14話 小学生編1
―――五年前―――
今日、葬式が行われた。
目の前の少女、九条沙織の両親の葬式だった。
死因は事故。
車で移動していた二人は、他の車にぶつけられて亡くなってしまったらしい。
沙織ちゃんが学校から帰って来たあと、病院に運ばれて亡くなった両親の訃報を聞いた。
それが昨日の話だ。
その後、事情を知った親戚や彼女の父の同僚が葬式やお通夜の段取りを行い、いまこうして式が行われている。
俺も式に参列している親戚の一人だった。
ただ一人残された彼女を見つめる。
沙織ちゃんが事故を起こした車に乗っていなかったということが、せめてもの救いか。
しかし救いとは言っても、それはあくまで命が奪われなかったというだけの話。
彼女の心をおもんばかると、とても救いだなんて言葉は使えない。
一日で愛する両親がいなくなってしまった彼女は、いったいどういう気持ちだったのだろうか。
他人にはわからないだろう。
彼女は葬式の間、ずっと無表情だった。
それは落ち着いているようにも、暗く沈んでいるようにも見える。
「…………」
どうなんだろうか。
俺も似たような経験があった。
数年前に俺の両親も事故で亡くなっていたのだ。
まあ、俺と同じ気持ちかどうかは、それこそ他人である俺にはわからないだろうな。
こういうことを考えること自体が、そもそも不謹慎だというものだ。
しかし、こういうことが考えられる程度には、俺は心の余裕があった。
沙織ちゃん。
そして彼女の両親とは別に知らない仲じゃない。
親戚同士だ。
正月の集まりとか、お盆の集まりで顔を合わせたことはなんどもある。
俺の両親の葬式にも参加していたし、その時に実際に話もした。
まあ、大した話はしていないんだがな。
世間話みたいな雑談で、たわいのないことだった。
あの会話が最後になるなんてな。
人がある日突然死ぬことなんて、別に珍しいことじゃないのに。
それを俺は両親が亡くなった事故で思い知ったが、いままたそれを思い知ることになっていた。
沙織ちゃんも、それを知った。
知ってしまった。
沙織ちゃんは小学生だ。
そういうことを知るには、早すぎる年齢だった。
それから数時間が経ったあと。
葬式が終わった。
火葬・骨上げをし、法要を行った。
だいたいやることが終わり、お坊さんや葬儀業者の方が帰ったあと。
俺を含む親戚たちの間で話し合いが行われていた。
親族会議というやつだ。
「それで、どうする?」
親戚の内の一人が発言した。
主語のない言葉だったが、だいたいの意味はみんな理解していた。
沙織ちゃんを一体だれが引き取るのか、という問題だ。
彼女はまだ小学六年生。
一人で暮らすことなどできない。
天涯孤独の身の上ならまだしも、親戚がいるならば誰かが引き取って育てなければならないのだ。
彼女の両親の家は、買ったものじゃない。
借家だから、彼女一人では暮らせない。
そして誰も引き取らないときは、施設に預けるしかない。
この場に沙織ちゃんはいない。
当人のいる前でこんな話をするほど、俺も親戚たちも鬼ではない。
鬼ではないが、しかし別に善人でもなかった。
要は彼女の意見を排して、俺たちは彼女の将来を決める会議を行っているのだ。
親を亡くしたばかりの少女の前で、彼女を誰が引き取るのか話し合うこと。
少女の意見を無視して、彼女のいない場で誰が引き取るのか話し合うこと。
いったいどっちが悪質なんだろうな?
それは誰にも分からなかった。
わからないけど、俺たちは彼女のいないところで話を行うことを決め、いま話し合っている。
「……どうするもなにも、ねえ?」
別の親戚が口を開く。
「うちじゃ無理よ?」
「うちも、お父さんの介護があるからねえ」
「お前のとこはどうだよ? 一人なんだから大丈夫だろ?」
「いやそもそも金ねーよ。一人ですら金なくてやばいってのに。無理だ」
「誰か余裕ある奴いないのかよ。可哀想だろ」
「そう思うならお前が引き取ればいいいじゃん」
「無理に決まってるだろ。そもそもうちは――」
そうして話し合い、というより押し付け合いが続けられていた。
不毛なやり取りが続けられどれくらいの時間が経っただろうか。
やはりというか、みんな自分が引き取るという言葉を言わなかった。
「……やっぱり、どこかに預けた方がいいんじゃないか」
ぽつり、とそう誰かが呟く声が聞こえてきた。
どこかというのは、どこかの施設ということだろう。
直接的な言葉は使われなかったが、施設に預けるということだとみんな空気で察していた。
「「「…………」」」
誰も何も言わない。
反対意見はない。
この場で反対がないということは、そういうことなのだろう。
このままだと本当に施設に預けられてしまいそうだ。
いや、たしかに。
彼らの言い分も理解できるのだ。
人を一人育てるのはとても大変だ。
金はかかるし、金以外の労力も必要となる。
自分の子供ならまだしも、そうじゃない子供に対してそんな費用をかけたいなどと思わないだろう。
ましてやみんな、介護や仕事や他の子どものことで大変な状態だ。
自分たちのことで精一杯なのだ。
彼女一人を育てられるほどの余裕はない。
親戚とはいえ、一年に一度顔を合わせるか会わせないか程度の仲。
沙織ちゃんを育てたいと思うほどの愛情はない。
だから、彼女を引き取りたくないという彼らの心情も理解できる。
だが、納得がいかない。
だってあんまりじゃないか
まるで彼女が邪魔者みたいに。
両親を失ってたった一人の身になった少女が、まるで邪魔者みたいに扱われている。
そんな現状に納得できなかった。
どうせひきとられるにしても、おしつけあいではなくせめて受け入れることで彼女は迎え入れられて欲しい。
そう思うことは、青臭い理想論や無責任な同情なのかもしれないが。
両親を失った昔の自分と沙織ちゃんを重ね合わせているだけなのかもしれないが。
でも俺は、彼女を助けたいと思っていた。
たぶんその感情は間違っていない。
間違っているはずがない。
だから――
「あの」
それまで口を開かなかった俺が、親族たちの前で初めて声を上げた。
「俺が彼女を引き取ります」
全員の前でそう宣言する。
俺が彼女を受け入れることにきめた。