17話 小学生編4
沙織ちゃんが家に来て、数日が経過した。
彼女と一緒にすむための手続きなども終わた。
彼女の家にあったベッドも届き、やっと一息付けたところだ。
一息ついたのだが。
どうにも沙織ちゃんの元気がない。
それもそうだろうな。
ある日突然両親が亡くなり、そして今までよく話したこともない男の家で暮らし始めたのだ。
元気を出せと言う方が、無理がある話だ。
今すぐに元気を出せと無理強いするわけにもいかないし、こればっかりは時間が解決するしかない。
そのことはわかっている。
とはいえ、俺がこのまま何もしないというのも違うだろう。
放っておくということと、見守ることは違うのだ。
まずは、俺が彼女に何すればいいのか、何ができるのかを考えよう。
「というわけで、何をすればいいのか一緒に考えてくれ」
「そんなこと言われても」
相談したのは、学生からの友人だ。
名前は木村光平。
「つーかお前、知らない間にすごいことになってるな」
嘆息しながら、木村は言う。
「女子小学生を家に引き取るって」
「ああ」
「自分でも、一週間前までそんなことになるなんて思ってなかったよ」
ここ数日を思い出し、その変化に自分でも驚く。
まさか小学生の女の子と一緒に暮らすことになるなんてな。
日常っていうのは、いつ急激に変化するのかわからないもんだ。
それは沙織ちゃんにしても同じだ。
しかも彼女はこれまでの日常が変化しただけにとどまらず、家族を失ったショックも抱えているのだ。
その心労は、並大抵のものではないだろう。
「でもさあ、その子を励ます案といっても」
話を戻して、光平は頬杖を突きながら指摘する。
「そういうのって、自分で考えるのが重要なんじゃないのか」
「考える知恵はたくさんあった方がいいだろ」
それに、と付け加える。
「俺一人だと煮詰まりそうでな」
「ふーん。まあそうか」
そしてすぐに納得する。
「つっても、俺はその子のことよく知らねえからなあ。力になるかわからないぞ。お前の方は知ってんだろ」
「いや。実は俺も彼女のことよく知らないんだよ」
「なんでさ」
「今まであんまり話したことはなかったんだよ」
「一緒にすんでるんだろ? 何か話さないのか」
「話すけど、あんまり手ごたえ無いなあ。まだ完全に打ち解けたわけでもないし」
一緒に眠ってはいるが、それは一人でいたくないというだけで、別に打ち解けたというわけではない。
話しかけても、まだぎこちないし。
信頼されてはいるかもしれないが。
「どうすれば元気づけることができるかわからないんだ」
「好きな飯とか作れば?」
ビシッと指をこちらにむけ、光平はアイデアを一つ出す。
「その子、何が好きなんだ?」
「オムライスが好きだって」
「それを作れば?」
「作ったよ」
好きなものを知った俺は、腕によりをかけてオムライスを作った。
つい昨日の話だ。
「どうだった?」
「美味しいって言ってくれたよ。まあそれだけだけど」
「微妙だな」
「微妙なんだよな」
そのあと、諦めずにどんどん光平はいくつか案を出す。
中にはよさげなものもあったが、しかししっくりこない。
そしてなかなか良い案が出ないまま、一時間ほど話した。
「じゃあお前だったらどうする?」
話が一向に前に進まないからか、光平がアプローチを変えてきた。
「落ち込んでいる時は何する?」
「うーん。飲み会かなあ」
「……めっちゃ参考にならねえな」
「ああ。彼女未成年だしな」
そしてため息をついた後、光平は「ん?」と何かに気づく。
「でも昔はしなかったよな」
「むかし?」
「ほら、お前の両親が亡くなったとき」
ああ、と光平の指摘に頷く。
「あの時は――」
言いかけて気づく。
そういえば、確かに飲み会はしなかった。
俺の両親が死んだときには俺はもう二十歳こえていたから、何の問題もなかったのに。
「まあ、さすがに誘える雰囲気じゃなかったしな」
光平が言う。
「結局、飲んだのはひと月くらい経ってからだっけか」
俺は黙ってあの時のことを思い出す。
「そうそう。それまではどうしてたんだ?」
「そりゃあ― ―」
まあ、いろいろとやっていたな。
授業どころではなかったから、授業をさぼって気分を紛らわすために他のことをしていた。
一人旅をしたり。
家に一日中いたり。
そして、親と行ったことのある場所に一人で行ってみたり――。
「あ」
そのとき、俺は一つのことを思い出した。
葬式での話だ。
彼女の両親の葬式ではなく、俺の両親の葬式でのこと。
そのとき、親戚である沙織ちゃんの両親ももちろん来ていて、彼女の両親と話をした。
その中で、話をした内容の一つを思い出した。
これが正解かはわからないが、何もやらないよりかはマシだ。
試してみる価値はある。
「何か思い出したのか?」
俺の表情を見て、何かを決めたことが光平にもわかったらしい。
「ああ。むかし、彼女の両親と話したんだ」
「へえ」
「それで、水族館に行った話を聞いたのを思い出した」
「水族館?」
「ああ」
俺はうなずく。
「沙織ちゃんと、彼女の両親が一緒に水族館に行ったんだよ」
その話をしたことを思い出した。
どんな話の流れかは忘れたが、そんなことを話したことは覚えている。
「明日にでも一緒に行ってみようと思う」
そう決心して、告げた。




