国境検問所にて
始めに言います、短いです。
それは某日の午後八時過ぎ頃、商国の領土『銀光林』で起こったことだった。商国と帝国の国境に最も近いとされているこの林道付近には、小規模な国境検問所が存在する。一番人の行き来が多い国道の検問所と違い、銀光林の往来は一時間に数回あるかどうかのローカルな場所な為、警備兵もやや暇をもて余している。五月の半ばを過ぎ大分暖かい季節になり、夜間の寒さも和らいできたのは夜勤の警備兵にとってありがたい限りだ。
夜間警備の疲れからか、検問所の警備を担う兵士は眠たげに目を瞬きあくびを噛み殺す。
「おい、もう少し気を引き締めろ」
「あ……すみません」
隣の先輩兵士に咎められ、罰が悪そうに項垂れる。とはいえ疲労を感じているのは彼も同じで、あと一時間経てば彼らの今日の業務は終了する。もう少しの辛抱だと頭を軽く振り、林道の先を注意深く見つめる。舗装されていないデコボコとした土の道は街灯もなく、林道の先は真っ暗闇に包まれ何も見えやしない。しかし検問所のぼんやりとした灯りと、商国が信仰する三日月の灯りが雲間から顔を覗かせて林道を静かに照らしている。
月竜族にとって月明かりは母親の包容のように優しく、暗闇の恐怖を和らげ穏やかな気持ちにさせてくれるものだ。気を緩めてしまえばつい眠気に身体を委ねてしまいそうになり、後輩はウトウトと船を漕いでしまう。見かねた警備兵が再び咎めようとした時だった。
ドオオオン!!
『!?』
突如大きな衝撃音が空気を振動させ、兵士達の眠気を吹き飛ばした。衝撃音は屋内にも響いたようで、仮眠をとっていた者は飛び起き、控え室で寛いでいた者も窓を開けて外を見る。何事かと彼らが見た先には林道の向こうが赤く輝き、その場所からもうもうと黒煙があがる。どうやら遠くのほうで何かが爆発したらしい。バタバタと廊下を走り関係者専用出入口から飛び出してきたのは、寝巻き姿のままの上司だ。
「何事だ!?」
「お、おそらくは爆破事故かと!」
状況から考えるにそれしか考えられない。街灯もない暗闇の林道では、車が木に激突して爆発してもおかしくはないだろう。爆発した車の種類・積まれた荷物によっては林に火が燃え広がり、二次災害になる危険性が高い。
「っ……すぐに本部に回線を繋げ! 手の空いてるやつのうち五人は私と来い! 災害用ARMSをありったけ準備しろ!」
「了解!」
車のサイレンを鳴らしながら林道を走れば、おそらく爆破の衝撃で倒れたのだろう林の木々が奥に進むほど目に入る。規模から見て三位階魔法相当の威力の爆発があったのかもしれない。もしそうなら運転手は良くて重症、最悪即死の可能性が高い……だが彼らは生存に賭けて先を急ぐ。
ようやく目的地に到着すれば案の定、林道の真ん中で大きな炎に包まれた一台の乗用車が見えてきた。警備兵達は離れたところに車を停めて降車し、消火用ARMSを装備する二次爆発に備えて盾のARMSを起動させた警備兵が前に出て、ゆっくりと様子を見ながら近づいていく。
爆発の衝撃で車体は大きく歪み、ゴウゴウと炎をあげる様は地獄の一部分を垣間見ているような気分だ。後ろの警備兵達が盾の隙間から消火ノズルを伸ばそうとするが、ここで急に盾を構えていた上司の動きが止まる。
「…………」
燃え盛る車のシルエットを確認した瞬間、彼は目を見開き凍りつく。一時期王都勤めをしていた彼は、その車に見覚えがあった。
「まさか……そんな!」
おい嘘だろう。悪い冗談であってくれと心の中で必死に祈り、防御魔法を展開しながら爆発物にゆっくりと近づく。
灰色の塗装のシンプルながらも品のあるデザイン。平民が使うには値の張る、大手メーカーしか取り扱っていない車種。それは商国では知る人ぞ知る彼が愛用していた車に間違いなかった。
「デュナミス王子……!!」
上司の寝巻きはピンクの水玉模様で帽子をかぶってます。