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2 葡萄の枝たち

 その時、ジミーは小さくうめいたのです。

「に、兄さ...ん」

「イサオにいちゃん、ジミー君が! ジミー君が!」

 理亜の悲鳴を聞いたイサオは、ジミーのところに急ぎました。ジミーはもううめき声も出せないほどに首がしまり、おなかをかばう手も力を失っていました。中学生は幼いジミーの首をつかんで蹴りを入れ続けていたのです。イサオはジミーが満身創痍であることをすぐに悟り、彼をつかんでいる中学生を睨みつけました。

「ジミー! この野郎、ジミーに何をする!」

 中国武術を体得していたイサオは躊躇していませんでした。彼は、玲華(れいか)理亜(りあが巻き込まれないように逃げるように合図をすると、ジミーをつかんでいる中学生の後頭部を素早くそして鋭く踵蹴りしたのです。それはこの中学生を気絶させるに十分な一撃でした。この時、イサオは6年生でした。

 

「こ、こいつ、年上の中学生を蹴ったぜ」

「お、おい。目を覚ませよ」

 中学生の仲間たちは、互いに声を掛け合って、ジミーとイサオを包囲するように集まってきました。イサオはジミーを解放しながら、周囲の中学生たちを睨みつけていました。次はだれが襲ってくるのかを警戒したのです。

「みんな、手を出すなよ。この小学生は空手でもやっているのかもしれねえぜ。有段者の俺が叩きのめしてやるよ」

 そう言ってイサオの前に出てきたのは、先ほど玲華を突き飛ばした中学生のボス明間利美あくまのよみでした。

_______________________


 改編数学。数野伊作とルビカがイスラエルのファザー・アブラムから受け継いだ彼等だけの応用数学でした。それは、創造主である啓典の主からノアに与えられ、代々選ばれた者だけが受け継いできた天寵と言われる祝福でした。それは、時空を構成する精緻な物理法則の数式とパラメータを改変する高等応用数学でした。具体的に言えば、物理定数改編によって、運動方程式はもちろん、素粒子、原子核、電子、化学反応、分子構造を一瞬に組み換えし、それによってさまざまな反応を任意に操作し、引き起こし、もしくは停止させることができました。それによって生じた現象は、急激な加速、減速、停止、物質の崩壊と再構築、遺伝子改変や細胞内活動の活性化・不活化などでした。そしてこれらの操作によって、素粒子物理学から有機化学、生物学、果ては天文学まで、彼らは意のままに動かすことを許された唯一の夫妻でした。

 彼らがまず扱ったのは、やはり啓典の主から与えられた葡萄の苗でした。彼らは改編数学によって、結果を計算しながら遺伝子を操作し、全く新しい品種を作り上げました。彼らはその品種に「多量井戸(ポリウェル)種」と名付けました。

 多量井戸(ポリウェル種は、カルスという細胞の塊から株を得る特殊な株分け方法を用いました。彼等だけが持つ秘伝の保存細胞からカルスを作成して得た苗を移植すれば、その年の秋には大量の種無し葡萄やぶどう酒などの加工食品を販売できるほどの優れた収穫力があったのです。ただ、収穫した後、特殊な世話をしないと、つぎの年には実を結ばずに枯れてしまうのでした。


 伊作やルビカがイスラエルから帰国して8年が経っていました。笛吹川の上流の寒村で2年。広島県上石郡の寒村で二年、北海道余市郡の山奥で二年、そして千葉県八柱市城町が丘で2年が経とうとしていました。ここでも、彼らはやはり周囲の同業者たちから理不尽な要求と嫌がらせに遭遇していました。なぜなら、城町が丘の数野園で伊作が生産する「多量井戸(ポリウェル)種」は全国いや全世界で、モンサントのような種苗業者や消費者たちによく知られるほど大量に葡萄や加工品を生産していたものの、周囲の同業者たちは同じ苗を分けてもらっていたにもかかわらず、彼らの世話の仕方では2年目に枯れてしまい、うまい商売ができなかったからでした。

 世界中から来た見学者たちは驚きと賞賛を惜しみませんでした。

「春に植えて、その年の秋にはもう収穫できているのかい?」

 訪ねてくる見学者たちは、必ずそう言って驚いていました。そのまなざしには最初から羨望と嫉妬が混じっていました。伊作はそれを感じつつも、上機嫌に答えていたのです。

「ええ、このブドウは、増やし方は特殊ですけど、従来の葡萄に比べると成長力と結実力は格段に強力ですよ」

「ほお、素晴らしい」

 周囲の同業者たちも、最初は同様に賞賛していたのです。しかし、2年目になると、彼らは手入れをするよりも新たな苗をよこせと言い始めました。要は手間を惜しんだのです。

「こんにちは、数野さん」

「あ、こんにちは。地区長の明間あくまさん」

「今日はまた相談があってね。あんたが実績を積み上げているあの葡萄、ポリウェルと言ったっけな。昨年と同じようにポリウェル種の苗を分けていただきたいというご相談なんですがね」

「ええ、いいですよ。この品種は「ポリウェル種」として、すでに種苗登録、特許登録、商標登録などを済ませています。その登録済みのポリウェル種の苗をお分けする形になります」

「そうですか、では、我々同一地区の我々には、当然無償ですよね......」

「えっ?」

「私はあんたの農園が属している同一地区の地区長ですよ。あんたたちはこの地区の新参者なんだから、この地区の我々には当然に無償で、ポリウェル種の苗を分けてくださるのですよね?」

「はぁ、待ってくださいよ、明間さん。それは......」

「当然、無償だよなあ」

「は、はいぃ......」

 伊作はもともと争いを好まず、奥さんのルビカや周囲の人に対しておどおどしている気の弱い男でした。それゆえ、地区長が少し怖い態度を示すとすぐうに苗を渡してしまいました。そればかりでなく、無償譲渡の話を聞きつけた周囲の同業者たちまで、苗を無償で取り上げる始末でした。

 もちろん、奥さんのルビカは気の弱い伊作を怒鳴りました。

「伊作、あんた、また苗を無償で渡したんだって? イサオが言っていたわよ」

「えっ。イサオが見ていたの?」

「イサオが見ていたの、じゃないでしょ!」

「へ。」

「何よ、その生返事は? 私は、あんたが無償で渡したことを怒っているのよ」

「ひええ、ごめんなさいー。許して!」

 ガシャン、バシ、ドンガラガッタン、バシ......。その後は、毎晩のように布団たたきを持ったルビカが、逃げ惑う伊作を追い回すのでした。もちろん、それを見ていたジミーは、大人の女性はやはり恐ろしい存在であり、少しでもかかわると恐ろしい目に合うということを学んだのでした。

 ただ、ルビカも今まで何度も経験してきたことでしたが、ポリウエル種は数野家以外の世話の仕方では、まるでF1と呼ばれる苗のように、つぎの年に実を結ぶことはなく、もしくは枯れて全滅してしまうのでした。しかも、一度ポリ植える手を植えた後の土壌では、しばらく果樹栽培ができないほどに地中微生物が変性してしまうのでした。これがまた地区長や周囲の同業者たちの怒りを買うことになりました。

 

 城町が丘に来て2年目のこのころ、伊作やルビカのブドウ園の繁盛と無償の種苗譲渡の話を聞きつけて、ルビカの兄、ラバン一家が数野家を訪れていました。もちろん、数野家のことが心配になったからです。ラバンはルビカにとっても伊作にとっても頼りになる親戚でした。

「ルビカ、伊作。ご無沙汰だね。元気そうでよかった」

「ええ、兄さんも、商売繁盛しているようね」

「ああ、商社の経営も天啓の恵みにより拡大、上り調子だよ。そちらも、周囲が異常な不作なのに比べてここだけは圧倒的にブドウが実っているね」

「ええ、そのせいで、最近、この地区の皆さんの嫉妬と羨望が激しくて......」 

 ルビカと伊作、そしてラバンたち大人は、ブドウ園を巡る周囲の地区の住民達との軋轢を心配して、様々な相談をしていました。


 この日、イサオとジミーは、ラバンの娘である理亜りあ玲華れいかの双子姉妹を迎えて、応対することになっていました。そこで、ルビカは息子たちの部屋に行き、二人を呼びだしました。

「イサオ、ジミー、お客様ですよ。あんたたちが応対することになっているでしょ」

 こう呼びかけられて、イサオはすぐにルビカの下に駆け付けてきました。でも、ジミーはなかなか出てきませんでした。ルビカは仕方なく彼を理亜と玲華とが待っている客間に連れて行きました。

「イサオ、紹介するわよ、理亜ちゃんと玲華ちゃんよ」

「やあ、君たちが理亜ちゃんと玲華ちゃん? 双子だったよね? 僕はイサオ。君たちより二歳上の6年生だよ」

 イサオは、明るい調子で彼女たちに話しかけました。イサオは以前から身長が急激に伸び始めており、今では170cmをこえていました。確かに、この時のイサオはスラっとした男に育ちつつあり、彼を前にして、双子の姉妹は彼に見とれていました。

「ええと、私、理亜です」

「イサオお兄さあん! 私、玲華です。ここに来られて、私、うれしいです!」

 このとき、理亜はあまり美人ではないものの豊かな長い髪をもち、その長い髪が表すように控えめで思慮深い女児でした。他方、玲華は短髪であることが表すように、活発で何事にも積極的であり、人との交わりも積極的な好感の持てる女の子でした。

「じゃあ、理亜ちゃんと玲華ちゃん。僕のほかにも、もう一人がいるんだ。ジミーという名前だ。おとなしいチビだけど、あんたたちと同じ小学校4年生だよ。あれ? まだ来ていない......。母さん、ジミーはどうしたの?」

「イサオ、あんた、ジミーを連れて来なかったの?」

 ルビカは、もう一度息子たちの部屋を見に行きました。すると、彼女はは自室の隅で怯えているジミーを見つけました。もちろん、母親の声におびえていたのですが、従妹たちが来ていることでさらに怯えていたのでした。

「ジミー?」

 ルビカはジミーの部屋で大声をで彼の名を呼びました。この時のルビカの声はまだ怒気を含んでいませんでした。ただ、彼が机の下で震えながら隠れているのを発見すると、その声は少しずつ厳しくなっていきました。

「ジミーさん」

 この呼び方になると、そろそろ母親が怒り出すサインでした。

「ジミーさん、あんた何しているの?」

「あ、あの、何をすればいいんですか?」

「双子の従姉妹たちの応対をしてあげるのよ」

「い、いとこ? 男の子だったっけ。それなら......」

「女の子たちよ、従妹の女の子たちよ」

「え? お、ん、な、の、こ?」

「いとこの女の子たちよ」

「たち?」

「そうよ」

「女の子、いやだ」

 母親の声は徐々に怒気を含み始めていました。

「さて、ジミーさん。 あんた、なにいっているのかしら!」

「女の子たち こわい」

「なんだって? そんなことで許されると思っているの?」

 母親は完全に怒り始めていました。当然、ジミーはよけいに震えあがりました。こうなると、彼はパニック症候群に陥り、何をしているのかわからなくなりました。

「女の子、女の人、こ、こわい」

「ジミー、許さないからね、逃げられると思うなよ」

 とうとう、ジミーは客間の前までずるずる引きずられていきました。


 ルビカは客間の入り口でジミーに説教を始めました。

「さて、此処の客間に従妹の女の子たちが来ているのよ」

「あ、あははは」

 ジミーは卑屈でひきつった笑顔になり逃げ腰になっていました。ただ、首根っこを母親に握られていたために逃げることは考えられず、ただただ震えて耐えていました。

「あんたたちの親戚なのよ」

「し、しんせき?」

「そう、いとこの女の子たち。血のつながっている私たち家族を心配してきてくれたのよ! だから、お話をしてあげるのよ」

「で、でも女の子たち、怖い」

「女の子、と言っても、従妹たちよ。従姉妹の理亜ちゃんと玲華ちゃんよ。とってもかわいい子たちだから平気なのよ」

「いとこのかわいい子?」

「大丈夫でしょ!」

「う」

「じゃあ.......」

「僕は遠慮しておきます。き、緊張するから」

「だめよ、母親の命令よ。き、な、さ、い」

「いやだあ」

 結局、ジミーは力づくで客間の入り口に顔を見せました。

「女の子も、お姉さんも、女の人も、やっぱりみんな怖い」

 ジミーはそう引きつりながらも、母親に引きずられて部屋の中の玲華と理亜に相対しました。


「ぼ、僕、ジミーです」

 ジミーは、文字通り借りてきた猫でした。この一家の中で最も恐ろしい人ににらまれ、しかも首根っこをつかまれていては、抵抗することはおろか口をきくことさえできないジミーでした。

 客間に連れて来られたジミーは、身長はまだ130cmにも満たない痩せぎすのチビでした。ただでさえ小さいのに、おどおどして身をさらに小さくしていたために、理亜と玲華から見ても、哀れなみすぼらしい年下の男の子にしか見えませんでした。そして、やっと落ち着いて自己紹介をしてくれたと思われたのですが、それでも彼は理亜と玲華とをちらりと一回だけ見ただけでした。

 理亜はそんなジミーの態度に戸惑ったものの、そんなことはおくびにも出さず、静かに挨拶を返しました。

「私、理亜です。ごめんなさいね、親戚だからというだけで、あなたに迷惑かけてしまったわね」

 その言葉を受けて、双子の妹の玲華も続けて、それもなるべく明るい声で挨拶を返しました。

「あんたがジミー君ね。よ、ろ、し、く、ね」

 ジミーは、玲華の声と呼びかけと笑顔に思わず顔を引きつらせ、赤くしていました。


 三人がそんなぎこちないやり取りをしている横で、イサオは母親に言われたとおり、三人を連れて市川市にあるアスレチック広場に出かける用意をし始めていました。

「ええと、三人とも、これから出かけるよ。でも僕たちはまだ小学生だから、あまり遠くに行ってはいけないと、母が言っていた。ただ、隣の市川市のアスレチック広場までは出かけてもいいと言ってくれたんだ」

 イサオはそう言うとジミーに声をかけて、次の行動を促しました。

「ジミー、おまえ、玲華ちゃんが好きなのか?」

「え、なに?」

「何、違うのか? じゃあ、僕が玲華ちゃんをエスコートするぜ」

「え、いいの?」

「だめなのか?」

「え?」

「じゃあ、ジミーおまえが玲華ちゃんをエスコート......」

「え、こゎぃ 声が大きいから怖い」

 ジミーのその言葉に、ジミーの近くに来た玲華は、はじめ驚いたような顔をしたが、次第に顔を赤くしていた。そしてその言葉には明らかに怒気を含んでいた

「ジミー君、ねえ、ジミー君、私、あんたと同じ歳なんだけど!」

「ひ、ひええ」

 この反応に、玲華は少し意地悪を思いつきました。

「イサオ兄さん。教えてほしいんだけど。ジミー君は、私のどこが怖いのかしら」

「う、うう。こわい」

 ジミーは、思わず独り言を大きな声で言ってしまいました。すると、玲華はジミーを振り返りました。

「ジミー君、私はイサオにいさんに聞いているのよ。、あなたに聞いてないわよ」

 玲華の意地悪な応答に、理亜は思わずたしなめました。

玲華れいか、やめなさいよ。そんな言い方って無いわよ。だからあんたは怖がられているのよ。ほら、ジミー君はこんなに怖がっているじゃないの」

理亜りあ、ジミー君が怖がっているって? 私を? なんでよ! 笑顔になっているじゃないの!」

「そんな剣幕だからいけないのよ。見なさいよ、ジミー君、顔は引きつっているし、脚が震えているじゃないの」

 理亜の助け舟がうれしかったのか、玲華がイサオの陰に隠れてしまうと、ジミーは思わず頭を下げながら理亜にお礼を言っていました。

「あ、ありがとうございます。えーと、アハハ、僕、声の強い女の人が苦手で......」

 ジミーは冷や汗をかきながら話していました。但し、その時になっても、かくれるばしょをさがしてきょろきょろしている姿勢は続いていました。イサオはそんな彼の姿を見ながら、少し笑いながら小声で指示を出した。

「ジミー、お前は、びくびくしすぎだよ! まあ、お前は玲華ちゃんが苦手なんだろうな。このままじゃあ、お前は玲華ちゃんとは釣り合いが取れないぜ。だから、僕が玲華ちゃんをエスコートするよ。お前は理亜ちゃんをエスコートすればいいだろう。あの真面目腐った理亜ちゃんならおとなしいだろうから、たぶん怖い目に合うこともないぜ」

 イサオはそう言うと、玲華にウインクをしました。すると玲華は「早くいきましょ」とイサオに返事をし、イサオは玲華を追って部屋から出て行きました。理亜はあとに残された形になり、少し寂しそうな顔になっていました。ジミーは恐る恐る理亜を見上げながら、独り言をぶつぶつ言っていました。

「兄さん、そんな言い方はないよ」


 ジミーは気を取り直して理亜を見上げながら声を掛けました。彼女は120センチのジミーに比べてひと回り以上も大きな体格でした。

「あ、あの、もし......」

「あ、はい。ジミー......君」

 理亜の声は静かでした。ジミーはその静けさに少しばかり怯えていました。気のせいなのですが、ジミーには冷たく聞こえたのでした。

「は、はい」

「ジミー君、じゃあ一緒に......」

 理亜はジミーの頼りなさに消沈しながらも、ジミーが怯えていることをわきまえながら、会話をつづけました。ジミーもそれが分かったのか、恐怖心を克服しながら会話を続けていました。

「う、うん」

 こうして二人は互いに手をつないで、イサオたちの後を追って部屋から出かけて行きました。

_______________________


 朝早くだったせいか、アスレチック公園には、まだ目立って子供たちは居ませんでした。ジミーたち四人は、しばらくそれぞれの体格に合わせて障害を乗り越えたり、登ったりしていました。当然ながら、小さい体格のジミーは、スタート地点に近い障害物の付近で、苦労しながら登っては、また苦労しながら降りていました。


 さて、そのようにして4人はしばらくの間、平均台や丸太の台など障害物施設で遊んでいました。そこに、聞こえてきたのは声変わりのだみ声たちが近づいてくる気配でした。

「あれ、誰かいるぜ」

「構わねえ。俺たちが遊ぶんだから、追い払えよ」

 そこにやってきたのは、制服を着こんだ男子中学生の一団でした。彼らはがやがやと騒がしくだべりながら、スタート地点の近くにいたジミーのところにやってきました。彼らは、以前から遊んでいたはずの智美也たちを追い出しにかかっていたのでした。

「お前たち、よそ者だろ。ここは俺たちが遊ぶんだ。出て行けよ」

「お、おかしいよ。ここはみんなのものだよ」

 ジミーは、勇気を振り絞って160センチ以上、つまり二回り以上大きな中学生たちに向かって声を挙げました。もし、ジミーの前に来たのが女子中学生の集団であったら、たぶん彼は口をきけずに黙っていたでしょう。もちろん、女子中学生であれば魅了されてきれいに見えたためだから、ではなく、女子というだけで震えがくるためでした。でも、今ジミーの前に来ていたのは、運よくガラの悪いだけの男子中学生の集団でした。 

 男子中学生たちは、瘦せた小さな小学生の抗議を意に介しませんでした。彼らは力任せに大声を上げました。

「俺たちがいつもここを使っているんだ。だから、どけよ」


「誰が決めたのよ」

 そう大声を出したのは、玲華れいかでした。ジミーは今まで威勢よく中学生に食って掛かていたのですが、その声に震えあがり、振り返りました。もちろん、中学生たちも多少は驚きながら玲華を振り向いていました。その中の一人は、玲華を面白そうに眺めながら彼女の前に立ちはだかりました。彼は、彼ら中学生たちのボス明間利美(あくまのよみだった。

「お前、年下のくせに生意気な女だな」

「やだ! きゃあ!」 

 利美(よみ)は玲華を女子小学生とみて嘲りながら、彼女を小突いたり、つついたりし、ついには突き落したのでした。ただ、突き飛ばされて落ちたところには、すでにイサオが待っていました。彼は遠くから推移を観察しており、玲華が突き飛ばされることを予測しつつ、玲華が突き飛ばされて落ちる場所っを予測して、下に待ち構えていたのでした。

「おっと、大丈夫か、玲華ちゃん」

「あ、イサオ兄ちゃん、ありがとう」

 イサオは玲華を抱き上げながら、利美よみを見上げて睨んでいました。もちろん、利美(よみ)もまた、イサオに向けて罵声を浴びせていました。

「なんだ、お前、文句があるのかよ。よそ者めが」

「年下の女の子を小突いたり、いじくりまわし、挙句の果てに突き飛ばすのかよ。それでも中学生か。それでも男か。きんたまついてんのか」

「何言っているんだよ。表現が変態だな。邪魔だからどかしたんだろ」

「何が変態だってんだ? この野郎」

「お前、女の子を抱きながら、『きんたま』『きんたま』を連呼しやがって。それこそ変態だろうが」

 イサオははっと気が付いたように、腕に抱き上げている玲華れいかを見下ろすと、彼女は顔を真っ赤にしていた。ただ、首を横に振りながら、彼女は台上の利美(よみ)を指さしていた。

「私のことは気にしないでいいわ。続けて!」

「そ、そうか」

 イサオは気を取り直すと再び利美(よみ)めがけて再び口火を切った。

「お前、この女の子に向かって邪魔だ、と言ったよな。それが間違いだと言っているんだ」

「間違い? 何が間違っているというんだ。正しいことを言っている俺たちに、その女は間違った反論をしたんだ。女のくせに間違った態度をとっているしよ。突き飛ばされて当然だろ」

 イサオはもう我慢できずに利美よみに食って掛かろうとしたのですが、そのかわりにイサオに抱き上げられていた玲華れいかが大声を出していました。

「私の言っていることの、どこが間違っているのよ」

「ここは俺たちのものだ」

 利美よみや男子中学生たちは、自信たっぷりに玲華れいかに言い返しました。でも、玲華れいかはイサオの服をつかみながらも、少しもひるんではいませんでした。

「へえ、そうなの? そんなのおかしいわ。ジミーが、そこの小さな彼が言ったように、ここはみんなのもののはずよ」

「ちがうね。お前たち、よそ者だろ。ここは市川市の施設だぜ。俺たちは市川市の市民だからな。ここの持ち主だぜ。だから俺たちのものだろうが」

 利美よみは、なおも自信たっぷりに持論を展開したのです。それでも玲華れいかはひるみませんでした。

「でも、みんなで使うために作ったはずよ」

「『みんなで使う』ねえ。確かに、市川市民の皆が使うために市川市の税金で作ったものだ。だが、市川市以外から来たお前たちのものじゃあないよな」

 利美よみは、なおも自信たっぷりに言いつづけていました。その勢いに押されたのか、玲華は目を伏せました。それでも、彼女は小声でも頑張って反論をつづけたのです。

「でも、みんなのものだ...よ......」

「だから、市川市民のみんなのものだと言っているだろ。わかんねえのかよ、この馬鹿女!」

 利美よみは大きな声で玲華を恫喝したのでした。さすがの玲華も震えてイサオにしがみつき魔いた。イサオは玲華が震えているのを見て、そろそろ怒りを抑えることができなくなっていました。彼が利美(よみ)にむけた視線は憤怒に燃え上がったままの激しさで利美よみに突き刺さり、反論する声には耐圧限界の怒りが徐々に交じり震え始めていました。

「小学校でも、地方公共団体に入る税とその使い方について、授業で学んでいるよ。ここは確かに市川市の施設、つまり市川市の税金で作ったものだよ。でも、その税金には国からの税も含まれているはずだよ。それは、国民全体の税金のはずだよ。とすれば、この施設は日本国民全体のものでもあるはずだ」

「そんなことは聞いたことがないぜ」

「へえ、中学生のくせに、そんなことも知らないバカなんだね」

「なんだと、もう一回言ってみろよ。まあ、いいや、俺たちはそんなの知らねえよ。俺たちが知らないということは、そんな税金なんかあるわけねえんだ。だから、これは市川市民のものだ。お前たちは使うんじゃねえ」

 利美よみは色をなしながらも、彼なりに理屈を立てて反論し、その怒りのままにイサオを睨んでいました。イサオはその反論を聞きながら、中学生があまり賢くないことを悟っていました。

「そうかあ、知らないから無いんだとしているなんて、やっぱり馬鹿だ」

「この野郎、年下のくせに俺たちに逆らうのかよ」

 利美(よみ)は、十分な反論ができないことにいら立ちながら、力づくでことを押し切ろうとし始めました。それを感じた理亜りあは、我慢できずに冷たく鋭い声で指摘をしました。彼女は今まで離れて黙っていたのですが、玲華(れいか)を応援せずにはいられなかったのです。

「市川市にも国の税金が来ているわ。市川市は国からの税金も含めてお金を使っているはずよ。とすれば、此処も一部は国のものね。あんたたちは知らないのかしら。中学生にしては馬鹿なのね。......だから、ここで教えてあげるわ。国からの税金というのは、正確に言えば地方交付税のことなのよ。中学生だったら知っているかと思ったけど、あんたたち、勉強しない生徒たちらしいから、知らないみたいね」

「なんだ、あの女。生意気だ。誰か、あの女を捕まえろ」

 利美は仲間に声をかけると、その中の一人が理亜に向かって行きました。それを見たジミーは、理亜に至る道の途中でその中学生の大きな体を阻もうとしました。

「理亜ちゃん! 今はおなはしするときじゃないよ......」

 ジミーは理亜にそう声をかけたのですが、それは彼女のためを思ってというよりも、彼女の冷たく言い放つ声に、怯えていたためでした。ただ、理亜にとってはジミーに逃げろと言われたように感じていました。


「なんだ、このやせたチビは?」

 理亜に迫ろうとしていた中学生は、小さいながらも体を張ったジミーに阻まれたままでした。それに怒った中学生は、腹を立ててジミーの体をがっしりつかんで首を絞めつけました。その時、ジミーは小さくうめいたのです。

「に、兄さ...ん」

「イサオにいちゃん、ジミー君が! ジミー君が!」

 理亜の悲鳴を聞いたイサオは、ジミーのところに急ぎました。ジミーはもううめき声も出せないほどに首がしまり、おなかをかばう手も力を失っていました。中学生は幼いジミーの首をつかんで蹴りを入れ続けていたのです。イサオはジミーが満身創痍であることをすぐに悟り、彼をつかんでいる中学生を睨みつけました。

「ジミー! この野郎、ジミーに何をする!」

 中国武術を体得していたイサオは躊躇していませんでした。彼は、玲華(れいか)理亜(りあが巻き込まれないように逃げるように合図をすると、ジミーをつかんでいる中学生の後頭部を素早くそして鋭く踵蹴りしたのです。それはこの中学生を気絶させるに十分な一撃でした。この時、イサオは6年生でした。

 

「こ、こいつ、年上の中学生を蹴ったぜ」

「お、おい。目を覚ませよ」

 中学生の仲間たちは、互いに声を掛け合って、ジミーとイサオを包囲するように集まってきました。イサオはジミーを解放しながら、周囲の中学生たちを睨みつけていました。次はだれが襲ってくるのかを警戒したのです。

「みんな、手を出すなよ。この小学生は空手でもやっているのかもしれねえぜ。有段者の俺が叩きのめしてやるよ」

 そう言ってイサオの前に出てきたのは、先ほど玲華を突き飛ばした中学生のボス明間利美あくまのよみでした。

「みんな、手を出すなよ。この小学生は空手でもやっているのかもしれねえぜ。有段者の俺が叩きのめしてやるよ」

「ジミー下がっていろよ。奴は空手を使うらしい」

 イサオも相手を睨みながら、ジミーに後ろへ下がるように指示をしました。


 その時、ジミーは小さくうめいたのです。

「に、兄さ...ん」

「イサオにいちゃん、ジミー君が! ジミー君が!」

 理亜の悲鳴を聞いたイサオは、ジミーのところに急ぎました。ジミーはもううめき声も出せないほどに首がしまり、おなかをかばう手も力を失っていました。中学生は幼いジミーの首をつかんで蹴りを入れ続けていたのです。イサオはジミーが満身創痍であることをすぐに悟り、彼をつかんでいる中学生を睨みつけました。

「ジミー! この野郎、ジミーに何をする!」

 中国武術を体得していたイサオは躊躇していませんでした。彼は、玲華(れいか)理亜(りあが巻き込まれないように逃げるように合図をすると、ジミーをつかんでいる中学生の後頭部を素早くそして鋭く踵蹴りしたのです。それはこの中学生を気絶させるに十分な一撃でした。この時、イサオは6年生でした。

 

「こ、こいつ、年上の中学生を蹴ったぜ」

「お、おい。目を覚ませよ」

 中学生の仲間たちは、互いに声を掛け合って、ジミーとイサオを包囲するように集まってきました。イサオはジミーを解放しながら、周囲の中学生たちを睨みつけていました。次はだれが襲ってくるのかを警戒したのです。

「みんな、手を出すなよ。この小学生は空手でもやっているのかもしれねえぜ。有段者の俺が叩きのめしてやるよ」

 そう言ってイサオの前に出てきたのは、先ほど玲華を突き飛ばした中学生のボス明間利美あくまのよみでした。それを聞いたイサオも、ジミーに下がるように指示をしました。


 先に手を出したのは利美よみでした。イサオ何度か突き手を軽くかわしながら、軽いフットワークで回り込むようにして相手の動きを観察し続けていました。突然、彼は右足と左足を交互に蹴り上げると、それが連続的に利美よみの顎に打撃を与えていました。そして、転がったのは利美よみでした。

「こ、こいつ、強いぞ」

 利美(よみ)が卒倒すると、残りの中学生たちは一斉に腰砕けになっていました。それでもイサオは警戒を解かず、相手方を睨み続けていました。

「続きは誰なんですか? あんたか?」

 そうイサオに問われた中学生たちは、倒れこんだ利美を抱えながら逃げて行ってしまいました。いれかわりに、理亜と玲華が係員を連れて帰ってきました。

「あれ、あの中学生のお兄ちゃんたちはどこへいったの?」

 理亜と玲華は大声をあげて周囲を見渡しました。その声を聞いたジミーは途端に再び怯えていました。

「ジミー君、怖かったのね」

 理亜はジミーの怯えた表情を見て、彼を落ち着かせようとなるべく低い声で彼に呼びかけました。そのどすの利いた声にジミーは余計に怯えていました。駆けつけた係員も、それほど恐ろしいことだったのかと考えながら、怯えているジミーや周囲を確認していました。

「坊や、ずいぶん怖い奴らだったんだね。そうか、またあの中学生たちだったのか。近頃、この辺りで悪さをする奴らがいるんだよ。確か、明間あくまとかいうブドウ園の地区長の息子らしいんだが、そいつが悪い中学生でね、悪い仲間を集めて悪さをしているんだよ。それで......その中学生はそこへ行ったんだろうか?」

「ええ、帰って行きましたね」

 イサオは涼しい顔をしてそう答えていました。


 さて、夕刻になり、ジミーたち4人はアスレチックから帰宅しました。さすがにみんな疲れ切っていました。イサオは三人を連れて、従業員用の大浴場へ行くことにしました。

「従業員たちの使う大浴場があるから、そこへ行こう」

「あ、あの。一緒に入るの?」

 理亜は内心の驚きを一生懸命に隠すような顔をしながら、ためらうように返事をした。玲華とイサオはそう言う理亜を、いいじゃないの、とでもいうような顔をして振り向いた。

「そうだよ。僕たちまだ小学生だろ。仲良しの記念だからさ」

「そうよ、理亜、何を気にしているの?」

 玲華はイサオと一緒に居たいと思ったのか、彼に調子を合わせていました。ジミーは三人のやり取りに、不安を感じていました。このままだと、理亜が冷たく何かを言い放つに違いない。恐ろしい声は聴きたくない。彼はそう思い、機先を制して、ただし、恐怖に震えた小声で指摘しました。

「兄さん、女の子たちと一緒に入るなんて、そんな恐ろしいことをするんですか」

「い、いいえ、一緒でいいのよ」

 そう言うジミーの心配を察してか、理亜がジミーの後ろから静かに声をかけてきました。但し、これもまたジミーには恐ろしい声でした。そう言うと、理亜は先行する二人と一緒にさっさと大浴場へ入ってしまいました。こうなると、残ったジミーはしぶしぶ三人の後をついていくしかありませんでした。


 大浴場には、まだ従業員たちは来る時間ではなく、誰もいませんでした。少なくともあと一時間は、勤務時間のはずでした。イサオはすでに体を洗い終えて、ジミーの小さな背中も洗い終わっていました。ようやく二人で湯船に向かうと、湯船には既に、玲華がいました。彼女は短髪だったので、さっさと神と体を洗い終えていたらしく、先に湯船に浸かっていたのでした。

 ジミーはイサオに隠れながら湯船にやってきました。その光景は170にもなろうとする均整の取れた筋肉質の青年に連れられた、チビでヒョロヒョロの小学生でした。そんな二人が湯船に向かってくる姿を見て、玲華はイサオのまだ幼いままの男性を無意識に見つめていました。無理もありませんね。今まで見たことの無いものが、玲華にはないものがブラブラと揺れていたからでした。それでも、彼女はじぶんが 何を見つめているかに気づいて、赤くなりながらも意識して大人びたイサオの顔だけを見る努力をしていました。

「イサオ兄さん、筋肉がすごいのね」

 イサオは、年下の玲華が自分の身体を観察していることを十分に意識していました。そこで、湯船に浸ると、ゆっくりと彼女に筋肉質の上半身を向けていました。

「うん、まあ、そうかな。ハイファーに住んでいた時から中国武術や柔剣道を一通りやっていたからね」

「えっ、小さい時から? そうなんだ......武道をしている男の子って、無駄が無いのね」

 玲華は、イサオの泰然としたそぶりに安心したのか、思わず彼の二の腕に手を伸ばしながら、体格のいいイサオを見上げていました。その視線に気づいたイサオは、その視線に応えるように、玲華に微笑み返しました。

「あれ、理亜ちゃんは?」

「あ、彼女、髪が長いから、時間がかかるのよ」

 そんな風に、気軽に会話をしている二人のところへ、ようやく髪をタオルで巻き上げた理亜が近づいてきました。理亜は玲華に比べて、少し大人びていました。そのせいもあって、イサオは無意識に理亜の歩いてくる姿を眺めていました。彼の視線は、初めて女の子の裸体を見たこともあって、彼女の胸や股間にくぎ付けでした。彼女もまた、十分に彼の視線に気づいていました。気まずさと恥ずかしさを感じており、イサオの視線から逃れるように目を伏せながら、ジミーのいる湯船の端の方へ離れていきました。

 ジミーは賑やかな玲華が近づいてこないように、また、後から来る理亜が近づいてこないように、わざわざ初めからイサオたちから離れた湯船の端に居ました。ところが、そこに、理亜が近づいてきました。目を伏せながら湯船の中を歩いてくる理亜の姿に、彼は未経験のドギマギにも戸惑っていました。

また、同時に彼は彼女に怖さも感じていました。理亜はそんなジミーの反応と態度に戸惑いながらも、ジミーの傍らの湯に浸かったのでした。

「えっ?」

 ジミーはそう声を出しました。ジミーの湯の中の下半身は、思わず逃げ腰になっていました。理亜はそれに気づかず、ジミーにぴったりと体を寄せてきました。

「今日は、大変だったわね」

「そう…。中学生は逃げて行っちゃった......」

「イサオ兄さんがかっこよかったからかしらね」

「僕たちが勝てたのは、理亜ちゃんが長い髪をした怖い人にみえたからで......」

 ジミーはぼそぼそと独り言を言いつつも、彼の横にくっついて浸かっているのが理亜であることを認識しなおして、恐怖心から慌てて言い直していました。

「理亜ちゃんが物知りだったから......」

「物知りだなんて......ただ、あの中学生たちがあんまりに暴論を言っていたので、とても頭に来たのよ」

「やっぱり、頭に来ていたんだよね? 冷静で怖かった......」

「こわい? それ、どういう意味?」

 ジミーは、口から出た本音を急いで言い直しました。なにも着ていない状態で、女の子から怖い目にあわされたくはなかったからでした。

「あ、.......長い髪の美人弁護士が......言い負かしているようだった......」

「えっ? ジミー君、『弁護士』なんて言葉を知っているの?」

 理亜は、隣に触れあうように湯に浸かっている男の子の、予想もしない言葉に驚いていました。ジミーは理亜の驚きの反応を見ても、やはり目を伏せたままでした。

「僕は、そんな大した人間じゃないから......。理亜ちゃんや玲華ちゃんは、 やっぱり僕にとって恐ろしい存在だよ。ぼくは理亜ちゃんたち二人と一緒にいることは許されないような出来損ないだから......」

「ジミー君、それは違うわ。あの中学生たち相手に初めに反論したのは、ジミー君よね」

 ジミーの自己認識の低すぎる言葉に、理亜は驚いて彼を見つめました。そこで、目を伏せたままのジミーに、理亜は何かを感じたようにして彼を見つめ、もう一つのポイントを指摘したのでした。それは、ジミーを少しばかり元気づけてくれたようで、ようやく彼は理亜に顔を向けることができました。


 夜になり、4人は和室に布団を並べていました。しばらくは話に夢中になっていた4人でしたが、12時を過ぎた頃には注意されたこともあって、やっと眠りについていました。

 次の日は、ラバン一家が荏原へと帰る日でした。理亜と玲華は寂し気だったのですが、元気なイサオの声に励まされるようにして帰っていきました。イサオは、今回の訪問で特に玲華と知り合えたことを喜んで居ました。ジミーはというと、理亜と玲華という二人の従姉妹たちに、今まで少女や大人の女性たちに感じていた恐怖とはちがう何かを初めて感じていたようでした

________________________


「お前の果樹園をよこせよ」

 突然の無理難題でした。それは、地区長の明間あくまと同地区の競業者たちが持ち込んだ要求でした。


 つぎの年の春、地区長の明間(あくまから連絡がありました。

「いや、相談があってね」

「葡萄の栽培のお話ですね」

「まあ、葡萄の話なんだが......」

 明間(あくま)地区長は歯切れが悪く、何か言い出しにくそうなことだなと、伊作は察しました。

この時に警戒すべきだったのですが、伊作は気前のいい性格から、さらに話を続けていました。

「どうしたんですか、私にできることなら何でもしますよ」

「そうなんですよ、あんたにしかできないことなんですよ」

 こうして数野家にやってきたのは、地区長と同地区の競業者たちでした。

「実は、あんたから分けてもらった葡萄の新品種の栽培に苦労していてね」

「はい」

「結局、土のブドウ園でもブドウの木が2年目を過ぎると枯れてしまっているんだよ」

「二年前にお分けしたブドウの品種のことですね」

「そうだよ。そんな品種で迷惑したんだぜ」

「迷惑って言っても、私たちのところでは枯れていませんよ。おなはしもうしあげたとおりにおせわなさいましたか」

「あんな面倒なことをさせるのかよ」

「私たちはしています」

「通常の世話で枯れてしまうのがおかしいんだよ」

「それはあなたたちの問題ではないんですか」

「へえ、言うに事欠いてそんな言い方をするんか」

「だから、私たちのように......」

「そんなのやってられるかよ。第一、あんたたちがそんな世話の仕方をしているなんて考えられないね。あんたの所だけ無事に結実し続けているなんて、絶対おかしい。あんたは初めから枯れるような代物を渡したに違いないんだ」

「明間さん、そんなことはありませんよ」

「話にならないね。信じられないよ、あんたは。もう、この地区から出て行けよ」

「何を言い出すんですか。この土地もこのブドウの木も私たちが作り上げたのに......」

「お前の果樹園をよこせよ」

「随分と無理なことをおっしゃいますね」

「出て行けと言っているんだよ」

 しかし、こう言われても、さすがに、気の弱い伊作であっても断らざるを得ない要求でした。

「そ、それは困ります」

「へえ、お前のところが8年もここで暮らして来られたのは、俺たちのおかげだろうが。そうかい、じゃあ、この地域で暮らせなくしてやるよ」

 明間はそうすて台詞セリフを言うと、彼らは伊作を睨みながら帰っていきました。そして、地区長の明間が音頭を取っているらしい嫌がらせは、次の日には始まっていました。


 この年の春、ジミーは小学5年生に進級していました。残念なことに、新しいクラスになったことをきっかけにして、彼の身長は伸びなくなってしまいました。周囲のクラスメートたちは伸び盛りであったこともあり、ジミーは周囲に比べて余計に背が小さくなっていました。それがきっかけで、ジミーはクラスの悪ガキたちには格好の標的になってしまいました。それに加えて、地区長の明間あくまたちににそそのかされた地区の男児女児たちも、ジミーに対して嫌がらせを率先していたのでした。

「おい、ジミー。お前の家じゃ、地域の皆を裏切っているんだろ」

「私もお父さんから聞いたわ。地域の果樹園の仲間の方々を裏切って、自分だけ利益を独り占めにしているんだって!」

 明らかに言いがかりなのです。だから、ジミーも一生懸命に反論し続けました。

「そんなこと、ないぞ。僕の家の真似をできないだけじゃないか」

「お前の親父とおふくろは、どうやればいいか、地域の皆さんにちゃんと教えていないだろう?」

「そんなこと、ない。教えたはずだよ。講習会だって開催したじゃないか」

「内容が難しすぎると、お父さんが言っていたわ。もっと簡単にならないのかって」

 クラスメートたちが指摘することは、大人たちが伊作に難癖をつけた理屈と同じでした。そして、ジミーの反論も伊作と同じでした。

「簡単じゃないんだよ」

「じゃあ、お前の家だけはできるのかよ」

 こう言われては、ジミーはこう答えるしかなかったのでした。

「そうなるのかな。でもやらないと枯れるから.......」

「じゃあ、お前の家が悪いんじゃないか」

「どうしてだよ」

「同士だって言い続けるの? なにかが必ずおかしいのよ。絶対なにか教えていないことがあるのよ。じみー君の家族はやっぱり裏切り者だわ」

「違う、違う。絶対に違う」

 ジミーはそう言い続けるしかありませんでした。周囲のクラスメイトにしてみれば、ジミーの反論は、悪者の開き直りにしか見えませんでした。明らかに根拠のない言いがかりだったのですが......。

「うるせえ、裏切り者!」

「なんだと!」

 ジミーは悔しさのあまり、クラスの一人にとびかかりました。やむを得ないことでした。でも、やせたチビのジミーは、簡単にひっくりかえされてしまいました。そして、袋叩きに遭い、満身創痍になってしまいました。しかも、倒れたジミーを誰も助ける者は一人もいませんでした。その後、ジミーは、毎日、クラスの男女全員に袋叩きに遭い、毎日満身創痍で帰宅するようになっていました。


「どうしたんだ、その傷は?」

 毎日傷だらけで帰宅するようになれば、さすがの伊作もルビカも、またイサオも気づきました。彼らはジミーからことの真相を聞いたのですが、それは地区長の明間や同業者から受ける仕打ちと全く同じ構図でした。伊佐とルビカ、そしてイサオは、怒りを表しながらそれぞれ抗議すべき場所に押しかけていきました。

「あんたの所の息子が、当家のジミーをいじめているんですよ。困りますねえ。そんな悪いことを許すなんて」

「数野さん、あんた、自分が地区を裏切っておいて、子供が裏切り者呼ばわりされることが間違っているとでも言いたいのかい。それはおかしいだろう。数野さん、明間さんが言っていたぜ。あんた、俺たち周囲の果樹農家に教えるべきことを完全に伝えていないだろう。だから、この地域の子供たちは正義感に燃えて、あんたの家族たちを糾弾しているんだよ。それのどこが間違っているんだよ?」

「私たちが間違っている、とでも言いたいのですか」

「ああ、そうだ。さあ、帰った、帰った。もう来ないでくれ」

 中学生のイサオも、教師やクラスメイトから言いがかりをつけられては迷惑そうな顔を向けられるようになりました。それに対して、言葉の能力をあまり有していないイサオは、有効な反論を取ることができませんでした。

 これらのいやがらせと言いがかりは、次第に家族全員に目に見えない圧力となっていきました。それに加えて、数野家の周囲に嫌がらせをする人間が出没するようになりました。従業員たちもぽつぽつ辞めて行きました。また、数野果樹園はよそ者として地区の流通から排除され、販路のさえも邪魔されるようになっていきました。さらには、果樹園が何者かに破壊され、果ては自宅に放火され、住む場所を失って行ったのでした。

 こうして、数野家は何もかも失ってしまいました。


「私の知人のいる葛飾なら食費が安いし、働く場所もあるわ」

 こう言ったのはルビカでした。気の強いはずのルビカでさえ、もう限界だったのでした。

 こうして、気の弱い伊作は焼け残ったポリウェルの果樹園を明け渡したうえ、家族とともにその土地を出て行きました。

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