24話 旅館
「ここです、ここ」
「おお。けっこう駅から近かったな」
金曜日の夜。
俺は沙織と一緒に旅館に来ていた。
温泉旅行というやつだ。
最初は一泊二日の小旅行かと思っていたのだが、金土日のまさかの二泊三日。
つまり、二泊三日を同室で過ごすのである。
同性ならば別に問題はないけれど、一緒にきた人は恋人ではない異性である。
しかも、16歳の女子高生。
親戚とはいえ年頃の少女である沙織と一緒の部屋で寝るというだけでも微妙なところなのに、それが二日もあるとはな。
まあ、もう予約していたからしょうがないけど。
用意周到とはこのことで、俺が旅行に頷いたときにはもう彼女に二日ぶんの予約を取ってしまわれていた。
まさかキャンセルするわけにもいかず、こうしてきた次第である。
「予約していた佐伯です」
沙織がそう言ってチェックインを行う。
受付係が確認をして、鍵を渡されてチェックインを終えていた。
沙織は当たり前のように俺の苗字を言っている。
やはり俺の苗字で予約をしていたか。
「修一さん、修一さん」
部屋へと向かう最中、沙織がやけに上機嫌に名前を呼んでくる。
「どうしたの?」
「私たち、二人っきりですよね」
「まあ、部屋に着いたらそうなるね」
「ここって温泉旅館ですよね」
「それは間違いないよ」
「そして私たちは今、同じ苗字ですよね」
「違うよ?」
「でも、宿では修一さんの苗字で予約したんですよ。宿の人たちは、私も佐伯だと思っているに違いありません」
「まあ、それはそうかもしれないけどね」
「二人っきり。温泉旅館。同じ苗字。これはもう、新婚旅行と言っても過言ではないですよね?」
「過言だよ」
思考が飛躍しすぎている。
「旅館の人からはそう思われているかもしれませんよ。若い男女が同じ苗字で予約をしているんですから。夫婦だと思われているかもしれません」
「兄妹と思われている可能性もあるぞ」
「いいえ。夫婦だと思われていますよ、きっと」
「……その自信は一体何なんだ」
「理由はすぐにわかります」
沙織は俺の手を取る。
「お部屋に行ったら、すぐに浴衣に着替えてお風呂に行きましょうか」
「あ、ああ」
温泉旅行といったら、温泉だろう。
夕食まで少し時間もあるし、開いた時間で風呂に行くのは悪くない。
「着替え。覗きますか?」
沙織がにやにやと目を細めて笑いながら訪ねる。
からかっているのだろう。
「覗くわけがないだろ」
「わかってます♪」
部屋で荷物を置いた後、俺と沙織はすぐに浴衣に着替えた。
もちろん別々で着替えている。
片方が着替えている間は、もう片方は部屋の外に出ていた。
そしていざお風呂に行くとなったのだが、彼女は少し大きな袋を持っていた。
彼女の着替えとタオルにしては少し大きい気がする。
「シャンプーとかでも持ってきたのか?」
「いいえ。持ってきてませんよ」
「じゃあその荷物は?」
「あ、これは水着です」
「水着?」
温泉旅館に水着って。
まあ別に的外れな物ではないけれども。
温泉宿の中にはプールがある施設などもあるが、ここにはプールはなかったはずだ。
温水プールもなかった。
「なんでそんなものを持ってきてるんだ。まさか温泉に水着で入るのか?」
「はい。もちろんそうですよ」
「いや、人のお風呂の入り方は自由化もしれないけど、それはさすがにないんじゃないか」
周りの人の迷惑になる。
それに、別に水着を着る必要もないと思うし。
「大丈夫ですよ。ここの旅館、とある温泉だけ水着がOKなので」
「ええ? そうなのか」
「きちんと予約の時に確認もしました」
「まあそれならいいか……」
「あ、修一さんも水着で入るんですよ」
「俺も入るの? 遠慮するよ、水着も持ってきてないし」
「私が持ってきました」
じゃん、と沙織が水着を出してくる。
それは俺の水着だった。
わざわざ俺のも持ってきたのか。
ずいぶんと用意がいいな。
「なんだ。前もって言ってくれれば自分で持ってきたのに」
「サプライズですよ。サプライズ」
「サプライズって。別にそこまでするようなものじゃ……」
そこまで言ったところで、俺は何か違和感を感じた。
「なあ、その温泉ってどういうものなんだ?」
違和感の正体を確かめるために、温泉について尋ねる。
「水着にはいってもいいって言うけど、全員が水着ってわけじゃないよな」
「……基本的には全員水着らしいですよ」
「基本的?」
「入浴の前には水着で入るように言われていますし、みんな水着で入るのですけど。別に監視の目があるわけじゃないですから。外したところで別にバレないと思います」
「バレない? 係の人がいるだろ」
「いませんよ。せっかく水入らずの時間を過ごしているのに、そんな人が入ってきたら興ざめじゃないですか」
水入らず。
その単語に引っかかりを覚える。
「……なあ、その温泉っていったいどういう人が入るんだ?」
「え、そんなの。家族連れやカップルが入るに決まっているじゃないですか」
カップル?
家族連れ?
「沙織。その温泉ってもしかして――」
「混浴ですよ」
「やっぱり!?」
「はい。ここの旅館には混浴の温泉があるんです。しかも一緒に来た人たちだけでしか入れないので、他の人に体を見られる心配はありません」
「そういうことを心配しているんじゃないんだけど!」
問題は混浴の方だ。
なるほど。
沙織がこの旅館を選んだ理由がよく分かった。
混浴のためか。
いきなり温泉旅行に誘ってきて。
しかも予約後に時間を置かずにやって来たのは、俺に調べさせないためだったんだ。
「混浴なんて、俺は行かないぞ」
「行きます。絶対に」
「一緒にお風呂に入ります」




