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1:Don't I remember?

 猛烈な身体の痛み、焼けるような喉の渇き、そして、頭の中から何か(・・)が失われて行く感覚。


「――――っ!!」


 声にならない声を上げ、石畳の上をのたうち回る。 石畳で擦った腕や背中が更に俺に苦痛を与え、月明かりの下でたった一人の俺が誰かの視界に入る事は無く、ただ一向(ひたすら)に痛みを堪えるしか無いのだと諦めを覚えて大地に大の字になって寝転び、空を見上げる。

 

 満天の星空と、十三夜月の月光を背景(バックグラウンド)に、破裂してしまいそうな心臓の鼓動が耳の奥で響く。

 自分はこのまま死んでしまうのだろうか、と、焦りにも似た恐怖心を覚える俺。

 18年という人生、長かった様な、短かった様な……。

 と、勝手に走馬灯を流し始める俺。


 …………勝手に?


 その疑問と現状の矛盾で我に返る自分。


「何を考えてんだ俺は……。」


 激しく鳴っていた心臓の理由を思い出した。

 嫌な事があり、自棄になって神社まで走ってきただけで人間は死なない。

 何故石畳でのたうち回ったのかは自分でも分からないが、その嫌な事からのショックで大分混乱していたのかもしれないな……。

 俺は立ち上がると、神社の境内にある手水舎(ちょうずや)へと向かう。

 本来この手水舎の水はお清めの為の物で、口を濯いで良くとも飲んではならないとなっているが、死にそうな程に乾いたこの喉を潤そうとする少年(・・)に天罰を与えない程の慈悲はどんな神様にもあるよな?

 その勝手な考えの方が罰当たりな気もするがと皮肉を脳内に浮かべながらも、小岩と小岩の隙間から流れて居る湧き水を両手で(すく)い、口に運ぶ。

 喉に通った水の一飲み一飲みが、身体中に染み渡って行く……。


「美味い……。」


 普通の湧き水な筈だが、五臓六腑に染み渡る感覚がつい俺の口から感嘆の言葉を漏れさせた。


 ◇


 喉の渇きが潤されるまで湧き水を飲んだ俺だったが、全身の感覚が戻って来るに連れて何か違和感を感じ――自分の下半身を見下ろす。


「…………。」


 何故か俺は裸足だった。 靴を脱いだ記憶は無いんだが……。

 月明かりを頼りに周りを見渡す、と、賽銭箱の下に綺麗に揃えられたスニーカー、そしてその横に靴下が置いてあるのが見える。


「やはり俺が自分で脱いだの……か?」


 自分の他に誰が居る訳でも無し、無意識でやったのだろう。 賽銭箱の近くに靴を置くなど、それこそ罰当たりな行為では無いか、と、心の中でこの神社の神様に謝罪する俺。

 ふと、一陣の夏の柔らかい夜風に吹かれる。 カタン、と、手水舎の方から柄杓(ひしゃく)が音を立てる。


「……柄杓を使わなかった事に怒ってるのか? でもあれは口を付ける物じゃない筈だが。」


 ただの風の悪戯に言い訳をした俺は、靴下を履いてスニーカーを履き、自分のズボンのポケットに手を入れ……


「……無いな。」


 何が無いのかと言えば、スマホである。

 右か左か、どちらという決まりは設けていないが、後ろのポケットだと落としたり割れたりする可能性があるので、前ポケットのどちらかに入れていたはず。 上は半袖のTシャツなのでスマホを入れる場所は無い。

 我武者羅に走った時にどこかに落としでもしたのだろう。


「まあ良いか。」


 すぐに連絡しなければならない相手が居る訳でも無し、何処かのお人好しが拾ってくれたなら交番か携帯電話会社にいつか届くだろう。

 そんな事を考えながら神社の境内を降りて帰路に就く俺だった。


 ◇


 どうやら随分と遠くの神社まで来ていたらしい。 自宅から片道6km程の距離だろうか。 それを俺は必死に走って来たのだ。

 いや、正確には嫌な事(・・・)から逃げて来たというのが正しいか。


 地方都市で一番高い偏差値の高校に入った俺は、慢心と自堕落のせいで学力を落としてしまい、高校三年生で頑張ったものの、受けた大学に全て落選した。 これが半年程前の事である。

 自業自得なのではあるが、消沈した俺を更に打ちのめしたのは卒業式の日だった。

 同級生同士で打ち上げがあると聞き、俺は呼ばれても居ないのに打ち上げ場所であるファミレスまで赴くと、同級生達による自分の陰口を耳にしてしまった。

 まあ、その悔しさから浪人する事を決心し、日本で一番の大学に入ろうとひたすら勉強したものだ。


「我ながら……浅はかだよなぁ。」


 何が浅はかなのかと言えば、勉強だけしていれば自分は偉くなれる、人生の成功者になれる、などと勘違いをしていた事だ。

 学費を払うのは誰なのか、もしその誰かを失う事になったら自分がどうなるのか、想像もしていなかった。

 そして先日、俺はその誰か(・・)である両親を交通事故で亡くしたのだ。

 旅行中の事故だった。 自家用車で崖から転落したというのを警察から聞いて呆然としたものだ。

 その旅行を父が計画したのか、それとも母のアイデアだったのかは良く覚えて居ないが、勉強に玩物喪志(がんぶつそうし)になっていた俺に気遣ってくれたであろうその家族旅行を、俺はにべもなく断っている。

 同行して未来が変わったかどうかは考えても詮無き事ではあるが、親の死に目に会えなかったのは素直に心惜しいと思う。

 与えて貰っていたばかりの俺だが、せめて感謝の言葉の一つでも冥途の土産に持たせたかった。


「…………?」


 不思議だな。 俺はこんな風に考える人間だったか……?

 滑稽無糖な話だが、俺は神社に走りに行って悟りでも開いたのか? いや、悟りは仏教だよな。 うん。


 ……そうじゃない。 頭の中でノリツッコミしてどうするんだ俺は。


 これから親が残してくれた財産である自宅が競売に掛けられるっていうのに。


「……おい。」


 忘れてんじゃねぇよ、俺。 一番大事なところじゃねぇか。

 それが一番の原因で泣きべそかいて神社まで走ったんじゃねぇか!


 と、気付いて小走りしようと思った時には既に町の中に入って居て、更に自分の間抜けさに呆れを通り越して笑えてさえ来る俺だった。


 ◇


「さて、と。」


 自宅には明かりが付いて居た。 ダイニングリビングの方だな。 葬儀の後で親戚が自宅に集まっていたはず。 まだ親戚が居るって事……だよなぁ。

 親戚とは言え、気持ち的には既に赤の他人だが。

 親身になって親の借金を清算してくれるフリをしながら、実はこの家を事故物件として競売に掛け、安く手に入れようとしてる赤の他人だ。

 俺はゆっくりと玄関の扉を開け、音がしないようにゆっくりと、閉める。

 と、ダイニングリビングの方から何か話し声が聞こえる。 俺は廊下から居間に繋がる扉の横の壁に聞き耳を立てる。


『もう三時だろ……? 警察に届けた方が良いんじゃないのか?』


 俺の母親の兄、(とおる)叔父さんの声。


『大丈夫だろ。 未成年って言ったって男なんだから。』


 俺の母親の弟、(まこと)叔父さんの声。

 

 未成年は未成年だろ。 溜息混じりで言うところから察するに、自暴自棄になって何処かで死体で見付かっても問題は無いとでも思っているのだろうなぁ。


 ガチャリ。


 俺は躊躇いも無くダイニングリビングへの扉を開き、二人の叔父が俺の姿を見て目を丸くする。


「今戻った。 心配掛けたか?」

「「…………は?」」


 俺の言葉に目が点になる二人。 四人掛けのダイニングテーブルの上には、おつまみなのだろう、乾物と、ほぼ空になりそうな日本酒の一升瓶が鎮座していた。


「俺にも一杯注いでくれ。」

「「…………は?」」

「おいおい。 散々喪主として俺に酌をさせたんだ。 酌返しを求めるのは間違ってるか?」


 無言で見つめ合う叔父二人。 だが、徹叔父さんが折れたのか、俺が差し出した湯飲みに日本酒を注ぐ。


「……飲める、のか?」

「当たり前だ。」


 18歳なので日本の法律的には飲んではいけないが、親の葬儀の献杯まで茶々を入れるようなら日本人なんざいつでもやめてやる。


「亡き、父と母に。」


 俺は湯飲みを片手に軽く瞑想すると、湯飲みに口を付け……


「旨いな。 この世界の酒はこんなに旨いのか。」


 と、何気に口から漏らしてしまい、自分でも驚く。

 ……もしかして、俺、どこか違う世界にでも行ってた?


「何言ってんだ……?」


 徹叔父さんが怪訝な顔でこちらを見る。 いや、俺も同感だよ。


「……いや、何でも無い。 それよりも、ちょっと相談があるんだがね。」

「何だその口の利き方は。 年上に向かって何様のつもりだ!?」

「ほう、相談、したく、無い、と?」


 俺はリビングの脇に置いてあるノートパソコンの前の椅子に座り、パソコンを起動。 そして、『遺産相続』、『未成年のみ』という単語で検索を掛ける。


「で、俺の法定代理人って誰になってるんだ?」

「っ!?」

「いやいや。 しらばっくれなくて良いから。 俺、そんな書類見たこと無いんだよな。 って事は……、叔父さん達が勝手にやってるとしか考えられないんだが?」


 俺の言葉に閉口する二人の叔父。


「仮に保険が下りないとしても、県庁所在地の一等地、築10年の5LDK。 土地は180坪。 事故物件(・・・・)じゃなければ相応の値段が付くんじゃないか?」


 もう観念したのか、変な汗を掻き始める二人。


「ふむふむ。 未成年者の税額控除というのもあるのか。 まあ詳しくは専門家に相談するしか無いようだが……。 貴様ら二人にはもう関係の無い事、だな?」

「お前! 何だその口の利き方は! 葬儀の手配をしてやった恩を忘れたのか!?」

「お前らの懐、痛んで無いだろ。 両親の銀行口座から勝手に引き出してるのは覚えてるぞ。 暗証番号を俺に聞いて来たんだからな。」

「そんな口で世の中生きて行けると思ってるのか!」

「口がどうこう言う前に貴様らの犯罪行為を認めて謝罪しろ。 あと、通帳とキャッシュカードは今すぐ返せ。」

「ふ、ふざけるな! ガキのくせに!」

「そのガキを追い詰めて100万のはした金でこの家から追い出そうとしたのが偉い大人のする事なのかね。」

「そ、そうだ! 朱里を殴ったそうじゃないかお前!」

「ああ、それに対しては謝罪する。 すまなかった。」


 と、素直に頭を下げる俺。 その朱里という従妹が口を滑らせて、この家を競売で安く買いたたく事を教えてくれたんだよな。 で、俺の部屋が自分の物になるとか言ってたので、殴った。 殴ったのは確かに悪いな。 うん。


「だが、自分の部屋が盗られようとしているのに、黙っていられなくて、ね。 あんたら……相当バカだよ。 自分の娘に窃盗の正当性を教えるなんてな。 将来、人の金を盗む様な大人になっても知らんぞ俺は。」

「バ、バカ……だと!?」

「ほら、早く通帳とカードを出せ。 あと、飲み食いした分くらいの香典は置いて行って貰えると助かるが。」

「誰が払うかそんなもの!」

「世間知らずはどっちだ。 親族の香典を払わない大人が世渡り上手だと? 笑わせるな。」

「……ここに五万ある。 これは全部(とおる)兄さんがこの家欲しさにやった事だ。」

(まこと)お前!!」


 言って誠叔父さんの胸倉を掴む徹叔父さん。 だが、ようやく自分がしている事が看破されたのを自覚したのか、諦めた様にだらりと手の力を抜いて、懐から財布を出すと、誠叔父さんと同じく五万円をテーブルに置き、鞄から俺の親の通帳とキャッシュカードを出して、それもテーブルの上に置いた。

 俺はその通帳を無言で手に取り、叔父が引き出した金額を確かめる。


「身内だけの葬儀に100万は多すぎないか?」


 びくり、と、肩を震わせる徹叔父さん。


「……50万は返す。」

「坊さんも呼んで無いし、墓は既に爺さんの墓がある。 火葬と葬儀屋に払うのに相場は、と。」


 ノートパソコンで相場を調べる俺。


「わ、わかった。 80万……返す。」

「いつ?」

「……二月、後には……。」

「ふざけるな。 相続人でも無い貴様が勝手に死者の口座から金を引き出してんだぞ。 それが立派な犯罪になる事は分かってんだろうな?」

「徹兄さん、俺が50万出す。 もう……これ以上、甥を騙すのは、やめよう。」


 ふむ。 誠叔父さんは改心してくれたようだ。


「……分かった。 すまなかった、ね。 飛鳥(あすか)君。」


 うわ、気持ち悪っ! 手のひら返しで謝るのか!?

 まあ……でも、これ以上追い詰めても良い事は無さそうだ。


「良いさ。 これからは他人という事でよろしくな。」

「っ!? ど、どうする気だ!?」

「どうするもこうするも、もう大学は行けそうにも無いしな。 仕事を見つけるさ。」

「高卒なんてまともな仕事が見つからんぞ!」

「おいおい。 勝手に意見するのは良いが、赤の他人にお前は高卒だから良い仕事が見つからないって言ってるようなものだぞ? これ以上自分の評判を下げるなよ下種(ゲス)が。」

「そんな口の利き方で仕事が見つかると思うなよ!」

「貴様に言われたくは無いな。 敬語を使われる様な大人になるよう努力するんだな。」

「ふ、ふざけるな!」

「……謝った先にいきなり上から目線かよ。 俺はまだ金を受け取って無いから、この通帳を持って警察署に行っても良いんだぞ?」

「…………。」


 今度こそ黙る徹。 もう叔父さんとは付けない。 これっきりだ。


「明日の朝、ああ、もう今日か。 銀行が開いたら返してくれ。 それ以降、この家に足を踏み入れるなよ。」

「頼まれても二度と来るか!」

「良い心掛けだ。 俺も貴様の顔など二度と見たくない。」

「おい、帰るぞ誠! 子供達を起こして来い!」

「もう皆起きてそこで話を聞いてるぞ唐変木。」

「なっ!?」


 これだけ怒鳴りあってるのだ。 何事かと飛び起きるに決まってる。

 階段に続く廊下の方を指差して、複数の人影があるのを確認させる俺。


「奥さんと娘さんにも情けないところ見られたな。」

「お……お前!!」

「これ以上恥の上塗りはするなよ。 さっさと出て行け。 あと、今日中に金を持って来なかったらこれ(・・)を持って警察署に行くからそのつもりで。」


 ◇


 結局、詫びのつもりか何なのか知らないが、午前十時頃、60万入った封筒が二つ、郵便受けに入って居た。

 顔も見たく無いからそれで良いのだが、郵便受けに現金入れるなよ……。


「さて、と。」


 俺は相続手続きの為に、まずは役場へ足を運ぶのだった。


 ◇


 結局家は売る事になってしまった。 想定通りだったが、不動産屋に足元を見られてしまい、相場の8割で買い取られてしまった。

 相場で売るとなれば買い手が付くまで待たないとならないので、それの手間賃だと割り切るしかないか。

 手元に残ったのは、親の銀行のローンを払った後の800万円。

 それを元手に近所のアパートを借りる事にした。 保証人無しで大丈夫な物件を探すのには苦労したが、築45年の1DK、駅まで徒歩15分の物件が俺の新しい住処だ。

 家財道具は前の家から持って来たので実質0円だ。 引っ越し代は6万円程掛かったが、全部一から買い揃えるよりは安く付いただろう。

 部屋の片付けが終わり、ぷしゅり、と、ビールの缶の蓋を開ける俺。


「おつかれさん。」


 言って、喉にビールを流し込む。 一応18歳なので飲んではいけないのだが、試しに近所のコンビニで20歳以上ですというパネルをタッチしたら普通に買えたので問題は無い。

 ……無いよな?


『逞しくなりましたね。 理不尽な世界での一年間の経験が、貴方を強くしたのですね。』

「……ん?」


 今、何か聞こえた様な気がしたが……気のせいか?

 さて、昼飯でも作るかな。


 ◇


「また作り過ぎた……。」


 今日の昼食はやきそばだったが、一パック二人前の物をスーパーから買って来た。 それくらいなら食べれるだろうと考えて居たが、具材をキャベツ、豚肉、と、何も考えずに炒めて麺を入れたら三人前くらいの量になってしまったのである。

 しかし、問題はこの後である。

 作り過ぎても、いつの間にか食べてしまうのだ。

 太らなければ良いが……。


 ◇


 次の日、俺は職業安定所に向かって居た。

 18歳以上、高卒でサーチしてみると、意外に仕事はあるものだ。


 *中村工務店:事務:給与18万~20万円。


 ふむん……。 実務内容はパソコンでの会計管理及び電話対応と雑務、か。

 まあ受けてみるか。

 と、募集要項をプリントアウトして職業安定所のカウンターへと足を進める俺。


 ◇


「……はい。 今年卒業したばかりの18歳です。 はい。 え? 本人と?」


 職員さんが先程の中村工務店というところに電話を掛け、俺の情報を伝えると、もう電話で話したいと言って来た。


「……今から電話でお話したいそうですが、問題ありませんか?」

「問題ありません。」

「では、本人に代わりますので、失礼致します。」


 と、受話器を俺に渡す職員さん。 何か不安そうな表情だが……何かあるのか?


『はいもしもし、新庄と申します。』

『ん? アスカというのは君かね?』

『はい。 自分ですが。』


 いきなり下の名前を呼ばれて驚くが、本人確認の為なのか?


『てっきり女性だと思って居たよ。 まさか男だとは。』

『……どういう意味でしょうか?』

『いやね、その……公には出来ないんだが、こういう(・・・・)仕事は女性向けなのだよ。』

『それは性差別になりませんか?』

『なるから、公には出来ないんだ。 申し訳ないが、諦めて貰えないか?』

『……そもそもそういう邪な考えのある御社で働きたいとは思わんよ。』

『な、なんだね、君、その、口の、利き方は。』

『黙れ下種(ゲス)が。 若い女の子を入れてセクハラでもしようとしたか? 職安にはしっかりと言っておく。 貴様の会社が性差別をするクソ会社だって事と、その社長がエロ親父だって事もな。』

『ふ、ふざけるな!』

『では失礼する。 貴様の会社の未来が無いようにSNSでも拡散させておくから覚悟しておくんだな。』


 言って、受話器を置いて電話を切る俺。


「…………。」

「…………。」


 職安のお姉さんと目が合う俺。


「えっと、聞いてました?」

「……はい。」

「自分、対応悪かったですかね?」


 と、周りをキョロキョロと見渡すお姉さん。 そして、机の上からひょこりと親指を出して俺に向かってはにかんだ様に笑う。


「他の仕事探して来ます。」

「はい! 頑張って下さい!」


 ◇


「ぬぅうぅぅぅ。」


 正直に言おう。 全滅だった。 事務系はやはり女性が求められているらしく、5件応募して面接にさえも辿り付かなかった。

 一件だけ好感触の仕事があったが、簿記の資格が必要だと言われて断られてしまった。

 自分の通っていた高校は進学校であった為、そういった資格は重視していなかった。 俺が持って居る資格と言えば英検2級くらいである。

 あと必要だと思われるのは普通免許、か。

 地方だけあって、車の需要が高いのだ。 今はお金に余裕があるので、先に免許を取ってから仕事を探す方が良いのかもしれないな。


「いらっしゃいませ!」


 足が自然にコンビニに向かって居たらしい。 自動ドアが開くと共に若い女性の店員さんが挨拶してくれた。

 俺は籠を手にすると、夕飯に弁当と、ビールを二本その籠に入れてレジへと向かう。

 ピッ、ピッ、と、バーコードをレジに読ませる店員さん。 そして、タッチパネルに二十歳ですかという文字が浮かび、それを触ろうとして――


「免許証を拝見させて頂いても宜しいでしょうか?」


 ぴたりと手を止める俺。


「いや、生憎免許は持って無くてね。」

「では、保険証などの身分証明書は御座いますか?」

「家に置いて来てしまった。」

「…………。」


 ふと女性の胸に付いて居るネームプレートを見る俺。 初心者マークが付いて居た。

 そうか。 マニュアルとして聞かなければならないんだろうな。


「お売り……出来ません。」

「そうか。 残念だ。」


 と、ビールを持って冷蔵棚に戻そうとする俺。


「あ、あの! 私、二十歳なので!」

「…………?」

「私が、触りますね。」


 ピッ、と、二十歳以上ですのパネルを触る店員さん。


「いや、無理しなくても……マニュアルでしょ?」

「……お仕事、探してるんですよね?」


 と、俺が脇に持って居た書類の束をちらりと見る彼女。 職安でプリントアウトした求人広告の束だ。


「あ、ああ……。」

「辛い時、飲んで忘れるのも、お仕事ですよ。」


 ……世の中、捨てたもんじゃないな、と、心に温かい物を感じた俺だった。


 ◇


 就活二日目。

 俺は事務系から切り替えて、土木関係の仕事を探す事にした。

 進学校を卒業した事を知ると、勉強ばかりしていたもやしっ子が大丈夫かと電話で皮肉を言われたのが逆に俺を燃えさせた。


『体力には自信があります。』

『そうかそうか。 じゃあ明日にでも来い。』

『え? 面接しないんですか?』

『声でやる気は分かるさ。 現場直行で宜しくな。』

『はい。 よろしくお願いします!』


 ちなみに今日の担当も昨日と同じ職員さんだった。 電話で仕事が決まった事に気付いたのか、にこやかに、


「おめでとうございます。」


 と、言ってくれた。 俺は照れながらも、親指を立てて彼女に返すと、くすりと笑って机の下から小さく親指(サムズアップ)を返してくれた。


 ◇


 就職が決まった。 最高の気分である。

 浮かれて口の端が少しにやけてしまうが、仕方ない。 嬉しいのだから。

 その浮かれ顔でコンビニへと足を進める俺。


「申し訳ございません!」

「いやだからさ。 駅前のコンビニには置いてるのにこの店じゃ置いて無い訳?」

「申し訳御座いませんが、煙草の仕入れは店毎に異なる物で!」

「じゃあ同じ看板下げてんじゃねぇよ! 系列店なんだろ! 駅前の店から持って来いよ!」


 昨日の店員さんが、中年の男性に絡まれて居た。

 栗色の髪のショートカットの店員さんは、顔が見えないくらい頭を下げて居て、その頭に唾を吐く勢いで男が怒鳴りつけている。

 ……こういうの、好きじゃねぇなぁ。


「おい、そこの下郎。」

「あぁん!? 何だ下郎って!?」

「貴様の様な三下の事を言うんだ。 コンビニに置いてある煙草は殆ど国産葉だ。 銘柄は違えど、ニコチンとタールが似たような製品を買えば良いだろうが。」

「は? 何言ってんだお前。 味が違うだろ! 味が!」

「ならばお前の求めている味がこの店には無いという事だ。 失せろ。」

「て、てめぇ! 喧嘩売ってんのか!?」


 怒りで顔を真っ赤にして俺の胸倉を掴む中年の男。


「おい。 カメラで全部撮られてるぞ。 その汚い手を放せ。」

「っ!!」


 慌てて手を引っ込める男。


「表に出ろゴルァ!」

「断る。 貴様が勝手に外に出ろ。 二度とこの店に足を踏み入れるな。」

「ここは手前の店なのかよ!」

「違う。 一般客だ。 貴様の様な迷惑な客で無い事だけは確かだがな。」


 シッシッ、と、右手で失せろとジェスチャーする俺。 に、流石にブチ切れたのか、殴りかかって来る男。

 俺はその男の右ストレートを躱すと、左手の掌底を男の胸に食らわせる。


「お……ご……。」


 瞬時に呼吸困難に陥った男の襟首を掴み、引き摺る様にしてコンビニの前に放り投げる俺。


「これ以上、言わせるな。 この店にはもう来るな。 分かったか?」


 男は自分の車に駆け寄ると、慌てて車を発進させ、国道へと車を移動させると、駅の方へと消えて行った。


「車があるなら最初から駅前のコンビニに行けば良いだろうが……。」


 俺はそう独り言ちると、コンビニの中へと戻り、


「すまんな。 騒ぎになって。」


 と、店員に謝る。


「え……。」

「ん?」


 何故か頬を赤らめて居る店員さん。


「大丈夫か? あの男に何かされたのか?」

「い、いえ。 大丈夫です。 いらっしゃいませ!」


 と、俺の右足に急に激痛が走る。


「んぐ!?」


 一体何が? と、俺は自分の右足を見下ろすが、脛に痛みを感じるだけで、何も異常は無いようだ。

 ……意味が分からん。


 ◇


 さて、仕事には汚れても良い様に上下長袖を着て来いとの指示だったので、俺は高校の時に使って居たジャージを着て現場に現れた。


「新庄飛鳥です。 宜しくお願いします。」


 現場監督であろう50歳くらいの男性は、煙草を吹かして俺の挨拶に軽く頷くと、


「コンクリ練り、したことある?」


 と、俺を値踏みする様な言い方でコンクリートミキサーを指差した。


「ありません。」

「そうか。 じゃあそのハンドルを回してて。 四時間くらい。」

「はい!」


 俺の反応が意外だったのか、ポトリと煙草を落とす男性。

 俺は言われるがまま、コンクリートミキサーのハンドルを回し、


「このくらいのスピードで良いですかね?」


 と、速度を確かめる。

 男性は煙草を拾いなおすと、一服して、


「良いの、入って来たぞ。 気合入れろお前ら。」


 そう言ってヘルメットを被りなおすのだった。


 ◇


 午前4時間、午後4時間、俺はコンクリートミキサーを回し続けた。

 意外なのは、それでもあまり疲れて居ない事だ。 どっかで機械を使わずに井戸掘りでもして来たのかと先輩から茶化された。 が、俺が必死にミキサーを回す姿に好印象を得たらしく、先輩達は初日だと言うのに俺に差し入れを沢山くれた。

 缶コーヒーが5本に、ビールが5本。

 ……俺の年齢知ってんだよな?


 ◇


 また、俺は、夢を見る。

 多分俺が覚えて居ない、異世界の記憶。

 ルタートという国の名前、オルサという都市の名前。

 俺はどうやら王様だったようだ。

 


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