十戦団
時間かかったくせに大して進んでないうえに雑ですみません;
冒険者ギルドから、山を二つほど越えた先にある鬱蒼とした森林。地元民からは『悪魔の胃袋』と呼ばれるその森には魔樹が自生している。魔樹は大型猛獣や人間などを養分にして成長する植物モンスターだが、その樹から採れる木材は極めて高価であるために材木問屋から重宝されているのだ。
魔樹は親木と呼ばれる大樹が複数の小さな木々を発芽・使役することで森全体に樹のネットワークを張り巡らせ、使役する木々を使って獲物を監視・捕獲するのだが、その範囲と本数は限られている。なので魔樹に遭遇した場合の対処法としては親木の活動範囲から逃げるのが無難である。
しかしそんな魔樹が最も危険性を増す瞬間がある。それが『新しい親木の誕生』だ。魔樹も植物である以上は枯れ朽ちる。だから老木が新しい世代の親木を一株増やすのだが、その結果その場所に二つの親木が存在するようになる。親木が一時的に二つになったことで魔樹の活動範囲が増え、当然ながら近隣に生息する動物や集落に甚大な被害が出てしまう。こういった自然現象は人々から『トレントシーズン』と呼ばれ恐れられている。
なので人間が定期的に間引きをしなければいけないのだが、例え老木であっても魔樹は魔樹。その討伐難易度は黄金階級にあたる為、極めて難しいのだ。
その為、通常は黄金階級の冒険者チームがだいたい十組は必要な仕事なのだが……
「………」
その森を駆ける冒険者は、たった一人だけだった。彼の後ろから何十という魔樹の軍勢が根っこの足をくねらせながら地を駆け、さらにその後方から一際巨大な魔樹が追いかける。先日新しい親木を落としたばかりの老木だが、その進軍速度は衰えをみせず眼前の獲物を喰らわんとする。しかしそんな魔樹のスピードなど意に返さず、冒険者はまるで勝手知ったる自分の庭のように駆け回り、迷うことなく突き進む。尋常じゃない脚力で地面を蹴りあげ、時にはフェイントをかけつつ老魔樹の追跡を躱す。
『………目標地点まで、残り1km。射程圏に入ったらカウントするよ』
「了解」
耳元から聞こえる少年の声に答えれば、さらに速度をあげて走る。目指す場所は森林から外れた開けた荒野だ。
「よし、そろそろかな」
その荒野の一角。一際小高い崖の上でうつぶせの状態でライフルを構えるのは、白熊獣人の少年だった。スコープから遠方の冒険者の姿を確認すると、ARMSのダイヤルを捻って照準を合わせる。
「術式選択・氷結魔弾」
呟かれた言葉と同時にライフルの銃口に水色の魔力光が集まる。
「カウントダウン開始」
『10……9……8……7……6……』
荒野に入ると同時に耳元からカウントが告げられる。チラリと後方に目を向け老木が追いかけてくるのを確認し、足を止めて向き合う。獲物が動きを止めた隙を見逃さず、老木の僕達は冒険者の回りを囲むように隊列を組んだ。
「………」
四方を阻む魔樹の林。誰が見ても絶体絶命としか言えない状況に、しかし冒険者の青年は焦る素振りも見せない。老木は枯れ木特有のひび割れた鋭利な枝を振りかざし、渾身の力を込めて目前の獲物に叩きつけんとする。しかし冒険者は右手を頭上へと高く掲げ、
『5……4……3……』
「術式選択・蔦の鞭!」
肘関節部分がガシャリと駆動音を響かせ、右腕が勢いよく伸びた。飛んでいった腕と青年を繋げるのは緑色の植物の蔓で、腕は近場にあった小高い崖へと伸びて岩を掴む。それと同時に伸びた蔓が戻り、青年の身体は崖に引っ張られる。勢いよく引っ張られた為にその身は老木の巨腕をギリギリで躱しきり、巨腕は何もない地面を地鳴りを響かせながら砕くだけで終わった。
そして
『2……1……発射!』
獣人の掛け声とともに、銃口の先から高濃度の魔力が放たれる。その弾丸は青年が立っていた地面に着弾すると同時に、周囲の熱エネルギーを瞬時に奪い取る。老木は断末魔の唸り声をあげて枝を振り乱して暴れるも、その身に煌めく霜が下り枯れ木の内部に僅かに残る水分を餌に針状の氷の結晶を伸ばす。生み出された樹霜は老木どころか周囲の熱すら奪いだし、回りの魔樹達の幹にも霜が下りてその動きを止めていく。規模と威力から見てもその魔法は氷属性の六位階魔法であり、木属性に分類される老木トレントにとってはまさに致命の一撃であった。先ほどまで暴れていたのが嘘のように、トレント達は普通の大樹のように動きを止めていった。
「……ふう。これで老木の伐採完了だね」
スコープからトレントが活動停止したのを確認し、緊張がとれて肩の力が抜ける。うつぶせの状態から身を起こすと、崖の下から腕が伸びてくる。
「ジャック、ご苦労」
「アルバ兄ちゃんこそお疲れ様!」
崖をよじ登ってきた腕は先ほどまでトレントに追われていた青年のもので、少年は手を差しのべて彼を引き上げる。
色黒の肌に茶髪のショートヘア。琥珀色の双眸を持つ表情は整っているものの、感情が希薄な面差しはどこか人形のような印象を見る者に与える。身に纏う防具も金属製の鎧ではなく木製のプロテクターであり、よくよく見れば四肢も木製の義肢が繋がれている。
彼、アルバートは植物の扱いに長けた森祭司である。義肢を用いたトリッキーな戦法と薬学に基づく回復術。一般的な冒険者に比べて特化した能力こそ持たないものの、戦況に応じて自らの役割を変えるバランス型の『中衛』である。
一方の白熊獣人の少年が身に纏うのは、白い体毛を引き立たせるような濃紺の衣服。口元をスカーフで隠し、上は長袖のパーカーで下はカーゴパンツ。両手は獣人用の指ぬきグローブを嵌め、靴底の厚いブーツを履いている。
どう見ても10歳の子供にしか見えない少年のジャック。しかし彼は氷魔法を込めた弾丸を遠距離から放ち仲間を支援する後衛の『狙撃手』であり、れっきとした冒険者なのだ。
「あ~らら、本当に二人だけで討伐しちゃったのね」
そんな二人に頭上からかけられる、鈴を転がすような声。二人が見上げれば、そこには桜色のローブを纏った女性が宙に浮いていた。紫色のウェーブがかった長い髪と18歳前後の見目麗しい容姿の美女。全体的なシルエットこそ人間そのものだが、その両耳は人間のそれよりも長く先が尖っている。
「フェリ姉ちゃん!」
「やっほ~」
ふわりとジャック達の前に降り立ち、フェリア・フローラはニッコリと笑みを浮かべる。長命を誇る亜人森人の彼女は世界でも希少な人種である『八位階詠唱者』。メンバーの後衛として多彩な術を操る天才詠唱者だ。
「何か用か?」
「メルからの言質を預かってきたぞ」
問いかけに答える声。しかしそれはフェリのものではなかった。二人が背後を振り向けば、そこに立っていたのはいやに小柄な厳つい顔の男だった。鍛冶に特化した亜人の鋼人である。
「ロットさん!」
「驚けお前ら、次はとんでもない大仕事だぜ?」
「金剛大蛇の鱗か……」
二人から聞かされた依頼……ひいては昇格試験の内容に、アルバは顎に触れて考えこむ。
「もしかしたら総力戦になるかもしれないって」
フェリの言葉に二人は『確かに』と頷く。金剛大蛇を実際に見た者がいなくとも、その強さのほどは計り知れない。曰く、山を一周できるほどの巨体を持つとされ、御国の採取専門分野が一軍を用意しなければその怪物に傷をつけることさえ容易でないとのことだ。ジャックは脳内で大蛇との戦いをイメージしてみるが、どうしても勝てるビジョンが浮かばずため息を溢す。
「ん~、でも総力戦でなんとかなるかなあ? こっちはたったの十人だし」
「ふふふ……『なんとかなる』って言ったらどうする?」
「「え?」」
フェリの怪しげな笑い声と言葉に、二人は思わず顔をあげる。彼女の笑みはそれはそれは不敵なもので、何も知らない者が見れば悪巧みをしているのではと思ったことだろう?
「何か策でもあるのか?」
「私はないけどね」
いたずらっぽく笑う彼女の言葉に、アルバはなんとなく察しがついた。恐らくメルあたりが何か秘策を考えたに違いないと。
「へへ……メルに頼まれて作ったかいがあったなあ」
「本当ね~」
「?」
しかしひそひそと小声で囁きあう二人の言葉は、アルバとジャックには聞き取れなかった。
「まあ用はそれだけだ。詳しいことはギルドに帰ってからメルがするからよ」
「うん、わかった」
「じゃあせっかくだし、トレントを運ぶのを手伝ってあげるわ。この量じゃ二人で運ぶのは大変でしょ?」
「それは助かる」
「吹き荒べ竜巻よ。見えざる巨腕でかのものを、遠き彼方へ運びだせ。巨体浮遊!」
紡がれる詠唱とともに、トレントの周囲を風が吹きすさぶ。
樹氷と化したトレント達の巨体が強風で揺れると、大きな地響きをあげ、その根が草むしりのように地表から引っこ抜かれた。
八位階に分類されるその魔法は未だARMSへの技術転用ができていない高度な魔法であり、彼女の詠唱者としての技量がいかほどかを物語る。
「じゃあ帰ろうか」
「うん!」
その後、討伐したトレントを全て依頼主の元へ届けたところ、あまりの量に依頼主が腰を抜かしたのは別の話である。
ロットは髭がないタイプのドワーフです。