鬼のわすれもの
深々と降る雪の中に古びた家がありました。
家の中には二つの影がありました。
「忘れ・・・・自由に・・・」
ぼそぼそとおばあさんが呟き終わるとすっと眠りにつきました。二度と起きることのない眠りに。
「ばあさん!もう一回言ってくれ!」
おじいさんが声をかけても返答がありません。
がっくりと肩を落としておじいさんは項垂れてしまいました。
止めどなく涙と鼻水がこぼれ落ちていきます。
二度と戻ってこないことを実感すると悲しみは深まるばかりでした。
ひんやりとした部屋の中でわずかばかりの時間が経った頃、おじいさんはふと思いました。
ばあさんの名前を思い出せない。
そして、自分の名前もこの場所も。
おじいさんはショックで記憶が無くなったんだと思いました。
横たわるおばあさんを見つめていたら
ドンドン、ドンドン!
扉をたたく大きな音がしました。
「誰かいないか、助けてくれ!」
見知らぬ声が部屋に響きます。
おじいさんはヨロヨロと立ち上がり扉を開けました。
扉を開けた先には大きな男が頭から血を流して立っていました。
開けた途端にドカドカと勝手に入っていきます。
「腹が減った。何か食わせてくれ」
おじいさんは呆然と男を眺めるだけでなにも出来ません。
「麓の村の畑で芋を食べたら、そこいらじゅうの農夫に袋叩きにあってな、イテテテ」
男はブツクサ言いながら部屋の中を物色しまわっていました。
「ここの領主は酷いやつだってな。村から年貢を相当ふんだくってたらしい。そんな村だから芋くらいで殴ってきやがって」
盗人猛々しいとはこのことです。
「じじい!食い物がないぞ!無いなら金目のものをよこせ!」
男が大声を出しながら詰め寄っていきます。
「わしもよくわからないんじゃ。す、すまんの」
おじいさんは踏んだり蹴ったりです。
青い顔が白くなりました。
「とぼけるんじゃねえ!出さないと命はないぞ!」
男はさらに吠えました。そしておじいさんの胸倉を掴んだその時です。おじいさんの目が真っ赤に染まりました。
「あ、少し思い出したかもしれん」
そういうとおじいさんは男の腕をガブリと噛むと、あっという間に男の体がみるみると縮んでいきました。
ゴクゴクゴクゴク
「ふー、生き返ったわい」
おじいさんは男の生血のすべてをその牙で飲み干すと忘れていたものを取り戻したようでした。そして上品な恰幅のよい中年男性に変わりました。
どうも腹が減りすぎて年齢と記憶が飛んでしまっていたようだ。
そして横たわっていたおばあさんを見ると食べ物が尽きたまま時間が過ぎた事を知ります。
その時です。
おばあさんの体から紫色の煙が立ち上がり二つの光が中年男をにらんだように見えました。
「う!か、体が熱い、苦しい・・」
中年男の全身から紫色の煙が湧き出してきました。
「うぎゃあああ」
苦しげな悲鳴をあげる分だけ煙が体から立ち上り、体が消えていきます。
消えていく間に吸血鬼は昔のことを思い出します。まるでメリーゴーランドのよう走馬灯がめぐります。
そして父親から言われた事を想いだしました。
一つ、呪われた血を吸ってはいけない。腹が減ったからとなんでもいいことはない。我慢を覚えなさい。吸ってしまうと紫の煙とともにこの世から消え・・・。
二つ、どんなに強くなっても加減することを覚えなさい。強すぎる力はみんな怖がります。それは孤独を・・・・。
三つ、・・・・・・・・・・・・
消えゆく吸血鬼はもう思い出すこともできなくなりました。
あああ・・・・・
わずかな煙だけを残して跡形もなくなりました。
こうして吸血鬼はこの世を去りました。
この村には昔から吸血鬼に支配されていました。
名前だけに怖がり、抗う事もなく、言われるままに過ごしてきた村人たちは心を自ら荒んだものにしてしまっていたようです。
吸血鬼が完全に消え去ると部屋の中にさわやかな一風が吹きました。
そして吹き抜けた風は大きくなり、建物を跡形もなく消し去っていきました。
もう村から見上げる空には雲一つなく一面の青空が広がっています。
村人の顔にも笑顔が広がっていくことでしょう。
いやー書き物って難しいですね(汗