新たな翼
主人公強化回
「悪い悪い、遅くなった」
子供達と別れてから暫く、アグニはバンカッタの外れの開けた草原に訪れていた。メル達に呼び出されてきてみれば、久々に仲間達全員が集まっている姿が目に入る。そのうちの、メルとフェリとロットがアグニの前に出た。
「やっと来たかよ」
「主役は遅れて登場するって言うけど、もうちょっと早く来て欲しかったわね」
「ほら、預かっていたものを返すぞ」
そう言ってメルが手渡したのは、アグニの専用装備である赤いブレスレット型のバトルARMSだった。例の話し合いのあとに『少しばかり改良がしたい』という、生産職組の頼みに暫く預けられていたそれをアグニは受けとる。
「なんか変わったのか?」
使い慣れた愛機を久しぶりに腕にはめてみるも、形状等が変わった様子は見られない。怪訝そうなアグニとは対照的に、三人はニヤリと意味深な笑みを見せた。
「まず装備してみてちょうだい」
「? ああ。術式選択・外装展開」
アグニの声紋とコマンドを合図に、ARMSの魔術水晶の高速演算処理が始まる。五位階魔法『物質保管』と『錬成』を組み合わせた術式は、ARMSに設定された武装と装備をその場で生成・装着させる。私服から一瞬の内に着なれた赤い戦闘鎧に変わったアグニは自身の両手を見る。
「何か変わったのか?」
「ん……別にいつもと変わらないぞ?」
遠巻きから見ていたラヴィに答える通り、アグニには着ている鎧の変化を感じられなかった。動き安さと防御性をバランス良く調整されたデザインの鎧は肉弾戦主体のアグニの武術を遺憾なく発揮できる代物だ。
「へっへっへっ………実はな、その鎧にある新形態を追加したんだぜえ」
ロットの自慢気な笑いに、生産職組を除くその場のメンバーの視線が集まる。
「新形態?」
「おうよ、その名も爆炎翼!」
何やら背後に『ババーン!』という効果音が聞こえてきそうなポージングのロットに、ジャックとアルバは顔を見合せ、ラナ達は白けた目を向ける。
「百聞は一見にしかずだ。まずは使ってみろ」
メルに促され、戸惑いつつもアグニはARMSに新たなコマンドをかける。
「じゃあ………術式選択・爆炎翼」
新しいコマンドを唱えた瞬間、ブレスレットから深紅の炎が吹き出てアグニの身体を包み始めた。
「わあ!?」
『!?』
「アグニ!!」
突然の事態にアグニは勿論のこと、ラヴィ達も目を見開き驚愕する。慌てたレイが駆け寄ろうとするが、その腕をメルが掴んで引き留める。
「大丈夫だ」
「でも!」
「まあ見てみろ」
不敵な笑みを見せるメルに促され、レイは戸惑いながらもその場に留まった。アグニは炎属性に特化している為か炎に耐性を持っているものの、今彼を包む炎は甘く見積もっても七位階魔法に匹敵する火力であることは間違いない。もし万が一の事態になったならば……。一同は固唾を飲んで業火に包まれたアグニを見守っていると、炎が勢いよく爆ぜた。
炎から現れたのは間違いなくアグニだったが、その姿は先ほどと違っていた。黒のインナースーツはそのままに、赤い鎧の面積が通常形態よりも小さくなっている。何より目を引くのは背中から生える翼だった。赤赤と燃え上がる炎でできたその翼は、雄々しさと力強さを感じさせる立派なものである。
「お……おおおお!? なんだこれ!?」
自身の鎧と翼を眺め、アグニはただただ驚くほかない。レイ達も火の粉を散らせる翼に目を見開き驚愕するが、いち速く気づいたのはラヴィだった。
「まさか……『魔法翼』の実用化に成功したのか!?」
「まあね。魔力の大半をアグニの炎で賄ったおかげで術式に余裕ができたの」
七位階魔法にあたる魔法翼は通常、魔力を翼の形に固定し使用者に軽量化魔法を付与することで飛行能力を得られる魔法なのだが、翼の密度と強度を保つ為に膨大な魔力を必要とするゆえコストパフォーマンスが悪く、長らくARMSへの実用化が難しい魔法であった。しかし彼らはアグニ自身の属性である炎の力を魔力の代用にすることで、魔力とARMSの容量を必要最低限に抑えることに成功できたのだという。
「あとは飛行テストを見てから最終調整をしていくわけだが……」
「え、嘘!? 飛べんの!?」
「上手くいけばな。なにぶん通常の魔法翼をアレンジしたプログラムだから、どう動くかはわからない」
メル曰く、魔法翼は術者の意思で手足のように動かすことで羽ばたく。アグニのセンスが上手く噛み合えば自由に飛行ができるはずとのことらしい。
「よし………」
アグニは早速目を閉じ、深呼吸して自身の体内の魔力を通して翼に意識を集中させる。彼の職業である武闘僧は、血液のように全身を駆け巡る魔力の流れを読むことに長けている。どの流れから翼に繋がっているかを判別すれば、背中の翼がゆっくりとまるで手足のように動き始める。
(これだ!)
瞬時に流れを掴めば、炎の翼は大きく羽ばたきアグニの周囲に風を起こした。するとアグニの両足は地面から離れ、一気に高く飛んだ。
「アグ兄ちゃん!」
ジャック達が見上げる先には、青空に映える深紅の翼が輝いていた。
「きゃっほー! すげえ! 本当に空を飛んでる!!」
見渡せばバンカッタの町、広い草原や高い山々が一望できた。初めて見る絶景に目を輝かせるアグニはさらに高く飛んでいき、空を縦横無尽に飛び続ける。頬に感じる風、靡く髪を感じつつアグニはまるで自身が鳥になったように錯覚する。
「……飛行能力自体は悪くなさそうだな」
それを地上から見守るロット達は得意げに笑う。アグニの飛行技術は初めてにしてはかなり高く、鳥人にも引けを取らないほど自由自在に大空を舞う。
「この様子なら、飛行補助の調整の必要はなさそうじゃない?」
「そうだな」
仲間の意外な才能に目を丸くする面々と、得意気にうなずき会う生産職組。しばらく空を満喫した後にアグニが下りてくるのが見えた。
「おーい!」
「あ、戻ってきた」
深紅の翼は青空によく目立ち、アグニはみんなに手を振る。
しかし……
「あ……? うああ……!?」
ここでアグニは飛行速度が落ちないことに気づいた。地上の仲間達もアグニの様子がおかしいことに気づき、慌ててアグニの進行方向から逃げるように走る。
「ぎゃーーーーーーーーー!!!!」
アグニの絶叫と落下が響くと同時に、モウモウと土煙を巻き上げ、隕石でも降ってきたのかと思えるような落下跡を作られた。慌てて仲間達が駆け寄れば土煙が晴れていき、覗いてみれば目を回して気絶しているアグニの姿が見えた。
「………まずは着地訓練からだな」
誰からともなく呟いた言葉に、一同は力なく頷いたのだった。
補足
生産職組それぞれの役割
メル:錬金術師
ARMSの基盤である主要システムの制作:エンジニアポジション
フェリ:詠唱者
術式のプログラミング:プログラマーポジション
ロット:鍛冶師
ARMSの外装及び内臓された鎧の制作