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7 伯父ラバンからの祝福

「お父さん、変な男の子が家の前に倒れているのよ。服が垢だらけで臭いし、不潔だわ」

「玲華、その言い方はかわいそうだわ。行き倒れよ。多分、ホームレスの少年が力尽きて倒れこんでしまったのね」

「それにしても、人騒がせよ。保健所か警察か、区役所に連絡して、どこかへ行ってもらわないと......」

「二人ともどうしたんだい?」

 仕事から帰ってきたラバンは、自宅から少し離れたところに二人の娘たちが大声で騒いでいるのを見て、たしなめました。その次の瞬間、彼は二人の話を聞いて目を丸くしました。

「少年が倒れているって?」

 ラバンと二人の少女は、死んだように自宅玄関先で門に寄りかかっている少年の姿を見ると、すっかり困惑してしまいました。髪はボサボサでいかにも数十日間洗っていないという状態でした。セータとズボンは泥と垢でコーティングされて黒くテカテカに光っており、その下に見える下着類も想像するまでもなく真っ黒でした。

「玲華。警察に連絡しなさい。あんなホームレスが近所にいるのは、商売上非常に困るよ」

 ラバンはそう言いながら、頭の片隅にひっかかるものがありました。三週間ほど前、ルビカから甥のジミーを保護してほしいという連絡が来ていたのでした。ただし、ジミーはついぞ現れませんでした。その代りに、痩せこけたホームレスの男の子が家の前に現われたのでした。しかし、ジミーは肥満体でいかにもにぶそうな姿のはずであり、家の前に倒れこんでいる痩せこけた少年がジミーであるとは到底考えられませんでした。


「あんた、名前はなんて言うんだ? どこから来たんだ?」

 玲華の連絡を受けた警察から、警官たちが派遣されてきました。彼らは駆け付けると早々にジミーに話しかけていました。この時、ジミーは十分な糖分が脳にいきわたっておらず、『どこから来た』という質問しか理解せず、彼の答え方も東を指して断片的に答えるだけでした。

「あっち、下千葉」

 ジミーの脳は、糖分が非常に不足していたため、カオスな状態でした。そんなジミーが出した地名は、なぜか下千葉と言って、あまりにローカルすぎた名前でした。下千葉という地名は、上千葉と一緒になってこの一月から双葉町となる前の地名でした。そして答えを聞いた大都会の警官たちも、葛飾などという場所の地名など、知る由もありませんでした。

「あっち? 千葉?」

「そう」

「千葉からここまでどうやって?」

「運ばれて......、歩いて......」

 ジミーの「運ばれて」という説明は、啓典の主がまるで抱き上げて「運んでくれた」ようにして此処までたどり着けたということを、ジミーなりに感謝の念とともに表現したものでした。確かに、彼は自分の意識ではなく、意識下で得られた結論によって動かされていました。しかし、「運ばれて」という表現はあまりに比喩的な答え方でした。

「運ばれて? つまり地下鉄1号線に乗ってきたのか?」

「地下鉄1号線できたのか? 総武線から乗り換えたのか?」

 二人の警察官は、虚ろな目のジミーが質問を理解していないと思ったのか、何度か同じ質問を繰り返していました。ジミーはようやく目を警官たちに向けて返事をすることができました。

「357号に乗ってきた」

「そんな地下鉄はないぞ。その番号はまるで都道の番号だが、あんた、車で来たのか?」

「ちょっと待て。こいつ、ホームレスだろ? あんた、乗ってきた車はどうしたんだ?」

  この問いかけと同時に、警官たちの間に緊張が走りました。

「おい、ちょうど、千葉で車が盗難されたという連絡が来ているぞ。こいつ怪しいぞ。あんた、同行してもらおうか」

 ジミーは、警官同士が盗難車について議論をし始めたことを聞いて、頭の片隅で再び計算がなされました。ただ、糖分が少ないことが災いし、単に「逃げろ」という答えしか出てきませんでした。

 突然、ジミーは逃げ出しました。ジミーは走り始めると、すぐに大きな通りにつきあたり、彼はそれを東へと走り始めました。

「あ、こら、まちなさい」

 警官たちはすぐに後を追って走り始めました。ジミーはそれに構わず、荏原の三間通りを走り抜けていきました。三軒通りは、商店やレストラン、本屋などが充実した商店街で、ちょうど夕暮れの買い物客がごった返していました。ジミーはそれらを視野に入れながらも、混乱したままの彼の脳の片隅では、効果的な逃走のために様々な計算が行われはじめていました。その結果、警官たちの身体能力は動きが鈍くなり、さらに、警官たちの進路上にいる通行人たちは進む方向が微妙に変わり、やたらと警官たちとぶつかるようになっていました。それに加えて、通りの頭上で物干しをしている人たちが手を滑らせてい、物干しざおや洗濯籠が落ちて来ていました。これらの現象が次々に起こり、三間通りは大騒ぎとなり、警官たちはジミーを見失ってしまいました。

 深夜になり、彼は、八潮のコンテナふ頭の倉庫街に迷い込んでいました。その一角には八潮北公園が見え、ジミーは寝る場所を探すためにふらりとそこへ入り込んでいきました。深夜になっていることもあって、既に公園事務所の中には職員の姿はありませんでした。ただし、野球場の周囲に点在するベンチには、春先ということもあって、カップルたちが思い思いに時間を過ごす季節になっていました。


「あのう、すみません。この辺りにチャウラ商会の倉庫が......」

 ジミーは倉庫街の中の公園ということから、道を聞くようにして目の前にいたカップルたちに、「チャウラ商会」と書かれた倉庫があるかどうかを聞き始めました。

 普段なら、暗闇はカップルにとって二人だけの甘い空間を約束するものでした。しかし、この時に暗闇から現れたジミーは、暗がりから急に出てきたゾンビのような姿に見えました。途端に、ジミーの目の前にいた男女だけでなく、周囲の男女たちまで悲鳴を上げて逃げ出していました。その中のあるカップルは、男の子が女の子を抱えるようにしてラブダブしていた最中でしたので、彼が彼女を抱えたその恰好のまま逃げだしていました。すっかり誰もいなくなった公園の一角で、ジミーはすっかり困惑してベンチに座り込んでしまいました。


「ここに居るぞ」

 その声は警官たちでした。

「やっと捕まえたぞ」

「お前、やっぱり千葉から逃げて来た窃盗犯だな。もう逃げられないからな」

 この時、ジミーはすっかり動く気力もエネルギーも枯渇しており、逃げ出そうとしたのですが、長椅子であごや顔をしたたかに打って動けなくなり、とうとう捕まってしまいました。

警察の留置場では、警官たちは鼻つまみ者を扱うように、彼をサスマタで押すようにして屋内のシャワールームに連れて行きました。警官たちにとっては、容疑者を苦労して捕まえたものの、よりにもよって不潔極まりない男をきれいに洗い落とす作業をさせられることになってしまい、一連の作業を呪いながら進めていました。ジミーはというと、容疑者扱いされていることをすっかり忘れ、きれいにしてくれるんだなと勝手に解釈して、そのまま大人しく洗濯されていました。

 さて、警官たちの作業によってジミーはようやくきれいになり、明るい留置場に収容されました。周囲の警官たちは、そこで初めてジミーが中学生ほどの少年であることに気付いたのでした。

「かつ丼にがっついているなあ」

「こいつは、まだ子供じゃないか。さっきまでフラフラしていたから、おそらく栄養失調だぞ」

「車を運転できるわけはない。ホームレスの格好をしていたから、おそらく親に捨てられたんじゃないか」

「児童相談所に連絡しろ」

 留置場の外では、警官たちがさまざまに議論しながら、関係する所へ連絡を入れていたのでした。そんな騒ぎをよそに、ジミーは久しぶりに深い眠りについていました。


_________________________


 ジミーは気が付くと、個室のベッドの上に寝かされていました。体もすでにこぎれいなパジャマを着させられていました。ただ、この部屋がまだ警察の中なのか、病院の個室なのか、はたまた児童相談所の一室なのか、見当がつきませんでした。

 誰が何をしてこのようにきれいにしてくれたのか。ジミーが想像したのは救急車で運ばれて入院させられた、ということでした。しかし、それにしては天井が低く、壁が花柄模様でした。通常病棟で見られるはずの酸素レーンなどの設備も一切ありませんでした。結局、彼には考えが及ばず、部屋の中を眺めながらぼんやりとしていました。


 しばらくすると、そこに若い女性が部屋に入ってきました。ジミーは寝たふりをしながら、彼女が何をしているのかをそっと観察していました。彼女が持ち込んだものは、水とおかゆでした。

「ふ、ふいあへん、かはぁ、看護師(かはぁんこひはん......」

 驚いたことに彼はまともに話すことができませんでした。気付けば、顎をしたたかに打っていたためか、あごの関節に強烈な痛みが走っていました。そのためか、彼の話す言葉は、相手に届いていませんでした。

「あ、気がついたのね。待ってて、呼んでくるから」

 若い娘はそう言ってもう一人の若い娘を呼んできていました。

「もう、大変だったんだからね」

「そうそう、お父さんたら、運ぶことにしか役に立たないから」

「私たちがあなたをきれいにしてあげたのよ」

「体の隅々まで洗わされるなんて、そのぅ......初めてだったから戸惑ったけど、いろいろやってあげたのよ。お手伝いさんが休みだからって、お父さんが私たちをお手伝いさんみたいにあつかって、いろいろ指示してくるから、その通りにやってあげただけだからね」

 何が初めてなのだろうか。ジミーは脳内の糖分が不足しているために、何が起こっているのかを十分に把握することができていませんでした。

「お父さんはお医者さんなのだろうか? それで看護師さんたちは娘さんたちなのだろうか?」

 二人の若い女性は、一通りのことを済ませたのか、一旦出て行きました。しばらくすると、昼食の時間になったのか、一人の女性が再び部屋に来て、おかゆを持ってきていました。

「さあ、おかゆよ。少しずつ食べて、元気になってね」

 ジミーはやっとのことで起き上がり、一口二口とおかゆを食べ始めていました。出汁の効いた一口一口は、ジミーにとってやっとありつける家庭の味でした。

「かはぁ(あ)、はのう(あのう)、看護師かはぁんこひはん、此処ほほ病院ひょーいんでひょ?」

「ジミー君、私、理亜よ」

「へ?」

 理亜と玲華が病院の個室まで来てジミーの世話をしてくれているのだろうか。そう考えながら、ジミーはおかゆの栄養が脳に回り始めたこともあって、改めて周りを見渡しました。どうやらそこは、病室でも処置室でもないところでした。論理的に言えば、病室でも処置室でもなければ、ホテルの一室か一般家庭の一室ということになるはずなのですが、洗い上げた彼の衣服を理亜が運び込んできた様子から見ると、一般家庭の一室と考えざるを得ませんでした。

 ジミーは、もっとよく部屋を見渡そうと起き上がりました。残念ながら、彼はすぐに倒れこんでしまいました。彼の看護をしていた理亜は、慌てた様子で彼のところに戻ってきました。

「大丈夫?」

 思えば、ジミーは看病してもらうことは初めてでした。というよりも、病気らしい病気をしたのは初めてでした。そんな戸惑いを見せたジミーを、理亜は様子がおかしいと思ったのか、心配そうにのぞき込んでいました。ジミーは先ほどまでボケっとしていたのですが、脳の片隅の意識下では改めて自分の状況を整理し始め、その分析が口に出ていました。

ほくは、此処ほほに寝かされている...ということは、ここまではほひんれもらった...ということふぁ...ラヴァン伯父ほいさんがはほんでくれたということ......か」

「そうね。お父さんが運んでくれたわ」

「あの洗濯物せんらくもの、つまり理亜りはひゃんが洗濯せんらくしてくれたってことになるの? つまりほく着替ひはえはへてくれたのは?...あの、ほくかららを洗ったの?」

「あの…、おとうさんが私たちに指図をして、ジミー君をその...洗ってあげたのよ」

ほくはらかを見た...の?」

「そうなるわね」

ほくはらかを...」

「私だけじゃないわよ。玲華だって...」

ほくは全てを見られたんだ......」

「だって、仕方ないじゃない。病人なんだから...」

「感想は?」

「どうだったかって? そう...かっこよかった」

「へ? かっこがどうしたかって?」

精悍せいかんかんじだったなって...」

精悍へいはんはんじ?」 

「体つきが...ね」

看護師かはぁんこひさんだと思っていたからまはへてひたんだ...」

「え?気がついていたの?」

「い、いや、ほんやりと…ねほへていたのかな」

「寝ぼけていた? じゃあ、やっぱり何か……」

「え?」

「だって、あんなふうになるなんて」

なにが?」

「その、男の人って......」

「何かを見たの?...その...どうだった」

「意識していなくても、その、起きちゃうのね」

「え、何を見たの?」

「その......でも、お父さんが『そんな状態は普通のことだ』と言ってくれたから…私、平気よ」

「え? ほく、全てを見られたんだ......」

 ジミーは黙り込んで顔を毛布で覆い尽くしてしまいました。理亜は慌てて慰めるように言葉をつづけました。

「あの、お父さんが『俺より立派なものだ』って...。私だけが見たわけじゃないし...だから平気よ」

「何が平気なのさ。ほくは二人の女の子に見られたんだ。もう、ほくは弱みを握られたんだ...どうしたらいいんだ...」

 ジミーは毛布をかぶったまま、くぐもった声で叫んでいました。理亜はこれ以上何かを言うと余計に事態がひどくなると考え、そっと部屋を出て行きました。

_________________________


「目が覚めたんだね」

 ジミーが目覚めると、枕もとにはラバンが来ていました。次の日には、ジミーは顎の痛みも減り、何とかしゃべることができるようになっていました。。

「ラバン伯父さん、ありがとうございます」

「まあ、元気になりそうだからよかったよ。しばらくは当家で過ごすことになるよ」

「でも、理亜ちゃんも玲華ちゃんも、何か僕に問題を感じているようなので...」

「理亜たちが何を問題にしているんだろうか。ジミー君、彼女たちとの間で何かがあったのかい?」

「僕、理亜ちゃんたちに握られてしまったんですね」

「え、握られた? あの子たちは...特に玲華は悪戯が過ぎるからなあ」

「僕は、この家に居られません。もう彼女たちの顔を見ることなんてできません」

「わかった、彼女たちには忘れるように言い聞かせよう。おい、娘たち、ここに来なさい...」


「玲華、理亜。あんたたち、ジミー君の、その....握ったんだって?」

「だって、あんなふうに起きると思わなかったんだもの。

「え、だって、彼が気を失っている間のことだもの......」

 ジミーは少し変だなと思いました。

「あの、忘れてくれればいいんですが」

「忘れろと?」

「あんなショッキングなこと、どうやったら消えてくれるのかしら」

 二人の娘は難しい顔をしながらそう返事をしました。でも、ジミーからすれば、弱みを握り続けるのは困ることでした。

「でも、人の弱みに付け込むなんて」

「弱み?」

 二人の娘は同時に叫びました。ジミーはもう一度強くお願いしました。

「そうだよ、僕の弱みは忘れてください。お願いします」

「なんだ、そんなことだったの?」

「焦って、損した」

「何が焦ったの?」

 ジミーはそう質問しましたが、彼女たちからは答えが来ませんでした。


 ラバンは、話を別に変えて肝心なことを聞こうとしました。 

「ルビカから来ることは聞いていたんだ。でもどうしてこんなに時間がかかったんだろうかね?」

「それは、兄に敵意を持たれてしまい、着の身着のままで飛び出したからで…お金がなかったんです」

「そうか、まあいい。ジミー君も中学は卒業したのだから、高校へ進学しなければならんな」

「でも、どこへ進学すれば?」

「うむ、そうだな。理亜と玲華が入学する予定になっている荏原高校に編入するのがいいのではないか? まだ新学期にもなっておらんから、私のほうから寄付金とともに編入手続きをしておく。ただし、編入試験が必要だろうな」

 ラバンはその財力と影響力によって、理亜と玲華の入学予定となっている荏原高校にジミーを入学させるために、ジミーに編入試験をうけさせることになったのでした。

 試験科目は、一日目が数学、理科、二日目が社会、国語、英語の五教科でした。その受験には、チャウラ家の親子が付き添っていました。

 理亜と玲華は、ジミーが編入試験に合格できないのではないかと危惧していました。そのため、試験の直前まで試験対策をジミーに与えようと、あれこれ工夫していました。

「初めの科目は、数学ですよね」

「この数式の処理はどういうことをやっているか、わかりますか?」

 理亜と玲華は、二人掛かりでジミーに教え込んでいました。ところがジミーは脳が働かず、勘違いどころか、問題を理解することすらできていませんでした。

「これって答えはどうやって計算するのかなあ? aとbだから、代入するの?」

「代入じゃなくて、この数式を変形するのよ」

「変形? 叩くのかなあ」

「あの、そういうのとは違うんだけど。たとえばこの式 a²-b² は、(a+b)(aーb)になるのよ!」

「この式がなんでそうなるの?」

「この処理は、因数分解という処理なのよ。パターンがいくつかあるのよ」

「因数分解…」

 その用語を聞いた時、ジミーの脳の片隅が少しだけ働き始めていました。少し経つと、人が変わったようにすらすらと鉛筆が動き始めていました。

「因数分解なら、簡単にできるね。例えば、a²+5a+6=(a+2)(a+3)ということだね」

これが、理亜と玲華から見ると、ジミーが急に変化したように見えました。

「これが分かれば、安心だわ」


「じゃあ、今度は理科ね。多分生物と物理が出題されると思うわよ」

「そうね、たとえば『身体の形や機能などで共通する特徴によって生物をなかま分けすることを何というか』だけど……」

「あ、僕、知っているよ。女と男でしょ。胸が大きいのが女の子で、股間にぶら下がっているのが男の子で、それぞれの機能は…。」

「ストップ、そんな問題は出ないわよ」

「でも形と機能なんでしょ。僕はそれしか思いつかないけど……」

「あのね、分類というのよ」

「だから、女と男。ああ、女の子と男の子でしょ」

「それは、違うわ。生物がどのようにして今の形態を与えられたかを学ぶための道具なのよ」「分類......」

 この用語で、ジミーの脳はまた少しだけ働きました。

「分類だね。脊椎動物とか、無脊椎動物とか、だね」

「そうそう。そうね、あとは発生に関することかしら」

「例えば、植物ではめしべの下にある生殖細胞とおしべの下にある生殖細胞があるけど、動物では何というんでしょうか」

「めしべとおしべ......」

「そう、メスの生殖細胞とオスの生殖細胞のことよ」

「メスって、女だっけ」

「そうよ」

「え、めしべに該当する女の子の生殖細胞? おしべに該当する男の子の生殖細胞?。。。。。。そんなこと、僕は知らない」

「え、しらないの?」

「僕はその授業の時耳をふさいでいた。女の子のことを考えちゃいけないからだ」

「でも、これってもう保健体育でも教えられていることなんだけど」

「僕は、だから耳をふさいで逃げだしたんだ。でも、この問題を解かなければいけないんだね」

「そうよ。私が教えてあげる。女の子の生殖細胞は、ここにあるのよ」

玲華がそう言って自分の腹部を指さした途端、ジミーは耳をふさいで目をつぶって話を聞こうとしませんでした。

「ジミー君、ねえ、聞いて。それが答えなのよ。その細胞の名前が正解よ」

「いやだ、いやだ、そんなところに目が行ってはいけないんだ。……」

「ジミー君、難しく言うと、発生学の問題よ」

 ジミーはそういわれた途端、再び脳の片隅が少しだけ働きました。

「あ、そうか、理論的に考えるだけなら、大丈夫だ。そう、答えは『卵子』と『精子』だ......あ、これは、細胞が減数分裂をしていく仕組みを持っているところのことか。じゃあ簡単だ」

このようにして、理亜と玲華の助けで、ジミーはなんとか第一日目を終えることができたのでした。

次の日は、社会と国語と英語の試験でした。

「三権分立の三つの機関を言ってみて。まずは国会、そして内閣ね。じゃあ、もう一つは何という名前かしら」

「うーん」

「裁判所よ」

 玲華は我慢できずに答えを言ってしまいました。でも、ジミーは例によって頭が働いていませんでした。

「裁判所? また警察の人? いやだなあ。僕は嫌だ。もう無理だ……僕、帰りたい」

「待ってよ。この三権分立は日本国憲法で規定されているのよ」

 理亜の指摘で、ジミーはようやく脳の一部が働きました。

「あ、そうか憲法の話ね」

 こんな調子で、ジミーは無意識の状態になった時だけ、試験の正解をすることができたようでした。理亜と玲華もジミーがどんな状態であれば正解できるかを、だんだんわかってきました。こうして、二日目も無事に終了し、ジミーは満点で編入試験を突破出来たのでした。


 新学期となりました。ジミーは、理亜と玲華の部屋の隣に居室を与えられ、そこでチャウラ家の一家と数年過ごすことになったのでした。そして、荏原学園高校の入学式の日が来たのでした。

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