ARMS
今回はARMSの説明回。なにぶん機械に詳しくないメカ音痴なのでご容赦ください…
自然豊かなシャンティ村は、いわゆる田舎に分類されるのどかな地域であり、娯楽施設と呼べる物はほとんどない。そういった物を求める場合は一時間に一・二回しか来ない定期バスに乗って、冒険者ギルドがある町『バンカッタ』に向かうほかないのだ。
しかしそんなシャンティ村にも学校は存在する。といっても先進国に比べて規模は小さく、教師が三人で生徒はみんな村の子供達数十人のみの小学校だが。
今日もマハトン学校では子供達に授業を教える為に教師アリヤが教卓に立つ。
「じゃあみんな、今日からは魔法に関する授業をしていくよ」
『は~い!』
年期の入った縦長の机に教科書を広げる子供達の、元気で嬉しそうな返事にアリヤもつい顔が綻ぶ。今までは読み書き計算などの今後必要になっていくであろう一般常識が主流の授業だったが、今日からは本格的な魔法の授業が始まる。魔法は子供達にとっては待ちに待った授業であり、彼らの中には前日から興奮のあまり落ち着かなかった子もいる。
最も、いきなり実技をやらせるのは危険なので、最初は魔法に関する座学を身に付けなくてはならないのだが。
「じゃあまず、みんなは『魔法』というものが、どういったものだと思っているかな?」
「はい!」
「じゃあまずはガブ君」
「えっと……『魔力』をつかっていろいろなことをする力、ですよね?」
「まあだいたいそんな感じだね。『魔法』は大気中に存在する未知のエネルギー物質『魔力』を燃料にして世界の理に干渉するほどの超常現象を行使する、特殊な技術の総称だよ」
それはまさに世界の理に干渉するほどの超常現象を行使する神の御業。行使するには『魔方陣』か『呪文詠唱』などの特殊なプロセスを用いらなければいけない為に発動までの時間が長いことがあるが、それでも冒険者に一人いれば十分な戦力となりうる。魔法使いの定義としては、この『魔力』を集める為の特殊器官……通称「魔力保有器官」と呼ばれるものが体内にある人々のことをさす。ちなみにこの魔力保有器官を持っている確率は、100人に対して25~30%とされている。
なぜそんな力を人の身が行えるかのメカニズムは未だ不明だが、ゆえに古来より魔法使いは国に重宝されてきたのだ。
「次に、魔法には『位階』と呼ばれる強さのレベルみたいなのが存在するけど、具体的には何位階まであるかわかる人?」
「はい!」
「じゃあ次はピヨリちゃん」
「一位階から十位階まであります!」
「その通り。といっても十というのはあくまで過去のデータ上最高記録の位階でしかないんだ。もしかしたら今後、さらに強い位階が現れるという可能性も無くはないんだよ」
「へ~!」
「そしてその位階なんだけど、一般的な詠唱者の場合だと何位階までが限界かは知ってるかな?」
「はい、はい!」
「はいマフ君」
「普通は三位階か四位階ぐらいしか使えないんだよな!」
「その通り。これは詠唱者自身の生まれもった才能の限界値に左右されるんだ。有名な魔法学者様曰く、詠唱者100人に対して三・四位階が限界値なのはおよそ50%、五・六位階が限界値なのは30%、七・八位階が15%、九位階が4%で十位階は1%にも満たないとされているんだよ」
アリヤがチョークを手にし、黒板に円グラフを書く。書かれたグラフの割合いに、生徒達の口から驚愕の声が出る。
『え~!?』
「強い魔法を使える人は、それくらい希少なんだよ」
一口に魔法使いと言われても、その潜在能力の高さは千差万別である。十年近く修行してようやく五位階に到達できる者もいれば、学び始めてからわずか半年で七位階を操れる者もいると聞く。こればかりは才能の問題として折り合いをつけるのが妥当だが、劣等感や向上心が歪み禁術に手を染めてしまう未熟者がたびたび現れることが記録にもある。
スクロールと呼ばれる凡人でも魔法を使用することができるアイテムもあるが、これは一枚につき一回しか使えない。もう一回使えるようにするには高位階の魔法使いが魔力を込めるなどのプロセスを行わなければいけないため、手間隙がかかるのだ。
「でも、今は詠唱者じゃなくてもその七位階の魔法を使うことができるんですよね?」
「そう! じゃあみんなに質問です。本来なら15%以下の確率でしか生まれない、七位階以上の詠唱者しか使えない魔法が一般人である僕達でも使えるようになっているのは、どうしてでしょうか?」
『ARMSのおかげ!』
「その通り!」
ARMSとは、新竜歴におけるマジックアイテムの総称である。
使用者のコマンドを元に魔法の演算処理を自動的に行う魔術水晶。プログラムされた魔法を出力する電子スクロール。詠唱者の魔力保有器官に代わる充填石。これらのシステムを搭載し、常人でさえ七位階魔法をスイッチを入れるかのごとく容易に行使できるのだ。だがそれは裏を返せば、本来なら一般人に使えない危険な魔法が、子供でも使えてしまうという問題を孕んでいるのだ。その為現代社会においては『ARMSの安全装置の設定』『生体認証機能の設定』が義務づけられている。
ARMSの主な種類は五つある。
『バトルARMS』。名前の通り武器としての機能を有したARMSであり、歴史上最初に作られたモデル。冒険者や騎士の必須アイテムの一つ。
『ライフARMS』。バトルARMSのノウハウから応用された第二世代。日常生活を支える非戦闘向けモデル。冷凍庫や給湯器などがこれに分類される。
『ライドARMS』。騎乗兵器として開発された第三世代。現代は兵器だけでなく純粋な乗り物も開発され、バスや飛行機などがこれに分類される。
『メディアARMS』。専用端末との通信を目的に開発された第四世代。現代ではただの通信器の粋を越え、様々な娯楽を支えるエンターテイメントアイテムとして活躍する。テレビやラジオ、カメラや電話などがこれに分類される。
『クラフトARMS』。もの作りに特化した第五世代。食料品、日用品などの大量生産を目的に開発されたもの。工場に設備されているモデルなどが多い。
「ではそのARMSを最初に作ったのは、誰だったでしょうか?」
「女神ラーレン!」
「うんそうだね。ただ一般的には『女神』ではなく、『聖女ラーレン』と呼ぶんだ」
「え~? 絵本では女神様って呼ばれているよ?」
「確かに……実際彼女が発明したARMSは、ドラーク大陸においては正に歴史を変えるほどの大発明だった。その功績から、彼女を女神と呼ぶ人々は大勢いるよ」
遥か昔、時代はまだドラーク大陸が統一されていなかった『旧人類歴』に遡る。その頃のドラークの人口の六割は人間が占めており、それ以外の亜人は竜人を含めて四割しかいなかったとされている。そして人間は自分達と異なる容姿を持つ亜人達を『魔族』と呼んで迫害・差別し、亜人達は人間達に対等な権利を要求していた。そんな両種族が互いに争うようになるのもある意味では必然的な結果であり、後世ではこの100年も続いた大陸の統一権を賭けた戦争を『ドラーク統一大戦争』と呼ぶようになる。
人間は亜人達に比べて非常に脆弱な身体をしている。蜥蜴人のように固い鱗を持つでもなく、牛人のように怪力でもなく、猪人のようなタフネスさを持つでもなく、狼人や兎人のように五感が発達しているわけでもなく、猫人のように俊敏でもなく、鳥人のように空を舞う翼を持っていなかった。では何故そんな貧弱な身体能力しか持たない人間が、100年も亜人達に拮抗していたのか。それは彼ら人間が、亜人以上に『魔法』を使いこなせていたからである。
当時の亜人にも『魔法』を使える種族は少なくなかったが、彼らは基本的に己の種族的身体能力を駆使した近接戦闘のほうが戦いやすかった為、『魔法』のノウハウはそこまで発達していなかった。一方で人間達は、自分達の身体能力が亜人達に比べて遥かに劣っていることを理解していたが為に、そんな力量差を埋めるべく『魔法』の研究に余念がなかった。そうした研究から発達した魔法は亜人との身体能力差をひっくり返すほどに強大であり、人間にとって魔法は自身を守る無二の兵器となった。しかし上述の通り、強大な力を持つ魔法使いの誕生確率は極めて低く、人間達は魔法使いの人材不足に悩まされていた。それによって、『魔法使い主義』というある思想が彼らの間で根付くこととなる。
『魔法使い主義』はより強い魔法使いを後世に残すという理念の元、強力な魔法使い同士の望まない政略結婚、上級魔法使いによる多少の悪事の容認、魔法を使えない人間への差別意識、学業の一切を魔法使いの成長に優先、それに伴う魔法を使えない人間達の学業不足、『魔法を使える者は選ばれた人間である』というある種の選民思想から生まれた歪んだスローガンである。
そんな中、この思想に疑問を抱いたある一人の魔法使いがいた。
名前はラーレン・ディアローラ。魔術師団アイテム開発部門最高責任者にして、当時は数少なかった十位階魔法使いの一人である。『魔法使い主義』から生まれた身分と貧富の差と、魔法使いの人材不足による戦死者の増加に常々心を痛めていた彼女は、『魔力がなくてもある程度強い魔法を行使できるマジックアイテム』の開発を模索していた。そして試行錯誤の結果、魔法とはアプローチの異なる技術『科学』を駆使し、充填石と電子スクロールを発明。さらにそれらを応用し、四位階魔法を使用者が魔力を使わずに行使可能なマジックアイテムを開発した。それこそが史上初となる『ARMS』であった。
ラーレンは早速完成した『ARMS』を国の王公貴族や魔法学院の重鎮達にプレゼンした。しかしそれに対する重鎮達の返答は『不採用』であったのだ。彼らが『ARMS』を採用しなかった理由には諸説あるが、一般的には『魔法使いの存在意義が否定されかねない代物だったから』という説が有名である。
人間社会に貢献できる画期的な発明をしたと自負していたラーレンは、当然ながら王公貴族の返答に反発するも彼らは聞く耳を持たず、それどころかラーレンに『異端者』の烙印を押し役職を剥奪。全てを失ったラーレンは自身が作った『ARMS』を手に国を去ることとなるのだった。
「そんなひどい! ラーレン様は苦しんでる人たちのために『ARMS』を作ったのに!」
アリヤから語られる聖女の仕打ちに、生徒達は怒りを露にする。子供だからこその感情の激しさは、ストレートに出る。
「ラーレン様かわいそう……」
中にはラーレンの身に起こった悲劇に涙ぐむ子供達もいた
「うん、そうだね……。だけどこの聖女ラーレンの身に起こった悲劇が、後に僕達のご先祖様……特に竜人の運命を大きく変えることになっていくんだ」
ラーレンが国を出奔してから一月。彼女は放浪の末に亜人の領域に迷い来んでしまい、その地に住んでいた竜人達に捕らわれてしまった。しかしラーレンの身の上話を聞いた彼らは彼女を哀れに思い、彼女が敵意を持っていないこともあって手厚くもてなした。ラーレンはそんな彼らの対応を見て、彼女の中にあった『魔族』のイメージと全く違うことに疑問を抱く。竜人との交流を通じて彼ら亜人の精神性が人間と変わらないことに気づいたラーレンは、劣悪な環境に苦しむ彼らに『ARMS』を造りその生活を助けたのだった。竜人達はラーレンが編み出した御技に感動し、『ARMS』の造り方を教えて欲しいと懇願。ラーレンも快く引き受け、自身が知る限りの開発技術を彼らに伝授していった。竜人達は最初こそ魔法の学習に四苦八苦したものの、ラーレンの丁寧な教え方もあって瞬く間に覚え、自分達だけで『ARMS』を造れるようになるまでに成長していった。それを見たラーレンは『人間と亜人が共存できる可能性』を確信、その実現に向けて竜人達とともに更なる『ARMS』開発に尽力していくこととなっていくのだった。
月日は流れ、ラーレンが竜人達と交流を深めてから五年の歳月が経った頃だった。『ARMS』の恩恵で平和な日々を送っていたラーレン達であったが、その日常は突如として壊された。亜人の領土へ侵攻していた人間の軍が、彼らの住む領域に現れたのだ。ラーレンは竜人達を守る為に人間軍との話し合いを試みたが、対する人間達は『国を捨てたラーレンが魔法技術を教えた』と思い込み、彼女を『魔族に異端の術を売った魔女』と弾劾する。ラーレンはもはや対話による戦いの回避は不可能と判断し、竜人達を逃がす為に孤軍奮闘で人間軍と戦った。しかし彼らの中にはラーレンと同等の魔力を持った十位階魔法使いが三人も存在していた。魔法を封じられたラーレンはその身を炎で焦がされて絶命し、遺体は下級軍人達にズタズタに裂かれてしまい、帰らぬ人となったのだった。
この慈悲深い聖女のあまりにも惨たらしい仕打ちに、彼女と交流を深めながらも力添えすることさえ叶わなかった竜人達は大いに嘆き悲しんだ。次いで胸に湧いた人間達への憎悪から、彼らはラーレンの仇討ちを決意する。亜人の首都に亡命した彼らは、ラーレンから学んだ『ARMS』開発のノウハウを亜人を束ねる者(当時の人間達からは魔王と呼ばれていた)に教え、亜人軍の戦力強化に大きく貢献した。それまで拮抗を保っていた人間と亜人の戦いは、亜人軍が新兵器『ARMS』を実装した途端に大きく変わり、人間達は一気に劣勢に立たされた。最終的には人間の主要都市が全て亜人軍の傘下に入り、ドラーク大陸統一戦争は亜人軍の勝利に終わったのであった。
「そして、亜人軍の勝利に最も貢献した竜人達は、その功績を讃えられて大きな国を支配する権利を得たってわけだよ」
「今ではドラーク大陸で一番人口が多い種族になっているんだよね!」
「そういうこと」
ARMS開発という偉業を成した竜人達。その中でもラーレンの弟子として抜きん出た能力を有していたとされる五人の竜人、『武神ヴェラーダン』『軍神ルシャリック』『魔術神ミューデリカ』『鍛冶神ガバル』『商業神リベリア』。彼らはそれぞれ現代における文明基礎となる、ドラーク史上最初の竜王国を建国した。後に『旧王家』と呼ばれる大国は、およそ三百年の栄華を極めたのちに滅亡。それと入れ替わるように四つの竜王国、通称『四大竜王国』が建国された。
武神ヴェラーダンを崇拝する軍事国家『タップァーロート帝国』
軍神ルシャリックを崇拝する知恵者の国『ウィズダーム魔術連合王国』。
商業神リベリアを崇拝する商国『クレルドリューン商業王国』。
魔術神ミューデリカを崇拝する宗教国家『アールムプレケス法皇国』
この四つの大国がそれぞれ同盟を結び、現代のドラーク大陸の経済と秩序を保っているのが『新竜歴』である。
「まあもちろん、現代社会がARMS主流になってしまったとはいえ詠唱者の需要がなくなったわけじゃないよ。むしろARMSを開発するうえで彼らの存在は必要不可欠なんだ。だから魔法を学ぶのは大切なことだから、みんなもしっかり勉強するんだよ」
『は~い!!』
ARMSのイメージとしては『戦うスマートフォン』みたいな感じです