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11 魔國との戦いへ

 震災直後のたった五日間。ジミーたちの知らない少しの間に、荏原学園には大きな動きがありました。

 ジミーたちが帰り着いた学園では、理事長や学校長、そして教師陣までが、見知らぬ男女達に大幅に入れ替わっていました。秩序の中に新進気鋭が香っていた学園の雰囲気は影を潜め、新たに校長や教師となった教師陣は、まるでひょろ長い体に監視員のような顔をとってつけたような様子でした。

 唯一、以前の先生で残っていたのは、早川先生ら数名だけでした。早川先生達は、ジミーたちが無事に戻ってきたことにおどろき、またホッとした表情を見せていました。

「あんたたち、無事だったのね......。あの時以来、学園では学校長を含めて 教師陣に失踪者が続出していて…・・夏休みなんだけど、職員の入れ替えで騒々しくてね......」


 理亜と玲華は、荏原学園に戻った時の、この早川先生の言葉がどうも気になっていました。

「お父さん、最近、学園の様子がおかしいと思わない?」

「震災があってから、夏休み中に急に学校長が交代になったのか? なにも目立ったことがないはずなのに、急に交代になるのはおかしいな。そうか、あんたたちがあの宿舎で撃退した次の日に、急に交代になったことになるな」

「そうだったのね。これは単なる偶然とは思えない」

 ですが、失踪者は教師ばかりではありませんでした。玲華たちが、特別夏期講習のために学園へ再び通い始めた時に気づいたのですが、学年の全てのクラスで失踪者が多数発生していたのでした。1Aでも他のクラスと同様に、ジミーや理亜たちの知っている友人たち、たとえば男子ではユバル・ネフィライム、明司・クリーブランドたちが、女子では榛原 春日はるひと子の鶴羽つるはたちが、失踪していたのでした。


 このような混乱にもかかわらず、荏原学園は何事もなかったように二学期の九月を迎えました。そして秋風が吹き始めた頃、学園全体は、例年と変わらずに学園祭スクールフェアの準備を始めていました。

 ラバンは、この行事を一つの機会ととらえていました。

「今まで、この学園の生徒たちへの襲撃事件は、ジミーたちが尋問した分析指令ヤバルの率いる『カインエルベン族派遣の原時空人類捕獲部隊』と名乗る一団が起こしたに違いない。そして、彼らが生徒たちを襲った時、生徒たちは異性に魅惑されていた時に捕獲されている。ということは、各クラスですべての学年の生徒たちが異性に魅惑されている状態になる出し物をすれば、ふたたびカインエルベン族が襲い来る可能性がある。その時、奴らの誰かをもう一度捕らえれば......」

 ラバンのこの指示でチャウラ商会が動き出しました。チャウラ商会の社員は、入れ替わったばかりの教職員に成りすまして一年生の各クラスに働きかけると、各クラスでは少人数となっていたためか、それぞれ大胆な企画を始めていました。1Bでは、男子生徒女子生徒それぞれが執事、ボーイとメイドに扮したコスプレ喫茶。1Cでは、大正時代の書生と女学生に扮した大正ロマン喫茶となっていました。特に、1Aは他のクラスとは異なって失踪者が少なかったこともあって、ほとんどのクラスメイトや実行委員会までを巻き込んでミスターダーリン&ミスハニーと称した美男子美女コンテストを開くことになりました。

 このほかにも、保護者達が、失踪した生徒たちの回復活動の一環としての募金・情報収集展示活動をするほか。生徒たちとともに様々な催し物を企画していました。クッキング教室、手芸品作製・販売、焼きそば・たこ焼き屋台、などの店舗活動の他、社会展示活動などの準備がにぎやかに始まっていました。


 1Aは、美男美女コンテストの準備として、予備的に候補者を選定することで、準備を促すことにしていました。ただ、この作業は思ったより困難なことでした。すでに男子の有力候補になり得たユバルや明司は失踪しており、女子でも有力な春日と鶴羽も失踪したままでした。結局、女子候補者には理亜と玲華が挙がり、男子候補者にはまだ候補者が挙げられていませんでした。

「クラス全員、注目して! 女子は理亜ちゃんと玲華ちゃんで、皆文句はないよね?」

「ああ、そうだね、ふたりとも才色兼備。文句はないよ」

「じゃあ、男子なんだけど、ユバルも明司もいないしねえ、じゃあ、誰がいいかな」

 この時、ジミーは何か悪い予感を感じて、そっと教室の後ろから外へ抜け出ようとしていました。この時、やはりというべきか、玲華と理亜がジミーの名を挙げたのでした。

「あの、数野ジミー君はどうでしょう」

「え? 誰?」

 誰もがジミーという名前を聞いても、ポカンとしたり、疑問を投げかけたりしていました。ただ、次の玲華たちの説明によって、クラス全体は納得したようでした。

「私たちの従兄弟、ジミー君はあまり智慧が回らないけど、皆の言うことをよく聞くでしょ? その意味でいろいろお願いすれば、男子の候補者としても実行委員としても都合よく動いてくれると思うのよ」

 クラスがジミーに押し付けようとする役割、特に実行委員の役回りは、女子生徒たちにも接触を持たなければならないということもあって、ジミーにとって絶対引き受けたくないものでした。彼は、そんな役を押し付けられてはたまらないと考えて、教室から抜け出そうとしたところでした。

「あ、まって!」

「ジミー君、あんた、実行委員としても候補者としてもふさわしいはずだから」

 理亜も玲華も本心から彼を推薦したのでした。しかし、当のジミー本人も、ほかのクラスメイト達も、彼が候補者になることなど、つゆほどにも期待していませんでした。ただ、その理由は違いました。

「ジミーかよ。だめだぜ、あいつ鈍いじゃないか」

「ジミー君ねえ。でも、彼は冴えないからねえ」

 クラスメイト達は散々な言い様でした。当のジミーも当然だと思いながら理亜と玲華の方を向いて苦笑いをしたのでした。

「あ、僕、木偶の坊だし......学園祭だと邪魔になるから」

 ジミーがそう言いながら教室から出ていこうとする姿を、理亜と玲華は睨みつけていました。

「ジミー君、行かないで!」

「あ、まって!」

 理亜と玲華が声をかけると、クラス全員は仕方ないという表情をして渋々玲華と理亜に同意してくれたようでした。理亜と玲華は、それをたしかめると、猛然とジミーを追いかけました。

「つかまえた」

「ジミー君はみんなの言うことを聞いてくれればいいよ」

「でも、僕、かっこよくないし、学園祭の手伝いで納品作業があるし......」

 ジミーはあれこれ言い訳をしながら走り去ってしまいました。たしかに、この日から彼には、ラバンから言われていたチャウラ商会から学園への納品作業が始まっていたのでした。しかし、理亜や玲華、クラスメイト達は、ジミー本人の返事を待たずに実行委員兼男子候補者にしてしまいました。


 この日の午後から、ジミーはチャウラ商会のメンバーの指示に従って、離れた場所にあるチャウラ商会の倉庫と学園との間を往復する作業に従事していました。

「ラバン伯父さん、此処がどこだかわからなくなっちゃって。それで電話をしたんです」

「大井ふ頭の倉庫へ行ったはずじゃないのか」

「そうです。三間通りを通り過ぎて、ひたすら真っ直ぐ......」

「三間通りを通ってひたすら真っ直ぐ、だろ? そうすれば大井ふ頭に行き着くはずだぜ」

「ええ、だから三間通りを通り過ぎてひたすら真っ直ぐ」

「なに? 通り過ぎたのか......それでは夫婦坂交差点へ出てしまったんだろ?」

「そうなんですよ、だからそこも突っ切って....」

「あのね、三間通りを通っていくの、三間通りを東へ行くの!」

「え、だって三間通りを通ってということは通り過ぎるんでしょ?」

「あー、そうか、やっぱり方向音痴だったんだな。それではいったん帰ってこい」

「どこへ帰ればいいのでしょうか。どこへ行けば帰れるのでしょう?」

 こうなると、ジミーはなかなか見つかりませんでした。やっとのことで家に帰り着いたジミーは、もう一人で出かけようなどという考えは無くなっていました。彼には、付き添いが必要でした。

「ラバン伯父さん、どうか玲華ちゃんと一緒に倉庫へ行かせてもらえませんか?」

「ああ、しかたがない。いいぜ。そうか、デートのようなものだからな。ジミー、あんたにとって好意を寄せる娘と行きたいんだろ?」

「あ、ええ」

 ところが、ラバンがジミーに付き合わせたのは理亜でした。それは、ジミーに負い目のある理亜が挽回の機会を持ちたいという気持ちと、それを助けたい玲華の希望でもありました。ただ、ジミーにとっては不満なことでした。彼はラバンの元に戻ってきたところで、彼なりに文句を言ったのでした。

「僕は、玲華ちゃんが好きなのに」

「ジミー君、理亜の優しさをもう一度見直してやってほしいんだがね」

 こうしてジミーは何回かの往復を、理亜もしくは玲華とのデートとして楽しむことができたのでした。ただ、ラバンの計らいの結果、玲華とのデートの回数に比べて、理亜とのデートの回数がはるかに多かったのでした。

「本当は、玲華ちゃんと一杯デートしたかったんだけど、理亜ちゃんも優しかったな」

 こうして、スクールフェアの準備は着々と進んでいきました。そして、学園祭が開催されたのでした。

_________________________

 

「私は水着でコンテストなんて、いやだよ」

「私も嫌だなあ」

 玲華と理亜は急に決まった水着審査について、実行委員のジミーに猛抗議をしていました。

「これは、ラバン伯父さんからの提案がそのまま実行委員会を通過しちゃったことだから、僕に文句を言われても……」

「え、お父さんが」

 彼女たちは、ジミーを引っ張りながらチャウラ商会のラバンのところへ抗議に出かけました。

「ねえ、お父さん、水着審査ってどういうことよ」

「ああ、1Aの美男美女コンテストね」

 ラバンは、彼女たちにズルズルと引きずられてきたジミーを見て舌打ちをし、『役立たず』と独り言を言いました。それから娘たちに向き合い、彼女たちの説得を始めました。

「チャウラ商会の分析では、カインエルベン族が学園に手を出した時は、学園の体育館と校庭とに男女が分かれて体力測定をしていた時だったという。かれらは男女が半裸もしくはほとんど裸な時に、行動を起こしている。なぜだかはわからないけれど、彼らにとって、裸の男女の集団は一緒にするべきだ、と主張しているきらいがあるんだ」

「それで、私たちに水着になれ、と? ジミー君も水着にするということ?」

「それはそうだが、ミスの水着審査の時は男子禁制にし、ミスターの水着審査の時は女子禁制にすることで、男女ともほとんど身に着ける布が無い状態で、別々にしておくことがポイントなんだ。そうすれば、カインエルベン族の奴らが何かしらアクションをとってくるに違いないんだ」

 ラバンの出した条件は、理亜と玲華の気持ちをいくらか楽にしました。それならということで、美男美女コンテストは、水着審査をすることになったのでした。


 さて、学園祭となり美男美女コンテスト当日になりました。予定通り、玲華と理亜は男子禁制の教室の中で水着になっていました。他方、ジミーは、実行委員として教室内の進行を確認すると、プール横の更衣室から水着で校庭に出ていました。ここも女子はおらず、男子だけでコンテストを行っていました。

 この時、やはりカインエルベン族は手を出してきました。それは、競泳用水着をつけていたジミーを教室内に放り込むことでした。

 教室内には、玲華と理亜の二人が水着になって、横たわるポーズをとっていました。そこに、ジミーがほとんど何もつけていない状態で放り込まれました。ジミーは玲華と理亜の二人の上で気絶してしまい、下敷きになった理亜と玲華は、身動きが取れない状態になりました。また、突然のことに、教室内の女子生徒たちは驚いて逃げて行ってしまいました。

 そこに、悠然と現れたのは、カインエルベン族の女工作員でした。

「ランダムな男女が互いに裸になってもつれあう。これは最も美しい姿ね」

 そう言ったとたん、そこにチャウラ工作員たちが現れ、女工作員を逮捕し、同時に玲華、理亜たちを助け、着替えを手伝ったのでした。当のジミーは、気絶したまま従姉妹達によって更衣室に連れて行かれました。当然ながら、彼は何が起こったのかわかっていませんでした。


_________________________


 学園祭が終わると、秋の中間テスト、そして期末テストへと生徒たちの学園生活は移っていきました。それはほかの学校と同じような生活のはずでした。一般の生徒たちは、これからもそんな平穏な学園生活が続くと思っていました。ただ、ラバンや理亜、玲華、そしてチャウラ商会の社員たちは、見えないところで蠢く得体のしれない者の存在を感じ取っていました。

「お父さん、最近の学園はもう最後が近いかもしれないわ」

「そうだな。捕らえたエルフ族の工作員から得られた証言からわかったことだが、以前と比べても、疑わしい奴らが職員になりすましている。殆どが入れ替わっているといってもいいらしい......。だから、私たちもそれなりに準備をしているよ」

 チャウラ商会の社員の一人が、ラバン社長を振り返りながら、それにうなづいていました。それを聞いていたジミーは、思慮の無い考えを口にしていました。

「じゃあ、最後が近いなら、さっさと怪しい奴らを捕まえればいいじゃないか」

「そんな簡単なことじゃないぜ。彼らは計画を捨ててすぐににげてしまう。もし、怪しい奴らがいるなら、徹底的に正体を暴いて捕まえなければ、解決には至らない」

 ラバンはジミーをたしなめ、娘たちに言い聞かせるようにして、言葉をつづけました。

「もう少し、説明してやろうか。実は、しばらく前からこのようなことが予測されていたんだよ。実際、震災の時以来、この付近一帯の様々な教育機関が得体のしれない人間たちに乗っ取られているんだ。特に、都下の中学校や高等学校、大学のすべてがだ。チャウラ商会は、これらのことが起きることを予測して、各地で準備を重ねていたんだよ。つまり、此処におけるチャウラ商会、つまり私たちは、実は秘密結社のチャウラなのだ」

 ジミーや玲華たちが後ろを振り返ると、チャウラ商会の社員たちは、いつの間にか黒い制服をまとった姿に変わっていました。

「我々秘密結社チャウラについて、もうすこし説明が必要だな......。娘たちよ、もともと我々の先祖はインド北部の山奥チャウラ藩国の王族だった。今では、この地球世界のために働いている世界的秘密結社の一つとなっている。そしてあんたたち二人は、どちらか一人がジミーを夫に持ち、この結社とその活動を引き継ぐことになる。ただ、今は、私たちのつかんでいる情報は少ない。それゆえ、もう少し彼らを見張る必要があるんだ」

 こうして、チャウラの工作員たちは、この日から本格的な活動を開始しました。彼らは、各地の様々な機関に入り込んでいるカインエルベン族の動きを監視しつつ、動く時を待ち続けていました。

_________________________


 期末テストの終わった12月、もうすぐ冬休みというときでした。荏原学園では、さらに大きな変化がありました。朝の朝礼で、突然に、学校長や学校の経営陣から早川先生の転任が発表されたのでした。理由は一身上の都合。しかし、それはあまりに唐突で中途半端な時期であったため、生徒たちはもちろん保護者達も不審がりました。特に、理亜と玲華の父、ラバンはその疑わしさをはっきりと口にしていました。

「明らかにおかしなことになってきたね。通常なら4月に異動になるはずなのに、こんな12月の途中で離任することなど、不可思議なことだ。そろそろあの学園は、何かを引き起こすに違いない」

 彼は、チャウラ商会の社員たちにも、懇意にしている学校職員を介して学校経営陣の内情を探るように指示をしていました。そんな調査が行われているのを知ってか知らずか、学園の幹部たちや教職員たちは、期末テストの終了と同時に、忘年会と称して温泉へと職員旅行へ行ってしまいました。


 この職員温泉旅行に何かが隠されていると考えたチャウラ工作員たちは、荏原学園職員たちの温泉旅行先の近くに、宿泊場所を確保し、先遣部隊が早速調査活動を開始しました。すると、彼らが予想したことよりも、多くの異常な事態がそこには含まれていました。

 職員の温泉旅行のはずでしたが、そこには、職員たちがやってくる前に、すでに先に早川先生や多くの生徒たちが集められていました。そればかりでなく、以前、工事の際にガードマンや作業員として学院に来ていた部外者までが、参加していました。しかも、彼らは何かに誘われたように、荏原学園の職員旅行であることなどに頓着することなく、単に荏原学園にすこしでも関係したことのある者であれば自由に参加できる催しであると理解して、温泉旅行に参加していたのでした。そして、催しを中心になって運営していた学園経営陣は、実はすべてがカインエルベン族にすり替わっていたのでした。


 温泉宿は、山奥の谷筋一本道を進んだ奥地にありました。先行のチャウラ工作員たちの連絡を受けて、ジミーや玲華たちは、ラバンたち工作員の後続部隊とともにその奥地に向かっていきました。先に集められていたという早川先生や生徒たちを確かめるためでした。ところが、温泉宿に達するはずの一本道は、なぜか谷の奥に至るはるか前で立ち消えになっていました。彼らはしかたなく長い時間をかけて、温泉宿へ至るけもの道をみつけつつ、山奥を踏破していきました。


 ジミーやチャウラ後続部隊隊員たちがようやく温泉宿に達した時には、温泉宿の建物一帯が結界によって周囲を強力な結界によって封じられていました。それは、強化ガラスのように透明だったものの、外から中に入ることはできず逆に中から外へ逃げだすことはできない構造でした。ジミーやチャウラ工作員たちは、すでに来ていた工作員と合流したものの、結界の中には手を出すことができませんでした。ジミーたちは、しばらくは外から温泉宿を監視するしかありませんでした。


 温泉宿では、カインエルベン族部隊によって封じられた中に、生徒たち、若い教師たち、壮年の関係者たちが、それぞれ本館と二つの別館に押し込められていました。押し込められているとはいっても、結界内では自由であるというよりは放任されているようで、全員が気ままに過ごしている様子がうかがわれました。それでも、封じられた中で一定の秩序があるようで、学園の教師や関係者、生徒たちは一応秩序を守っている様子でした。例えば、生徒たち、教師たち、そのほかの大人たちはそれぞれ区分けされ、男女も別々に決められた領域で寝泊まりをしていました。食事も洗濯もそれぞれ時間割を自分たちで設定して生活をしていました。ただし、カインエルベン族が捕獲した原時空人類をどのように考えていたかを示す事態が、その夜に起きたのでした。

 生徒たちや教師たちはリバービューになっている二つの露天風呂を使うことが許されており、男女別になっているはずでした。ジミーたちが監視している夜も、露天風呂はそのようにして使われているはずでした。ところが、その夜、ジミーたちにとってショックな事件が起きました。男子生徒二人が、カインエルベン族の女に導かれ、入浴中の女子生徒たちを覗こうとしていたのでした。彼らは、1C男子の新藤英二と新原和人であり、彼らを手引きしたのはカインエルベン族であったユバルでした。


「あれ、男子生徒二人が、女湯へ近づいている」

「カインエルベン族の女があの二人を手招きしているね」

「あ、あの二人、英二と和人じゃないの?」

「そうだよ。以前、エロ雑誌を見ていた男子たちだよ」

「なんで、女子生徒も早川先生も、気が付かないのかしら」

「あのスケベ男たちは、堂々と見続けているよ」

 二人の男子生徒による犯罪的行為に、監視している理亜と玲華や女性隊員たちは怒りを覚えました。しかし、結界内のことであるため、悪事を楽しんでいる英二と和人に手を出すことができませんでした。それでも、早川先生やほかの女性たちが、ようやく男子生徒の悪事に気づきました。

「あ、あんたたち、何しているの!」

 早川先生は、短いタオルで身を何とか隠しながら大声を出しました。それに呼応して、女子生徒たちも騒ぎ始めていました。

「あ、覗きだ。デバガメだ!」

「ゆるさない!」

 女子風呂は大騒ぎになりました。時間をおくまもなく、着替え終わった女子生徒たちがすぐに英二と和人を取り押さえていました。


 このとき、その女子風呂には、カインエルベン族の女ユバルが一番奥で入浴をしていました。女子生徒たちは、ユバルが取り締まりの責任者であると考えて、犯人二人を突き出しました。ところが、ユバルは、女子生徒たちの非難を取り上げもせず、逆に犯人二人を解放してしまいました。

「この二人は、無罪放免です」

「なんでだよ?」

「彼らは覗きをしたんですよ」

「デバガメだよ」

 女子生徒や早川先生ら大人の女性たちは、大声でユバルに訴えました。ところが、彼女は強く訴え続ける女性たち全員を、魔術で後ろ手に縛り上げて動けないようにしてしまいました。そのうえ、隣接した男子風呂の男子生徒たちにまで呼びかけて、女子風呂に入ってくるように手招きをしたのでした。

「さあ、愛の交換の時間だよ。そもそもあんたたち原時空人類は、変なんだよ。なぜ、男女とも入り乱れて楽しまないのかい? これから連れて行くところじゃ、毎日こんな暮らしになるのに」

 色香に酔った男子生徒たちが乱入しようと動き始めました。しかし、後ろ手にされて動けない女性たちは逃げることもできず、あらわな姿のままで悲鳴をあげるしかありませんでした。


 その悲鳴と感情は、結界の外で見張っていたジミーの脳に伝わりました。とたんに、彼の脳の片隅で膨大な計算が始まりました。その計算によって、改編数学が発揮されると、強力な結界は一瞬にして消え去りました。その一瞬を、玲華や理亜、チャウラ工作員たちが見逃すはずがなく、一斉に突入していきました。

 ジミーは、女子風呂を背にして身構えました。彼の目の前には、もうすでに色香に酔った男子生徒たちが次々に入り込んできており、ジミーは彼らをことごとく気絶させました。ちょうどその時、ジミーの背中側から、突入に驚いたユバルが何も身につけないまま外へ逃げだしていきました。また、後ろ手に縛られたままの女性たちも、後ろ手の裸身のまま女子風呂から外へと逃げ出していきました。

 ユバルは思わず振り返ってしまいました。そして、彼の見たユバルの裸は、理亜とそっくりでした。続いて、大勢の女性たちが、後ろ手の裸身のまま殺到してきました。これらの光景を見たジミーは、途端に倒れてしまいました。そこへ、やっと玲華と理亜が駆けつけたのですが、既にジミーは気絶する寸前でした。

「治っていなかったの?」

「そうみたいね」

「あ、あ、あんなにいっぱい...ぱい」

 ジミーは苦悶の独り言を言いつつ、理亜と玲華に抱えられながら完全に気を失ってしまいました。

 この時、ユバルはジミーが倒れこんだのを確認すると、気絶している男子生徒たちや逃げ出した女性たち、そして温泉宿に突入したラバンたちチャウラ工作員までを包囲する結界を発動し、そのまま異時空へと転移させてしまいました。

 後に残った玲華と理亜は、気を失ったジミーを抱えながら、敗北感・無力感に囚われ、しばらくその場所から動くことができませんでした。

_________________________


 ジミー、玲華、理亜は、荏原の自宅へ戻ってきました。しかし、チャウラ工作員全員が異次元時空へと転移させられた今、自宅には父親のラバンも他の社員たちもいませんでした。

「私たちの完敗ね」

「僕が、気を失わなければ、こんなことには......」

「それはいま議論しても仕方ないわ」

 玲華はそう言って失踪者リストを卓上に広げました。そこには、チャウラ商会のラバンをはじめとした工作員の名前、荏原学園の理事長から生徒までの全員が掲載されていました。また別の膨大なリストには、東瀛の高等学校関係者の氏名ばかりでなく、全世界のハイスクール、大学の関係者の氏名が掲載されていました。

「この膨大な資料は、地下深くの施設から持ってきたの。父さんは、普段使っていない鍵を持っていたんだよね。その鍵がどの施設のためなのかを探っていたら、隠し階段があったんだ。それをたどっていくと、地下深くの大会議室執務室に備えられた金庫に、この資料があったというわけ......父さんの結社チャウラの目的は、この時空から人間を攫うことを阻止すること、もしくは攫われた人間を取り戻すことなのね。でも、この時空から人間たちを攫うことは阻止できていないの。もちろん取り戻すことなんて、不可能に近いみたい。だから、ここにある膨大なリストは、すでに攫われた人間とこれから攫われるだろう人間のリストね」

「じゃあ、荏原学園も......」

 ジミーはため息とともに理亜を見上げました。理亜は先日荏原学園の様子を見に行ったばかりでした。

「そうね、荏原学園は今では無人よ。理事長も、校長も、教師陣全て、生徒たちのすべてが失踪したことになっていたね」

「荏原学園ばかりでなく、他の学校でも全てが失踪していなくなっているに違いない。やつら、ほかの学校でもこんなことをしているんだからね。尋問したことのあるカインエルベン族の分析指揮官の証言からすると、この捕獲作戦は異次元時空からの工作らしいね。彼らの作戦は、東瀛の規模どころではない。地球規模と言ってもいいだろうね」

 玲華はそう分析し、理亜もそれに同意していました。ただ、ジミーが理解していたのは、味方が三人だけということだけでした。

「ただ、今では世界規模のチャウラ結社も失われてしまった。今、異次元時空からの工作を知っているのは、僕たち三人だけ。そして、誰も味方はいない」

「じゃあ、これからどうすれば......」

 理亜はジミーの指摘を聞きながら絶望的な気持ちになりました。それを玲華が引き取って結論を指摘しました。

「そうね、三人で敵地へ行くしかないわね」

「ただ、今はどこへどのように行けばいいか、分からないよね」

 理亜は気持ちを切り替えて、考察しなおしました。玲華はそれをさらに深くしたのでした。

「大丈夫だよ、カインエルベン族の対原時空工作はまだ続いている。彼らが襲い来た時に、工作員を捕らたときに、彼らの地へ転移する方法もある程度わかっているし......」

「それに、いざという時までに、私たちは何かしらの武術を身につけなければならないわね」

 そう結論した姉妹でした。理亜と玲華は、チャウラの事務所から引っ張り出した古い資料を見ながら、アサシンの技を戦いの道具に仕立てました。アサシンの仕事にあこがれていたジミーも、練習に付き合いました。ジミーと、二人の姉妹とともに、三人だけで何かをしなければならないという信念だけが心に刻まれたのでした。

 彼らは、すっかり無人となった学園の道場や体育館を活用し、互いの研鑽に務めました。そうして、彼らは、いよいよカインエルベン族の異次元時空の「魔國」との戦いへ、突入することになるのでした。特に、ジミーは自らの改編術が単純な押し・引きだけではなく、侵入解放などでも、まるでジミーの指先で細かい作業をこなす繊細なものに成長していたのでした。

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