金剛大蛇
ようやくチュートリアルになります
あれから三週間、メルの提示した予定通り爆炎翼の飛行訓練が行われることとなった。アグニ自身の運動神経の良さも相まってか機動性は問題ないのだが、いかんせん着地のコツが掴みにくいらしく、アグニがこの間何度地面にキスしたことか数知れない。しかしそれもフェリ達がARMSの出力調整を繰り返したおかげでだいぶ改善され、最終的には問題なく地に足を付けられるようになっていった。
そして来たる日、五月の半ば。
「いよいよだな……」
「ああ」
所定の位置についたラヴィが空を見上げて呟く。天気は快晴、気温も暖かく風は微風と野外活動においてはまさにベストコンディションである。隣に控えるトールも腕を振り、気合いを込める。
『みんな準備はいいか?』
ふいにメルの声が響くが、当人の姿はラヴィ達の近くにはいない。声は彼らの持つARMSから発せられたものだからだ。
金剛大蛇は普段は険しい岩肌の渓谷に生息しており、滅多に人里に現れることはない。彼女によればこの崖の近くに、若い金剛大蛇の目撃証言が確認されているのはすでに調べがついている。
『まずはラヴィとトールで金剛大蛇を誘きだしてほしい。一番骨の折れる役割だとは思うが、頼んだぞ』
「ああ」
「まかせな!」
ラヴィが簡素に、トールが豪快に答えれば通信が切れる。二人は改めて気を引き締めてARMSを起動させた。
「「術式選択・外装展開!!」」
光と雷を纏ったかと思えば、二人の格好は一瞬で戦闘向けの鎧に変わる。ラヴィは機動性と回避に重きを置いた軽装なプロテクターに、トールは防御力に秀でた濃紺のフルプレートアーマーの姿。着なれた鎧に身を包み、二人は気を引き締めて歩きだした。
「……いたぞ」
「ああ……だが、先客がいるな」
固い岩肌に覆われた深い谷にそれはいた。大きな地響きをあげて岩壁を削る太く長い身体、日の光に照らされて荘厳な輝きを放つ美しい鱗。間違いない、白金指定の上位猛獣、金剛大蛇だ。頭から尾までの長さは、遠目に見ただけでも山を一周できるのではないかと思え、見る者に畏怖を感じさせる荘厳なオーラを纏っている。
しかしそんな恐ろしい大蛇に相対するものがいた。眩い黄金の体毛と、大きく立派な牙を持つ三階建ての建物はあろうかという巨大な猪。金毛荒猪、金剛大蛇と同じく白金指定猛獣である。どうやら猪は大蛇の縄張りに入り込んでしまったらしく、興奮気味に鼻息を荒げて地面を掻いている。対する大蛇も鎌首をもたげて鋭い牙をむき出しに威嚇しており、互いに一歩も譲らぬ臨戦態勢である。上位猛獣同士の緊迫した状況、この場に並みの人間がいようものならば恐怖だけでショック死しかねないだろう。
最初に仕掛けたのは荒猪からだった。文字通り地面を踏み砕く勢いの蹴りで駆け出し、荒猪は眼前の大蛇に突進する。速さもさることながら、その巨体から繰り出される体当たりは力強く、人間がまともにくらえばミンチは確実だ。そんな荒猪の渾身の一撃を、大蛇はあろうことか真正面から受け止めた。大蛇の胴体が僅かに下がったものの、ダイヤモンドの鱗は傷一つ負っていない。荒猪が懐に入ってきた隙を見逃さず、そのまま長く太い尻尾で横凪ぎに吹き飛ばした。
ブギャアアアアアアアア!!!!
苦痛かはたまた怒りか荒猪は甲高く吠え、下手をすれば荒猪の突進よりも強い大蛇の一撃が周囲の空気を弾き、轟音を響かせて荒猪の身体は岩壁に叩きつけられた。
絶命したか……と思ったのもつかの間で、荒猪は身を震わせつつも力強く立ち上がった。見れば片方の牙が衝撃で折れている。あの一撃を食らってなお立ち上がるあたりはさすが白金級猛獣である。だが荒猪は大蛇との力量差に分が悪いと判断したのか、大蛇に背を向けて全速力で逃げ出した。大蛇は荒猪の姿が見えなくなるまで威嚇を続けていたが、やがて縄張りを荒らす敵がいなくなったことを確認してとぐろを巻いて休む。
「おいおいマジかよ……」
図らずも上位猛獣の戦いの一部始終を目撃することとなってしまったトールは、兜の下の頬をひきつらせる。だいぶ離れているはずのこの場所からでも戦いの衝撃波が届いており、大蛇の攻撃がどれだけ苛烈かは考えるまでもないのだ。なのに自分達はこれからあの怪物を誘き出すという大役を担っている。万が一あの尾の一撃をまともに受ければ、タフさが取り柄の自分でも無傷とはいかない。ましてや素早さに特化させるあまり防御力の低いラヴィが食らったら、それこそ即死は確実だろう。
「よし、そろそろいくぞ」
なのにこの男は、そんな不安など眼中にないのかトールの肩を叩いて促す。
「おい、本当にいいのか?」
「問題ない。俺の足なら十分逃げれる」
戸惑うトールにラヴィはキッパリと言い放つ。無論今の動きだけで大蛇の全速力を計れるわけではないものの、それでもラヴィにとっては脅威と呼べれるほどではないと判断できた。
「はあ……わかったよ」
ややげんなりしながらもトールは頷いて深呼吸する。ARMS発動のトリガーでもある無骨なガントレットを打ち鳴らし、内蔵された魔法を発動する。
「術式選択・挑発!」
五位階魔法の挑発は、味方の防衛に付与することで猛獣の注意を集中させる。普段はトールが自分自身に付与するのだが、今回はラヴィに付与された。
自分達の役割が金剛大蛇を所定の位置まで誘導することであるならば、足の遅いトールよりもメンバー随一の速さのラヴィが囮役になったほうが確実だ。仲間から受ける力を感じラヴィは目を伏せて深呼吸する。
「術式選択・速度強化!」
次いでラヴィの身体が燐光に包まれ、身体強化の加護が付与される。身体全体が風を纏ったように重さが軽減され、筋肉の動きが通常よりも滑らかかつ力強く感じられる。
カッと目を見開き鋭い眼光で大蛇を見据え、ラヴィはクラウチングスタートの態勢に構える。次の瞬間、その場に突風が吹き荒れたかと思えばラヴィの姿はなく、見れば大きな岩を跳びはねながら大蛇に迫る。眼前に迫ろうとした瞬間に腰に下げた剣の柄に手をかけると柄から光の刃が抜かれる。その剣で大蛇の背後に接近して交差するように斬りつけた。
しかし寸前でラヴィの気配に気付いた大蛇はとぐろを巻く身体をほどき、自身の鱗で剣撃を弾く。ガキンッ、という甲高い金属音が鳴り響いた。大蛇は先ほどと同じ尻尾の攻撃をラヴィに放つも、ラヴィは大蛇の胴体を蹴って横凪ぎを回避した。
「っ!」
危なげなく着地し眼前の大蛇を見れば、遠目から見た時以上のプレッシャーがその身にのし掛かる。
シャアアアアアアアア!!
また自身の縄張りを荒らすものが現れたことに大蛇は怒り狂い、牙を剥き出して唸りをあげる。思わず身が強ばりそうになるも、大蛇を刺激するべくラヴィは立ち上がる。
「さあ来い!」
背を向けて駆け出せば、激怒する大蛇は逃がすまいとその後ろを追い始める。巨体をしならせ行く手の大岩をいに返さないとばかりに砕き進む姿は、さながら線路の無い道を爆走する列車である。
普段は前衛のラヴィもこの時ばかりは回避防衛という役割に専念する。弾丸のように速く走り、時にフェイントをかけ大蛇をギリギリまで引き付ける。大蛇は地面諸ともラヴィを噛み砕かんと地面に首を突っ込み、固い地盤が易々と陥没し彼らの走った後が穴ぼこになっていく。
トールは大蛇がラヴィの後を追いかけていくのを見届けた。足の遅いトールは追い付けない為、あらかじめ指定しておいた別ルートを走り所定地に先回りする。
高い崖に待機していたジャックは、遠くから聞こえる轟音に気づきライフルのスコープから様子を見る。障害物をいに返さず突き進む大蛇とその眼前を走るラヴィの姿を確認して後ろのフェリとメルに声をかけた。
「ラヴィ兄ちゃんが来たよ!」
「思ったより早かったわね……」
フェリも崖から大蛇の姿を見つつ、手元の紙に魔力を込めながら魔方陣を描く。ノールックで正確に描けるあたり、彼女の技量が見てとれる。
「よし……レイ、アルバ、ロット。準備は出来てるか?」
『こっちは大丈夫だよ』
『ん』
『おうよ!』
ARMS越しにここにはいない仲間に声をかければ、三人が返事する。
「ラヴィが所定の位置に来たら、三人は予定通り金剛大蛇の足止めをしてくれ」
『『『了解!』』』
チラチラと後ろを振り返りつつも、ラヴィは走るスピードを緩めず進む。相変わらず唸り声をあげて自身に襲いかからんとする大蛇を確認し、所定のポイントに近づいていることを察する。後はタイミングが命、ギリギリまで大蛇の追尾を引き付け……
「ラヴィ、跳べえ!」
「!」
ロットの叫びが聞こえた瞬間、ラヴィは力強く踏みしめ一層高くジャンプした。大蛇はなおも大口を開けてラヴィを食べようとするが
「術式選択・影の触腕!」
突如大蛇の影から黒い触手が伸び、大蛇の大顎に巻き付き無理矢理閉じる。
「術式選択・泥地帯!」
ラヴィがジャンプした瞬間に、ロットが手にするハンマーを振りかざし地面に力強く叩きつける。すると大蛇のいる地面が固い地質から柔らかい泥沼に変質した。巨体ゆえに重い胴体はズブズブと泥に沈んでいき、大蛇は必死に身を捩り脱出しようとするも余計に沈んでいくだけであり、最終的には頭と尾が露出するだけの姿になってしまった。
「術式選択・蔓網!」
『術式選択・部分弱化!』
さらにダメ押しとばかりに泥沼から無数に伸びた植物が大蛇の身体に巻き付く。動きが止まった大蛇にメルが弱化魔法を付与した。
高くジャンプしたラヴィは、あわやそのまま泥沼に落ちるかと思われたが
「術式選択・氷結魔弾!」
その落下地点に青い魔法弾が撃たれた途端に、柔らかい泥から固い氷の足場に変わる。ラヴィはそこに降りたことで沼に落ちずにすんだ。
「金剛大蛇の動きを封じたぞ!」
「油断するな、これはあくまでも気休めだ」
見れば大蛇は首と尾を左右に振り乱して拘束を引きちぎっている。何度も重ねて影と植物が拘束するが、それでも完全に封じるには至らないようだ。
「よし……アグニ!」
『待ってたぜえ!』
上空から降ってきた赤い光……ではなく炎の翼を羽ばたかせてアグニが急降下する。全身に炎を纏い、降下の勢いを上乗せした拳を大蛇の背中に叩き込んだ。
「おらあああああああああ!!」
シャアアアアアアアア!!!!
苦悶の唸りをあげる大蛇から一旦離れ、アグニは空中にホバリングする。自身に攻撃した敵を睨む大蛇だったが
「こっちだ!」
ラヴィが叫べば大蛇の意識がそちらに向く。挑発が付与されている彼は優先的に猛獣に狙われやすくなっており、大蛇は拘束されつつも鎌首を伸ばして迫る。ラヴィが足場から跳べばその先に新しい氷の足場がタイミング良く作られ、沼地を自由に駆け回る。
『いいかアグニ。金剛大蛇を攻撃する時は私が弱化した部分を狙え。今データをそちらに送る』
ピピピとアグニのARMSから着信音が鳴ると、仮面に内蔵された液晶レンズ越しに攻撃するポイントが表示される。露出した大蛇の左側面、計10箇所。
「アグニ、お前は攻撃と回避に専念してくれ。ラヴィは引き続き金剛大蛇の気をアグニから反らし、ジャックとフェリは遠距離から二人を援護。ロットは泥地帯の維持、アルバとレイはそのまま金剛大蛇を拘束し続けてくれ。トールはラナの守りに専念、怪我をした場合は迷わずラナに回復してもらうように」
「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」
引き続きメンバーに指示を出すメルに全員が力強く答えた。
「よっしゃいくぜえ!」
大蛇がラヴィに気を取られているのを見計らい、アグニは翼を羽ばたかせて再び接近する。
「術式選択・攻撃強化!」
腕力強化の加護を纏い今度はレンズに写るポイントを殴る。防御が弱まったことで大蛇の鱗に僅かな罅が入るも、大したダメージにはなっていないらしい。大蛇がアグニに攻撃しようとする寸前に、ラヴィがわざと大蛇の視界に入りまた意識を向けさせる。彼の足場はジャックの魔弾が常に作り続けるので立ち止まることはない。再びアグニの一撃が入るが今度は尻尾の横凪ぎがアグニに襲いかかる。
「纏い彩れつむじ風。我が身にかかる災難を、欠片も残さず吹き祓え。旋風盾!」
しかしその尾はアグニの身体から僅か数十cmで阻まれた。彼の周りに発生した風がアグニを守るように渦を巻く。泥地帯でろくに身動きがとれない上に、素早く動き廻る地表と中空からの攻撃と遠方からの援護。さらには影と植物の拘束により大蛇は力を十分に発揮できないでいる。しかし巨体は影の触手と蔦を幾度も引きちぎり、いつ暴れ出してもおかしくはない。なんとか短時間で終わらせなければならないだろう。
「四つ目!」
今度は蹴りでポイントを力強く蹴る。再び距離を取ろうと羽ばたくアグニだったが
「!?」
突然視界の端に細長いものが接近、アグニを吹き飛ばした。
「ガハ!!」
『アグニ!!』
メルの叫びが響くもアグニはなんとか体制を立て直した。見れば自身に来たあの攻撃は大蛇の頭部を縛っていた蔦だった。どうやら大蛇が頭を振り乱して引きちぎられた蔦が、鞭のようにしなりアグニに襲いかかってきたようだ。
「クソッ……いっちょまえに知恵使いやがって……!」
尾の攻撃ほどではないにしろ、かなりの威力がアグニの横腹に響いたようだ。痛みからして内出血はしているかもしれない。
「アグニ、一旦回復しろ! 白金級猛獣相手だと僅かなダメージでも不利になる」
「みたいだな……。ラヴィ! 尻尾だけじゃなくて鞭も気をつけとけ!」
「お前と一緒にするな」
ラヴィは憎まれ口を叩きながらも再び大蛇の視界に入る。攻撃しようとする大蛇だったが、突風が顔面に襲いかかり思わず顔を背ける。
「アグニ、ほらこっち!」
岩影に待機していたラナが手を振り、アグニはフラフラしながらも彼女のもとに降り立った。横腹を押さえて呻くアグニに近寄り、ラナは流線型のガントレットをかざす。
「回復!」
癒しの輝きがアグニを包むと徐々に痛みが引いていく。
「何回殴れた?」
控えのトールが周囲を警戒しながらも問う。
「まだ四回だな……」
「そうか」
痛みがなくなったのを確認すると、アグニは再び飛んだ。突撃のスピードをそのまま五つ目のポイントに叩き込み、今度は蔦の攻撃に注意しながら距離をとる。鞭の角度をしっかり見ればかわせなくもないスピードだった為、アグニは六つ目の一撃を与えた。
それを見た大蛇は自身の身体で直接攻撃するのを止め、めちゃくちゃに頭と尾を振り乱し始めた。
「! クソッ……!」
それを見たレイは影の触手を伸ばして蔦を絡め取ろうとする。だが不規則に動き回る蔦は周辺の岩やら岩壁やらを叩きだし岩がボールのように弾かれる。そのいくつかは、あろうことかラナ達のいる方に飛んでいく。
「危ない! 術式選択・雷撃衣!!」
それに気づいたトールはラナを背後に隠して両手を広げる。頑強な鎧に雷が纏い、流れ弾を粉々に砕く。
「トール!」
「心配ねえ! こんぐらい痒い痒い!」
心配そうに叫ぶ彼女に、トールは首だけ動かし兜の下で笑う。回復専門のラナはこのメンバーの生命線である。彼女が自分で回復できないくらいの重症を負えば、それはメンバー全体の危機を意味するのだ。ゆえに最優先で彼女は守らなくてはならない。
そうこうしているうちにアグニが七・八つ目の攻撃を食らわせたらしい。
「ちぎれた分の蔦は消した」
「よくやったアルバ!」
さらには厄介な武器になってしまった蔦を消滅させることに成功。追い討ちをかけるように九つ目を食らわせれば、大蛇の頭がピクピクと痙攣しだす。
あと一回……そう思った時だった。
ピーッピーッピーッ
「やばい……もう限界……!」
ロットのハンマーから電子音が鳴る。通信音……ではなく魔力切れの警告音だ。内蔵された術式が燃料を失い活動を停止し、泥沼地帯がもとの固い地面に戻っていく。泥地帯の効果が切れてしまったらしい。身動きが取れなかった大蛇はすかさず力を込めて、埋まった身体を地面から引き抜いた。
「わあ!?」
「まずい!!」
慌てるレイとアルバが拘束を強めようとするが、大蛇はその勢いのままに自身を縛るものを全て引きちぎり、尻尾を振り乱して無差別に叩きまくる。先ほどよりも早く動けるようになった為にラヴィとアグニは必死で逃げ回る。フェリとジャックが援護しようにも二人が動き回る為に狙いを定められない。
そして尻尾の一撃がアグニに振るわれようとし……
「「「「「「「「アグニ!!」」」」」」」」
「アグ兄ちゃん!!」
「………なめんなあ!!」
己を鼓舞するように叫び、アグニは後ろ向きに飛んだ。そしてあろうことか、真正面から尻尾に抱きついたのだ。アグニは後ろに飛ぶことで正面からの攻撃を軽減した。わざわざ尻尾にしがみついた狙いは……
「こんちくしょうがああああああああ!!」
最後の攻撃ポイント、ちょうどその場所だったから。ありったけの力の込めてアグニはその場所に拳を叩きつけた。
シャアアアアアアアア!!!!
再び悲鳴をあげる大蛇を見て、アグニはすかさず大蛇から離れた。
「今だ!」
メルの合図とともにラナとアルバが術を発動した。
「「鎮静!!」」
途端に大蛇の周りが緑色に輝き出す。新たな攻撃に鎌首を振るう大蛇だったが、徐々に動きがゆったりとなって固まる。あれほど荒れ狂っていたのが嘘のように大人しくなり、迸らせていた殺気は氷のように消えていった。
それでも警戒を解かずに様子を伺うメンバーだったが、ふと大蛇の身体が痙攣しだす。ピシリピシリと、アグニが攻撃した場所から罅が入り、それは大蛇の左側面へと行き渡る。そしてその罅が向けると、中から一回りほど巨大でより美しい鱗を纏った金剛大蛇が現れたのだった。
「これは……脱皮か!?」
『金剛大蛇はこの時期に脱皮するというのを、以前本で見たことがあってな』
驚く一同の中でレイが声を漏らすと、メルが説明する。真正面から金剛大蛇を討伐するのは自分達には不可能。ならば金剛大蛇が脱いだ古い鱗を採取したほうが比較的楽だ。アグニに側面を攻撃させたのは、鱗に切れ目を入れてなるべく綺麗に剥がしやすくする為だったのだという。
そうこうしているうちに金剛大蛇は首を下ろして地面に落ちた鱗を長い舌でチロチロと舐める。そして大きな口を開けて鱗の破片を食べだした。脱皮したての金剛大蛇は、消費した鉱石成分を補給する為に古い鱗を食べる習性がある。自分達の攻撃でもせいぜい細かな傷ぐらいしかつかなかった己の鱗を、大蛇はバリバリと音を立てながら食べる。
「術式選択・磁力」
メルは大蛇が食べているのを見計らい、剥がれた鱗のうち1トン分を引き寄せた。
しばらくすると大蛇は鱗を全てたいらげ、ズルズルと巨体を這わせてねぐらに帰っていった。
「悪かったな、金剛大蛇ー!」
アグニはその後ろ姿に手を振る。そして姿が見えなくなったのを確認するとバタンと倒れた。
「アグニ!?」
見れば大分疲弊しているのか、ゼエゼエと胸を上下させている。ほかのメンバーも地べたに座り込み大きく息を吐く。
「つっっっかれたああああああ!!」
「いや~前衛組は本当にお疲れ様ね。特にラヴィ」
「ああ………しばらく回避防衛はやりたくないな」
「レイ兄ちゃんも平気?」
「うん、いやはやさすが白金級は桁違いだね……」
「蔦の拘束は場合によっては仇になる。一つ勉強になった」
「それよかスタミナポーションくれ~……動けねえ」
「あんたさっき痒いって言ってたじゃないの」
「なあ、俺のハンマーのジョイントショートしてんだけど!?」
途端に緊張感が解ける一同は、先ほどまでの真剣さはない。それは生きて成功させたからこその光景で、メルも安堵の笑みを浮かべる。
「アグニ、今日もお前達のおかげで無事に以来を達成できたよ。本当にありがとう」
仰向けに寝転ぶアグニの顔を覗き込めば、アグニはニカッと笑みを返す。
「何言ってんだよ。メルが作戦立ててくれたから成功したんだろ?」
「………私は大したことはしていないが」
ほとんど戦闘に参加していない自分よりも、みんなのほうが圧倒的に活躍していたはず。そう謙遜する彼女にラナが即座に否定した。
「何言ってんのよ。脱皮のタイミングを狙って採取なんて発想、私達じゃ思い浮かばないわよ」
うんうんとほかのメンバーも頷けば、メルは照れ臭そうに笑う。
「………そうか。ありがとう」
補足
強化魔法・弱化魔法:三位階。旧人類歴では味方の詠唱者がいちいち付与しなければならない扱いにくい魔法だったが、ARMS黎明以降はバトルARMSの必須機能として重宝されている。
鎮静:五位階。興奮した敵をリラックスさせる魔法。