11話
「いいわけは結構です! 貴方は危険です。さおりんに近づかせておくわけにはいきませんからね!」
そう告げて俺を睨みつける神田さん。
「がるるる」とでも威嚇してきそうな勢いだ。
どうにかして誤解を解いておかないといけない。
まあ、別に彼女に沙織と一緒にいることを認めてもらう必要はないのだが。
しかしこんなところで騒ぎを起こされるのも問題だ。
それに、この件が原因になって神田さんと沙織がぎくしゃくしてしまうのも嫌だ。
「神田さん。君は誤解をしている」
とりあえず、俺と沙織の関係性を正しくしておこう。
「誤解?」
「ああ。さっきも言ったが、そもそも俺は沙織と交際しているわけじゃない」
「さっきも聞きましたが、そんな見え透いた嘘を言ってもダメです。私は騙されません」
「雪音」
と、これまで喋っていなかった沙織が割って入る。
「沙織?」
「何、さおりん」
「雪音は誤解しているの。まずは話を聞いてほしい」
「沙織、任せていいのか?」
「はい」
そう、沙織はうなずく。
「大丈夫です。修一さん。ここは私に任せてください」
「沙織……!」
彼女がそう言うなら任せてみよう。
神田さんは沙織の友人だ。
俺が言うより彼女が言った方が、効果はあるだろう。
「雪音」
沙織が前に出る。
「私ね。本当は雪音の言葉は嬉しかったの」
「さおりん!」
「確かに、私と修一さんの仲をお似合いのカップルだと言ってくれるのは嬉しいんだけど」
ん?
そんなこと言ったっけ?
あ、さっきの神田さんが「仲良しカップル」と言ってたな。
「それに、私たちが世界一のラブラブカップルで、誰がどう見てもお似合いで幸せそうで結婚秒読みの婚約者と言ってくれるのはとっても嬉しいんだけど」
そんなこと言ったっけ?
いや。もちろん神田さんはそこまで言ってない。
さすがにそれは言ってない。
「さおりん。私、別にそんなこと言ってないよ?」
「言ってくれるのは! 嬉しいけど!」
語気を強める沙織。
どうやら言ったことにして押し通すようだ。
無理矢理すぎる。
「でも、私たちの間柄を貴方にとやかく言われるのはいや」
「そ、それは……」
神田さんが口ごもる。
「そもそも、私と修一さんは愛し合う仲なの」
おや?
なんか思ったのとは違うことを言い始めたぞ。
「私たちは雪音が思っているような、不純な仲じゃない。ちゃんとお互いに将来のことを考えている」
「さおりんは騙されているんだよ、この人に。きっと何かあくどいことを考えて――」
「修一さんはそんな人じゃない。私は幼い頃からこの人のことを知っているし、信頼しているの」
そう沙織はきっぱりと告げる。
というか。
おい。
俺たちが付き合っていることへの誤解を解くんじゃなかったのか?
さっきからさらに誤解を招きそうなことを言っている気がするんだが。
火に油を注ぐようなもんだぞ。
「私は、友達の雪音に二人の仲を祝福してほしいの」
「でも年の差ありすぎだよ」
「愛に年齢は関係ないし、職業も立場も関係ない」
違和感を感じながらも黙って聞いていたが、なんか話がおかしな方向にいっている。
これ、神田さんの誤解を解く方向にはいってないな。
俺は暴走しつつある沙織を止めるべく、小声で話しかける。
「ちょ、ちょっと。沙織」
「なんですか。修一さん」
彼女も小声で返す。
小声で会話するために近づいてしまっているから神田さんからの睨みつけるような視線を感じるが、しょうがない。
無視しよう。
「いや、ここは誤解を解くんじゃなかったのか?」
「解いていますよ。修一さんがひどい人だという誤解を」
「そっちじゃなくて、俺とお前が付き合っているという誤解だよ」
「ああ。そっちですか」
沙織は、俺に聞こえるか聞こえないかの小さな声で、「そっちは別に解かなくてもいいんですけど……」と呟く。
「ちゃんとやってくれ」
「でも彼女、いったん思い込んだら聞かないんです。噂とかならまだしも、テレビのあの映像を見て確信したのなら、たぶんかなり深く信じ込んでいます。今ここで説得することは不可能です」
「だからってなんで」
「こうなったらもう私たちが真剣に愛し合っていることを知ってもらって、彼女には私たちを祝福してもらえばいいんです」
沙織は何かを確信した表情で告げる。
「そうすれば、雪音もこれ以上騒ぎ立てるようなことはしないはずです」
「そうかな……?」
まあ、確かに神田さんが納得さえすれば騒ぎは収まるか。
ん?
でもそうなると、俺と沙織が付き合っているということが沙織の友達に広まるというだけで、よりいっそうおかしなことになってしまうのでは?
「いややっぱおかしいのでは」
「なにを秘密の会話をしているんですか。やっぱりやましいことがあるのではないですか!?」
こそこそ話す俺たちを見かねて、神田さんが割って入る。
「何の相談ですか! この場をやり過ごそうと思ってもそうはいきません」
「そ、それに! 話を聞いた時から思ってましたけど、貴方たち親戚ですよね! だとしたら、ひょっとして、一緒にお泊りとかをしたことも――」
「え? いや。泊まりどころか一緒に住んでるぞ」
「はい!?」
神田さんが素っ頓狂な声を上げて驚く。
「確かに一緒に住んではいるけど、でも俺たちは別になんらやましくは」
「い、いいいいまなんて言いました?」
俺が話しきらないうちに、訊いてくる。
「え、いっしょに住んでいるって」
「一緒に住んでいる!?」
「ああ」
神田さんは沙織の方を向く。
「い、いっしょに? 住んでいる? 同棲?」
「はい、同棲してますよ」
「あれ、言ってなかったのか?」
「言ってませんでした」
「でもこの間来た友達は知っている雰囲気だったけど、神田さんは知らないのか?」
「あの子たちには言っていたんですけど、他の人には言ったことありません」
「なんで」
「いえ、こういうのはゆっくりと広めていこうかと思っていたので……」
「なんでそこだけ慎重なんだ」
婚約者云々は誰彼構わず広めているのに。
基準がわからん。
「そ、そんな……。高校生で同棲なんて」
ショックを受けた神田さんは、フラフラと足元がおぼつかなくなっている。
ついでに、目もなにやらハイライトがなくなっている気がする。
「同棲。ただれた日常。無計画な妊娠。学生結婚……」
神田さんはぶつぶつと呟き。
そして。
「やっぱり二人をこのままにしておくわけにはいきません!」




