15話 小学生編2
―――沙織視点―――
今日、お葬式があった。
お父さんとお母さんのお葬式だ。
昨日、学校から帰った私に告げられたのは、お父さんとお母さんが事故で亡くなったという報告だった。
それから、親戚の人から電話があった。
近くに住んでいた親戚の人がすぐに来てくれた。
お通夜とお葬式の準備は、周りの親戚が行ってくれた。
私はただ、ボーっとしていただけだ。
お通夜の間も、お葬式の間も、何も考えることができなかった。
そして、お葬式が終わったあと。
大人の人たちはみんなで集まって別の部屋に行ってしまった。
私は一人、別の部屋で待つように言われていた。
一人壁や床を見つめながら、ボーっと待つ。
何も考えられず、ただただ床を見ている。
暇つぶしのためか、親戚の人からスマホを貸してもらっていた。
でも別にそれで何かをしたいと思わない。
そんな気分ではない。
親戚たちが何かを話しているのがわかる。
彼らの話し声は聞こえないが、なんとなく話の内容はわかっていた。
話の中身は、私のことだ。
私のことで話が行われている。
たぶん、私を誰が引き取るかを話しているのだろう。
そのことは簡単にわかった。
子供だってバカじゃない。
自分の置かれた立場をわかっている。
お父さんもお母さんももういない。
私は子供だから、このまま一人で暮らしてくことはできない。
だから親戚の誰かのところにいくことはわかっていた。
そして、彼らが私を求めていないこともわかっていた。
言葉には出さなかったが、彼らの目や仕草でそれを察することができた。
いま別の部屋では、私の押し付け合いが始まっているのだ。
「……!」
胸が苦しい。
涙は出てこない。
でも、胸が苦しかった。
ああ。
私は求められていないのだ。
誰も私を求めておらず、邪魔だとすら思っている。
お父さんもお母さんもいなくなって。
親戚の人からも邪魔だと思われて。
私は一人になってしまった。
彼らを恨んではいない。
それはお門違いだろう。
お通夜やお葬式を行ってくれたことは感謝しているし、式の前も私を気づかって言葉をかけてくれた。
だからこそ、彼らに押し付け合いされている自分の現状が悲しかった。
胸の苦しみに耐えきれなくなって、私はどこへともなく歩く。
歩いて何かが解決するわけではないが、しかし何もしないということに耐えきれなくなっていった。
とぼとぼと廊下を歩く。
何分間かさまよっていた後、たどり着いたのは親戚たちが入っていった部屋だ。
その部屋は、誰かが閉め忘れたのかドアが少しだけ開いていた。
人ひとり通れるほどの隙間は開いていない。
ほんの1センチほどの隙間だ。
それでも、部屋の中からの声が漏れ聞こえるには十分な隙間だった。
「俺が彼女を引き取ります」
部屋の中から、そう聞こえてきた。
「――!」
私は驚いて、思わずドアの方へと駆けこむ
さすがに中には入らない。
ドアの隙間から部屋の中を見る。
誰がそれを言ったのか、すぐにわかった。
それを言ったのは男の人で、彼は椅子から立ち上がっていた。
「俺が沙織ちゃんを引き取ります」
念を押すように、彼がもう一度言う。
親戚の人たちがざわめくが、それは私には気にならない。
私は彼を見る。
私を引き取ると言ってくれた、彼だけを見る。
その人は、周りの人よりずっと若かった。
当たり前だが私よりは年上だ。
だけどお父さんや親戚のおじさんたちよりもずっと若い。
彼は反対意見を述べる親戚の人たちを説得していく。
その顔はとてもかっこよくて、惹かれてしまっていた。
そしていつのまにか、胸の苦しさは無くなっていた。
「……」
それを自覚した私はその場からそっと離れて、自分がもともといた部屋に戻った。
それから十分ほどして。
私が元の部屋の中にある椅子に座っていると、男の人が一人ドアから入って来た。
あの人だ。
私を引き取ると言ってくれた、あの人だ。
「やあ。沙織ちゃん」
笑顔を浮かべて彼は挨拶をする。
そのあと。
「ええと。なんていったらいいのかな」
私から目線をそらし、口ごもる。
彼は迷っている様子だった。
たぶん、私を引き取るということをどう伝えようか迷っているのだろう。
「お兄さんが、私と一緒に暮らしてくれるんですか?」
お兄さんがビックリした顔をする。
「聞いていたの?」
「最後だけ、ですけど」
「そうか……」
彼はうつむき、そして一呼吸のあとに声を出す。
「こういうことを尋ねるのもあれだけど、君はいいかな? 俺と一緒に暮らすことは」
「はい」
私はすぐに頷いた。
「一緒にいたいです」
「お兄さんが。お兄さんだけが。私と一緒にいたいと言ってくれましたから」
「私も、お兄さんと一緒にいたいです」
そう言って、私はこれから一緒に暮らす人の手を握った。




