覇竜族
今回は覇竜族の簡単な説明回です。
課外授業の為にバンカッタに訪れていたアリヤ達は、バンカッタの役所の前に来ていた。
「じゃあすぐ戻るから、ちょっと待ってて」
「は~い!」
同僚の教師に子供達を任せ、アリヤは手続きの為に役所に入る。受付から渡された書類にいくつかサインを書き込むと待ち合い室の椅子に腰かける。なんの気なしに待ち合い室に備えてあるテレビを見れば、タレントが今人気のスイーツの特集をしているところで美味しそうにレポートをしていた。それを見て、今度家族を連れて食べにいこうかと顔を綻ばせていたアリヤだったが
『では次のニュースです。昨夜未明、ミシェリ街の交差点で覇竜族の女性がナイフを持った獣人の男に切りつけられる事件が発生しました』
次いでアナウンサーが告げた言葉に、ヒュッと息が詰まった。
『幸い女性は軽い怪我ですみ、男はその場に居合わせたパトロール中の騎士に拘束されました。調べによると男は反覇竜族派思想の通り魔とのことです』
目を見開き硬直するアリヤの他に、待ち合い室でそのニュースを見ていた手続き待ちの人々はそのニュースに眉を潜める。
(また覇竜族を狙った通り魔かよ……)
(怖いわね~)
ヒソヒソと小声で話す周囲の人々の、しかし完全に他人事のような反応にアリヤは居心地が悪そうに唇を噛む。
「アリヤさん、お待たせしましたー」
「あ……はい」
しかし受け付けに呼ばれ、その場から早めに逃げることができたのはアリヤにとって不幸中の幸いだったのかもしれない
アリヤが手続きを済ませ役所から出ると、同僚の教師がオロオロと周囲を見渡している姿が目に入る。心なしか子供達も不安そうな雰囲気になっていた。
「あの……お待たせしました」
「あ、アリヤ先生! 大変なんです!」
おそるおそる声をかけると彼の表情に焦りの色が見てとれ、アリヤはただごとじゃない様子なのを理解した。
「どうされたんですか?」
「マフ君とピヨリちゃんが見当たらないんです!」
「!?」
言われてよくよく見れば、子供達の中にセルキーの少年マフとガルーダの少女ピヨリの姿が見えない。最後に二人の姿を見た子供達に事情を聞くと、教師が電話に出ていたほんの少しの間に、走るラッピングバスを追いかけていなくなってしまったらしい。
「すみません! 私がついていながら……」
アリヤは必死に頭を下げる彼を宥めつつ周囲を見渡す。バンカッタは小規模とはいえ一応市街地だ。子供の足ならそう遠くへ行っていないとは思うが、早く見つけなければ交通事故や誘拐にあう危険性が高い。
「じゃあ僕が探してきます!」
ひとまずその場を同僚に任せ、アリヤは二人が向かった道を走っていった。
「どこへ行ったんだろう……?」
アリヤはラッピングバスが走っていった道を基準に、道行く人に聞きながら路地裏などをしらみつぶしに探す。さきほど歩いていた紳士によればこのあたりに来たそうだが、辺りを見渡しても二人らしき姿は見えない。
「オラァ! どこ見てやがるんだ!?」
「どう落とし前つけんだ!? ああん!!」
そこへ路地裏から響く怒号、こういった場所では珍しくないゴロツキの苛立った叫び。アリヤとしては関わりたくないのと子供達を早く探さなければならない気持ちとでその場を去ろうとするが
「ご、ごめんなさい…!」
「!?」
その怒号の中に混じる子供の声を聞いた瞬間、アリヤは弾かれたように振り返る。その声は間違いなくピヨリの声だった。
(まさか……!?)
嫌な想像が脳裏を過り、声の聴こえた路地裏を見ればそこには三人の柄の悪そうな若者がいた。さらに最悪なことに、彼らは怯える二人を取り囲むように立っている
「! 二人とも危ない!」
アリヤが慌てて駆け出すが、ゴロツキの一人は拳を振り上げて二人に殴りかかろうとしている。アリヤと彼らの距離は遠く、拳を止めるには間に合わない。
「ごはあ!?」
「!?」
しかしその拳は思わぬ方向から邪魔が入り阻まれた。男の後頭部に拳大の炎が当たり、髪に引火した。
「あっぢゃああああ!?」
「………ガキ相手に殴るか普通?」
燃え盛る頭の炎を慌てて消そうとバシバシと頭を叩く仲間を見て、残りのゴロツキは慌てて炎が来た場所を振り替えれば、片手から火の粉を漏らすアグニが立っていた。
「あ、アグ兄ちゃんだ~!」
「おうチビども。元気にしてたか?」
アグニの姿を視認したマフは怯えた表情が引っ込み安心したように喜ぶ。アグニも笑顔を見せもう大丈夫だと手を振る。
「なんだてめえ!?」
「ん~……まあそいつらの兄貴分的な感じ?」
アグニはゴロツキの睨みをいにも介さず小首を傾げ、挑発的な笑みを浮かべる。
「ガキ相手に手をあげるやつは中身がバカって話だけど、マジだったみたいだな」
「んだとぉ!?」
小馬鹿にしたような発言に怒りをむき出しにするゴロツキだったが、ふとアグニの肩の痣に気づく。
「ん? その肩の模様……お前『覇竜族』か!」
「だったらなんだ?」
「悪魔の忌み子がヒーロー気取りかあ? でしゃばりやがって!」
男の一人が殴りかかるも大振りな動きから放たれる拳はアグニの目から見ても呆れるほど拙く、ひらりと身体を僅かに反らせば簡単にかわせた。かわすついでに軽く足払いをすれば、男の身体は殴る勢いのままに転倒してしまう。
もう一人が続けて攻めようとするも、アグニは転ばせた一人の身体をサッカーボールのように蹴りあげてもう一人にぶつけた。
蹴り飛ばされた仲間をかわせず、「ぎゃあ!?」という悲鳴をあげて二人の男は真後ろのゴミ捨て場にクリーンヒットした。やっと火が消えた男は呆然とその光景を見ていたが、アグニに睨まれるとビクリと肩を震わせる。分が悪いと判断した男は脱兎の如く走りだした。
「ちくしょう! 覚えてやがれ~!!」
捨て台詞を吐く男を追いかけるように、蹴り飛ばされた二人もヘロヘロとした動きでその場から逃げていった。
「悪いけど、どうでもいいことはすぐ忘れちまうから」
アグニは男達が逃げていった先へ舌を出して嗤ってからマフとピヨリに歩み寄る。
「アグニさんありがとう~」
「怪我はなかったか?」
喜ぶ二人の視線に合わせるように片膝をつき、その頭を優しく撫でる。
唖然としていたアリヤはその光景を見てようやく我に帰り、慌てて駆け寄った。
「アグニ君!」
「あ、アリヤ先生」
アグニが会釈し、見知った人物の登場に子供達も安心したのか、アリヤに抱きついてごめんなさいと言いながら泣き出す。アリヤは二人を叱りつつもギュッと抱きしめ、今度こそ安堵の息を漏らした。
「子供達を助けてくれてありがとう」
「いや、たまたま近くを通りかかっただけですよ」
アグニはそう言うが、アリヤからすれば十分過ぎることだった。もしあの場に彼がいなかったら二人がどうなっていたか……。改めてアリヤが深く感謝すると、アグニは気恥ずかしいのか再び立ち上がる。
「じゃあな、もうはぐれるなよ」
「は~い」
踵を返して三人に背を向けたアグニは、後ろ手にその場から去っていった。その後ろ姿にマフとピヨリは手を振っていった。
「にしてもさっきのアグ兄ちゃん、かっこよかったよな! 俺もいつかあんなふうに強い冒険者になる!」
その後の帰り道、三人は今度ははぐれないようにとアリヤを真ん中にしっかり手を繋いで歩いていく。マフは道中でさきほどのアグニの勇姿を語り興奮しており、アリヤは微笑ましく相づちをうっていたが、対するピヨリは俯いて黙り込んでいる。
先ほどの恐怖によるもの……ではなさそうで、何やら考えこんでいるようだった。
「ねえアリヤ先生」
「ん、どうかした?」
意を決したようにアリヤを見上げれば、ピヨリはずっと思考していたことを問いかける。
「どうして覇竜族の人達って、『悪魔の忌み子』って呼ばれているの?」
「………」
ピタリと、アリヤの足が止まる。
悪意など欠片もない、子供の純粋な疑問。しかしアリヤの反応を見たピヨリは、まずいことを聞いてしまったのかと不安な表情になる。アリヤもそれを察したのか二人を安心させようと苦笑を浮かべ、呟くように答えた。
「実は、覇竜族が古来から迫害されている理由は、いまだわかっていないんだよ」
一口に亜人といってもそこには人間の人種のように種分けというものがある。ドラークの最盛種族である竜人で例えるならば、銀の瞳と鱗を持つ『月竜族』、紅い鱗と翡翠の瞳を持つ『紅竜族』、蒼い鱗と深紅の瞳の『蒼竜族』、翼の生えた『翼竜族』、黒髪・黒目・黒鱗の『黒竜族』等………その人種ごとに身体的特徴が共通しているのが定義されている。ただこれらのいずれにも含まれず、なおかつ身体的特徴が共通しない特異な竜人の種族が存在する。
覇竜族。竜人の中でも極めて特殊とされる血族で、そのルーツについてはいまだに解明されていないことが多い。彼らの唯一の共通点は、身体のどこかに刻まれている『痣』のみ。
旧王家の建国から始まり現代の四大竜王国に至る新竜歴であるが、この旧王家には「喪失の二世紀」と呼ばれる空白の歴史が存在する。晩年の旧王家の時代の歴史に関する記録がどういうわけか失われており、かの大国が何故どのような経緯の末に滅びたのか以前として不明なのだ。覇竜族が現れだしたのはその当たりだとされており、一説ではかの血族こそが『旧王家』を滅ぼした元凶であると反覇竜族思想派閥は豪語するが、その真相は定かではない。
しかしそういった背景から古来より彼らは社会から迫害され続けられており、中には『覇竜狩り』等と呼ばれる民衆のリンチが行われた記録もあるほどだった。
「なんで~? アグ兄ちゃん優しいよ」
「うん……本当に、なんでだろうね」
陰口を叩かれるだけならまだいいほうだ。ひどい時には石を投げつけられ暴行を加えられる例もあると聞く。アグニのように腕っぷしに自信のある者なら返り討ちにできるだろうが、妻や娘のように非力な覇竜族はそうもいかない。
ゆえに大半の覇竜族は自らの素性を隠して生きていくほかない。その際にはファンデーションを塗りたくって痣を隠す。
「でも、最近は高い支持率を持つ覇竜族の人達も沢山いるんだよ」
「アイドルのフェイカちゃんだよね!」
「うん、それに王公貴族の覇竜族も有名だね」
およそ三十年ほど前から王公貴族が覇竜族の伴侶を娶ることが多くなり、覇竜族の貴族という存在が生まれつつある。彼らは総じて優秀な人物であり、それを通して社会の覇竜族に対する評価は変わりつつある。
「だから……どうか二人にも覚えていてほしいんだ」
立ち止まり、二人の目線に合わせるようにアリヤはしゃがみこむ。
「?」
「もし……目の前で何も悪いことをしていないのに、周りから虐げられる人がいたら……絶対に助けてあげられる人になるんだよ」
優しげな、だけど真剣な眼差しで二人を見つめるアリヤは確かな祈りを込めて二人を見つめる。
「うん、わかった!」
屈託のない笑顔で元気に答える二人が、自分の言葉の意味をちゃんと理解しているのかはアリヤにはわからない。でもほんの少しの安堵を感じて再び歩きだせば、遠くのほうで同僚の教師が手を振って呼んでいる姿が見えてきた。
せめて自分の教え子達だけは、そんな大人にならないように導いてあげなくてはと、アリヤは決意を改めるのだった。
アリヤ先生の種族は人間ですが、奥さんと娘さんが覇竜族です。