23話 旅行しよう
「修一さん、旅行に行きませんか?」
ある日、沙織からそう言われた。
会社から帰った後、夕食の席の話である。
食べ終わったタイミングで、彼女から旅行に誘われたのだ。
「え、なに急に」
急な沙織の発言に目を丸くしながら彼女に尋ねる。
「急じゃないですよ。前から行きたいなーと思っていたんです」
「前からねえ」
そういえば、旅行はしばらく行っていなかったなあ。
最後に行ったのは……、社員旅行のときだから1年くらい前か。
まあ、日帰りでどこかに遊びに行ってもいいのかもしれない。
「いいんじゃないか。旅行」
「いいんですか!」
ぐいっと沙織が身を乗り出す。
「言いましたからね。今更なしはダメですから!」
「言わないよ。ちゃんと行くから」
時間的に余裕はある。
この時期は仕事も忙しくはない。
休日出勤、なんていうのもないと言っていいだろう。
土日のどちらかにに旅行に行くくらい大丈夫のはずだ。
「ぜっっったい! ですからね!」
「そんなに念を押さなくても大丈夫だよ」
沙織の様子が微笑ましくて、思わず笑いが漏れる。
念押しするその姿は、まるで親と遊びに行くことを約束した小学生のようだ。
俺は親ではないし、彼女も小学生ではないのだが。
しかし普段大人びている沙織が年相応ーーいや、年よりも幼い行動を見せているのだから可愛らしい。
「どこか行きたいところはあるか? あんまり遠出はできないけど」
「はい。もうきまっているんですよ。ここです」
沙織がスマホを見せてくる。
それは隣の県にある温泉旅館だった。
……温泉旅館?
「ここの温泉旅館、わりと人気なんですよ」
「いや旅館じゃないか。泊まりになるじゃん」
温泉旅館なんて。
まず日帰りで行くようなところじゃないな。
確実に泊まることになる。
「別にいいじゃないですか。泊まりでも」
「いいわけないだろ。いくら親戚といっても、若い男女が同じ屋根の下で寝るだなんて」
「え? いえ、あの。この4年間、今までずっと同じ屋根の下で寝ていたじゃないですか」
「……………まあ、それもそうなんだけど」
それもそうなんだけど。
たしかに俺たちはずっと同じ家にくらしているけど。
「でもさすがに同じ部屋で寝るというのは」
「小学生の頃同じ部屋で寝ましたよね」
「それもそうなんだけど」
「なんならむしろ同じ布団で寝ましたよね?」
「そうなんだけどね?」
「じゃあ何の問題もないですよね」
「いやでも、一緒に寝たのは子供のころの話だし。ノーカンだよ」
「カウントします。子供の頃だろうと関係ありません」
「そ、それはどうかな」
くそ。
なんだか言い負かされそうな雰囲気だ。
同じ部屋に泊まるのはさすがにダメだと思うんだが。
「さっき言いましたよね? 絶対に行くって」
「だから念押ししてたのか……」
「次の土日に行きますからね」
「しかも次の土日なのか。急すぎないか?」
「今日見たらたまたま次の土日に安くなっていたんですよ。誰かが急なキャンセルでも入れたんでしょう」
「もしかしてそのキャンセルも沙織が何かして……」
「さすがにそんなことできませんよ」
「その日その温泉にテレビの取材とか来るんじゃないの?」
「そんなわけないじゃないですか。疑いすぎですよ、もう」
はあ、とため息をつく。
「それにこの間のテレビは本当に偶然なんですから」
どうだかな。
最近、沙織の行動はなりふり構わなくなっている。
外堀を埋めるためにテレビクルーを呼ぶようなことは流石にできないかもしれないが、テレビの取材の情報を得て旅行先を決めるくらいはしそうだ。
今度は「新婚旅行に来た夫婦です」とか言ってテレビに映りに行く可能性もある。
めっちゃありそう……!
「あのな沙織。悪いんだが旅行はやっぱりやめ――」
「あ、もう予約してありますから」
「行動が早い!」
俺を旅行に誘う前から予約をしていたのか。
「俺が断ったらどうするつもりだったんだ」
「説得します」
「仕事あったら?」
「この時期は忙しくないってこと知っていますから」
ふふん、とドヤ顔をする。
「残念でしたね。私は修一さんのことならなんでも知っているんですよ」
「俺は最近、沙織のことがわからなくなってきているよ」
「ならわかってもらうためにも旅行に行きましょうか?」
だめだ。
もうこうなったら同じことの繰り返し。
俺がうんと頷くまであきらめることはないんだろうな。
「わかったよ。旅行、行こうか」
「やった! 二人で温泉旅行を楽しみましょうね!」
「ああ」
まあ一晩同じ部屋で泊まるくらいは大丈夫か、と自分を納得させたところ。
「楽しみですね。二泊三日の温泉旅行!」
「ええ!? 二泊!?」




