6話
前半は修一の視点
後半は沙織の視点
―――修一視点―――
そうしてなんやかんやありつつも、家に帰ってきた。
「ただいま」
「ただいま」
誰に言っているわけでもないが、俺たちは玄関で、ただいまと言って家に入った。
つい癖で言ってしまうのだ。
「えへへ、いーっぱい腕組んじゃいましたね♪」
「ああ……」
本当に、帰ってくるまで腕を組んで歩いていたな。
てっきりどこかで離すものだと思っていたのに。
しかし、上機嫌な沙織を前にすると、可愛くて文句を言う気がうせてしまう。
家に入り、靴を脱ぎ、手を洗ってリビングへと行く。
時計を見ると、まだ九時にもなっていなかった。
「早いけど、お風呂に入るか」
「お風呂に入りますか? 洗ってきますよ」
「いいの?」
「はい。あ、一緒に入りますか?」
「入らない入らない」
「ふふ、冗談です。それじゃあ少し待っていて下さい」
上機嫌に笑いながらそう言い、沙織はお風呂へと向かった。
「ふう……」
彼女を見送ったあと、俺はカバンをソファの近くの床に置く。
そしてドカッとソファに深く座った。
「ああ。疲れたな……」
深く腰掛け、ソファで楽な体制になる。
すると、急に睡魔が襲ってくる。
仕事の疲れと、それと酒を飲んだせいか。
あとソファの柔らかさもあるのだろう。
だんだん眠気に抗えなくなる。
どんどん瞼が下りて行ってしまう。
「いや、まだ寝ちゃダメだ。まずは部屋に行って、いやとりあえずスーツを脱いでから……」
そう呟き、まずはネクタイを取ろうと首元に手を持っていく。
が、しかし。
あらがった甲斐もなく、ついに眠気に負けてしまった。
「ね、る……」
深く息を吐いた後、俺はソファで眠りについた。
―――沙織視点―――
「あれ?」
お風呂を洗って湯を入れ始めて、リビングに戻ってくると、修一さんがソファで寝ていた。
ソファに座りながらも、目をつむり、寝息を立てている。
お酒を飲んでいたらしいから、その影響で寝てしまったのだろう。
そんなにお酒に強い人でもないのだ。
飲んで帰ってきた後は、たいてい早くに寝てしまう。
そこも可愛いところだと私は思っている。
そこは今はいいとして。
「寝ていますね」
リビングのソファで無防備に寝ている彼を見て、私の中にいたずら心が湧いてきていた。
修一さんはお酒を飲んだ後は早くに寝てしまうが、たいていの場合は自分の部屋に行って布団に入って寝てしまう。
部屋にたどり着けずに、ソファで寝てしまうことは今まではなかった。
これはチャンスだ。
「ふふ。いけませんね。私の前でそんな無防備な姿をさらしてしまって」
いや、それとも私の前だから無防備になってくれるのだろうか?
もしそうだったのなら、嬉しすぎてどうにかなってしまう。
「まあ、それはそれとして、ちょっといたずらはさせてもらいますけど」
私はソファに座っている彼の後ろに回る。
そして耳元に顔を持ってきて、彼に向かって小さな声でささやく。
「もしもーし。起きてますかー?」
「あなたの未来の妻の沙織ですよー」
「修一さんのことが大好きな沙織ですよー」
「起きているなら返事してくださーい」
「返事してくれないなら、ちゅーしちゃいますよー?」
いくらか囁いてみたが、修一さんは何も返事をしない。
それを見て、私は彼が寝ていると確信した。
起きていれば、彼はびっくりして飛び起きるだろう。
「さて、寝ていることを確認できたところで」
とりあえず、私はソファの前に回ってスマホを構える。
そしてパシャパシャと写真を取り始めた。
「ああ。すごい。ソファで寝ている修一さんの姿。それもスーツなんて……」
恍惚としながらも、私は彼の写真を撮っていく。
音で起きてしまわないか不安だったが、幸運なことに彼は起きなかった。
「ふふふ。私の修一さんコレクションが増えちゃいました」
実は私のスマホやPCには、彼の写真がたくさん入っている。
それは普段の彼を撮影したものや、お出かけの時に撮ったものが大半だった。
今回のように、寝てしまった彼を撮影したものは少ないのだ。
つまり、今回の写真はレアものだと言える。
これで、私のコレクションがまた潤う。
ちなみに撮った写真は、暇なときがあれば何度も見返している。
彼の写真を見ると、心が幸福感に包まれてしまうのだ。
角度や距離などを変えて、私は何枚も寝ている彼の写真を撮りまくった。
「さて、写真も満足いくまで撮ったことですし」
十分くらいたち、スマホの手を止める。
本命は写真を撮ることではない。
もっと他に、やるべきことがあるのだ。
私は慎重にソファで寝ている彼のところへ行き、そしてその横のスペースに座る。
そしてちょっとずつ、ちょっとずつ、近づいていき、修一さんの真横にピッタリとくっついた。
近い、どころではない。
肩と肩が触れる距離。
太もも同士がくっつく距離。
完全に密着しきっていた。
「うふふ。こんなに近づけるなんて」
起きている時も、結構距離は近い時はあったが、完全にくっつけることは少ない。
この距離感に、顔が熱くなり、頭がくらくらしてしまう。
「幸せ……」
大好きな彼のそばにいられて、くっつくことができるなんて。
幸せすぎて、おかしくなりそうだ。
そして私は、まだ他に行動をする。
これで終わりではない。
少し背を伸ばして、私は寝ている修一さんの肩に頭をおく。
「ふわああああ……!」
思わず声が出てしまっていた。
やばい。
これは、やばい。
幸せすぎる。
もうここに住みたい。
そうだ、ここに住もう。
いや、住んでいるな。同じ家に。
……何を考えているんだ。
なんだか自分の思考がおかしな方向に行ってしまっていると、自覚し始める。
でもおかしくなってしまうくらい、私は幸福感に包まれていた。
「すごい。まるで同棲しているカップルみたい」
私はそう呟き、修一さんと密着している時間を楽しんでいた。
まあ、同棲しているカップルというのもあながち間違いではない。
一緒に暮らしていることは間違いないし。
一応、婚約者だし。
婚約者に関しては修一さんは否定してくるが、小学校の時に結婚の約束をしたから間違いじゃない。
それに、今は婚約者じゃないと否定してくるが、将来的に夫婦になるのだから問題はない。
絶対に夫婦になる。
結婚する。
この幸せを、永遠に続けてみせる。
「はぁぁぁぁ……!」
そして私は再度決意を固めながらも、彼の肩に頭を置いて、幸福の海に沈んでいった。
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