7話
「修一さん。このお店に行きませんか?」
日曜日。
その昼下がり。
休日だからリビングでだらだらとスマホをいじっていたら、沙織からそんなことを言われた。
「お店?」
「はい。ここなんですけど」
近づいて、沙織がスマホをみせてくる。
そこにあったのは、とあるカフェのホームページだった。
オシャレなカフェだ。
大人向けのシックな感じではなく、ポップでいかにも女子高生が好きそうなお店だ。
場所も近い。
電車で何駅か先にある場所である。
「このお店に行きたいのか? 行ってきたらいいんじゃないか」
「一緒に行きませんか?」
「一緒に?」
驚いて沙織の方を見る。
「友達と行けばいいじゃないか」
「それが、今日はみんな予定あるんです」
「じゃあまた別に日に行けば――」
「いいじゃないですか。行きましょうよ」
沙織はグイッと顔を近づけて言う。
「それとも、私と一緒は嫌なんですか?」
「まあ嫌じゃないけど」
「じゃあ行きましょうよ。ね?」
「わかったよ。一緒に行こう」
俺が頷くと、沙織は「やったー」と両手で小さくガッツポーズをとる。
「ここのカフェの限定パフェがとても素晴らしいんです」
「へえ 限定パフェね」
なるほど、それにつられたのか。
テレビか何かで特集でも組まれてたのか。
あるいは、SNSで情報が回って来たのか。
限定パフェというからには、数量や期間が限られているものなのだろう。
日を改めてしまうと、限定パフェがなくなってしまうかもしれない。
それを危惧して、すぐにでも行きたいから、友達と別日に行くのを諦めたのか。
しかし、沙織がパフェを食べたいとは。
……あれ、パフェなんてすきだったっけ?
今までそういったのを食べているのを見たことがない。
ファミレスやらカフェに行ったときも、そういったのを食べているのを見たことがなかった。
とはいえ、俺のいないところで食べていたというだけの可能性はある。
まあ沙織も女子高生だ。
そういった甘い物が好きなことは別段おかしなことではない。
「わかった。じゃあ行こうか」
俺と沙織は家を出て、その限定パフェが食べられるカフェまで向かった。
電車にのって数駅。
そして駅から十分ほど歩くと、目当てのカフェにたどり着いた。
「ここのカフェか」
ホームページで見た通りの外観のカフェ。
それに、限定パフェを目当てにしてか、何人か同じように客が並んでいる。
女子同士で来る客や、他にいるのはカップルか。
客層は若者が多い。
見たところ十代か、二十代の人ばかりだった。
まあ、店構えもメニューも若者向けだったから、当たり前だな。
「少し並んでいるな」
「嫌ですか?」
「全然嫌じゃないよ。待つのも楽しみだろ」
列に並ぶのは別に苦じゃない。
それに並んでいるとはいっても、そこまで多い数ではない。
前にいるのは七、八人ほど。
すぐに入れるだろう。
そのあと十分程度を列で待って、店内に入る。
中は外観よりかは落ち着いた雰囲気だった。
店内は流行りのJポップではなく、ジャズが流れている。
店員さんから席に案内されて、メニューを見る。
「食べたいのはこの限定パフェです」
「じゃあ俺はコーヒーにするか」
俺たちは店員を呼んで、注文をする。
「この限定パフェを一つお願いします」
「俺はコーヒーで」
「はい。コーヒーをおひとつに、カップル限定のパフェをおひとつですね」
「はい。コーヒーとカップル限定パフェを……、ん?」
カップル限定……。
「カップル限定!?」
驚いて、思わず声を出してしまった。
「は、はい。カップル限定パフェですが……。いかがいたしましたか?」
「え、ええと。他の限定パフェってありますよね? 期間限定とか、数量限定とか」
「いいえ。期間限定などはいま現在は行っておりません。当店の限定パフェといえば、このカップル限定パフェのみです」
なるほど。
カップル限定パフェだけ、か……。
嫌な予感がした俺は、沙織の方を見る。
彼女は「てへっ」と小さくほほ笑んだ。
「どういうことだ。限定パフェといっていたじゃないか」
俺は小声で彼女に問う。
「限定パフェですよ? カップル限定パフェです」
「カップル限定なんて言ってなかったろ!」
「聞かれなかったので」
いや限定パフェなんて言ったら普通は期間限定の方だと思うだろうが!
「別の頼めないのか?」
「別のを頼んじゃうんですか?」
「当たり前だろ。カップルじゃないんだぞ」
「そうですか……。このパフェは頼んじゃいけなんですか……」
そう言うと、沙織は悲しげな表情を浮かべる。
「私、ここのパフェを楽しみにしていたのに」
「すっごくすっごく楽しみにしていたのに」
「修一さんと一緒に行きたくて、ずっと前から楽しみにしていたのに」
ずーん、と効果音が聞こえてきそうなほどに暗い雰囲気を漂わせて顔を伏せる沙織。
その姿に、俺は昔の引き取ったばかりの暗かった彼女の姿が思い出されて……。
「わかった。わかったよ。頼むから。だからそんな暗くなるのを辞めてくれ」
つい、カップル限定パフェを頼むことを承知してしまった。
「本当ですか! ありがとうございます!」
俺が了承すると、先ほどまでの暗い面持ちはどこへやら。
パッと明るくなってにこやかな笑顔をしている。
「……」
もしかして、さっきまでのは演技?
「カップル限定パフェを一つお願いします!」
沙織が店員さんに注文をする。
「それではカップルの証明をお願いいたします」
すると店員さんは、にこやかな笑顔でとんでもないことを告げた。
「カップルの証明?」
「はい。お二人が手をつないで、私に向かって笑顔をお願いします。あ、その際にお互いの名前を呼んで『愛してる』とおっしゃってください」
その説明を聞いて、俺は数秒間放心した。
数秒たち、やっとその内容を理解した。
あー。
なるほど。
手をつないで。
笑顔で。
名前を呼んで。
愛してる、かー。
「マジですか?」
「マジです」
「手をつなぐんですか?」
「恋人つなぎでお願いします」
店員さんは、淡々と述べる。
「少し恥ずかしいかもしれませんが、そういう条件ですので。お願いします」
「修一さん! やりましょう!」
そして沙織はといえば、目をきらきら輝かせている。
乗り気だ。
この様子からして、初耳というわけじゃないだろう。
たぶん、全部知ってたんだろうなあ。
知っててこのカフェに俺を誘ったのだろう。
まんまと彼女の策略にはまってしまったわけだ。
「ええいしょうがない。俺も男だ。やるんなら最後までやるさ!」
「さすがです。修一さん」
「では私の方に向かってお願いします」
店員さんの言葉に従い、俺は右手を出して沙織は左手を出す。
そして恋人繋ぎをする。
……これ、やっぱり恥ずかしいなぁ。
「修一さん。愛しています」
「沙織。愛してる」
そう店員さんに笑顔を向けながら言う。
これはもう、誰がどう見ても馬鹿ップルだな。
外堀どころではない。
「はい。ありがとうございます。それではカップル限定パフェをおひとつ!」
店員さんが元気よく言って、注文をキッチンまで渡しに行った。
ふう。
なんだかどっと疲れた。
もうこうなったら、そのカップル限定パフェがとびきり美味しいのを願うだけだ。
まあ、これ以上何かトラブルなんて起きないよな。
俺がそう思って気を抜いた時だった。
「すみません。テレビの取材なのですが。いま取材してもよろしいですか?」
「え?」
振り向くと、そこにはマイクを持ったリポーターやカメラマンが立っていた。




