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招かれざる客たちのティータイム(前)

「は、あんたうちの高校の七不思議をひとつも知らないの!?」


 探研(たんけん)部室内の椅子に腰を落ちつけた安双(あそう)は、”素っ頓狂(すっとんきょう)”としか形容しようのない声をあげた。


 旧本館-”第二部活棟”には現在、文科系部活動の部室が多数はいっている。といっても吹奏楽部や美術部など、コンクールである程度実績があったり部員が多かったりするいわば”主流”の文化部は、真新しい別館-”第一部活棟”に部室があてがわれている。大した成果も示せず学校も持てあまし気味の”傍流(ぼうりゅう)”の文化部が、こぞってこの古い建物に押し込められている、というのが実情である。


 我が探研も当然のごとく”傍流”とみなされ、この旧校舎3階の中ほどに部室をあてがわれているのだが、廊下(ろうか)をとおってここまで安双を連れてくるに際して、同じく3階に部屋を有する”末端(まったん)文化部”のドアの前を数か所通過しなければならなかった。運よくそれらの部員に気づかれることもなくここまでたどり着けたのだから、大声をあげてその僥倖(ぎょうこう)を台無しにするような真似はよしてもらいたいものだ。決してこの部屋の壁は、厚いものではないのだから。


「七不思議なんて、今時だれも興味を持ちませんよ。まして俺はホラー研じゃなくて、ミス研なんですから」


「そういう問題じゃないでしょ!ミステリにだって七不思議ってのは大いに関わってくるのよ、これまでそれになぞらえた連続殺人がどれだけ本や漫画の中で描かれていると思うの。ミス研の部長ともあろうものが、自校にある七不思議を把握してないなんて論外だわ」


 たしかに”七不思議”というのは学園ミステリの定番ともいえる題材で、どの媒体でも取りあつかっているミステリ作品は枚挙(まいきょ)にいとまがない。2作目でこれに手をだすようなシリーズは、”安直”のそしりを受けても致し方ないだろう…深い意味はないが。


「俺は知ってるぜ。去年、部の先輩からくわしく聞かされたことがあってな」


 そう横から口を出してきたのは、新聞部所属の(きのと)和巳(かずみ)である。安双のとなりに腰かけ、俺からは机をはさんでななめ向かいの位置にいる。


 俺が散々心を砕いて安双を部室前まで連れてくることに成功し、ほっとしてドアを開いたら、室内にこいつの長身があった。面長(おもなが)の顔に太い黒フレームの眼鏡をかけ、市役所の事務机にでも座っているのが様になりそうな貫禄をすでにそなえた男だが、これでもれっきとした俺と同学年、高校2年生である。まあこいつだったら教師に報告するようなこともないだろうと安心する反面、また別の意味で面倒なやつに知られてしまったという思いがこみあげてきて、俺は天を(あお)いだのだった。


「なんだか面白そうな話になってきたじゃないか。どうやら良いタイミングでここに来たみたいだな、我ながら天性の嗅覚(きゅうかく)がおそろしいぜ」


 1人で(えつ)に入っているこの男は、新聞記事のネタを求めてたびたびこの探研部室をおとずれるのである。昨年、様々な偶然がはたらき、俺は当時の探研部長とともに校内でおこったいくつかの取るに足らない、しかし奇妙に不思議なところのある事件にかかわった。その解明のために無い知恵をしぼり、探偵の真似事みたいなことをしたりもした。解決のために多少の貢献はできたと、当時はまんざらでもない気分だった…新聞部としてそれらの中のいくつかを取材していた乙は、俺や部長が事件にかかわっていく過程を目の当たりにした。以来、「探研には事件を引き寄せる不思議な引力がある!」という妄想にとりつかれている、というわけだった。


「大体去年までのお前さんたちの探偵ぶりだって、このまま埋もれさせておくにはもったいないぜ。“二高のホームズ”と名づけて、校内新聞で大々的に紹介したいと俺は思っているんだがね」


「それだけはやめろ」


 俺は心の底から頭をさげた。昨年から俺や前部長の”所業(しょぎょう)”を新聞記事にしたいと要望する乙を、2人で必死に押しとどめていたのである。


 大体、日本人はちょっと探偵じみた人間が出てくると、すぐに“ホームズ”と呼びたがる。“ポアロ”や“エラリー”とつけた例を聞いたことがない。翻訳ものが苦手な俺としては当然ミステリでは国内ものびいきなので、どうせつけられるなら“二高の神津(かみづ)恭介(きょうすけ)”の方がよほど気が利いているのではないかと思うのだが…いや、やっぱりこれもご(めん)(こうむ)りたいな、うん。


「そうよ、見かけによらない推理力があんたの唯一の取り得なんだから、それを活用しないなんて宝の持ちぐされじゃないのよ。せっかく絶好の機会をこうしてあたしが持ってきてやったんだから、せいぜい頭をフル回転させて、部長らしく部に貢献してみせなさい」


「こいつのほこりをかぶった脳みそをこき使うってのは賛成ですね。また面白いネタにありつけそうだ。で、具体的に一体何を推理をさせるのか、俺にも聞かせてもらえますか」


 初対面だというのに、安双と乙はやけに意気投合(いきとうごう)している。将来は本物のジャーナリストを目指しているという乙にとって、地方新聞でとはいえ記者をつとめている安双は、やはり尊敬の対象となるのだろうか。やっかいなコンビが誕生してしまったようで、頭が痛くなった。


 と、興奮する安双の横から、すっと目の前のテーブルにソーサーに乗せたティーカップを置く、白くなめらかな手があった。置かれたティーカップからは、湯気(ゆげ)馥郁(ふくいく)たる香りがただよっている。白い手は同じものを乙の前にも置くと、最後に角砂糖を満たした(つぼ)をテーブルの中央にセットした。


「お待たせしました、冷めないうちにどうぞ」


 俺の妹である米丸(よねまる)小夜乃(さよの)が、そう2人の招かれざる客たちに告げて頭をさげた。礼儀の上では完璧な所作(しょさ)だが、その隙のなさが人によってはやや冷たい印象をあたえるかもしれない。


 この春、和泉第二高校へ入学すると同時に、前もって宣言していたとおり、妹は”探研”への入部届をだした。目下(もっか)のところ新入部員はそれだけで、現役生では小夜乃と俺・米丸有親(ありちか)の兄妹2名が、探研の全構成員ということになっている。


「あ、ありがと…小夜乃ちゃん、ほんとにうちに入ってくれたんだね」


 やや引き気味に返しながら、カップを手にとる安双。やはり彼女にとって、小夜乃は苦手なタイプらしい。


 探研は年に何回かOB・OG会を開いていて、そこにはいまだに何十年も前の卒業生が顔を出したりしている。現在は校内の”傍流”部活ながらも伝統は長く、妙に歴代の結束がつよい部なのだ。俺も去年先輩たちに連れられて2,3度その会に足をはこんだのだが、その際に当時中学生だった小夜乃も同行していた。だから主だったOB・OGたちと彼女は、すでに顔見知りなのである。中学生にして古今のミステリに通暁(つうぎょう)していた妹は、俺よりも年配の卒業生たちと話がはずんでいたっけ…


 安双は面食らったような表情で、きれいに磨かれたティーカップとそこに注がれた紅茶に眼を向けていた。ティーパックを使用した紅茶ではなく、茶葉をお湯に(ひた)しポットから注いだ本格的なものである。去年までも部室に飲み物は用意されていたが、せいぜいがペットボトルかインスタントコーヒーといったところだった。


 部室(すみ)にそろえられている紅茶セット一式は、四月に入部してからすべて小夜乃が用意したものである。俺は大の紅茶党であり、妹は味覚オンチで通常の料理はからっきしながら、”俺好みの紅茶”を()れることにかけては世界最高の逸材なのだ。もっとも、その紅茶がほかの人の舌に合うのかどうかは、当事者たる俺には保証しかねるが。


「…毎日、放課後になると、あんたら2人きりでここにこもってんの?」


「ええ、まあ。ほかに部員もいないですし」


「なんだか兄妹ってより、新婚夫婦みたいだな。今も小夜乃ちゃん、旦那のお客さんにお茶をだす奥さんみたいだったし」


 そう茶々をいれる乙は、涼しい顔でティーカップをつまみあげ中身をすすっている。今年度に入ってからも何度となく探研を―呼ばれもしないのに―たずねてきているこの男は、すでに紅茶を出される習慣にも小夜乃のキャラクターにも慣れているようだった。


 むろん冗談だったのだろうが、俺は思わず死体を発見した第一発見者のような悲鳴をあげそうになった。乙は今、意図せず俺たち兄妹の核心をついてきやがったのである。


 俺と妹が、たがいに異性として好意を寄せあっているということが判明したのは今月のはじめ、まだ春休みの最中だった。俺は眠っている妹の(くちびる)を衝動的にうばってしまい、それに気づいた妹は紆余曲折(うよきょくせつ)の末に数日後、「うれしかった」ことを俺につげた。


 しかしそこはそれ、なんといっても実の兄妹である。開き直って男女の付き合いをはじめるわけにもいかない。たがいの気持ちを知覚しながらもこれまでどおりの関係を続けるしかないという(ちゅう)ぶらりんな状態のまま、現在まできてしまったのだった。


 そしてそんな経緯にもかかわらず、小夜乃は従来からの約束をまもって探研に入部し、さらに思っていたとおり他には誰も新入部員があらわれなかったものだから、現在は放課後に妹と2人きり、密室の探研部室で過ごさなければならないという状況におちいっているのだった。事情が事情だけに、これは気まずいなどというものではない。


 俺の妹は美少女である。身内びいきでも“恋は盲目”の生きた事例でもなく、これは客観的な事実だろう。肩のあたりで切りそろえられた濡烏(ぬれがらす)の髪、白磁(はくじ)のような肌。やや丸みをおびた輪郭の中では二重(ふたえ)の眼やちいさな鼻、うすい唇が絶妙なバランスで配置され、着物でもきて立ってみれば日本人形と見紛(みまご)うばかりの風貌となるだろう。とっつきにくい性格から友人をつくるのは下手な妹だが、その姿をとおくから憧憬(しょうけい)眼差(まなざ)しでながめている男子生徒が相当数いるだろうことは、想像にかたくない(くどいようだが、これは一切の先入観を廃した、客観的事実である…多分)。


 そんな美少女と放課後部室で2人きりになれるのだから、それが他人同士ならばうらやましがられるところだろうが、実の兄妹同士とあってはそうはならない。今のところ俺たち2人の状況は、周囲からは多少奇異に思われるといった程度がせいぜいだった。まさか俺が生殺しの苦悶(くもん)を味わっているとまで、想像できている者はいないだろう。


 なにか間違いが起こっては大変だし部活をさぼろうかとも考えたのだが、生真面目(きまじめ)な妹はそれも許してはくれなかった。「部長が部活動をさぼったらしめしがつきません」と兄に説諭(せつゆ)してくるのだ。そもそも俺と小夜乃しかいない部でしめしをつける相手もいないと思うのだが…当の小夜乃はといえば、俺と部室で2人きりになってもどこ吹く風で海外古典ミステリなどを読みこんでいるものだから、なんだか俺が1人過剰に意識しているようでむなしい気分にもなってくる。


 そんな中にあってみれば、騒がしいOGやハイエナのごとき新聞部員が部室に足をはこんできたことは、実のところ俺としては“地獄に仏”の心境なのだった。すくなくとも来訪者が部室にいる間は、()()()()()()()()()()()()のだから。相手が付けあがっては困るので、感謝の素ぶりなどは決して表に出さないよう注意をはらっているが。


「やだ、乙さん。変な冗談おっしゃらないでくださいよ」


 乙の向かいの席、つまりは俺のとなりに座った小夜乃が、軽く笑って新聞部員の言を流してみせる。俺の方は動揺して何も返せないままなのだが、この妹の神経は一体どうなっているのだろうか。そう思って小夜乃の方へ眼を向けると、テーブルの下で何かがせわしなく動いていた。小夜乃が椅子に座ったまま、両足を前後にぶらつかせていたのだ。これは幼い頃からの、喜んでいるときの妹の(くせ)である…


「そんな風に言われないためにも、もっと部員を増やさなきゃなんないでしょ!」


 OGは勢いこんで、再び力説を開始した。どうやらテーブルの下の動きには気づかれなかったようだと察して、俺は密かに胸をなでおろした。


 散々脱線してしまったが、ようやく今回の本題に入ろう。現役生が2名のみになった探研の衰退(すいたい)(うれ)えて、もっと積極的に活動して校内に探研の存在をアピールするよう発破(はっぱ)をかけにきた。それが本日における安双の訪問の趣旨だった。そこまでは事前に聞いていたが、「存在をアピールする」ための具体的な方策に関しては電話では明かされていなかった。今、部室の中で安双の口から開陳(かいちん)されたそれが、「探研の手で”和泉二高七不思議”の謎を解く!」というものだったのだ。


 …それを聞かされたとき、俺が感動のあまり目尻(めじり)に涙を()めたりしなかったのは、言うまでもないだろう。

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