サイド 「白髪の姉ちゃん」
私の、人生はここで終わった。
四足歩行の巨大な何かがいる。そいつは、死臭と風の音と共に目の前に現れた。顔から体の半分までが血で染まり、滴り落ち、一歩歩く度に赤い道を作る。口から牙がこちらを品定めしている。
呼吸ができない。
そうだ、逃げなきゃ。
どこへ?どうやって?
体はまだあるの?
「!?」
いつの間に座り込んでいたの!?
体の感覚が無い。
心臓の音しか聞こえない。
一歩ずつこちらに近づいてくる。
「こ、こないでーーー!」
無我夢中でバックにあった、マジックアイテムを使った。冒険者にとって高級品だが、命には変えられない。
使ったマジックアイテムはマジックスクロール。魔力が少ない私でも使える、骨董品店でセットで売っていたものを護身用に買ったものだ。
火、雷、水、風、私には到底使うことの出来ない魔法が化け物目指して飛んで行った。
しかし、化け物は巨体からは想像が出来ない動きで全て避けてしまった。
「嘘……でしょ?」
「!」
まだ1つ残っていた。これしか無い。外せない。
恐らく、この化け物は私を食い殺すだろう。なら、変わりにこの魔法を食らわせてやる。
体に上手く力が入らない。
腕で、這って逃げる振りをする。
背後でびしゃびしゃと足音とは思えないものが近づいてくる。
呼吸すると入ってくる死臭が正常な判断を奪う。
恐怖で腕にも力が入らなくなってきた。
急に辺りが暗くなった。
頭や体に液体がかかる。 赤い。
真上から風が吹き付け、死臭で吐きそうになる。
外さない。外す距離じゃない。
「これを、食らえーーー!!!」
先ほどの魔法とは違う、淡い光が放たれた。
「ぁ…」
この光を私は知っている。テイマーが使っているのを見たことがある。
これは……攻撃魔法では……な…い。
………………………………………
…………………………
……………
……
「ん、ここは……。」
なにをしてたんだっけ?
「っっっっ!!!」
声が出ない。
思い出した。
背後に気配を感じる。
ゆっくり振り替えるとそいつがいた。
悪寒が背中に走る。
だが、何か様子がおかしい。
「テイムが成功してる!?」
首輪がついている。
聞いたことがある。マジックスクロールは、検品が難しく取引される中には極稀に高位の魔法が使える物が混じってしまうらしい。かなり運が良かったようだ。
首輪と自分が魔力で繋がっているのを感じる。
テイムしたモンスターの首輪に魔力を流すと、強制的に自分の命令を聞かせることができ、真のテイマーのモンスターは首輪無しで命令できるらしい。
ためしに命令を出してみた。
(3回、回れ。)
「?」
あれ?
(3回、回れ)
「???」
おかしい! 命令を聞かない!
敵対の意志は感じられないが、いつ襲われてもおかしくはない。
後退りすると、その分だけ距離を詰めてくる。
ついては来るようだ。
テイムは成功しているのに命令を聞かないなど聞いたことがない。
これは私の手に負える奴ではない。
町に売り払おう。闘技場で、強いモンスターは引き取って貰えたはずだ。
………………………
………………
………
…
「てな、ことがあったわけよ!」
「あはははは!万年金欠のあんたから飲みの誘いが来るなんて怪しいと思ってたら、死にかけていたなんてね。ちなみに何のモンスターだったの?」
「いや、それが「犬」っぽかった気がするんだよ。」
「木の丈より大きい犬なんて、それ犬って言わないよ!」
「そうかなぁ、疑うんだったら闘技場に行ってきなよ、私の捕まえたワンちゃんが見れるよ。」
「ゴメン、ゴメン。あんたが金を持ってるのが真実を物語ってるってもんよ。」
不意に警戒の鐘が遠くから聞こえる。
同時に男が冒険者ギルド酒場に飛び込んできた。
「おい!闘技場で大型モンスターが逃げ出したらしい!至急応援を頼む!」
「あらら、逃げ出しちゃったみたいね。ワンちゃんも逃げちゃってるのかしら。」
「……逃げるよ。」
「え? 何を言ってるの?冒険者の稼ぎ時よ!それに私のランクを知ってるでしょ?」
「ダメだ!アレがいるなら行っちゃダメだ!一緒に逃げよう!」
「もう、私のランクであればこれは強制に近いのよ。わがまま言わないで。」
「…私は逃げる。アンタもヤバイと思ったら逃げて。」
「ハイハイ、この町にいったい何人冒険者がいると思ってるの?」
「私は一番近くの、バームに行く。生きてたらそこで。」
「大袈裟ね。行くなら早く行った方がいいわよ。こわーいワンちゃんがきちゃうわよ。」
「………。」
……………
………
…
4日たった。町は石と炭だけになっていると聞く。あいつはまだこの町に来ない。
あいつにまだ言ってないことがある。木々からアレが出てきた瞬間、体に禍々しい触手のような物がついていたことを。
あれは、いったい?




