抗ウイルスアンプル
翌朝、俺はウイリアムの運転する車でネバダ州エリア51空軍基地を発ち、カルフォルニアに向かった。
早朝、デビット博士とは電話で話し、アポイントを取ってある。
いつだって過去のアメリカは素晴らしい。
2036年のアメリカは、核の冬の影響で空がくすんで見えるような天気だった。
カーラジカセから音楽が流れる。
「なんという曲だ?」
俺はウイリアムに訊いた。
「マイケルジャクソンのロック・ウィズ・ユーです。いい曲でしょう?」
マイケル・ジャクソンは知っている。俺にとっては昔の曲だが。ダンサブルなナンバーに乗せて車はカルフォルニアのデビット博士の研究所に向かう。
「2036年にはどんな曲が流行ってる?」
「俺は詳しくない。2036年では音楽はフリーコンテンツで、この時代のようにセールはしない。皆、音楽配信サービスから流れる曲を聴いてるが、マイケル・ジャクソンはまだ人気があるよ。ファルセットが素晴らしい。いい歌手だ」
「そうですか? 一度未来に行きたいものです」
俺は1980年の情報をウイリアムに尋ね、重要事項はメモを取った。
車に揺られて眠気がさし、俺は少し眠った。
「ついたぞ、ジョン」
ウイリアムに起こされ、俺はカルフォルニアのボルティモアウイルス研究所と書かれたビルに到着した。車を降り、アタッシュケースを持ってビルに入る。
受付嬢が俺に言った。
「ご用件は?」
「ジョン・タイターが来たと言ってくれればわかる」
「ああ、ジョン・タイターさん? アポイントは取ってありますね。博士は二階の研究室に居ると思います」
「ありがとう」
俺は受付を離れエレベーターを呼び、二階に上がった。
二階にはガラス張りの研究室があり、デビット博士の姿がみえる。俺はガラス張りのドア越しにノックした。デビット博士が俺に気が付き、ドアの前まで来て俺を出迎えた。
「タイターです。博士」
「久しぶり、元気そうで何よりだ」
「例のウイルスと、頼んでいたアンプルは?」
「できてるよ。現物を見せよう。COVID19は実に興味深いウイルスだった。奥に、さあ」
俺はデビッド博士に招かれて研究室に入る。博士は更に奥の部屋の鍵を開けて、奥に入って行った。しばらく経ってデビット博士がアンプルケースを持ってきた。箱には『厳重管理』と走り書きが赤いペンで書かれている。
「しかし、ウイルスのワクチンではなく、ウイルスを殺すウイルスを作るとは、誰のアイデアだい?」
デビット博士はアンプルケースを開け、そのうちの一つを取って見せた。
「禁則事項です」
俺はそう言い、アンプルを受け取ると、報酬である100万ドルの入ったアタッシュケースを博士に渡した。
「約束の報酬の半分です。検めてください」
博士に中身が見えるように俺はアタッシュケースを開け、デビット博士はそこから一束ドル札を取ってざっと確認し、アタッシュケースを受け取った。
「ありがとう。これで新しい研究ができるよ」
そう言って博士は手に取ったドル札を元に戻し、アタッシュケースを受け取った。
「規則では全部確かめさせるんですが?」
「この研究所も君の資金で作ったんだ。信用している。あなたを、タイター」
「そうですか。わかりました」
「またなにかあったら来るといい。タイター」
そう言ってデビット博士は抗COVID19ウイルスの入ったアンプルケースを俺に渡した。
「これで多くの人が助かります。COVID19のサンプルは完全に廃棄してください」
「わかった、タイター。お役に立ててうれしい」
「では。次に来るときは残りの報酬を持ってきます」
そう言って俺は研究室を後にした。博士は微笑んで俺を送り出した。