新たに知り合いとなった明司のそんな態度に、不安と少しばかりの焦りを感じていました。
その後、入学式では各クラスの担任が発表されていました。1Aの担任は早川陽子という女性教師でした。
入学式は無事に済むと、ジミーたちは配属になった1Aのクラスルームに上がっていきました。4階とはいえ、エレベータを使わずに階段だけで登っていくため、生徒たちは息を切らし、文句を言いながら、教室の中へと入っていったのでした。教室では、座席が近く同士で、互いに自己紹介が始まっていました。
「あ、チャウラ理亜さんね。入学の代表挨拶なんてすごいわね。私、榛原 春日。双子の鶴羽もよろしくね」
「え、ええ。あなたたち、双子なのね。私も双子なのよ。私と、この子、玲華というのよ。二人ともよろしくね」
女子生徒たちは歓声を上げながら、自己紹介とおしゃべりを始めていました。またそれに負けずに、男子生徒たちも互いに自己紹介をしていたのでした。ジミーも、先ほど知り合った明司と言葉を交わしたのですが、ジミーはクラスメイト同士の自己紹介の騒ぎをほどほどにして、さっさと教室の一番後ろにある自席へと座ってしまいました。
「ああ、男子校だったら、落ち着くんだけどなあ」
ジミーはまだ不満を口にしていました。
少し経つと、クラスには担任の早川女史が登壇し、ホームルームが始まるところでした。ジミーはすでに自分の席についていましたが、ほかの生徒たちはようやく指定された席に着いたところでした。そして、ジミーはこの時、自分の座席の机の中にしかけられたブービートラップに気づいたのでした。
「うむ? 何かが机の中にあるなあ」
彼はそういって机の中をのぞくと、一瞬凍り付いたようにその雑誌を凝視し、次の瞬間、彼を誰も見ていないことを確認し、何食わぬ顔でホームルームに意識を戻しました。
「では、これでホームルームを終了します。みなさん、明日からはこのクラスメートでの学園生活が始まります。よろしくお願いしますね。では解散です」
早川先生はそういうと、教室から出ていきました。クラスメイト達はふたたび隣同士で会話を交わしたり、互いに改めて自己紹介をしたりと、思い思いに時間を過ごし、数名ごとに連れ立って下校していきました。ジミーは玲華たちから一緒に下校しようと誘われたのですが、机の中が気になっていたため、一人だけ教室に残っていました。
(こんなものが僕の机にあるなんて。みんなにばれたら大変だ。左隣は空席だ。その机の中に放り込んでやれ)
ジミーは、この時、自分はなんて賢いんだろうか、と考えていました。しかし、隣の空席の机の中に18禁の雑誌を放り込むことは、あまり頭のいいやり方ではありませんでした。そのことは次の日に、思い知らされたのでした。
こうして、彼は隣の男子の座席の机の中にその雑誌を放り込むと、さっさと下校していきました。
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荏原町は、低層の住宅地が立て込んでいる一角に商店街がある、典型的な都市部でした。もう少し郊外に行けば、敷地の広い住宅地もあるのですが、都区内ではどこもこんな風景が広がっていました。その一角にマルーンの色を帯びた5階建ての校舎がありました。毎朝、此処の生徒たちは最寄りの駅からこの校舎へと入っていきます。ただし、ジミーも理亜も玲華も、住んでいる家が荏原にあるため、二十分ほどかけてここまで通うことになっていました。
次の日、ジミーは理亜たちとともに早めに教室に来ていました。彼は、自分の机の中を一応確認すると、何もないことにほっとしていました。ただし、その隣には昨日いなかったはずの男子が来ていました。
「おはよう」
「おはよう」
見知らぬ男子は、ほかのクラスメイト達と同様に返事を返していました。しかし、ジミーは問わずにはいられませんでした。
「あんた、昨日は居なかったよね?」
「え、そんなことはないよ」
相手は明確に否定してきました。ジミーは思わず、隣にいた明司の顔を見て、同意を求めるようにして問いかけました。
「明司、彼は昨日いなかったよな」
「え、そうだったっけ?」
明司の反応はジミーにとって不思議なほどあいまいでした。念のために小声で聞きまわった玲華や理亜、春日や鶴羽も、明司と同様にあいまいに答えるだけでした。彼は仕方なく自席に戻り、改めて彼に話しかけることにしました。
「あんた、なまえは?」
「僕は、ユバル。名がユバルで、族名はネフィライムだよ」
「族名だって? なにそれ?」
「あ、ファミリーネームのことさ。昨日も自己紹介をしたはずなんだけどね。ユバルと呼んでくれると嬉しい。えーと、それで君の名前は?」
「ああ、僕は、数野ジミー。名がジミーで、苗字つまりファミリーネームは数野なんだ。ジミーと呼んでくれていいよ」
彼は、今まで現生人類たちには見つからずに出没していた吟遊詩人ユバル・ネフィライムでした。ただし、ユバルは今まで女性の姿だったのですが、彼女は異世界人カインエルベン族の監視エージェントの一員として、ある目的をもって男子の姿になりジミーを対象とした監視活動を展開していたのでした。(ですから、この時からはユバルの三人称を「彼」と呼んだ方がふさわしいかもしれません)
新学期はすでに昨日から始まっていました。ですから、始業の合図が鳴ると同時に、教室には初めてのホームルームをするために、担任の早川先生が来たのでした。
「さあ、皆、席について」
早川先生の声がかかり、1Aの生徒たちはがやがや言いながら、めいめいの席に着きました。早川先生は全員の着席を確認すると、出席を取り始めました。ただ、不思議なことに昨日いなかったはずのジミーの左隣のユバルの存在に、彼女はすこしも違和感を現すことなく出席を取り続けていました。
(おかしいなあ、昨日まで居なかったユバルに、声を掛けないなんて...)
ジミーはそう感じたのですが、早川先生は出欠を確認すると、当面のスケジュールを説明し始めました。
「今日は、これから体力測定となります。そして、明日は実力考査を実施します。このクラスは国公立コースです。よい成績をとることが期待されています。皆さん、それなりに点数が取れると思いますが、全力を出せるように、今夜は十分に休息をとってくださいね」
この時、ユバルは手を挙げて机の中にあった18禁の雑誌を高々と上げて、早川先生に報告のような質問のような問いかけをしたのでした。
「先生、僕の机の中に、こんな雑誌が......」
ユバルはその時、偶然に彼自身が開いたページにくぎ付けになったようでした。ただ、ジミーにはその様子が少しばかり芝居がかっているウように感じられました。
「こ、これは...?」
「え、やだあ」
ユバルだけでなく、クラスの男女がそろって声を上げていました。ユバルの手許には、一糸まとわぬ豊かな女性が、両手両足を広げてあられもない姿態となっている写真が見えていました。
「ユバル君、そっ、その写真は君が持ってきたのですか」
早川先生は、明確に戸惑いと羞恥を覚えて顔を真っ赤にしていました。
「先生、僕は机の中にあったこの本に、今気づいたんです」
「そ、そうなの? でも、そんな写真雑誌は、みんな見てはいけませんよ。皆さんはまだ18歳未満なんですからね」
「先生、そんな、大したものは掲載されていませんよ」
ユバルのこの場慣れしたような言動は、ジミーにとって、またクラスメイト達にとっても衝撃的でした。ジミーは思わずユバルに食って掛かっていました。
「ゆ、ユバル、いくらなんでも大したものではないはずがない。そ、その見てはならないグラビアを見ても、あんたは へ、平気なのか?」
「へえ、ジミー、君だって、またこのクラスの男子生徒たちだって男なら、そして、このクラスの半分である女子生徒たちだって女なら、いずれ、みんな一緒にこんな行為をするようになるはずだよ」
「ユバル、お、お前、な、何を言っている」
「ジミー、あんたこそ、おかしいよ。僕の言っていることのどこがおかしいのさ。みんな生物であるからには、みんなやるんだよ」
ジミーは面と向かってこのように指摘されたためか、顔を真っ赤にしながら口をぱくぱく動かしていました。
「ぼ、僕は絶対にそんな写真は見ない。見たくない。女の人を情欲を持ってみてはいけないんだ。だから僕は、そんな写真を絶対見ないし、皆も見ちゃいけない。ぼ、僕は女の人の身体なんか絶対に見ないぞ。だから、いつも女の人は、顔しか見ないようにしているんだ......それに、みんな一緒に行為するなんてことは、絶対にいけないことだよ」
この言葉も、ユバルの言った言葉に劣らず、クラスメイト達を驚かせていました。ただ、早川先生だけは一生懸命にうなずいてくれていたのでした。
「そうね、ユバル君、あなたの言っていることは、特定の相手を大切にし続ける私たちの間では、もっとも忌むべきことよ。それに、ホームルームを勧めたいから、そろそろ、そんな下品な話はやめてほしいわ」
しかし、ユバルは反感を持った表情で早川先生を睨むと、そのままジミーに詰め寄っていました。
「へえ、そんな化石みたいな男がいるとはね。あんたがそんなに激高するのは、多分この写真の二人の女たちが、あんたの好きな女に似ているんだろうよ。せっかくだから、じゃあ、あんたには強制的に見てもらおうかな」
「や、やめろお」
ジミーは目の前に広げられた雑誌を避けるようにして目をつぶったのですが、転びそうになり足元を見ると、それを予想していたようにユバルはそこに雑誌のあられもない女性の姿の写真を広げていました。そして、その写真に写っていた女達二人は、理亜と玲華に似ていたのでした
「や、やめてくれ!」
ジミーは写真の中の女たちが理亜と玲華に似ていたことを理解したとたんに、胸の鼓動が早まり、顔から火が出るように感じ、口からは謎のフレーズが語られました。
「情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。そして姦淫を犯した男女は、啓典の主より滅びを賜る」
ジミーはそう言うと、腰を抜かして席に座り込んでしまいました。ジミーの座りこんだ姿を見たユバルは、あきれたようにジミーを見つめていました。
「この世界では、特定の相手しか愛せないのか。だから、ジミーは他の女の姿を見ようとはしなかったのか。じゃあ、ジミーの特定の相手というのは誰だ」
しかし、クラスメイトの誰もが、そんな質問に答える者はいませんでした。先ほどまでのジミーとユバルの激しいやり取りと、ジミーがすっかり脱力してしまった結果に、驚くばかりでした。早川先生は、国公立コース1Aの一年生たちが引き起こした入学早々の騒ぎに、すっかり辟易してしまって大声を上げました。
「いい加減にしなさい。さあ、席に着きなさい」
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その日は、体力測定でした。男子と女子はそれぞれの更衣室で体操服に着替えると、体育館とグラウンドに集合させられていました。体育館では、午前中は男子生徒たちが、身長などの測定から反復横跳び、垂直飛びなどの基礎的能力の測定までのメニューを、まるで流れ作業のようにこなしていました。他方、グラウンドでは、女子生徒たちの100メートル走、ソフトボール投げなどの陸上競技の記録測定会が行われていました。
一通りの測定が終わると、すでに昼食の時間になっていました。ジミーと明司は理亜や玲華、春日と鶴羽とともに、机を寄せながら6人で昼食をとっていました。
「午後は私たち女子は体育館で身長・体重測定だって......」
「そうか、体育館は暑かったよ」
「ここの体育館は屋上にあって冷房が効かないから、暑いのよね」
「じゃあ、グラウンドはどうなんだろう。暑いのかな」
「春先だもの。午前中は、少し肌寒かったわよ」
彼らはそんなことを言い合いながら、食事を済ませていました。
午後となり、男女は入れ替わって、男子は屋外での体力測定、女子は体育館での身長体重から基礎能力測定となっていました。昼食の後のせいか、体育館もグラウンドもがやがやと騒ぐ声が響いていました。
その姿をユバルの目を通してみていた者がいました。彼の名はユバルの兄、ヤバル・ネフィライムでした。彼もまた、異世界からの監視エージェントの一員でしたが、主に妹いや、弟というべきユバルの目を通して分析し指揮を執る分析指揮官でした。但し、彼は体力測定の様子を見ても、何が行われているのかを理解できていませんでした。
「女だけで集まって、何を騒いでいるんだ。男が一緒に居なければ、行為に及ぶことができないではないか。こいつらはおかしいぞ。そうか、誰かが彼らを押さえつけているに違いない。それなら、私たちが救ってやればいいではないか」
ヤバルは弟のユバルにそう言ったのでした。次の瞬間、肌着だけになっている女子生徒たちの会場に男子生徒たちが次々に投げ込まれていたのでした。
体育館の中に最初に放り込まれたのは、運悪くジミーでした。彼は放り込まれた場所の周囲に肌着の女子生徒たちがいたことに驚き、そのまま謎の言葉を言いつつ昏倒していました。
「情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。そして姦淫を犯した男女は、啓典の主より滅びを賜る」
この後、ジミーに続くように、男子生徒たちが次々に現われました。その様子は、体育館の中に男子生徒たちが突然に飛び降りてきたように見え、大騒ぎになっていました。実際には、おせっかいにも、ヤバルが外で走り回っている男子生徒たちを、女子生徒たちの間に次々に放り込んでいたのでした。
悲鳴を上げる女子生徒たちに、男子生徒たちは戸惑いと混乱のまま外へ逃げだそうとしていました。もちろん、理亜や玲華も悲鳴を上げていましたから、ジミーの脳の片隅では改編数学の計算が始まるはずでした。しかし、すでに昏倒しているジミーの脳では動くはずもありませんでした。
騒ぎに気ついた早川先生たちは、男子生徒たちに出口を示して直ぐに外へ出て行くようにと指示をし、彼らも従順に外へと駆け出ていたのでした。
「おかしいわね、女子生徒達がいうには、『男子生徒達が次々に突然現れた』と言っているのよ。でも、そんなことはあり得ないわよね。ただ、男子生徒たちも我先に外に出ようとしていたから、彼らは何かの間違いで中に入ってしまったのかしら?」
男子生徒たちは外へと駆け出て行き、騒ぎは収まったところでした。ただ一人、女子生徒たちの真ん中で、ジミーだけが謎の言葉を繰り返して昏倒したままでした。
「情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。そして姦淫を犯した男女は、啓典の主より滅びを賜る」
彼は、肌着の理亜と玲華を見てしまったために、脳裏に理亜と玲華と過ごした山小屋の様々な記憶がよみがえり、脳全体が空回りしたままなのでした。
「早川先生、彼、気を失っています」
「そうね、ホームルームの時の様子から言って、彼は女性の裸体に免疫が無いのね。特に、チャウラさんたちの姿が、彼には劇薬だったみたい」
「でも、彼がこれからもこんな様子では、女子生徒たちと一緒に授業を受けることが、彼にとっての謎の言動と昏倒の原因になりかねないのではないですか」
「そうね、だから、あなたたち女子生徒たちがちょっとでも刺激的な姿になる時には、彼みたいな男子生徒を近づけてはいけないのよ。特にジミー君は、こんなことがあるたびに訳の分からないことを言いながら気を失うことになるわね」
こうして、女子生徒たちの特定の時には、男子生徒たちを近づけないように工夫がなされるべく、教師たちに改めて指示が出たのでした。
ヤバルはこれらの光景を見て、悟ったように言いました。
「そうか、怪人ジミーは、女性の裸身で激高するかもしれないし、気絶しつつ何かをするかもしれないのか......。この状態になってことごとく我々の作戦の邪魔をしているんだな。ただ、これだけの情報では、敵となると予言されているジミーについて、まだ情報が不十分なままだ......」
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「お、おはよう」
昨夜、ジミーは保健室に運び込まれ、夕方遅く、一人で帰宅していました。その後も彼は起きることができず、結局起きることができたのは翌朝でした。そして、彼はラバンたちとともに朝食に着いたのですが、彼の視線は不自然でした。
「ジミー君、どうしたの?」
玲華が面白がってジミーに問いかけました。先ほどから、彼は呼びかけられるたびに、顔をさっと上げて理亜と玲華の顔を見返すのですが、食べる瞬間に視線を戻す際にはさっと下に顔を下げるのでした。
「うふふ、おかしいわよ」
「う、うん」
「どうしたの?」
「お願いがあるんだ」
「なにかしら」
「食事の間だけ、二人が僕の向かい側に座ることが無いようになれないかな。例えば、二人ともぼくの横に座ってくれると助かる......。あの、目のやり場に困るんだ」
「あ、昨日のことを気にしているの?」
理亜はそう言うと、ジミーの視野から外れるように、横に移動してくれたのでした。しかし、玲華はまだ面白がって、わざわざジミーの顔を覗き込むようにして話を続けていました。ラバンはすかさず玲華をたしなめていました。
「面白がってはいけない。彼は、女性に対する態度の取り方をとてもまじめに考えているんだぜ」
「わかったわよ。お父さんはうるさいなあ」
この朝、ジミーは二人の従姉妹たちが前を行く後を、顔を伏せながら登校していきました。そんな歩き方をしているせいか、彼は遅刻ギリギリに校門を通過したのでした。
ジミーはこの状態でしたが、この日は朝から実力試験が行われることになっていました。当然なことだったのですが、この日の彼にとって、数学、理科、社会、国語、英語の各教科の試験問題は、まるで意味の分からない呪文でした。ジミーの脳の片隅にある肝心の計算領域は、昨日の出来事のために停止したままでした。
テストの結果はその日のうちに発表されました。
一位 チャウラ理亜
二位 チャウラ玲華
・・・・・
最下位 数野ジミー
この結果は、ジミーの状態からすれば至極当然なものでした。しかし、編入試験を満点で突破したはずのジミーが最下位だったことが周囲に知れると、その原因が女子生徒たちの中でジミーが昏倒した前日の心の混乱が、未だ続いたためだろうと、皆は考えたのでした。また、ジミーは、すっかり女性嫌いになってしまいました。
さて、数日たったある日、ヤバルがユバルに指示を出していました。
「ユバル、我々が着目したジミーは、やはり我々の敵になる存在だ。それに、この世界の人間たちは『特定の相手同士』などという固い観念を持っているゆえ、我々のこれからの工作に大きな障害を有している。どうやら、お前をはじめとした工作員たちが各地で少しずつこの世界の人間たちに影響を与え、不特定多数同士での情交を交えられるように、拒否感を少しずつ低めることが必要だろう」
ユバルは、ジミーにアプローチしなければならないものの、ジミーによる謎のフレーズや破壊的行動によってユバル達が翻弄されるばかりでは、ジミーの激高の条件を調べるどころか、それらが分からないうちにカインエルベン族の作戦が打撃を受けてしまうと危惧しました。