事象のホライゾン
ボルティモアウイルス研究所から抗COVID19ウイルスアンプルを受け取った俺は、そのままウイリアムと別れ、タイムマシーンで未来、2036年に飛んだ。
最新型タイムマシーン、TM-076型は文字通り手のひらサイズ、時計に擬装されたタイムマシン端末だが、実際のタイムマシーンは2036年のネバダ空軍基地の地下にある。
時象干渉器と呼ばれる巨大なタイムマシーンを、飛んだ時間から遠隔で動かし、過去の自分を未来に、あるいは過去へと運ぶものだ。
俺は時計に擬装されたタイムマシンリモコンを操作し、重力場が自分を包むように包んでいくのを感じて、サングラス型視覚排除器のスイッチをオンにした。
最新型タイムマシンは事象のホライゾンを直視し、それが人を時として発狂させるというデータが出ている。
まるで自分が膨張し続けるような錯覚を感じ、そのうちに思考のなかに自分ではない何者かの考えが入ってくる。
やがて思考は追従不可能なほど早くなり、自分がなにものであるのかすら忘れていった。
「ジョン……、ジョン、タイター35番?」
気を失ったらしい俺を女性の医師が揺り起こす。
「ジョン、タイター35番、ここがどこだかわかりますか?」
「エリア51のタイムマシーンの中では?」
「何年の?」
「2036年1月21日です」
「任務を覚えていますか?」
「ボルティモアウイルス研究所から抗COVID19ウイルスのアンプルを回収するのが任務です」
「そのとおり。抗ウイルスアンプルは回収されました」
「治験は?」
「解析が終了後、全人類への投与が行われます」
「俺はなぜ気を失ったのでしょうか?」
「今回の任務が多くの世界線を新たに生んだからです」
「そうですか。俺はうまくやれたのでしょうか?」
「上出来です。自室に戻って静養する前に、このまま検査をしましょう。医務室で」
俺はそう言われ、担架に移されて医務室で検査を受けた。
異常は特に発見されず、そのまま二週間の経過予知と静養が言い渡された。