表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

5 天寵

「それにしても、誰が、僕の敵を粉砕したんだろうか」

 イサオの目の前には、100台以上の単車がほぼ原形をとどめずに黒焦げた残骸となっており、百人以上の房総族が転がってうめいていました。イサオにとって信じられないことでしたが、理亜達が言っているように、それらが一斉に爆発炎上したという話は、実際に起きたことのようでした。

 理亜達の証言によれば、房総族の単車の一台が急発進したことをきっかけに、すべての単車が一斉に爆発炎上したということでした。のちに警察が調べても、それは誰かによって起こされたものではなく、単なる整備不良によって引き起こされた事故であるとされだけでした。しかし、イサオの敵である房総族は、改造こそすれ、エンジンふかしなどをしながら走っている行動をとっていることから、駆動系統の異常に鈍感であるはずがありません。イサオにはどうしても、イサオの周辺の誰かが攻撃もしくは工作したことによって爆発を引き起こした、としか考えられませんでした。それは、イサオにとって身内をも相手に警戒しなければならないと、意識するきっかけとなりました。

 しかし、イサオの周囲にそのような力わざを持つ者と言えば、林孔明もしくは彼らの仲間しか思いつきませんできた。でも、彼らは事故の瞬間にはイサオとともに行動を共にしていたはずでした。

「ジミーか?」

 だが、そんなことはあるはずがありませんでした。今でも役に立たない虫けらにすぎない弟に、そんな度胸も力もあるはずがないのです。ただ、彼の直感だけはジミーが引き起こした、と訴えていました。

 

 さて、単車のすべてが爆発したこの事故以降、彼の宿敵 重田おわた泰一だいち明間あくま利美よみ達はもう現れませんでした。というよりも、イサオは彼らを探し回っても彼らは見つからなかった、といったほうがいいかもしれません。現実に、彼らは爆発事故以来、広範な連合体だった組織が瓦解してばらばらとなり、泰一たちのグループはイサオたちに見つからぬようにコソコソ動いていたといったほうが正しかったのです。それでもイサオはある思いから、一人で房総族を探しまわっていました。イサオが行き着いたのは、泰一たちが根城としていた荒川河川敷でした。

 

 季節はすでに二月はじめとなっていました。夜が少しずつ短くなりつつあった早朝に、イサオは荒川土手から家路につこうとする泰一たちの一団に遭遇したのでした。

「おう、久しぶりだな」

 イサオの呼びかけに、泰一だいち利美よみたちは明らかに狼狽していました。

「あんた、何の用だ」

「ちょっと聞きたいことがあってなあ」

「俺たち、もうあんたには何もしないよ」

 泰一たちはすでに逃げ腰でした。

「へえ、どうしてかな。そうか、その火傷のせいかな」

 あの単車爆発事故で、彼らの構成員は全てがひどいやけどを負い、醜い顔になっていた。

「あんたたちが化け物だということは、よくわかったよ」

「化け物? 僕たちが? 僕の仲間はみんな喧嘩は強いけど、化け物じゃあないよ」

「あんたの仲間? 違うよ、あんたたち家族だよ。いや、あんたら兄弟だ。何か知らないけど、あんたの弟が目をつぶってから何かを言ったんだ。すると、突然一台の単車が暴走し、同時に全部の単車が爆発した。こんなことができるのは、化け物だからだろう。あんたら兄弟は化け物だ」

 泰一は顔を引きつらせながらそう言うと、全ての単車たちは逃げて行ってしまった。

「ジミーが化け物だって? 一体どういうことだ?」


 イサオは家に着くと、すぐにジミーを探しました。化け物だと指摘されたジミーに、何かの変化が生じたのか、と考えたからでした。家の中を少し見て歩くと、すぐに祈祷室の中からジミーの声が聞こえてきました。以前、毎日祈祷室を使っていた父の伊作は、この半年ほど床に伏しており、家族と話す気力さえ失っている状態でした。そのかわりに、ジミーがこの祈祷室にこもっていることが多くなっていたのです。

「ああ、啓典の主よ。この虫けらにすぎない私をお救いください。私は愚鈍で物わかりが悪く、察するに遅く、ただ愚かな行為を繰り返すだけの虫けらです。私をお救いください。導いてください」

 祈祷室の中のやり取りから漏れ聞こえた声は、いつも通りの救いようのない情けないジミーでした。そのまましばらく観察していると、祭壇からはっきりとした言葉が聞こえてきました。それは今まで聞いたことの無い、というよりも人間ではない声でした。

「恐れるな。貴方は私のもの......」

 疑似声音ともいうべき声は、イサオの頭の中に直接響いていました。それは、イサオにとって戦慄や冷や汗とともに巨大な者の臨在を感じさせるものでした。誰かイサオの見知らぬ存在がジミーを助けようと動いていることが明らかでした。


 イサオは、今までジミーを馬鹿にしていました。しかし、今、イサオはジミーに畏怖を感じていました。もちろん、ジミーの態度も動き方も、以前と同様に愚鈍なものでした。

 そのジミーを恐れているイサオの姿は、周りの家族や玲華達から見てもやはり不自然でした。玲華は、ジミーを前にすると不安そうになっているイサオの様子をみて、特に違和感を覚えていました。

「イサオ兄さん、もしかしたらジミー君が怪しいと思っているの?」

 彼女は本当は、「ジミー君が怖いと感じているの?」と聞きたかったのです。彼女もジミーを愚鈍な男子生徒と思い、それに比べて明らかにイサオは好ましい男でした。それゆえ、以前から好意を抱いているイサオに、マイナスのイメージを持ちたくなかったのでした。他方、今のジミーの心には、イサオが恐れる何かがありそうでした。そこで、彼女はジミーと話してみることにしました。この時の彼女にとって、ジミーが彼女に好意を持っていたことは都合のいいことでした。以前は、その好意のこもった彼の視線を色目だと思っていたのですけれど......。

「ねえ、ジミー君、あんたがやったんでしょ?」

「僕は、何もしてないよ」

「うそ、それなら、あんたが何かおかしなことを思ったからよ」

「え?」

「もし、おかしなことをやっているのを知られたくなかったら、私の言うことを聞いてくれないかしら?」

「え、僕、何もしてない。」

「へえ、だって、あんたは黙っていても頭の中では何かをしているのよ。例えば、いつぞやは私に色目を使ってたでしょ?」

「僕、使ってない......」

 ジミーのこの時の表情から、玲華はジミーが彼女に向けていた好意には、恋心に加えて強い恐れの念を伴っていることを確信していました。その点が確かな今、それを逆手にとってジミーを思い通りに動かすことは、玲華にとって簡単なように思えました。

「へえ、そうなら、イサオ兄さんに言ってあげなさいよ。それがあなたのためでもあるでしょ?」

 普段なら、ジミーは積極的に働きかけることを避けていました。しかし、この時は、ジミーの頭の中で、別の意識のようなものがカチカチとすさまじい勢いで回り始めていました。それが示したのは、ジミーという人物が今為すべきこと、つまり玲華の指摘通りに動くことでした。ジミーは玲華に言われたとおり、イサオに話をしに自分から出向いたのでした。

「イサオ兄さん」

「な、何だ」

 いきなり兄の下を訪れたジミーを、イサオは驚き怪しみました。

「イサオ兄さん。ぼ、僕は何もできない人間だよ」

「何を言っているんだ?」

「僕、何もできないんだ。そう、僕が何もできない人間だということを、兄さんにわかってもらう必要があるんだ。そして、本当は兄さんにこれからも助けてもらいたいんだ」

 この言葉に戸惑いながらも、イサオは、ジミーが依然として少なくともイサオの加護の下にしか生きていけないことを、理解したはずでした。しかし、完全にはジミーに対する疑念は消えていませんでした。それでも、このことによってイサオをある程度勇気づけることができたのも、確かでした。同時に、玲華は、ジミーが好意の他に恐れの念を持つゆえに彼女の言うとおりに動かせることを、この時覚えたのでした。

_______________________


 このころ、ラバンは新たなレアメタル権益を海外に得て、チャウラ商会をもう一度再開させることに成功していました。そこで、ラバンは理亜と玲華は自宅に呼び戻すことになり、また、二人は自宅近くの荏原学園に推薦入学することも決まっていました。また、ジミーも自宅近くの高校であれば入学試験に合格できる見込みが立っていました。そこで、ラバンは2月中旬となったころを見計らって、ルビカに世話になったお礼として、また理亜と玲華、そしてジミーの中学卒業・高校進学の記念として、イサオを含めた4人を連れて何処かへの旅行を考えていました。そのこともあって、この日、ラバンは双子の娘を預かってくれていた数野一家のところにお礼を伝えに、訪れていました。

「しばらくぶりで帰れた。ルビカと伊作には迷惑かけたね」

「いや、迷惑ではなかったわよ。特に、あまり積極的でないジミーにも、同じ学年の彼女たちがしばらく一緒だった、いろいろ刺激だったみたいよ」

 ルビカはそう言って、だんまりを決め込んでいるジミーを一瞥した。

「え? 僕はあまり関係ないよ」

「そうなの? あんたのスマホの待ち受け画面が玲華ちゃんの投球フォームだったはずよね」

「え、母さん、何で知っているんだよ」

「あんた、私が何も知らないと思っていたの?」

 ルビカはニヤニヤしながら、ジミーとそのほかの子供たちを見渡した。ジミーは母親がジミーの心の中まで見透かしているのかと、彼女を見つめました。

「え、どういうこと?」

「やっぱり、知らぬは息子ばかりなり、と、ね。ジミー、あんたねえ、やっていること、見ていることが全て、玲華ちゃんのことばかりじゃないの」

「え? え? え?」

 ジミーはまさか母親にしかも突然に図星を突かれたことに驚き、ろくな返事をすることができませんでした。玲華は玲華で、彼のこの様子に少し困ったような顔をしていました。イサオは、写真を撮っているときのジミーの視線を思い出して納得したような顔をしていましたし、理亜はジミーの撮影した構図に魅力を感じていたので、あまり驚きませんでした。ただ、ジミーのドギマギに、彼の心の中に彼女の妹である玲華への思いがあることを改めて知り、複雑な思いでした。

「へえ、ジミー君が玲華を? 私はまんざら悪いことではないと思うよ。なあ、玲華?」

 ラバンは、無神経を装って、娘の玲華にそう言ってよこしました。いや、何もかも承知の上で、そのように玲華に向かてそんな言葉を投げつつ、玲華と理亜とを眺めていました。

「そうだな、玲華と理亜がこれを機会に、ジミー君とより仲良くしていけるといいね」

 ラバンが玲華の写真を撮ったというジミーに持った印象は、引っ込み思案ながらチャンスを逃さない人間であるという評価でした。それゆえ、彼はジミーをこれからも覚えておきたいという考えもあって、ジミー、そして娘たちを卒業記念の旅行に連れて行くことを考えたのでした。

「さて、数野家へのお礼の意味で、ジミー君とイサオ君を蔵王へ連れてスキーにでも行こうと思うんだ。うちの娘たちと一緒にね」

 彼は、もちろんイサオも忘れていませんでした。

_______________________


 2月下旬となり、理亜と玲華は自宅の近くにある荏原学園に進学することが本決まりになっていました。その安心感からか、理亜たち二人は喜んで山形蔵王へのスキー旅行に同行していました。楽しくはしゃぐ娘たち、笑顔のイサオ、そしてほとんど話をしないジミーをのせて、SUVは雪の降り始めた山道をすすんでいきました。ただ、この数日、冬型が強まった山形県の山道は、吹雪が強まっていました。


「どうやら道に迷ったみたいだぞ」

 ラバンは画面に映った地図を睨みながら、つぶやいていました。その姿に二列目の玲華とイサオが驚いたように声を上げていました。

「ナビゲーションは?」

「ああ、今走っている道がいつの間にか消えているんだ」

 ラバンの助手席に座っていた理亜が玲華に振り返りつつ、ラバンの言葉を補った。

「結露した水滴が、ナビゲーションの制御装置の中に入り込んじゃったらしくて......」

 ラバンは方位磁針と広域地図とをつかいながら、しばらく走り続けるしかありませんでした。

 道は進むにつれて山の奥へ進むばかりでした。道幅は山奥へ行くほど細くなり、その道に降る雪は、山奥へ行くほど強くなり、ついにはあきらかに峠道に至っていました。峠に至った時、そこは谷あいでした。ついに、車は進むことも戻ることもできなくなってしまいました。


「お父さん、私、少し疲れた」

 玲華が急にそう言って車の後部座席にのりこんで、横になっていました。目をつぶり、ぐったりした様子はただ事ではないことを示していました。

 この時、ラバンは峠の雪深い中で車を一生懸命に切り返しを何度も繰り返しているところであり、子供たちも車の外で雪かきをしながら切り返しを手伝っていたところでした。

「玲華、どうしたんだ?」

 慌てたラバンは玲華の隣に座り込んで様子を少し観察すると、彼女は息切れと動悸を訴えながらぐったりしていました。 

「あれ? 玲華ちゃん? あれ、冷や汗が激しい」

 イサオは、ラバンのうしろから玲華を注意深く観察しながらも、急な発症に戸惑っていました。そして、理亜も口をきけないほど戸惑いと驚きに囚われており、皆呆然としていました。この時、ジミーの頭のなかでは、なぜかカチカチと高速で計算が始まっていました。その計算結果が深刻な内容であったためか、ジミーは急くようにして話し始めました。ただ、話しているジミーには、まるで脳の中の他人がジミーの知らないことをすらすら話し始めたように感じられていました。

「このままでは、玲華ちゃんは失神してしまいます。それから、車内にとどまっているこの状態では、ほかの皆も死んでしまいます。エンジンを動かしたまま切り返しをつづけることになると、車内の10分以内に一酸化炭素濃度が致死量に達します。かといって、車のエンジンを止めてしまっては僕たちは凍えてしまうだけです」

 ジミーは普段の自信なさげな調子ではなく、淡々と事項を指摘していました。ラバンは、その指摘事項を聞きながら、この時点で何をするべきかを考える冷静さを取りもどしていました。

 すでに、玲華は発熱までし始めており、失神していました。ラバン自身も頭痛を覚えだしていました。すでに、ジミーがラバンに指摘した事項の予兆が、発生していたのでした。

「このままでは、みんな死んでしまうな」

 ラバンは、全員がこのまま車にいるわけにいかないことを悟っていました。幸いにも、イサオが車の止まった峠道の近くに山小屋のような影を見つけていました。彼らは、車を捨ててその山小屋へと向かうことを選んだのでした。


 峠道から少しばかり這い上がると、確かにそこには山小屋がありました。いや、それは、かつて山小屋だった廃墟でした。火の気はもちろんなく、ただドアを閉めれば外気を遮断できる程度のものでした。それでもラバンと少年たちは、薪と木材とをあつめて急いで火をおこして室内を暖め始め、火の前に寝具をかき集めて玲華を横たえたのでした。特に理亜は失神したままの妹の玲華に寄り添い、彼女の身体をさすりつつ介抱に勤めていたのでした。

「いいか子供たち、俺はこれから何とか助けを呼びに行く。だから、4人はここで待っていろよ」

 ラバンは4人を残し山小屋を後にし、車に乗せていた山スキーの装備を身に着けて、くだって行きました。少しでも早く助けを呼ぶためでした。


「玲華ちゃんの様子がおかしいぞ」

 イサオは理亜と後退して玲華の介抱をし始めたところでした。彼はその時、玲華の呼吸の乱れと脈拍の大きな乱れ、そして体温が低下しつつあることに気づいたのでした。鋭いイサオの声を聞いてジミーと理亜も玲華のところに駆け寄って、それぞれに玲華に呼びかけていました。

「玲華ちゃん」

 この時、玲華の脈拍が大きく乱れ、突然止まりました。

「まずい、心臓マッサージだ」

 イサオはそう言うと、玲華に対して心臓マッサージを始めました。次にジミーが。そしてイサオが......そう交替しつつしばらく心臓マッサージを続けていたのでした。

「もう、ダメなのかしら」

 理亜がそう言ってあきらめの独り言を言った時、イサオも力なく目を伏せていたのでした。それでも、ジミーだけは目をつぶったまま心臓マッサージを続けていました。この時、ジミーの頭のなかでは

どんな処置が必要なのかを、様々な情報から計算し判断し始めていました。ジミーは、自分の物であるはずの自分の脳裏に、玲華の心臓と壊死寸前の心筋がイメージされ、続けざまにそれらの心筋細胞ににだけ、健康な状態を戻すようなイオンの傾斜とパルスの正常化が再構築され始めていました......。それらが終わった時、まるで心臓マッサージが効き目を発したように、鼓動が正常に戻ったのでした。そして、ジミーの脳裏には、これも勝手にフレーズが浮かんできたのです。

「鼓動が元通りに......なってきてい...るよ。でも、衰弱がひどく...体温を回復させなければいけない...彼女の身体の前後から、人肌同士で接触させながら抱えるようにして...温め...て..」

 ジミーは、まるで夢遊病者のように言葉をのろのろと発していました。それは、彼の頭脳の大部分が今後の玲華の体温を維持する条件を算出することと、計算結果を求めつつ解釈することに、能力を使っていたからでした。


 イサオと理亜は、玲華の脈拍が元通りになりつつあったことに驚きつつも一安心をしたところでした。それでもまだ玲華の体温は低下したままであり、皆、緊急事態がまだ終わっていないことを認識していました。イサオは、理亜とジミーに玲華の体温を保つための具体的な指示をしはじめました。

「そうだな、ジミーの言うとおりだ。わかった。では、このアルミ保温ブランケットを広げたところに、玲華ちゃんと理亜ちゃんが横になるんだ。理亜ちゃんが玲華ちゃんを抱える形であたためて......、ジミーが太っているからその皮下脂肪で保温できるだろうから、ジミーが玲華ちゃんの背中側から抱えて暖めるのがいいだろう」

「じゃあ、勇夫兄さんとジミー君、あの…少し、向こうをむいてくれないかしら」

 理亜は、少年たちが背中を見せている間に、アルミ保温ブランケットの上で妹の身体から腰の下着以外を取り去り、自らの裸身も晒して妹の腰と腹の部分にあてがいつつ抱えました。ただ、玲華の胸はあらわなままであったため、少年たちを見つめながら、気遣いを求めました。

「あの、決して玲華の前にはいかないでね。玲華の胸が見えちゃうから、ね......」

「じゃあ、ジミー、玲華ちゃんの背中を二の腕で抱えてから、そう、両手を理亜ちゃんの両肩を保持して、そう、そのまま二人を左腕を枕のようにあてがって支えるんだ」

 ジミーは、向い合せになっている理亜と玲華を、玲華の背中側から彼の胸と両腕で抱えるようにして肌をあてがい、両手で理亜の両肩を保持しながら横になりました。三人の肌を接した姿を見ないようにしながら、イサオは三人の顔だけが外に出るようにして三人を包み込み、紐を縛って保温を万全に仕上げることができました。

「いいか、明日玲華ちゃんが元気そうだったら、この紐の結び目を解いてアルミ保温ブランケットから出ていいと思う。この紐の結び目をジミー、お前に任せたぞ」

 イサオはそう言うと、アルミ保温ブランケットだけでは保温が完全でない部分をカバーするために、脱ぎ捨ててあった衣服で保温を確かなものに仕上げていきました。こうして、玲華は理亜とジミーの体温で温められ、やがて静かな寝息を立て始めていました。


 朝になると、まずジミーが寝ぼけまなこのままに、身じろぎをしました。アルミ保温ブランケットにくるまれたままで身じろぎをしたためか、彼の両手に挟まれていた玲華が少し体を動かしました。それによって、彼の手首のすぐ上に彼女の柔らかく大きな双丘の存在が感じられました。つまり、彼はそれ以上両腕を上に動かしてはなりませんでした。そこで、ジミーは慎重に両手を下へと慎重に動かそうとしました。玲華と理亜が目覚める前に、急いで二人の素肌から自分の汚らわしい肌を離さなければならないと、それだけを考えていました。それゆえに、三人を包むアルミ保温ブランケットの紐を急いで緩ませる必要がありました。


 彼の指に紐の結び目のようなものが二つ当たりました。

「は、早く、結び目をほどかないと......」

 ジミーは静かに右と左の結び目をほどこうと両手の指さきでつまんでいると、理亜が身じろぎ、というより強いうめき声を上げて目を覚ましました。

「あん」

 それと同時にジミーの両手が思いきりつねられ、それに驚いたジミーは指先に思わず力を入れてしまいました。

「えう」

 理亜はそう唸ると、自分の胸元を見て、なぜかジミーを睨みつけていました。彼女の両手がジミーの両手をつかんでそのまま上に動かそうとしたのですが、それはできませんでした。

「あん、むう」

 彼女の両手がジミーの両手を上に動かせなかったのは、ジミーがつまんでいたのが紐の結び目ではなか、彼女の豊かな双丘の突起をしっかりつまんでいたためでした。その瞬間になって彼は、やっと、彼自身ががつまんでいた物体が何かを悟っていました。本来ならば、理亜が彼を怖い顔をして睨みつけていた段階で悟るべきでした。彼は急いでつまんでいるものを放して腕を上にあげたのでした。ただ、そこには玲華の双丘があるため、それ以上は上に動かせませんでした。それに、女体を見たばかりか触れてしまったことにより、ジミーの体は徐々に金縛りになっていました。


「ねえ、今、私の胸を摘まんでいたわね」

 理亜の声は低く静かでした。玲華の怒った時の高い声とは異なり、底知れぬ恐ろしいものを感じさせていました。

「あ、僕、紐をほどこうとして......」

「ジミー君、ひもがどこにあるのかしら?」

 理亜の声はまだ低く静かでした。ジミーは冷静になろうとしたのですが、彼は確かに先ほどまで彼女のそれをつまんで揺らしていました。

「今わかりました。これは紐の結び目ではありませんでした......」

「いまわかったって? それ、うそでしょ? だって、あんなに摘まみ上げて、揺らすなんて......」

「え、揺らしたって?」

「それがジミー君の答えなのね? 分かったわ」

「あの、僕は罰を受けるのでしょうか?」

「そう、悪いことをしているという意識はあるのね。そうね......絶対に許さないから......」

「あの、ゆるしてください」

 ジミーは、金縛りに合ったように体の動きが緩慢になってしまいました。このとき、ようやく玲華も目を覚ましました。


 玲華は目覚めて静かに周囲を見渡すと、三人がアルミ保温ブランケットに包まれていました。問題なのは、自分が裸のまま背中側からジミーの裸身によって抱えられ、玲華の臍の辺りには理亜の顔があって彼女の裸身が玲華の下半身を抱えていたことでした。しかも、その状態で、自らの腹部辺りでうごめく違和感、つまり明らかに女のではないごつく暖かい男の両腕と掌とが、目覚める前の自分の腹部辺りでうごめいていたことを思い出しました。しかも今は、その両腕が腹部の脇から下腹部にかけて玲華を抱えるようにうごめいていました。そして、突然に、後ろの男の腕が華の胸のあたりまで引き上げられ、思わず玲華は悲鳴を上げていました。

「え、なに、これ?」

 玲華は腰の痛みも感じていました。この痛みは、単に硬いところに不自然な格好で寝ていたために痛みを感じていただけなのですが、玲華はイサオと理亜と三人で、いけないことをしてしまったと考えていました。

「いやだ! 私、裸! それで、裸の私を......後ろからジミー君が抱えて......え? 私の下半身を理亜が抱えているの? 腰がとても痛いし......まさか、三人でいけないことをしていたの?......私、なんてことをしちゃったの......」

 そう、当惑の独り言を言っているところに、イサオが笑いながら玲華の顔をのぞき込みました。何かいけないことをして、それをイサオに観察されていた......。玲華はそう思い込んで大声を出しました。

「キャー。勇夫兄さん、私たちの夜通しの秘め事を見ていたの?」

 でも、冷静になってよく考えれば、三人はアルミシートで身動きできないほどに包まれてくるまれており、いけないことをできるはずもありませんでした。また、玲華を後ろから抱えているジミーは、そんな秘め事を実行できるほどの経験があるはずのない童貞男でした。


「目が覚めたんだね。元気になったんだね! え、何?」

 ジミーが玲華のうしろから話しかけてきました。

「秘め事? 確かに今、三人は裸だよ。それはね、玲華ちゃんの下半身は理亜ちゃんの担当で、上半身は僕のものだっだから....ええと」

 ジミーは金縛りになっていたこともあり、口が回らなくなっていました。また、頭脳の巡りも非常に悪くなっていたために、ろくな説明ができませんでした。ジミーの説明を誤解した玲華は、たまらずに大声を出していました。

「私を二人で分けて抱いていたわけ?」

「分けて抱いた? いや、二人で玲華ちゃんの身体を一生懸命撫でたよ。上半身は僕が...、下半身は理亜ちゃんが...。玲華ちゃんもよく反応していたよ......」

「そうよ、三人で。私も玲華のことを大切に思っているし、だからジミー君と一緒に玲華を抱いて...」

「理亜まで......」

 玲華は絶望的な表情を浮かべて、助けを求めるようにイサオを見つめました。

「ああ、もう、いや。死んでしまいたい」

 玲華のその言葉に、ジミーが思わず後ろから反論していました。

「死んじゃだめだよ。せっかくの人生なのに。これから楽しむべきだよ」

「へえ、これからもこうやって楽しめっていうの? みんな揃って変態だわ」

「変態? ぼくがか?」

「私たちが変態だって言うの?」

 玲華の思いがけない罵倒に、理亜とイサオ、ジミーはしばらく訳が分からないという表情で、互いに顔を見合わせました。

「だって、私が反応したっていったじゃない? だから私、腰が痛いのね。そう、私たち三人はいけないことをしちゃったのね」

「いけないこと?」

 ジミーは理亜に誤ってしでかしたことはあっても、玲華に何か悪さをしたという記憶はありませんでした。理亜もまた、玲華が言う「いけないこと」の意味が分かりませんでした。 

「なにそれ?」

「元気になっているじゃない。だからよく反応して、体があったまったんだよ」

 イサオもそう言って玲華の顔を覗き込みました。それに驚いた玲華は思わずのけぞり、それが前後の理亜とジミーを焦らせ、アルミブランケットの中で三人が互いに触れてはいけないものに触れてしまったために、ふたたび大騒ぎを起こしていました。

「みんな落ち着いて」

 イサオは三人を落ち着かせて互いの裸体を見ないようにして離れさせたのですが、大騒ぎは収まりませんでした。そこに、ようやくラバンが街の警察官たちを連れて山小屋跡にかえってきました。4人の少年少女たちの大騒ぎが治まらないので、ラバンは玲華に他の三人が一生懸命に助けようと動いていた状況を説明してくれました。それでようやく彼女は状況を理解してくれたのでした。

「わかったわよ、私の保温のためだったんでしょ。誤解してごめんなさい...でも...だって、ジミー君が後ろから裸で私の裸を抱いていて、理亜も前から私の下半身を裸で抱いているんだもの。みんなで私とエッチなことをしていた、と思ったのよ」

 最後にジミーが半分怒ったように玲華を睨んでつぶやきました。

「そんな行為は、僕にはできないよ」


 さて、その日の昼過ぎに、全員がやっとペンションに行き着きました。4人は、遭難気味だった前夜の疲れをやっと癒せていました。その4人共通の経験が、互いの親密度を深めたのか、その夜は、元気を取り戻したように見えた理亜を含めて、4人で夢を語り合っていました。但し、玲華には尋常ではない症状があるために、そのまま急いで帰京し、、玲華は慈恵医科大学付属病院の循環器内科を受診しました。そこで、やはり、ジミーが見立てたとおり、彼女は「大動脈弁狭窄症」と診断されたのでした。彼女は、その後MRIや超音波検査などの精密検査を受けるために、そのまま入院したのでした。そして、その結果は予想より深刻なものでした。


「お待たせしました。主治医の叶です」

「先生......」

「まず、結論から申し上げますと、状態は結構深刻です。つまり弁狭窄症があるために、それを補おうと心筋が大きくなっています。しかし、心筋による補償も限界があります」

「せ、先生。じゃあ、玲華は助からないのですか」

「いや、今すぐどうこうすることではないのですが......」

「まってください、先生! 正直に教えてください。玲華はいつまで生きられるんですか」

「そうですね、今はまだ成長期です。しかし、限界を迎える時は早く来る可能性があるのです。そして、限界に達すると、急速に血流が悪化し、最後には心筋が壊死し、心臓全体が......」

「先生、なんとか、彼女は助からないのですか」

「チャラウさん、よく聞いてください。先日のスキー旅行の時に、玲華さんの症状が顕在化したということは、限界が近いことを示しています」

「先生......」

 検査結果を伝える方も、聞く方も、未来を見出すことができませんでした。そして、その結果は数野家のジミーたちにも知らされたのでした。

「そうか、そんなに悪くなっていたのか」

 イサオはそうつぶやいていました。しかし、ジミーは黙ったまま何かを考え続けていました。


 その夜、港区の慈恵医科大学附属病院の循環器科病棟に、一人の少年が立っていました。棟内は鍵がかかっており、外部侵入者を許さないはずでした。

 その人影はジミーでした。ジミーは気が付くと病棟の玲華の個室に立っていました。彼は、脳内に現われた応用改編数学の結果によって、意識を動かさず、体を動かさずに、ここまで移動していたのでした。彼が個室に入り込むと、そこには姿見のための鏡がありました。彼がその鏡の中に自らの姿を見た時、それはオーラのような体が浮かび上がり、歩むことなく動いていました。彼は鏡の前でいったん自分を見つめた後、静かに個室の奥へと移動していきました。奥には玲華の寝かされている寝台がありました。彼は寝台の床上に正座すると、ひたすら独り言を繰り返しはじめていました。

「その日が来ればと 啓典の主は言われる

 その日には、私は彼らのために

 野の獣、空の鳥、土を這うものと契約を結ぶ

 ユミも剣も戦いもこの地から絶ち

 彼らを安らかに憩わせる」

 

 その時間帯は、夜勤の看護師が各部屋の患者を懐中電灯で照らしつつ確認する見回りの時でした。担当看護師は、一部屋ずつ確認していました。彼女が玲華の個室にくると中を一目見るなり、驚いてナースステイションに駆け戻っていました。

「あの、あの、1501号個室に幽霊がいるわ」

「え、でも、モニターによれば患者さんは生きているわよ」

「でも、ベッドの横に座り込んでいましたよ」

 この時、看護師の彼女が見た姿は、座り込んでいたジミーでした。


 ジミーのやろうとしていたことは、ジミーが意識して初めて適用した特定時空に対するいわば「特殊」改編数学術でした。この時のジミーはまだ一般改編数学術を完成させてはいませんでした。それでも、ジミーは玲華の大動脈弁について、狭窄症を何とか出来ると考えていました。それは、山小屋で把握した玲華の心臓の大動脈弁部分という特定空間だけについて、改編数学を適用して生体保護低温領域設定並びに発生学的退行措置、さらには発生学的生長制御をへて、大動脈弁を作り直す処置、つまり玲華の大動脈弁という特定空間において、物理法則を書き換えて分子運動を抑えて低温領域を作り上げ、さらには時間を逆行させて発生学的に大動脈弁の全体組織を退行させ、得られた原初細胞から再び発生学的に成長させて、大動脈弁を再構成させることでした。ジミーにとっても、これらの処置は少しばかり時間を要していました。こうして、大動脈弁再構成処理は完了したのでした。

 

 次の日、玲華は最後のMRI検査室へ運ばれて行きました。そこで、撮影が終わった後、画像を見た叶医師は思わず独り言を言っていました。

「そ、そんなバカな。どこにも症状が出ていないなんて」

 看護師ステーションでも、その話題でもちきりでした。

「1501のチャウラさん、急に症状が無くなったんですって」

「そうそう、MRIを見た担当医さんが仰天して報告したんだけど、周りが誰も最初は誰も信じてくれなかったんですって」

「学会発表するほど珍しい症例ですってよ」

「でも、入院当初に超音波画像しか取れていなかったから、報告に用いるデータが不足しているとも言っていたわよ」

「其れって、やっぱり、あの幽霊のせいかしら」

「幽霊?」

「夜勤の彼女が見たんだって。引き継いでくれたみゆきが言っていたわよ」

「でも、彼女しか見ていないんでしょ、ショックで出勤できなくなっちゃったって......」


 退院後、三月早々に卒業式を終えた玲華と理亜は、ラバンとともに再び数野家を訪れていました。そこで数野家の皆がラバンたちから聞いたことには、旅行直後に心臓周囲の検査のために入院措置が図られ、いくつかの検査をするうちに急に症状が無くなっていたということでした。さらに、最後に検査に用いたMRIによると、診断結果は健常者と同じであり、今まで行った検査結果と明らかに矛盾するものだったということでした。その後にもう一度超音波や心電図を測定してみると、やはり症状は消えていたというものでした。

「玲華には、「もう精密検査は必要ありません」と言われたんだよ。彼女の心臓には全く問題がないということなんだ。以前には、『そのうち精密検査をしましょうね』と言われ続けて来たのにね」

 ラバンは不思議そうに話しを続けていました。そして、彼は不思議そうに話しをもう一つ続けていました。

「なんでも、夜勤の看護師が一人だけ、幽霊を見たということなんだ。その後、玲華の症状はきれいになくなっていたというんだよ」

 これらの話はイサオには不思議なことでした。かえって玲華の心臓に何が起きたのかを調べずにはいられなくなっていました。なぜか彼はジミーを疑っていました。

 イサオは、思い切って玲華の入院先だった慈恵医科大学病院を訪れていました。

「お忙しいところすみません。僕の従妹の玲華が心臓でお世話になったことで」

「お世話なんてしてませんよ。いやあ、不思議なこともあるもんですねえ。以前はあれほどはっきり大動脈弁に異常がある兆候があったのに、どうやって調べても、もう正常な心臓であるとしか言いようがないんですよ。聞けば、蔵王温泉へ出かけたということでしたけれど、温泉に言った数日後に緩解するなんてことはあり得ないですしねえ」

 医者の言うことは、確かに不思議だった。そして、イサオはなぜかジミーが何らかの処置を玲華にしたと確信を持っていたのでした。

「ジミー、お前、慈恵医科大学病院へ行っただろう? そこで一泊した際、玲華ちゃんの心臓を直したのか?」

「え、僕は、どこにもいかなかったよ。ただ玲華ちゃんが心配だったから、ずっと祈っていただけなんだよ」

 ジミーが否定する以上、直接的な証拠もない以上、イサオには決め手がありませんでした。そんなイサオに、思わぬ形でジミーを試す良い機会が訪れていました。急に症状が無くなった玲華の状況を調査するために「一卵性の姉妹である理亜と同時に比較測定したい」と、慈恵医科大学循環器科の叶医師が依頼してきたのでした。

「玲華さんの心臓は、いつの間にか症状が消えていました。入院時から超音波画像や心電図には確かにその特徴が表れていたのです。それが、MRIの測定で取得した画像データでは、障害があると推定された信金は全て、健常者のそれと同じであり、どこにも症状部分が無かったのです。ただ、何かしらの痕跡が残っているのではないかと考えられるのです。そこで、一卵性双生児のもう一人、理亜さんと同じ条件で一連の測定をしてみたいのです。そうすれば、今治っていても症状がかつてあったのであれば、何らかの痕跡があるはずなのです」

 ラバンははじめは乗り気ではなかったものの、イサオが今後の玲華の状況をよりはっきりさせるべきだと指摘したことで考え直して、その比較計測を受けることにしたのでした。そして、この計測でもし玲華の心筋に何らかの痕跡があれば、それはジミーの何らかの力を示す証拠かもしれないと、イサオは密かに考えていました。


 計測の日が来ました。イサオは心配して付き添うという名目で、検査会場となった慈恵医科大学付属青砥病院へラバンや彼女たち二人と一緒に出掛けて行ったのでした。

 彼女たちを対象とした計測は、初めは身長、体重、胸囲、から始まり、超音波画像、MRIまで多種にわたっていました。計測に要した期間は1日ほどもかかっていました。計測が始まると同時に、医師たちがさまざまに測定結果を論じ合うことに耳をそばだてて、測定結果の情報を徹底的に集めて行きました。

 ただし、耳をそばだてていた時、彼はあまりに検査エリアに入り込みすぎていました。更衣室から出てきたのは、形状記憶合金を使ったブラを外し、上からシルクの様な薄く柔らかい検査着になった二人の姿でした。

「あ、ごめん」

 イサオは、聞き耳を立てることを忘れ、慌ててそこから出て行ったのでした。そして、彼は肝心な比較検査結果を聞くことができませんでした。


 すっかり計測が終わり、イサオは理亜と玲華を自宅にまで送ってきました。そこには、ラバンのほか、数野家の伊作とルビカ、ジミーが待っていました。

「どうだったの、計測の具合は」

「ええ、双子らしく、内臓や骨格、循環器の特徴まで同じでした。そして、確かに二人には何の問題もなかったんです」

 ラバンはそう答えている横で、イサオは黙って何かを考えていました。


 食後、親たちは近くの居酒屋へと出かけて行きました。残された従兄妹たちは、リビングでくつろいで思い思いに過ごしていました。そのとき、ジミーにイサオは改めて問いただしていました。

「ジミー。彼女たちには異常なポイントは何もなかったらしいぜ」

「だから、僕は何にも悪いことはしていないんだよ。計測結果にもそんな変なものはなかったでしょ?」

 イサオは納得していませんでした。そこで、彼は搦め手でジミーの記憶からジミーが何を為したかを探っろうと考えていました。イサオは理亜の薄着姿と玲華の薄着姿をみてしまったことに触れると、ジミーはその話に食いついていました。イサオはさらに、そこで理亜の胸の局部が陥没しているはずだと指摘したのでした。

「イサオ兄さん、そんなことはないよ」

「なぜそんなことが分かるんだ。見たことでもあるのかよ」

「僕は、見たことなんかないよ。でもイサオ兄さんは見たのかよ」

「ああ、理亜ちゃんも玲華ちゃんもシルクの柔らかそうな検査着だったから、二人を比較して玲華ちゃんの胸のあそこが陥没しているのが分かったのさ」

「兄さん、それは嘘を言っているね。理亜ちゃんはそんな変な形じゃなかったよ」

「なぜうそだとわかるんだよ。なんで理亜ちゃんが陥没でないとわかるんだよ」

「だって、あの時、僕は摘めていたから......」

 ジミーは真っ赤な顔をしてそう指摘しました。でも、イサオはさらに疑問を続けていました。

「それは、ジミーが触ったから飛び出して来たんじゃないの」

 ちょうどその時、玲華がジミーとイサオの後ろから入ってきたところでした。ちょうど彼らのやり取りを聞いていたところでした。ただ、玲華はイサオに好感を持っているために、イサオの持ちだしたエッチな話題を聞いていないふりをして、中断させようとしたのでした。

「二人とも、何の話をしているの?」

 そんな会話をしているところに、当の理亜がジミーの後ろからリビングに入ってきたところでした。その時、玲華はあっという顔をし、イサオも目を見開きながら驚いていました。ジミーは気づくのが遅れたため、理亜のためと思って、まだ一生懸命に反論を続けていました。

「違うよ、理亜ちゃんの胸のあそこは触る前から飛び出ていたよ」

 当然ながら、理亜はジミーを睨みつけて一言非難の言葉を彼に告げていました。

「もう、ジミー君、最低ね。エッチ!」

 みんな、ジミーをリビングに残して出て行ってしまいました。ジミーだけは独り言のように言い訳をしたのですが、それは理亜に届いてはいませんでした。

「え、だって、僕は理亜ちゃんのためだと思って......」

 _______________________


 3月中旬になり、春の陽気もあって伊作が元気を取り戻していました。数野家は伊作の快気祝いとジミーの卒業を祝ってささやかな祝いをしたのでした。ただ、ジミーはどこかへ出かけて行ったということで、祝いの席にはいませんでした。ジミーは何かを計算で予測したことによって、祝いの席を避けていたのでした。

 三人だけの祝いの席でした。ルビカが料理を用意するために中座した時、伊作とイサオは会話を弾ませていました。そんな時、彼ら二人はこんな会話をしていました。

「イサオ、お前は私から天寵を受けてから、どのように活用したのかね」

「なんですか、その「天寵」というものは?」

「イサオ、何を言っておる? 私は教えたではないか。すべてを記憶せよと」

「僕はあの時祈祷室を出ました」

「では、私が全ての記憶を渡したのは、誰だったのだ?」

 この父の言葉で、イサオは全てを悟っていました。また、二人の会話をルビカも入り口手前で聞いていたのでした。

「それは、ジミーでしょう。そうか、ジミーが僕の取り分を横取りしたんだな。お父さん、僕には取り分は無いのですか」

「すべてはあの時語り尽くした。もう私の頭の中には何も残っていない」

「僕は長男ではなかったの?」

 この時、イサオはジミーに決定的な復讐心を持つことになりました。そして、これは全てジミーが予測したとおりのことでした。

 次の日、イサオが気が付いたときには、既にジミーは数野家を出て行った後でした。ジミーは母ルビカの勧めの通り、伯父ラバンの下に身を寄せることにしたのでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ