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4話

今回ずっとイチャイチャしてるだけです



 沙織にキスを求められた翌日。


 その日も休日だったため、俺は彼女と一緒に買い物に出ていた。


 買い物とはいっても、ただ夕食の材料を買いに来ただけだ。


 とはいえ夕食の内容は決まっていない。

 商店街をぶらついて、良さそうな材料があればそれを買って夕食を作る。


 まあ、たまにはそういう買い物もあっていいだろう。


 周りを見れば、昔からある八百屋、魚屋、肉屋などの食料品店。

 他にも服屋、薬屋、本屋、飲食店などもある。


 食料品店は昔からあって変わらないのだが、飲食店は結構入れ替わり激しいな。

 俺が子供の頃に行っていた店がつぶれているところもある。



 こうして二人で歩いていると、昔を思い出す。


 沙織が今より幼かったころ、俺と彼女の二人でよく買い物に来ていた。


 彼女を引き取った当初は、お互いによく知らない状態だった。


 仲を深めたいと思っていたが、俺は会社、沙織は学校で平日は互いに接する時間がなかったからな。


 休日に一緒に買い物に行って、そこで話していくことが、仲を深めるきっかけの一つだった。


 そしてそのとき、俺たちは雑踏の中で手をつないで歩いていた。


 たかだが数年前のことのなのに、懐かしく思えてしまう。


 と、そんなことを考えていると。


「修一さん」


 横から沙織に話しかけられた。


「ん?」


 振り向いて見てみると、沙織がこちらに右手を差し出していた。


「どうした?」


「手をつなぎませんか?」


「手を?」


「はい。なんだかしたくなっちゃいまして」


 彼女も俺と同じように昔を思い出したのだろうか。

 手をつないでくることを求めてきた。


「えーと、だめ」


「なんでですか」


 ぷくー、と沙織は頬を膨らませる。


「別に、つなぐ必要もないだろ」


 あえてそっけなく、俺は答えた。


 つながない理由。

 そしてそっけなく対応した理由は単純で、昨日のことが原因だった。


 昨日の、彼女の告白。

 そしてキス未遂。


 それらを意識してしまい、俺は彼女と接触するのをためらってしまう。


 ただでさえ沙織は美人で優しくて魅力的な存在なのだ。


 手をつないだり、距離が近かったりすると、彼女の魅力にまけてしまいそうで危ない。


 ……これはだいぶ、女性として意識してしまっているな。



 まったく。

 十歳以上も年下の少女に対して。


 いや。いまどき十歳程度なら別におかしなことではないのか?


 いやいや。だとしても彼女はまだ未成年だ。


 手を出すわけにはいかない。


 それは俺自身の社会的評価のためでもあるし、また彼女の将来のためでもある。


 そういう考えがあるから、女性として彼女を意識してしまうことに対してためらいを覚える。


「でも、昔はつないでくれたじゃないですか」


 沙織は拗ねた声でそう返した。


「昔って……」


「私が小学生の時です」


「そりゃあ小学生の頃はね」


 当時、彼女は小学六年生。

 今よりも幼かった。


 それに当時彼女は土地勘のないところにいきなり来た状態だった。

 だからはぐれて迷子になってしまわないように手をつないでいたのだ。


「もうそんな歳でもないだろ」


「ふふ。まあそうなんですけど」


 沙織は微笑む。


「でも。いくつになっても、手をつなぐのは嬉しいんですよ?」


「それは手をつなぐ理由にはならないな」


 彼女の言葉を断り、俺は歩みを進めようとする。


「あ、じゃあ――」


 がしかし、次いで出た沙織の言葉に、俺は足を止めた。


「じゃあ袖をつかんでもいいでしょうか?」


「袖?」


「はい。こんな風に」


 沙織はちょこん、と親指と人差し指で俺の左腕の袖をつかんだ。


「……まあそれくらいなら」


 これは別に手をつないでいるわけじゃないからいいいだろう。


 やたらめったら断り続けて、彼女の機嫌を損ねたくもない。


「ありがとうございます」


 そして彼女は、小さな声でつぶやく。


「計画通り、です」


 計画通り?


 ……ん?

 あれ、もしかしてはめられた?


 これはあれか?


 最初に無茶な要求を断らせて、その後で軽い要求をすることで、その要求を通すという手法を使われてしまったのか?


 だとしたら、俺はまんまと彼女の策略にはまってしまった形となる。


 はまってしまった形となる、のだが――


「えへへ」


 俺の袖をつかんで、幸せそうに笑顔になっている沙織を見てしまった。



 可愛い。



 沙織はどちらかと言うと美人系の顔立ちであるが、その笑顔はとても可愛いものだった。


 こんな笑顔を見てしまっては、怒る気も振りほどく気もなくなってしまう。


「お二人さん! 買い物かい?」

「あっはっは! 今日もイチャイチャして、お熱いねえ!」


俺と沙織の姿を見た商店街のおじさんたちが野次を飛ばしてくる。


「熱いだなんて。もうそんな、本当のことを……」


 沙織は沙織で、空いている左手を頬にあてて照れていた。


 いかん。

 そういえばこの商店街は、沙織が自分を俺の未来の嫁だと広めているところだった。


 こんなところを見られたら、ますます外堀が埋まってしまうじゃないか。




 ていうか、今気づいたんだが。


 この袖を掴むやつ、下手すれば普通に手をつなぐよりもイチャイチャ度が増してないか?


 手をつなぐという行為は、別に恋人だけではなく親子や兄弟でもやる動作だ。


 だが袖をつかむなんてことは親子では普通しない。


 これって、友達以上恋人未満の関係の男女とか、付き合って間もないカップルがやる類のものなんじゃないか。


 なんだかそっちの方が、むしろイチャイチャ度が高いというか……。


 いやまあ、具体的にどっちが高いかなんて人によるんだけど。



 ああダメだ。

 なんか急に恥ずかしくなってきた。


 この状況を見られるのが、俺と沙織がイチャついてる姿を見られているようで恥ずかしい。


「い、行こうか」


 ここからすぐに離れるために、俺は沙織の手を取って足早に進む。


「あ……」


 沙織が声をもらしてしまう。


 強引に手を握ってしまったから、痛かったのだろうか。

 悪いことをしてしまった。


 その場から少し離れたあと、振り向いて彼女の方を見る。


「……」


 見てみたら、沙織はじーっと俺の手を見ていた。


 いや、俺の手というよりは、俺が握っている彼女の手か。


 ……握っている?



 あ。



 気づいた。

 今の状況に。


 おい、手を握ってしまっているじゃないか。


 なにやっているんだ、いったい。


 自分の失態に気づいた俺は、すぐに沙織の手を離す。



「あ……」


 すると、名残惜しそうに沙織から声が漏れる。


「離しちゃうんですか?」


「ああ。強引に握っちゃって悪かったな」


「私は気にしません。むしろ嬉しかったんですけど」


「俺が気にするんだ――ってうぉ!」


「だめです。一度握ったら離しません」


 しかし、俺が離したにも関わらず、沙織が強引に俺の手を握って来た。


 それをもう一度振りほどこうとして――、




「離しちゃうの?」




 しかし、寂しそうにつぶやいた沙織の言葉に止められてしまう。


「…………」


 まったく。


 それは、反則だ。


 反則級に、可愛い。


 あー、くそ。

 そんな声で言われたら、離したくなくなってしまうじゃないか。


「行きましょうか。修一さん」


 沙織は、俺の手をギューッと握りしめながら、嬉しそうに商店街を歩いていった。



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