22話 膝枕と耳かき
「そういや、そんなこともあったなあ」
俺は膝枕をされながら、昔のことを思い出して沙織と話し合っていた。
話しているのは五年前のことだ。
五年前。
沙織を引き取ってからの数日間、いろいろと大変だった。
いや、大変だったのは数日だけじゃないか。
その後も大変の連続だ。
むしろ本当に苦労したのは中学校に上がってからかもしれない。
例えば服だ。
小学校の頃は元々あった服を着ていたが、中学校に上がるとそうもいかなくなってくる。
成長する体に合わせて服を買わなければいけないし、そのために出費がかさむ。
他にも下着とか生理用品とか。
そこら辺に関しては俺は全くわからなかったから、親戚に頼んで聞いたりネットで調べたりを繰り返した。
まあ、沙織自体がしっかりしていたから、俺が何かをすることはほぼなかったけどな。
とはいえ金はかかった。
ひと一人を育てる上で、金や時間はいくらあっても足りない。
そのお金は、会社に入ったばっかりの俺には苦しいものがあった。
結婚もしていないのに、親の苦労という者を味わったぜ。
まあ、昔の話だ。
今は結構安定しているし、過去の苦労は思い出す必要もない。
思い出話も終わったし、そろそろ起き上がるか。
いつまでもこうして膝枕をされているわけにもいかないしな。
というわけで、俺は起き上がることにした。
「そろそろ起きるよ。部屋に戻っているから」
そう言い、体を起こそうと腹に力を入れる。
だが。
「待ってください」
とおでこに手を置かれて、沙織に止められた。
「ん? どうした?」
「まだそのままでいてください。やりたいことがあるんです」
「やりたいことって?」
俺がそう尋ねると。
「耳かきをします」
ドン、とでも効果音が聞こえそうなほどはっきりと沙織は言った。
有無を言わさぬ口調だ。
「いや、耳かきがないだろ」
そう指摘すると、沙織はふふん、と得意げに笑う。
「持っていますよ」
いつの間にか、彼女の左手には耳かきがあった。
これ見よがしに目の前に持ってこられる。
ずっと手に持っていたわけでもないだろうから、ポケットか何かに入れていたのか。
「用意がいいな」
最初からするつもりだったんだろうな。
ずっと持っていたんだろうし。
「それじゃあ、右からです。あっち向いてください」
「ああ」
俺は大人しく沙織と反対の方を向く。
そうするとちょうど右耳が上に来るのだ。
耳かきが耳に入ってくる。
こしょこしょと耳に棒が当たる感覚がする。
決して痛くならず、程よく弱い力で耳かきを動かしているのがわかる。
くすぐったいが、気持ちいい。
「上手いな」
思わず呟いてしまう。
照れくさいけれど、素直に気持ちいいと呟いてしまうほどだ。
「上手いですか? 初めてやったんですけど」
「上手だよ。すごい。才能あると思う」
「才能って。こんなのあっても別になんにも生かせないですよ」
「いやいや生かせるって。こうやって人に耳かきをして癒せるんだから」
「……癒せる」
沙織は小さく呟いた。
「修一さんは耳かきが好きなんですか?」
「うん。されるのけっこう好きかもしれない」
自分でやるときは別になんとも感じなかったけど。
人にやってもらうと気持ちいいものだな……。
「じゃあ次もやってあげますね」
「ああ。頼む」
「はい。絶対やってあげます」
そしてそのまま耳かきを続けて数分経過する。
耳かきなんて数分あれば十分で、沙織は右耳の掃除を終えた。
次は左かな、と思ったら。
「逆を向いてください」
囁き声と共に耳にふっ、と息がかかる。
「!」
「どうしたんですか?」
再度息がかかる。
息がかかるほど顔を近づけているのだ。
「ちょ、おい。沙織」
「何ですか。逆を向いてくださいよ」
「わざとやっているだろお前……」
「え~。何の話ですか~?」
笑いながら、耳元で囁かれる。
囁かれると、先ほどとはまた別の気持ち良さがある。
耳に吐息がかかるのも、囁かれるのも、驚きはしたが嫌じゃない。
むしろ好きな部類だ。
好きではあるが、いきなりされてびっくりするというか……。
せめて一言断ってからやってほしい。
いや、何を言っているんだ俺は。
そういう問題じゃない。
まったく。
耳かきが気持ち良くておかしくなっているな。
今まで意識したことはなかったが、俺は実は耳に何かをされるのが好きなのかもしれない。
「顔を離してくれ。これじゃそっち向けないから」
ひとまずは、これ以上おかしくなる前に沙織に離れてもらう。
「あ、それもそうですね」
そして彼女は思ったよりもあっさりと顔を引いた。
彼女の顔が離れたことだし、俺は頭を回して左耳が上になるようにする。
「……ん?」
先ほどは右耳が上で、沙織とは逆の方向を向いていたわけだ。
そして今は左耳が上になる。
すると当然、顔は沙織の方を向くことになる。
もう一度言う。顔は沙織の方を向くことになる。
「あ」
そのことに思い当たってなかった俺は何の気なしに沙織の方を向いて、しまったと思った。
俺の目の前にある沙織のお腹を見て、やっと自分の現状が理解できた。
やばい。
俺いまめっちゃ恥ずかしいことをしている。
この段階になってやっと自覚できた。
まあお腹と言っても服があるから、そこは別に何も恥ずかしがることはない。
恥ずかしいのは年下の親戚の女の子に膝枕で耳かきをされている現状だ。
かなり密着しているこの状況のことだ。
この距離感。
どう考えても親戚同士の距離じゃない。
完全に恋人同士の距離じゃないか!
あと今更わかったが、沙織からめっちゃいい匂いがしてくる。
香水だろうか。
なんの香水なのかはしらないが、甘くいい匂いがしている。
本当は癒される類の甘い匂いのはずなのに、今はそのせいでより彼女に近い現状が思い知らされてしまう。
バクバクと心臓の鼓動が激しくなっている。
「ちょ、ちょっと沙織。タンマ。一旦やめてくれ」
「ええー。まだ耳かきの最中なんですから。止めないで下さいよ」
俺が制止しても、彼女は耳かきを止めない。
「沙織。いっかい止めてくれ。ほら、えと、トイレ。トイレに行きたいから」
「嘘ですね。修一さんの嘘はすぐわかるんですから」
俺はトイレにひとまず耳かきを止めてもらうために嘘をついたが、すぐに見破られてすげなく断られてしまった。
だめだ。
打つ手がない。
さすがに耳かきをされている状況で暴れるわけにもいかないから、俺は大人しくしているしかない。
このまま時間が経って、終わるのを待つしかないのか。
俺は観念して、沙織が耳かきを終えるのを待つことにした。




