【短編】騎士は砦で魔獣を狩るものです
よろしくお願いします。
本編で登場した、ウルバノ・メコーニの息子の話です。
後に本編でも登場しますが、彼を知ってほしいという思いもあって、作品にしてみました。
ダニエレ・メコーニは物心がつく頃には父のような勇敢な騎士になりたいと思っていた。
父の名前はウルバノ・メコーニ。子爵家の三男だ。王都の貴族学園で、公爵家のご子息に剣の腕を見込まれ、卒業後はそのまま公爵領の端にある国境であり、魔獣の森と接する北の砦で騎士になった。
砦の麓にある街で、雑貨屋をしていた母に出会って結婚、姉と僕、そして弟の三人の子供に恵まれた。
北の砦には小さい頃から行っていて、父が魔獣を狩る姿も遠くから見たことがある。僕の中では父こそが騎士のお手本だと思う。弟は、物語にあるようなお姫様を守ったりする騎士に憧れているらしいけど、やっぱり魔獣を狩る父を見ると、僕がなりたいのはそういう騎士だと思う。魔獣を討伐、という言葉が正しく使われるらしいけど、父の討伐の様子はどう見ても狩りという言葉がぴったりだ。僕は騎士とは魔獣を狩る者だと思う。
「ダニエレも騎士になりたいのなら、多少の社交は必要だ。お前も貴族学園に入れ」
ある日、父にそんなことを言われた。我が家はどう見ても平民だけど、父の兄二人のところにはどちらも娘が一人しかいないから、我が家の三人にも教育を受けさせてくれるんだって。姉が貴族学園に通っているのは、女の子だから花嫁修行とかいうものかと思っていたけど、違ったらしい。
父が言うには、騎士になって、父のように砦の責任者なんかになると、公爵様と話したり、国の偉い人と話すこともあるらしいから、マナーだとか必要ということだ。
「立派な騎士になるために、努力します」
父のような、勇敢で強い騎士になるために。
「ダニエレ、相手は人だ。分かっているか?」
「はい!今の相手は人です!しかし、魔獣はもっと強いので、それを想定した力で打ち合いをしなくてはなりません!」
「違う違う。相手にとっても練習になるように導くことが大切だ」
「分かりました!彼が魔獣に立ち向かえるように、全力で」
「ダニエレ、他のやつに代わってもらおうか」
どうも最近は、学園の模擬戦で全く剣術の鍛錬ができない。今のように先生から止められるからだ。
「ダニエレ、聞いたか?オルガの王子が視察に来るんだって」
「へぇー」
「興味ないのか?」
「うん」
友人のクリス・ユリアーノは僕と同じで親戚に貴族がいるからこの学園に通うことが出来る、なんちゃって貴族だ。
貴族の親戚に後見人になってもらって、学費が払えれば通えるから、貴族学園と言っても割と僕みたいな平民も多い。言われてみると、ひと学年に何十人も貴族がいる訳ないもんな。それに、貴族達もほどほどに身分をわきまえている平民の僕達とは良い交流の機会なのだろう。
「まあ、オルガ国にはあんまり魔獣なんて出ないし、お前が興味ないのも仕方ないか」
「オルガ国に興味がないことはないよ。あの国には北の砦で討伐した魔獣の素材がよく売れるって。流通の国だから、色んな武器も出回っているらしいし、一度行ってみたいくらいは思うよ」
「ダニエレは剣の腕もすごく良いって噂になってるぞ。王子にスカウトされるかもな」
「ありがとう。でも僕は父のような魔獣を狩る騎士になるから。そんなことはないと思うけどあったとしてもお断りするよ」
「そんなこと言っても大金積まれてみてみろよ。目の色変わる……なんてことないか。ダニエレだもんな」
「クリスの期待に応えられなかったようで、ごめんな」
「お前本当にその素直さがさ。うーん。誤解されると忠告したいけど、そのままのダニエレが好きだから気にしないでくれ」
クリスの言いたいことがいまいち分からない。何だか申し訳ない気持ちだけど、クリスは優しいから僕に合わせてくれる。本当にいいやつだ。
それにしても、他国の貴族の学園を視察するなんて、意図が全く分からない。やっぱり高位貴族や王族というものは、平民の僕らには分からない難しい世界で生きているのだろう。
「模擬戦ですか?」
剣術の授業の後、ダニエレは教師に呼び出された。
「ああ。オルガ国の第一王子と第二王子が来るだろう。オルガ国の王族は騎士団に従事する義務があるからか、ぜひ学園での訓練を見てみたいとのことらしい」
「それなら、僕みたいななんちゃって貴族なんかよりも、騎士団を持つ貴族の誰かの方が良いのではと思います」
ダニエレは、自身の立場をわきまえている。他国の王族の前で、ちょっとした癖や仕草が不敬ととられることだってあるかもしれないのだ。
「それもそうだが、王子達たっての希望でな。最も強い者を見たいと」
「僕ってそんなに強いですか?」
「負けたことないだろう」
「そうかもしれません。でも魔獣だったら分からないです」
「ここでの剣術は人を相手にしているから大丈夫だ」
大丈夫と言われても。それでも、強さを認められるのは嬉しいし、期待に応えたいと思う。
「分かりました。それでは一生懸命、励みたいと思います」
「ありがとう。まあ、いつもの授業のようにやってくれ」
模擬戦の相手を聞き忘れたが、元騎士の先生か、僕の次に強いと思われる誰かだろう。
王族なんて、きっと見学場所から見るだけだと思っていた。
「さあ、遠慮なく頼むよ」
ダニエレの何倍、いや比べ物にならないくらい立派な訓練着に、学園の使い古された模擬刀の方が可哀想に見えてきた。
模擬戦の相手はオルガ国の第一王子だった。その後ろには、第二王子も控えている。
ダニエレは、他国の王族二人と模擬戦をすることになっていた。
ちなみに、この王子二人に学園の案内を任されている、我が国の王太子殿下は、見学場所に立っている。
「よろしく、お願いいたします」
一応、子爵家で習ったマナーを思い出しながら、身分の高い人にする礼をとる。片膝を地面ギリギリまで下げて、片手を胸に当てる。そして頭も軽く下げて、うっすら目を閉じて、自然な動作で剣を置く。
「なおれ。平民と聞いたが、なかなか美しい所作だな。いや、体を鍛えているからこその体幹によるものか」
許可が出れば、スッと立ち上がる。お世辞だと思うが、期待値が上げられたようで少し心配になる。期待に応えられるレベルだといいが。
先生の合図で剣の打ち合いが始まる。
何度かカンカンと剣を打ち合った印象だが、割と手本通りの剣さばきだ。とりあえず何度か受けて様子を見る。
先生が、相手にとっても練習になるよう導くのも大切だと言っていた。ダニエレはその言葉を自分なりに考えたのだ。
そして、オルガ国の王族についても調べた。事前準備は大切だ。どんな魔獣が出現したかによって、武器を変え、配置を変え、それを毎回瞬時に判断するのだ。父はすごい。
オルガ国は魔獣の出現場所が少なく、また同盟国外との国交も盛んだ。そのため、対魔獣による訓練ではなく、対人間の訓練が多い。同盟国外からの侵略があった場合に対応するためだ。では、彼らがこの学園に視察に来てわざわざ模擬戦を希望したのは。
ダニエレの出した答えは、対魔獣の戦い方を学びたいと思った、というものだ。
ダニエレは、剣を受けるタイミングを少しずつ、ずらしていく。
第一王子は、思った所で剣が跳ね返らないので、次の一手へのタイミングがずれて、剣に力が入りにくくなる。そしてぐっと力が弱まったタイミングで、こちらから強めに一撃。怯んだところでもう一撃。騎士団に従事した経験からか、ここで尻もちをつくと思ったが耐えている。
魔獣との戦闘では、剣を持っていても、剣だけが武器ではない。
ダニエレは、くるりと体を回転させ、背中に掛けていた剣の鞘で、王子の剣を受けると、後ろ足で地面の砂を巻き上げた。王子が顔を腕でかばったところで、また体を回転させ、剣で防具のある胸を突くと、第一王子はそのまま尻もちをついた。
先生が、終了の合図を出す。模擬戦は、降参を言うか尻もちをついたら終わりだ。
「君、強いね」
第一王子は尻もちをついたまま、爽やかな顔でダニエレを見てそう言った。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
ダニエレがそう言うと、第二王子が第一王子に手を貸そうと近寄って来た。ダニエレは第一王子を立たせてあげようかと思ったが、触れていい相手ではないと判断したので、その場から動かないようにしていた。
「兄上、彼は兄上に外傷を負わせないように考えた立ち回りをしていたよ」
第二王子は近くで見ていたからか、ダニエレの動きに気付いたらしい。
「そうだったのか。私の完敗だな。オルガ国の名誉はお前にかかっているぞ」
第一王子は悔しさを爽やかとユーモアで誤魔化すようなことを言い、第二王子の差し出した手を掴もうとした。
その時、近くに控えていた護衛が帯剣していた剣を抜き、王子達に斬り掛かった。
「お前ら伏せろ!!」
ダニエレの声に、二人はビクッと動き、第二王子がしゃがみ込む。
護衛は剣を横に振ろうとしていたため、間一髪、第二王子がしゃがみ込んだことで、躱すことが出来た。
しかし、周りにいた護衛はそれだけではない。しかも、非常事態であるため、全員が剣を抜いた。これでは、誰が敵で誰が味方か全く分からない。
ダニエレは、模擬刀だが、とりあえず第二王子に斬り掛かった護衛はもう敵だと判断して、戦闘不能にはしなくてはならない。その護衛は王子達に向かってもう一度剣を向けているが、ダニエレが間を詰め、振り上げた剣の横っ腹を叩く。模擬刀は切れないが、剣であっても、刃の横から叩いてやれば、打ち合いは可能だ。
とにかく、剣を相手に棒切れで戦うようなものだが、工夫次第ということだ。
ダニエレは王子にしたような配慮は不要と判断し、容赦なく模擬刀で剣と打ち合い、腹に蹴りを入れて、遠慮なく足を横から模擬刀で一発。
これで足が折れただろう。それでも近くにいると脅威になるかもしれないので、端の方に投げる。
まだ何人か護衛だった人達が王子達に近寄っている。これは敵か味方か分からない。
ダニエレは少し考えたが、王子二人も座り込んでしまっているため、とりあえず剣を抜いて近寄って来る者は全員戦闘不能にすることにした。
戦闘不能にした護衛から剣を借りようかと思ったが、どこかに毒でも仕込んでいたら怖い。そのまま模擬刀で戦うことにした。
剣を受け、隙を見て蹴ったり殴ったり、あとは砂をかけてやったり。ワンパターンな戦い方をすると、予測され隙に繋がる。野性味ある戦い方で、しかし相手の隙を見て考えながら戦う。
とりあえず向かってきた者は全員を戦闘不能にして隅に投げておく。
王族って、普段からこんなに命を狙われるなんて、大変だな。王子達を見ると、第二王子がよろよろと立ち上がる。多分、いつもならもっとちゃんとした護衛が退避させてくれるのだろう。砂とかも飛んだだろうし、申し訳ないことをした。
「助かった。ありがとう」
「いいえ。誰が敵で誰が味方か判断がつきませんでしたので、向かってきた者を全員戦闘不能にしてしまいました。お見苦しいものを見せて申し訳ありません」
そしてダニエレはハッと気付く。最初に護衛が斬り掛かったとき、お前ら伏せろ、と思わず叫んでしまったことを。
「た、大変申し訳ありません!王族の方に!不敬な物言いをしてしまいました!!」
慌てて謝罪する。これがきっかけで戦争にはならないよな。一族全員極刑だとか、追放だとか、そんなことになったらどうしようか。
「あの場ではあの判断が正しい。感謝しかしていない」
第二王子にそう言われてホッとする。
そしてすぐに、帯剣をしていない王子達の側近達が来て、彼らをとりあえず馬車に乗せて安全な場所へと、話している。
ダニエレは時計を見る。まだ授業の時間は半分以上残っている。戦闘不能になった護衛だった者達が邪魔だ。ダニエレは、戦闘不能になった者を一箇所に集める。うめき声を上げているが、王族に斬り掛かったのだ。その辺を気にする必要はないだろう。
先生が、縄を持ってきている。それをもらって、護衛だった者達をさっさと縛る。
「先生、とりあえず王宮の騎士達がこの人達を持っていきますよね?」
「そうだな。ここで動けないように拘束しておくしかないだろう」
先生も、騎士だっただけあって、こういったイレギュラーには慣れているようだ。
まだ半分、授業の時間がある。ダニエレが訓練場を見渡すと、王子達はまだいる。戦闘不能にして縛ったとはいえ、同じ空間にいるべきではないだろうに。
ダニエレが近寄って様子を見ると、どうやら第一王子が立てないらしい。
「申し訳ありません。僕の野蛮な戦い方を見て驚いたんですよね。責任を取ってお送りしてもよろしいでしょうか」
ダニエレが手を差し出す。この汚い手で王族に触れることは許されるだろうか。断られれば、それはそれでよい。第一王子を立てなくしてしまった責任を取る、という提案が大切だ。むしろ、結構だと言って断ってほしいくらいだ。
「ああ、ありがとう」
第一王子は、ダニエレの手に触れた。
ダニエレは仕方ないので、手を貸しておきあげようとするが、全く動かない。
「す、すまない、腰が抜けてしまったようで」
第一王子が小声でそう言う。それで、第二王子も側近達も困り顔でここにいたのか。
ダニエレは考える。授業の時間は刻一刻と無くなっている。そしてこの罪人になるであろう人達と王族が一緒の空間にいていい訳がない。
「馬車は、裏門ですか?」
ダニエレが側近に聞くと、側近は頷く。裏門はかなり近い。よし。
「失礼しますね。馬車までお送りします」
ダニエレは第一王子の背と膝裏を持ち上げる。
そして、そのまま裏門まで駆けてゆく。
裏門には、王族の紋を隠した馬車が待っていた。そこで待っていた者が、こちらに気付いて、頭を下げる。
ダニエレは、その者の口角が少し上がったことが気になった。
「あなたは何者ですか?あなたが信頼できる人物であると証明してください」
「ただの使用人です。王子をここで待つように言われました」
慌てた様子でそう答えるが、第一王子の体が強張ったのが分かった。
「馬車待ちの使用人には、第一王子か第二王子どちらが来るのか、どのような服装かを伝えるはずだ。そんな曖昧な指示は出さない」
第一王子が言い終える頃には、その自称使用人はポケットから出したナイフで襲いかかってきた。
次から次へと、王族は忙しいな。
ダニエレは、第一王子を片手で抱え直すと、使用人のナイフを躱し、その使用人の背中に蹴りを入れた。グエッと言って使用人は顔面から地面に叩きつけられ、後から付いてきた王子達の側近がその体にのしかかって、押さえつけている。
第二王子がまた近寄って来て、他の側近と馬車を確認する。
「この馬車自体に細工はされていないな。とりあえずこれに乗って、王宮に迎え入れてもらうしかない」
ダニエレは、第一王子を馬車の椅子に座らせた。
「ありがとう」
「いえ、感謝されるようなことはございません。それでは、授業に戻りますので、失礼いたします」
ダニエレはさっさと戻ることにした。平民が王族に関わるべきではない。
訓練場に戻ると、王太子殿下の護衛のためにいた王宮の騎士が困り顔で見学場所に集まっている。
しかし、王族のことだし、こちらはきちんと王宮騎士がいるから問題ないだろう。
「先生。今日の授業は全て模擬戦でしたよね。後は誰が行いますか?」
先生に聞くと、先生は顎に手を当てる。
「そうか、まだ時間があるな。騎士の応援もまだ来ていないし」
何やら思案しているようだが、見学場所からウッウッと声が聞こえてくる。
見ると、王太子殿下が座り込んで泣いている。
「ヒッグ。こ、こわ、こわかった。ヒエエン」
見るも無惨な泣き方だ。授業に参加していた生徒も、駆けつけた先生方も見ないようにしている。
「ダニエレ。おそらくこの現場は検めることになるだろう。模擬戦は中止だ。そして、運良くその辺に人が倒れて縛られている。不審者の拘束方法を学ぶ時間としよう」
先生の冷静な判断で、縄で一纏めにされた者を一人ひとり縛る、という授業になった。
「抵抗されるとやはり普通の結び方ではだめなのか」
「この結び方だと、片手で出来るし、解けない。なるほど」
それぞれが、先生に教えられながら縛っていく。
授業が終わる頃には王宮から騎士が駆けつけ、一人ずつ丁寧に縄で縛られた人達を引き渡し、現場での様子を伝える。王太子殿下もその頃にはすっかり泣き止んで、騎士に支えられながら学園を後にした。
「模擬戦、大変だったってな」
翌日、クリスからこんなことを言われた。
「ああ、賊の侵入で授業が中断したんだ」
授業の後、その場にいた学園の生徒と先生方には、王宮からの箝口令を言い渡された。
賊がオルガ国の護衛に紛れ、模擬戦の最中に王子達に襲い掛かったものの、騎士を志す生徒と元騎士の教員が近くにいたことによって、阻止された。
ということ以外は伝えられないのだそうだ。そして、オルガ国の王子が腰を抜かしてお姫様抱っこして運ばれたことや、王太子も腰を抜かし、泣いていたということは絶対に外へ出してはならないとキツめに言われた。
「なあ、王子がお姫様抱っこされて運ばれてたって、噂聞いたんだけど」
どうやら、ダニエレの王子の抱え方がお姫様抱っこと呼ばれるものらしい。しかも、訓練場と裏門は近いが数人の生徒に見られていたらしい。
「賊をささっと制圧した後は、皆で賊を縛ったんだ。細かいことは言えないけど」
「ああ、箝口令ってやつ?すごいな。そんなことなら、俺も剣術の授業とっとくんだった」
学園では、クラス全員で受ける授業もあるが、選択して受ける授業も多い。ダニエレは騎士になるので、剣術や馬術、戦法などの授業を選択するが、クリスは文官を志しているので、経理や領地運営の授業を多く選択している。
「クリスは文官を目指しているだろう?剣術はいらないよ」
ダニエレがそう言うと、クリスはそりゃそうだと言って二人は笑い合う。
こんな同級生との楽しい会話も、ダニエレには充実感をもたらしてくれる。貴族学園に通わせてくれた子爵家には感謝しかない。
オルガ国の賊の事件は、新聞等で騒がれたものの、数日もすれば落ち着いた。怪我人も出ていないし、オルガ国の王子達も無事に自国へ帰ったからだ。
「ダニエレ坊ちゃま、お手紙にございます」
学園から、王都でお世話になっている父の実家、メコーニ子爵家に帰ると、使用人から手紙を渡された。
何やら質のいい封筒だ。こんな紙、実家からではないだろう。
「送り主は、ヴァルド・オズ?誰だ?送り先を間違えたのでは?」
しかし、宛名にはメコーニ子爵方、ダニエレ・メコーニと、子爵一家ではないことまで把握されている。間違いとは思えない丁寧な書き方だ。
とりあえず、開封してみる。
「親愛なるダニエレへ。あなたに命を救われた上、馬車まで運んでいただきました。あの日のことが忘れられません。どうにかして、あなたに私の側に来ていただきたいと思っております。ヴァル」
命を救ったかどうかは分からないが、馬車まで運んだ覚えがあるのは、オルガ国の第一王子だけだ。
「坊ちゃま、とても熱心な口説かれ様ですね」
「いや、違う。おそらく、他国からなので罰することができないから、このような手段になったのだろう」
オルガ国の第一王子、名前はオズヴァルド。おそらくこの手紙の差出人、ヴァルド・オズで間違いない。匿名と言うには浅はかなネーミングだが、平民相手だから配慮したのだろう。あの日のことは大した事件ではないように処理したため、大っぴらにダニエレを処罰できない。
ダニエレがしたことは、王子を助けて運んでと、良いことをしているようにも捉えられる。しかし王子からしたら、騎士団に従事したことのある自分が助けられた上に、お姫様抱っこ?で運ばれて、プライドが痛く傷つけられた。
あの日のことが忘れられないという、怒りの文面だ。そして、他の国からダニエレを罰するとなると王宮を通さなくてはならない。エヴァーニ王国からしたら、賊を連れて入国してきたオルガ国が何を言うか、といって突っ撥ねられることが目に見えている。
だから、ダニエレが自らオルガ国に来てくれたら、直々に罰してやろうということだ。
ダニエレは、その手紙を見なかったことにした。
しかし、何度も同じような内容の手紙が送られてくる。
「親愛なるダニエレ。一緒にいたい。家を用意するから一緒に住まないか。返事はこの手紙の差出人宛で送ればいい。ヴァル」
ダニエレは、二日と空けずに送られてくる手紙に疲れた。そして、初めて返事を書くことにした。
「ヴァルド・オズ様へ。平民のため、手紙の書き方もよく分かりません。私は魔獣を狩る騎士となることを幼い頃から目指していました。この度、北の砦へ就職が決まりましたので、あなたの所に行くことはないでしょう。さようなら。お元気で。ダニエレ・メコーニ」
これで終わって欲しい。そう思って祈りながら手紙を出した。
「ダニエレ!」
「クリス!決まった!?」
「うん!王宮の文官だ!地方の支所だけどね」
「すごいじゃないか!おめでとう!地方か。僕も北の砦だから、あまり会えなくなるか」
クリスは、ふふんと鼻を鳴らして、文官の配属通知を見せてくる。
「それが、アグリアディ公爵領なんだ!休日には砦麓の街に遊びに行くよ!」
「そうなのか!それは嬉しいな」
仲の良い二人は、喜びを分かち合いながら、学園を卒業することになった。
「ダニエレ坊ちゃま、アレはどうされますか?」
北の砦へ行く荷造りをしていると、執事が声を掛けてきた。
「そうか、アレはあっても邪魔だよな。今日の卒業パーティーには父が来るから、相談するよ」
卒業パーティーが終われば、明日すぐに子爵邸を出て、北の砦へ向かうことになる。卒業パーティーは父が来てくれるらしい。僕と、あと二人、北の砦に就職する同級生がいるから、一緒に北の砦に連れて行ってくれる。
「父上、お久しぶりです」
「ダニエレ。逞しくなったな!」
父は久しぶりに会うと必ず、開口一番に褒めてくれる。今は北の砦の責任者となって、たくさんの騎士を育てているらしい。その中に僕も入れるなんて光栄だ。
「父上、実は相談があります」
父を、執事と話していたアレの前に案内する。
「これが、国王陛下から」
父と執事、ダニエレの目の前にあるアレは、ひょうたんの形をした置物だ。ガタイがいい父の体よりも大きく、そして騎士が四人でやっと持ち運べる重さだ。
「本当に国王陛下から?」
父の疑問も当然だ。国王陛下から何かを賜るなど、普通は考えられない。
「王宮騎士が、ダニエレ坊ちゃまに、国王陛下からの贈り物であるが、公には出来ないことだと」
執事が冷や汗をかきながら父に言う。あの事件の後に、事の顛末を聞いた国王陛下がダニエレに感謝をとのことだったらしい。
「ダニエレ、お前は学園で何も言われてないのか?」
「学園では先生から一応、王宮で騎士になるつもりはないかとか言われましたが、騎士とは魔獣を狩る者であると伝えたら何も言われなくなりました」
父はそうかーと言って、遠い目をしている。確か、先生もそんな顔をしていた。
「この子爵邸にあっても邪魔だな。砦に持って帰るか」
父のその言葉で、ひょうたんの置物が北の砦の訓練場に置かれることが決まった。
「それでは、友人とお話してきます」
卒業パーティーの会場に着いたダニエレは、早々に父と別れ、クリスの元へ行くことにした。
「あれ?クリス知らない?」
探しても見当たらず、同級生に聞いてみる。
「ああ、クリス、いないよな。遅刻かな、珍しいけどたまにあったよな」
卒業パーティーに遅刻とは。パーティーは身分の順で会場に入ることになっている。なんちゃって貴族のダニエレは最初の方だ。
「おい、ダニエレ。お前本当に北の砦に行くのか?今からでもうちの騎士団に来たらいいのに。お前なら大歓迎なのにさ」
伯爵家や侯爵家が入ってきた。騎士団を持っている家の子息達からそんな声が掛けられる。
「いやいや、僕は騎士とは魔獣を狩る者だと思っているから。まずは、そこで一人前になりたいよ」
勇敢で強い騎士になるために。そのモデルは父だ。まずは父の隣に堂々と立てるようになりたい。
それに、騎士の授業で成績が良かっただけで、きっとこの子息達も実家の騎士団と共に過ごしてみたら授業と現場との違いに驚くだろう。そして、僕のことだって普通の騎士だと思うはずだ。
結局、クリスは見当たらず。もしかしたら、急ぎの用でも出来たのかもしれない。
ダニエレが騎士団を持っている家の子息達に声を掛けられ続け、その都度北の砦へ向かう意志を伝えていた時。
もう全員入場したと思っていたのに、入場口がザワザワし始めた。
「おい、あれって」
「知らなかった」
「どういうこと?」
そんな声が聞こえてくる。既に公爵家の入場も終わったということは、王族だ。この学年にはいなかったと思っていたが。
稀に、王弟の家系の子などが、親戚の貴族に後見人になってもらって、平民として学園に在籍するという話は聞いたことがある。クリスがそう言っていた。王族となると嫌に目立つからと。
「あれ?クリスだ」
ダニエレが思わず呟く。クリスは普段より何ランクも高そうな正装だ。
どうしてか、クリスはダニエレの方に向かってくる。
「クリス。遅刻か急用かと思った。会えてよかったよ」
思わず、いつものように声を掛けてしまった。王族なら、こちらから声を掛けてはいけないのに。
「ごめん。挨拶しないといけなかった」
ダニエレは、オルガ国の第一王子にしたような礼をする。
「いいよダニエレ。僕の方こそ色々言ってなくてごめん」
ダニエレは立ち上がり、クリスを見る。どうしようか。いつもみたいに話したら不敬かな。
「いつもみたいに話そう」
クリスはダニエレを連れて、パーティー会場のバルコニーに出る。先客がいたが、クリスを見て譲ってくれた。
「クリスは王族?」
「うん。王弟の子なんだ」
「王弟って、保養地で暮らしている?そういえばクリス、実家はそっちの方って言ってたな。全然気付かなかった」
「父は素行が悪くて。母も手を付けられた使用人ってやつだから。二人は結婚もしていないし。あと、さっき王宮から発表したけど、父は妻以外の子に僕と姉がいる。魔術で鑑定してもらったんだ」
「そうなんだ。大変だったね」
王族なのに、あまり王族として過ごしてこれなかったのかもしれない。ダニエレが知らないところで、クリスはきっとたくさん苦労してきたのだろう。
「ダニエレ、怒ってない?」
「何を?」
「いやだから、王族って隠していたこととか。平民ぶってたこととか」
ダニエレは少し考えてみて、思ったことを言うことにした。
「調べたら、たぶんその答えに行き着いた可能性が高い。クリスの出身地、後見人になっている貴族、あとは普段の会話とかからも。例え話をしていた王族って、自分のことだったんだろうなって、今気付いた。その辺から気付かなかったのは僕だ。クリスはきっと、僕から王族じゃないかって聞かれたら、答えてくれたと思うよ」
クリスは深くため息をついて、抱きついてきた。
「もうー。お前って本当にいいやつ。心配になる。心配だから、配属先をアグリアディ公爵領にしたけど、本当に良かった」
「よく分からないけどありがとう。クリスは優しいし、頭も良いから近くにいてくれたら嬉しい」
クリスは、勘違いするから、とか言っている。バルコニーを覗く人影が増えているので、ダニエレは抱き締めているクリスをいったん離す。
「めちゃくちゃ見られてる。さすがに恥ずかしい」
「見られてなかったらいいのかって言われるぞ」
「別に良いけど」
クリスは再び、ため息をつくが、ダニエレはその意味が全く理解できない。
「ダニエレ、オルガ国の第一王子には何か伝えた?」
「ちょっと頻繁に手紙が来てたから、魔獣を狩る騎士になるってハッキリ断ったよ」
「それでか。第一王子は、僕のことを知っていたみたいで、ダニエレに伝言をして欲しいと王弟のところに連絡が来たんだ」
「聞きたくないけど、聞かなかったらクリスが板挟みになりそうだから聞くよ」
ダニエレも友人思いな人柄だ。遠くにいる王子よりも、クリスが優先されるのは当たり前だと思っている。
「騎士は砦で魔獣を狩る者であるというダニエレの夢を尊重する。何かあった時は必ず後ろ盾になると誓う。そして気が変わったらオルガ国に来てほしい。その場合は歓迎し必ず側に置く。だってさ。すごいな」
「何かあった時って何だろう。気持ち悪いな。手紙でもずっと側に来てほしいとか、そんなにお姫様抱っこが恥ずかしかったのかとびっくりしたよ」
ダニエレの話を聞いて、クリスが眉間にしわを寄せる。
「ちょっとダニエレ。何か行き違いがある気がするんだけどさ。その第一王子の手紙、ダニエレはどう解釈してる?」
「騎士団に従事したこともある王子が賊から守られて、しかもお姫様抱っこで運ばれたことを根に持っているんだろうな。だけど、大きな事件にはならなかったし、他国からは不敬罪とか出したとしても、王子の行動まで明るみになってしまうから、手っ取り早く僕を罰してやろうと思ったら、僕が自分からオルガ国に行くしかないんじゃないかな。それをさせようとしているんだろうな」
クリスは手を眉間に当てて何か考えているようだ。
「ダニエレがそう受け止めているのなら、僕もそれを尊重しよう。きっとそうだ」
クリスは違う解釈をしていたみたいだけど、そう言ってくれるということは、ダニエレの考えでいいんだろう。
「そういえば、公に発表していなくても、王族には違いないのに今まで護衛とかいなくて大丈夫だった?」
クリスは普段からダニエレと行動を共にしていた。
「ああ、王家の影が付いていたよ」
ダニエレはそんな気配に全く気付かなかった。
「そうだったんだ。僕もまだまだだな」
クリスは何が?と聞いてくる。
「だって、全く気付かなかったから。これじゃあ一人前の騎士になるのは遠い先だ。頑張らないと」
風景に溶け込むような、虫のように周囲に擬態する魔獣もいる。ダニエレはまだまだ集中力がないと、反省する。今だって、クリスと一緒に入ってきた護衛騎士の気配は分かるが、それ以外は分からない。
「ダニエレと一緒にいる時は、影は付いていないよ」
ダニエレはえ?と声を出す。
「ダニエレ、気付いちゃうから。入学式の時に気付かれたから、ダニエレがいるときには下げることにしたんだ。それにダニエレは強いから必要ないかなって」
入学式を思い出す。そういえば、建物の上から視線を感じたので、父と共に先生に不審者がいると、注意をした覚えがある。
それにしても、クリスは僕の実力を買いかぶり過ぎだと思う。悪い気はしないけど。
「頼りにされるのは嬉しいけど、これからはちゃんと守ってもらってよね」
クリスはそうするよ、と爽やかな笑顔で答えた。
卒業パーティーを終えて、二人はそれぞれアグリアディ公爵領へ向かった。クリスは、王族と正式に認められたから、儀式や手続きを王宮でしてから向かったらしい。
「クリス!久しぶりだな!」
二人はアグリアディ公爵領でそれぞれ、騎士として、文官として、過ごしている。そして休日に会って、それぞれの近況を報告し合う。
「ダニエレはどう?魔獣ってやっぱり怖いと感じる?」
「怖いに決まってる。でも、怖いと思うからこそ戦えるし、油断しないで討伐できるのだと思う」
「そうなんだ。ダニエレはさ、もしも砦の責任者とか任されるようになったらどうする?」
「父みたいに?うーん。僕は魔獣を狩るのはいくらでもできるし、最近は新人を育てることもやりがいを感じているけど」
「上に立つとなると、嫌?」
「相棒が欲しいな。クリスみたいに、頭が良くて、ずっと一緒にいてくれるような人が側にいてくれたら、頑張れると思う。その、書類の仕事とかも」
ダニエレの答えに、クリスは満足そうに頷く。
「じゃあダニエレが責任者になる時には、僕を指名して連れて行ってくれよ」
「そうする。絶対来てくれよな」
それからも、二人は休日には必ず会う仲だ。
クリスは、ダニエレに会う間だけは、護衛や影が必要ない。王族として認められてからアグリアディ公爵領に来る前に、王族の籍から外れる手続きをしたが、やはり血縁関係にあるということで、護衛や影は王宮から派遣されていた。
ダニエレといる時は、王族であるという自分から解放され、伸び伸びと生きていることが実感できる。ダニエレを利用していない訳でもないが、少なくともダニエレと一緒にいる時間は心地よいし、ダニエレもそう思ってくれている。
ダニエレは、自覚はないが対魔獣でも対人であっても強かった。北の砦でもすぐに小隊長になり、活躍している。
実はオルガ国の第一王子は自国へ取り入れれば他国から脅威と思われるような騎士を探していた。現在も、ダニエレが魔獣の討伐に飽きでもしたらオルガ国の騎士になってくれればいいと思い、定期的に手紙を送り付けている。
その後、ダニエレは二十歳という若さで大役を任されることになるが、それはまた別の物語である。
騎士は魔獣を狩る者であるという、彼の心は変わらない。
ありがとうございました。
ダニエレくんがでてくるのはまだまだ先ですが、こちらもよかったらご覧ください。父のウルバノは登場済みです。
精霊に導かれる〜公爵子息と精霊の物語〜
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