招かれざる客たちのティータイム(後)
「校内で連綿と語り継がれる七不思議の謎を探偵小説研究会が解く!これでうちの部の注目度はうなぎのぼり間違いなしよ。あんたのその小賢しい頭を、たまには部のために役立ててみせなさい」
自信たっぷりに指図してくる安双だったが、そもそも肝心の七不思議自体、すでに「校内で連綿と語り継がれ」ているとは形容しがたいと思うのだが。少なくとも俺は入学以来、そんな話が誰かの口にのぼるのを聞いたことがない。現役生でその存在を知っているのは、目の前の新聞部員のように、だいぶ特殊な人種にかぎられるだろう。
「大体解決ったって、実際に起こったかどうかもわからんもんをどうやって調査したらいいんですか。しかもどれももう随分前からささやかれている話でしょ?その”噂”の現場に今から実際に行ってみたところで、何も出てこないと思いますけど」
「それが、調べる格好の対象があるのよ。その名も、”消えた番長の怪”!」
一語一語を区切るような調子で力強くそのフレーズを言いきると、テーブルの上においたグレーのバッグから何冊にもわたる大学ノートを取り出し目の前に積みあげた。どれも相当年季のはいったものらしく、表面が所々黒ずんでいる。
「これ、あたしが現役時代に"消えた番長の怪"を調査した時の記録よ。結局解明できなくて、卒業と同時に実家の押入れに放りこんだままになっていたんだけどね。今になって役にたつとは思わなかったわ」
そう語る安双の声は、どこか懐かしそうだった。
「この中には"消えた番長の怪"のすべてが詰まっているわ。事件当時の学校の雰囲気、実際どういう現象が起こったか、関係者の証言…」
「随分詳細に調べられたんですね。”消えた番長の怪”という怪談はたしかに俺が聞いた七不思議の中にも入ってましたけど…他の6つにくらべて、何か特別に興味を惹かれる要素でもあったんですか?」
乙がたずねると、探研OGはいっそう鼻息をあらくした。
「まあね、何せこの”怪談”の目撃者は、他ならぬあたしだもの!」
「…は?」
「高校2年生のあの日、あたしの目の前でたしかに番長は姿を消した。そしてあたしが見たままを周囲に語っていたら、噂がいつの間にかひろまって七不思議のひとつに加えられていたのよ」
俺は思わず椅子からずり落ちそうになった。つまり怪談をひろめた元凶が、その怪談の真相を確かめろとせまっているわけである。我田引水にもほどがある。
「七不思議ってのは結構ラインナップの入れ替わりが激しくてね、あたしが現役のときにあった”女子トイレから聞こえるすすり泣き”だの”屋上にあらわれる飛び降り自殺した生徒会長の幽霊”なんてのは、数年もしたらまったく聞かなくなってたもんよ。でもこの”消えた番長の怪”ってのは、長いこと7つの内からはずされることなく語り継がれてるわけ!乙くんが先輩から聞いたってことは、今でも現役ってことよね。すごいでしょ、さすがあたしが広めた怪談!」
「たしかに“女子トイレからのすすり泣き”も“生徒会長の幽霊”も、先輩から聞いた話には入ってなかったっすねえ。俺が聞いた七不思議の構成は…」
安双と乙が何やら“七不思議談義”に移りかけていたが、俺は耳をかさなかった。
根拠もさだかでない怪談をひろめてそれが長く残ってしまうということが、それほど誇るべき功績かどうかは判断に困るが…一方でなるほど、安双哲子ならいかにもやりそうなことだと妙に納得もしてしまった。
安双はミステリオタクであると同時に大のホラー好きでもある、というのは探研の中では有名な話である。その2つの趣味が高じて不可能犯罪の巨匠ディクスン・カーの大ファンだが、現役生の頃はそのカー作品を読んで癇癪を起したという逸話を残していた。
「こんな魅力的な怪奇現象を考えついて、なんで探偵に理論だてて種を解明させてしまうのよ!夢も希望もないじゃない」
ミステリファンが理論で超常の謎を解いた探偵に激高するというのも、なかなか珍しい現象ではないだろうか。
余談だが、数日前の夜に安双から部室を訪問すると連絡を受けた直後に弾みでこのエピソードを小夜乃に話したところ、「ところで兄さんは、カーを読んでいるんですか?」と返され、眼をそむけてしまった。ほとんど自白したも同様の仕草だとは直後に思ったが、時すでに遅し。そうして妹から、新たな読書課題を出されることとなってしまった。
小夜乃からすれば「探偵小説研究会の部長ともあろう人が、カーを未履修とは何事ですか!」と一喝したい心境だったのだろう。実際にはそんな風に声をあらげることこそしなかったが、無言の圧力が十二分に代弁していた…
「カー作品で最初に何を読むべきかというのは、なかなかデリケートな問題だと思います。代表作と呼ばれる作品はどれもアクロバットな作りだけに、最初に読むとカーという作家を誤解してしまいがちなものが多いのです。『三つの棺』はトリックが複雑すぎるともいわれ、また途中に収録されている「密室講義」では色々なミステリ小説のネタを割ってしまっている。『火刑法廷』は評価の高い作品ですが、癖のつよすぎるラストは賛否が分かれるところです。『皇帝のかぎ煙草入れ』はスマートな作風で私も大好きですが、やはりあまりカー本来の作風とは言いづらい…」
等々と講釈をのべた後、小夜乃が俺に課してきた作品は『ユダの窓』だった。名義はカーター・ディクスンとなっているが、これがディクスン・カーの変名だということくらいは俺も知っている(そもそも作家当人に隠す気のとぼしすぎる変名である)。密室ものの名作で、トリックが有名すぎるためネタバレを食らいやすいという話もよく聞く。目下読み進めている途中で全頁の半分にも至ってはいないが、法廷もので先の展開への興味を引かれるし、探偵役であるH・M卿の豪快なキャラクターも相まって、翻訳文が苦手な俺でもこれなら最後まで読めるのでは、という気がしてはいる。
「とにかくさ、ここにこれだけの資料があるんだから、推理の素材としては十分でしょ。長年学校に語り継がれる謎を解いて、脚光を浴びなさいよ。いっそそれを文字におこして文集を出すって手もあるわね」
意識を現在の時間軸にもどすと、乙との談義をいつの間にか終えたらしい安双が、再度俺をけしかけてきた。多分OGの中では、すでに断るという選択肢は俺には存在しないことになっているのだろう。
しかし文集を出すというのはまずい。それでは学園日常ミステリの某超有名作と被り過ぎてしまう。
「何1人でぶつぶつ言ってんのよ」
「天の声です」
そう応じながら、いい加減抵抗するのも面倒になってきた。ここはもう、折れた方が早いだろう。そう判断し、重い口を開く。
「わかりましたよ。とりあえず考えるだけ考えてみますから、まずその怪談の概略だけでも口頭で教えてください。安双さんが実際に、どういう体験をしたのか。そもそも”番長”ってのは、一体誰なんですか」
無論、現在の和泉二高にはそう呼ばれる生徒はいない。噂に聞いたこともない。もっとも今の世では、日本中どこを探しても“番長”がいる高校などは存在しない公算が大きいが。
「それがねえ…結局、誰だったのかわからず仕舞いなのよ」
安双は困惑したような表情をつくりながら、こちらの困惑を一層深めてきた。訊ねたいこと、言いたいことは山ほどあったが、ひとまずここはOGの話をおとなしく拝聴するしかなさそうである。