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3話

沙織視点


―――沙織視点―――



「はあああ……」


 顔が熱い。

 頬に手を当てると、はっきりと熱を感じた。


 まだほてっている。


 さっきまでの出来事と、自分の行動を思い出して、顔の熱が止まらなかった。





 私は九条沙織。

 高校一年生の十六歳。


 いま現在、佐伯修一という人と一緒に暮らしている。

 二人暮らしだ。


 一緒に暮らしてはいるのだが、修一さんは親や兄弟ではなく親戚の一人だ。


 親戚との二人暮らしは、高校生には珍しいだろう。


 彼と一緒に暮らしているのには特別な理由がある。


 私が小学生の頃に両親が事故で亡くなってしまい、その時に私を引き取ってくれたのが修一さんだったのだ。


 それ以来、私は彼の家で暮らしている。


 当初は両親の死のショックや急な環境の変化のせいでふさぎ込んでいた。


 一日中部屋の中に引きこもっていたこともあった。

 食事もまともに喉を通らなかったこともあった。

 好きだったアニメも観ることがなくなっていた。


 一緒に暮らしている修一さんとも、最低限のことしか会話をしていなかった。


 自分でも思うが、ひどい態度だ。

 褒められたものではないだろう。


 しかし、彼はそんな私に対して優しく接してくれていた。


 私が笑顔になれるように、毎日明るく接してくれた


 寂しくなった時には一緒にいてくれた。


 そんな彼に対して、子供の私は恋心を抱いたのだ。



 最初は、初めて接する年上の男性に対する憧れだったのだろう。

 もちろん両親がいなくなってしまった悲しみを埋めてくれたという好意もある、


 時がたてば、いずれはなくなってしまう可能性のある思いだ。

 次第に憧れと好意は異性への恋愛感情ではなく、家族の親愛に変わっていくはずだった。


 しかしそうはならなかった。

 私は彼のことを知っていくにつれて、どんどん好きになっていった。


 中学生になってからは、その思いは止まらなくなっていった。


 


 彼に意識してほしいから、彼に相応しい女性になりたいから頑張った。


 家事は積極的に行った。

 手伝うだけではなく、私が率先して掃除や料理を行っていった。


 料理を美味しいと褒めてもらった時は、嬉しくて天にも昇っていってしまうかと思ったほどだ。


 美容にも気を使い、また常に身だしなみや仕草もきちんと女性らしくしている。


 全ては彼に自分のことを意識してほしいからだ。

 女性として。

 恋愛対象として。


 しかしそれだけではだめだ。

 身だしなみや家事を徹底したところで、彼を振り向かせるには不十分。


 彼はもう大人。

 20代中盤の、立派な大人だ。

 結婚も考え始める年頃だった。


 私はまだ十代で、彼から見ればまだ子供だ。


 異性として見られていない可能性は大いにある。



 それを象徴するようなことが、少し前にあった。


 私と修一さんが買い物のために商店街を歩いていると、店員のおばさんから、私がまるで修一さんの奥さんのようだと言われたことがあった。

 一緒に買い物をする姿を見て、そう思ったのだろう。


 いや、わかっている。

 もちろん冗談だ。


 修一さんの家に引き取られて数年、近所の方々とも仲良くさせてもらっている。

 当然、私と修一さんの関係性も知っているし、私が引きとられた経緯も知っている。


 だから冗談や軽口の類だとわかっている。

 わかってはいるのだが――


 しかしその言葉に、私は喜びが止まらなかった。


 だって、夫婦だ。

 カップルを通り越して、夫婦だ。

 夫婦のように見られたのだ。


 私と修一さんが、お似合いの夫婦だと言われたのだ。

 端から見れば、お互いに愛しあっている最高の夫婦のようだと言われたのだ。


 お似合いとか愛し合っているとかは言われてなかったかもしれないが、重要なのは私がそのように勝手に尾ひれをつけてしまうくらい喜び、舞い上がったということだ。


 しかし修一さんの反応はというと――


 彼は、頭を掻きながら「あはは」と笑っていた。

 それだけだった。


 冗談はやめてください、と小さく笑っていただけだったのだ。


 その態度に、愕然としてしまった。


 完全に子供として扱われている。


 私が異性だと全く意識されていない反応だ。


 このままだとダメだ。

 このまま悠長なやり方をしていると、私はずっと子供として扱われて終わってしまう。


 それは嫌だ。

 それだけは嫌だった。


 何か対策を講じなければいけないと強く思ったのだ。



 そうして悩んでいた時に、ふと本屋で一冊の本が目に入った。


 タイトルは『女性の結婚術。結婚のためには、まず外堀を埋めること』という本だ。


 外堀を埋める。


 よく意味はわからなかったが、そのタイトルになにか惹かれるものがあった私はすぐにその本を購入した。


 そしてその中身は、私がこれまで考えたこともないようなことが書かれていた。


 外堀を埋める。

 つまり、意中の相手に自分の魅力を意識させるだけでなく、周りの人間に己と相手の仲をアピールするのだ。


 それによって、周りの人間が二人は親密な仲だと思う。


 そうすれば嫌が応にも相手は自分のことを意識せざるを得ない。

 また周りの影響を受けて、実際にそういう仲になってしまうこともありえるということだった。


 その本を読み、内容を理解した私は、外堀を埋めるという行為をやり始めた。


 近所の人たち。

 商店街の人たち。

 修一さんの会社の方々。

 私の友達にまで。


 私が修一さんの未来の嫁だと公言し、またそれらしい振る舞いをすることでアピールした。

 

 もちろん、それだけで結ばれると思うほどおめでたくはない。


 だがそれを行うことで修一さんは少なからず私を意識してくれるはずだし、それにライバルも減らせる。


 そう。

 外堀を埋めることで、ライバルが減らせるという利点もあった。


 周囲の人間に私たちの仲をアピールすることで、もう修一さんは私のものだと印象付けて、他の修一さんを狙う女を遠ざけるこという狙いがある。


 そもそも、修一さんは自身をモテないと言っているが、しかしそれは違う。


 彼は優しい。


 その優しさに触れ、救われて心奪われる。

 彼の前にそんな女が現れる可能性は高い。

 少なくともここに一人いる。


 そんな存在が、私のほかに出てきてしまうことは、なんとしても防がなければいけなかった。


 修一さんを他の人に取られたくない。


 そのためならば、外堀でもなんでもやるつもりだ。


 一番大好きな人と結ばれるためならば、手段を選んではいられないのだ。


 そんな意識をもって、私は行動し始めた。


 外堀を埋めるべく自信を修一さんの未来の嫁と言い張り。

 また精のつくものをたべさせたり。

 結婚を意識してほしいがために、ゼクシィなどを置いたりもしてみた。



 そしてそういった行動をしてみて、気づいたことがある。


 やっぱり私は、修一さんのことが好きなのだ。



 だって修一さんは、すっごく可愛くてかっこいい!



 スーツ姿はかっこいいし!


 会社から帰って来た姿はとっても愛らしくて母性が湧く。


 私のアピールにドキドキしている姿なんて、可愛くてしょうがない!


 そしてそんな私の行動を許してくれる優しさと包容力!



 可愛い! カッコいい! 優しい!

 好き!

 大好き!



 さっきも危なかった。


 私がキスしたいと言って行動を起こした時も、慌てる姿がとても愛おしかった。


 あのとき本気でキスしたいと思ったし、実際キスしておくべきだったかと後悔している。



 いや、まだだ。


 まだキスは取っておく。

 そういった過激な行動は、まだしてはいけない。



 今キスをしたとして、ただ年下の親戚の娘とキスしたという事実で終わってしまう可能性がある。


 キスは、修一さんが私のことを最も意識する時の、効果的な手札として取っておく


 修一さんが私を意識して。

 私のことを子供だと思わなくなり。

 恋愛感情を抱き始めたそのときに。


 最高のタイミングで彼にキスをして、私に対して愛情を抱いてもらうのだ。



 それまでは、互いの仲を深める時間。


 それまで周囲の者に私との仲をアピールして外堀を埋め、さらに彼にも私の魅力をアピールするのだ。



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