7話 初めての出会い
この中でも総合戦闘力がどうやって計算されるのかは私もよくわからない。総合した数字じゃないのは確かだけど。
目指した建物が目に入って、透明化薬の効力もそろそろ切れそう。
壁を滑るように降りて着地。頑丈な手袋をしているので手に怪我をすることはない。エンチャントされていて自動でサイズ調整もしてくれる一品なのだ。
商人からこのようなアイテムはそれなりに入手してある。
地下室につながる階段があって、そこの鍵を持っている。図書館を行き来している間に司書から盗んで複製した。原本は次の日に司書のポケットに入れてある。
開けると古代語で書かれた本が積まれた倉庫だ。階段があるのでそれで一階に上がると本棚が並ぶ。真っ暗闇だけど【隠密と暗視の指輪】という、暗殺者に装備させると暗殺成功率が50%上がるチートアイテムを、これまたお小遣いをためて商人から入手。暗闇の中なのに真昼のように鮮明に見える。
あの商人は何気に使える。見た目は40代くらいの中肉中背の平凡そうな男性で、特別な何かは感じないのに。
私は早速読書を始めようとしたけど、この日は違った。人の気配がする。
それも結構小さな…、私と同じ子供。
隠密スキル自体は低いけどこれまた隠密に役立つ【消音のブーツ】があるので音も出ない。そろりそろりと近づいてみると、小さい男の子が本棚の横で毛布をかぶって眠っていた。年は私と同じくらい。
こんな誰かも知らない子供が図書館の中にいる状態でのんきに読書なんてできない。捕まえて追い出そうかと思ったけど、私自身がここにいることが衛兵にばれたら本末転倒。じゃあ殺す?悪魔的発想過ぎるので却下。眠り薬とか持っていれば飲ませて眠らせるだけでいいんだけど。
そもそもなぜここにいるのか。
ちょっと聞いてみることにする。いやだってほかに選択肢がないから。
近づいてから半分うつ伏せに寝ている少年の足を背中に乗せゆさゆさと揺らしてみる。
すると予想だにしなかったことが起きた。一瞬で毛布の下から伸びてきた少年の腕が私の足をつかんで引っ張ったのだ。それにより転倒した私の喉に少年は腰から抜いたナイフを突きつけた。
「っああ?子供?」
あんたも子供でしょうに。少年はナイフをしまってこっちをじっと見つめた。雲に隠れていた月明りが図書館の天井にある窓から私たちを照らす。
目と目が合う。
少年は灰色の髪の毛にヘーゼル色のグラデーションかかった美しい目を持っていた。まだ子供なのに意志の強さを感じさせる整った顔立ちに既視感を覚える。
もしかすると彼は…。押し倒されたまま見上げると少年の顔は見る見るうちに赤くなっていく。
今の私ことタイグリッサは栗色の瞳に紫色の髪、皇妃になるだけあってそれはもう約束された美女、今からでもそれなりに綺麗な顔立ちをしてはいる。
「足で起こしたことは謝るから、どいてくれると助かるんだけど。」私がそういうと少年は恐る恐る起き上がった。別に突き飛ばすことも魔法で抵抗することも可能だったけど、私自身が彼を脅威と感じなかったのである。殺気というか、殺意を感じない動きだったし。
「ごめん。」
「大丈夫。あなたもここに無断で侵入しているんでしょう?」慌てっぷりからそう推測する。
「ちょっとね。事情があるんだ。」
「なら読書の邪魔はしないでくれると助かるんだけど。私からも特に何かするつもりはないから。」
「あ、ああ。うん?読書?こんなに暗いのに?」
「うん。暗闇でも見えるアイテムを装備してるの。」
「なるほど…、ってそうじゃなくて。なんでこんな時間に、君のような、その。」ああ、彼は私の身なりからして簡単にここに出入りできるはずなのになぜここにいるのか気になっているのかな。
「昼間は時間がないから。あなたこそなぜこんなところで寝ていたの?」
「それは…。」
深いところまで踏み込んでしまいそうな恐れがあるからそう聞くことができないということかな。
「言いたくないなら言わなくていいから。これ、温かいよ。風邪ひかないようにね」私はそう言って収納機能が付いた腰につけてるポーチから暖かいお茶の入った魔法瓶、文字通り保温と硬化の魔法がかけられたガラス瓶を渡した。中は暖かいのに外は常温である。
「これは?」
「お茶が入ってるの。飲みたいから持ってきたんだけど、私よりあなたに必要そうだったから。」
「お、おお。ありがとう。」
「蓋がそのままコップになってるから。では。」
「わかった。いや、そうじゃなくて。ちょっと待って。」
「なに?」
「名前、教えてくれない?俺はエリオット。平民だから苗字はないが、父は冒険者で、母ちゃんは…、仕事でこの街に、帝都に来てる。」
母を会いに来たのかな。
「タイグリッサ・ミッドウッド。別に覚えなくていいから。」
「いや、忘れないさ。」
「忘れてもいいんだけど。」
「貰った恩は忘れない。そう決めているんだ。」
「ただのお茶だよ。」
「帝都の人はみんな忙しそうにしてて、俺なんて誰も気にしなかったんだ。」
「じゃあ、えっと。」
私は彼に近づいてから。
「え?」
彼の手を握った。
「まだ子供なのに一人で大変だったんでしょう?よく頑張ったね。」彼の髪を撫でる。どこかで水浴びをしたのか髪の毛はサラサラだった。
つい動物にしている乗りで彼にやってしまった感じはあるけど、母親にもきっと同じことをされるはずだし、この年齢の子供は褒められると安心するから。
そう思って彼の瞳をじっと見ていたら目線が揺れていた。
「君だって…。」
「うん?」
「君だって子供のくせに…。」
「うん。」
「タイグリッサ。」
「リサでいい。」
「リサ。」
「なに?」
「何でもない…。」
それから二時間ほどかけて本を二冊読んだ。隣に人がいても別に集中ができないわけではない。彼はなぜかずっと隣に座って暗闇の中でこっちを見ていたんだけど。ページをめくってると時折お茶を飲む音がした。
二冊を読み終えて起き上がる。スキルブックだったかは今夜の夢で確認できる。
「これ。」エリオットは私がそろそろ出ると思って半分ほど中身の減った魔法瓶を渡した。そのまま寝ていてもよかったのに。
私は魔法瓶をポーチに入れてから彼と目線を合わせる。背丈はほぼ同じで、月明かりも薄れていって、ほとんど何も見えてないはずなのに彼の瞳はなぜか私を映しているような気がした。
「よかったらうちに来る?一晩くらいは泊めてあげられるけど。」
「いや、いい。迷惑はかけたくないから。」
「迷惑をかけた分だけ返してくれればいい。」
「何か俺にさせたいことでもあるのか?」
「別に。」
「じゃあどうしろと。」
「今じゃなくていいから。いつか、私が死ぬ前までに。それでいいから。」
「なんだよ、それ。」
「けどこんなところでいるともっと大変なことになるかもしれない。」
「わかってる。」
「事情を話す気はない?」私の質問に眉をひそめるエリオット。
「知ってどうする?」
「私に何かできることがあるかもしれないから。」
「初対面だよね?なぜそんな相手に親切にできるんだ?」
「子供なのにそんなことを気にするの?」
埒が明かないと思ったのかエリオットはため息を一つついた。
「わかった。けど後悔するなよ。」
それから彼の話が始まった。
そんなに長い話でもなかったし大した話でもなかった。彼が勝手に傷ついているだけ。
母が病気になったけど薬の値段が高かった。それでその薬を買うために金貸しをしている貴族に借金をすることに。しかし利子が言われた金額高い。今のままでは払えないからと使用人としてその貴族の家に仕えることを半ば命じられた。
無理やりと言っても差し支えない。
父は冒険者としての仕事は迷宮都市か魔物が跋扈する大森林との境界線に建てられた街くらいでしか働ける場所がないので一緒に引っ越すこともできず母親だけが貴族家に取られてしまった。
生活自体は悪くないかもしれない。衣食住を保証してくれているから。
だけど連絡が取れない。手紙を書いても貴族家にそれが伝わることはないと。
だから直接彼女に父と自分は元気なのだといいたくて。
それで帝都に来たまではよかったがどうやって探せばいいかもわからず、道にも迷っていた。
幸い保存食は残っていたし水魔法が使えるので飢餓状態になることはなかったけど、寝床を見つけられなくて、それらしき建物に入ってみたらそこが図書館で、隠れてそのまま寝ることにしたんだと。
その話を聞いた私は貴族が借金取りまでするのかと少し呆れた。
「その貴族の名前は知ってるの?」
「ああ、ユンター?ヴィンター?子爵。」
「はっきりしないのね。」
「仕方ないだろう、貴族の名前なんて聞いたことがないんだから。」
「私の名前は聞いてるよ。」
「そういえば苗字…。ミッドウッド…。苗字を持ってるのは貴族だけ…。」
「聞いたことない?」
「ない。」
「そう…。明日調べてみるから、今夜は私についてきて。」
「いいのか?」
「よくない理由でもあるの?」
「俺は平民なんだぞ。」
「貴族がなぜ貴族なのか知ってる?」
彼は首をかしげる。子犬みたいな印象を受ける。大人になったらオオカミになるのかな。
「先祖の誰かが権力に貪欲だったからよ。」本当に、誰も頼んでないのに勝手にそう決められるんだから、まさに理不尽である。不公平の始まり。
「君はそうじゃないってこと?」
「さぁ。どうだろうね。」
「なんだそれ。」
彼はそう言いながらも何となく私を信頼する気になったようで、闇に溶けて図書館を背に歩く私について歩いた。