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覇竜戦記  作者: ペペック9
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水精女

真夜中。銀光林からさらに離れた場所にある洞窟に、黒い装束を着た一人の男が周囲を警戒しながら入っていく。彼は洞窟の奥まで進んでいくと、座っていた者達の中心に立つ人物の前で跪いて口を開く。


「頭。追跡した部下によれば、王子はエンゴーラに向かったと思われます」


男の報告に、頭と呼ばれた男はやはりと頷く。思った通り、奴はほとぼりが冷めるまでの間は、王家に戻る以前に名声をあげたかの地へ身を寄せるつもりのようだ。


「ならば速やかにエンゴーラに侵入せよ。殺す時間帯は問わん」


頭の指示に、一同が驚いた。


「夜間でなくてよろしいのでしょうか?」


暗殺を行うならば暗闇に乗じるのが基本のはずだがと、戸惑う部下達に頭は眉間に皺を寄せて頷く。


「今は時間が惜しい」


先日の襲撃では、明らかにこっちが優勢であったにも関わらず、たった三人の冒険者に邪魔されてしまったせいで失敗した。ただでさえ癇癪持ちな王妃からの信用が落ちてしまった今、余計な時間をとれば自身らの首が彼女に落とされかねない。


「これ以上、我らの面子を潰すわけにはいかん……!」


「御意!」


頭の意図を理解した一同は、素早くその場から消えた。










翌日、朝食を食べ終えたアグニとジャックはホテルの廊下を歩いていた。


「ん~、今朝の朝食も美味かったな」


「うん!」


そして広間に行ってみると、仲間達がソファーに座ってテレビを見て寛いでいた。ニュースではどのチャンネルでも、いまだデュナミス王子の生死を巡って論争が繰り広げられ、一部の地域では発見者には賞金を出すというお触れさえ出されているとのことだ。


「あれ、ラナは?」


ここでふと、メンバーの中にラナの姿がいないことにアグニが気づく。


「ラナは今日の午前中の王子様当番だ」


「へ~、そっか」


メルの提案のもと、午前と午後に分けてメンバーが交代でデュナミスを護衛することになった。なお、念のために彼の近衛戦士であるグレースとロドリグは一日交代になっている。



「…………おい、大丈夫なのか?」


それに対し、ロドリグが心配そうな顔で問う。


「え?」


「私が見た限り、水精女(ネレイス)の役割は『回復(ヒーラー)』なのだろう? グレースが同行しているとはいえ、非戦闘系冒険者一人では心もとないのでは……」


命を救ってくれた彼女の回復術の手腕は優秀であるとわかる。だが『回復』はあまり戦闘向けの能力を使えないというのが多いと聞く。交代で護衛するのはいいとして、せめて火焔竜(サラマンダー)のように戦闘向けの冒険者がするべきではないかと彼は語る。


しかし対する一同は、きょとんとした表情でロドリグを見る。


「………あいつが非戦闘系?」


「?」


アグニの言葉に疑問符が浮かぶ。何かおかしなことを言っただろうかとロドリグは首を傾げる。


「いやいやいやいや、むしろあいつほどえげつない戦い方するやつ、うちにいませんて」


顔をひきつらせるアグニに、一同もうんうんと頷いていた。その言葉の意味がわからないロドリグは、ただただ困惑するだけだった。















一方その頃、ラナ達はホテルの敷地内にある川のそばに来ていた。


「うわ~! 綺麗な清流ね」


透明度の高い清流のせせらぎとマイナスイオンはその場にいるだけでも気持ちをリフレッシュさせてくれそうだった。


「こちらも当ホテルの名物ですよ」


グレースに笑顔で言われ、ふむふむと流れる川を眺めるラナは指先を軽く振る。


すると水面から丸い水の塊が出てきた


「………?」


「本当………水の精霊の力も強い。ここはとても綺麗な水が溢れているのね」


浮かび上がってきた水は彼女の手の上で球形になり、じっと見つめて頷くラナにデュナミスは僅に目を見開く。今彼女はARMSを発動させた素振りはなかったはずだが、どうやって魔法を使ったのだろうか。


「君達はその………随分変わった魔法を使うのだな」


「ああ、これ? 『タントラ』って言って、私達の生まれ故郷で主流になっている力よ」


水の塊を指先でつつきながらラナは答える。


「魔法とは違うの?」


「ん~、似て非なるものって感じかな?」


どう説明すべきかとしばし悩んでから、ラナは言葉を選ぶ。


「普通の魔法って、魔力保有器官で空気中の魔力を集めて色々なことができるでしょ?」


「ああ」


「私達の『タントラ』は、鍛練によって自身の『気』の容量を増大させて、自然界の力を行使するの」


タントラ。

それはまだARMSが開発される以前に、高位の魔法を駆使する人間に対抗するために編み出された力だった。だがARMS発明以降は使う機会が失くなり、今では一部の地域で使われる魔闘武術として残るのみとなっている。


「だから普通の詠唱者みたいにいろんな魔法は使えないけれど、そのエレメントにちなんだものなら自由に操れるわ」


使用者の戦闘スタイル向けにカスタマイズされたARMSと併用すれば、最低限の術式で高位魔法を発動することもできる。アグニの爆炎翼などはその典型例と言えるだろう。


「とは言っても、それに対応する術式を作る場合は一から作らなきゃいけないんだけどね」


「一から作るのか!?」


デュナミスが思わず声を上げるように、術式の作成は極めて難解なものだ。それを個人向けに一から作るなど相当な詠唱者じゃないと実質不可能だ。


「うちは八位階のフェリがいるから、まあなんとかやってけてるけどね」


噂には聞いていたが、やはり十戦団とはかなりの実力者が揃っているようだ。デュナミスは改めて、彼らに護衛の依頼を出した己の判断を褒める。



「………!?」


とそのときグレースの探知魔法に何かが引っ掛かった。




「ふ~ん………こんな朝っぱらから襲撃とは、随分仕事熱心ね」


ラナもそれに気づいたらしく、茂みの一点を見据える


「デュナミス様、私達の後ろに!!」


グレースが叫べばデュナミスも己に戦う力が無いのを理解してか、大人しく彼女達に従う。現れたのは四・五人ほどのいかにもな容姿の殺し屋だ。彼らは王子に眼前に立つ護衛を観察し、ニヤリと笑う。


「後衛二人だけか……しかも一人は『回復』。まずは近衛隊の女詠唱者を殺せ!」


『了解!』


暗殺者達が各々の獲物を片手にグレースに向かおうとするが、



ザバアッ!!


「!?」


彼らの眼前を、水の壁が阻む。


「あ~ら、こんなかわいい私を無視なんて、つれないわね~」


沸き上がった水から発せられた霧雨を浴び、ラナが不適な笑みを浮かべていた。










影から三人を監視していたレイが静かに喋る。


「………デュナミス様達が、刺客と接触した」


「何!?」


一同の視線が彼に集まる。


「………まさか、こんな朝っぱらから襲撃するとはな」


てっきり夕べか今夜あたりに襲撃してくると予想していたが、日の高いうちに来るとは想定外だ。


「三人は今どこ!?」


最悪の場合は加勢しなくてはならないと、ジャックがレイに駆け寄る。


「…………小川の近くだね」


「…………あ~」


だがレイのその言葉を聞いた瞬間、一同はなぜか哀れみのこもった目になる。メルはため息をついて一同に向き直る。


「とりあえず、援軍はジャックだけで頼む。私達は陽動の警戒のためにここに待機だ」


「わかった」


一同は当然のように頷くも、その判断に慌てたのはロドリグだ。


「おい! たった一人だけで大丈夫なのか!? 火焔竜(サラマンダー)を行かせたほうが……!」


「いや………エンカウントが水場なら、多分つく頃には勝負がついてると思う」


至って冷静なメルの言葉に、どこか遠くを見つめるアグニは虚ろな目で腕を組む。


「あ~あ、暗殺者達も間が悪いな……」


そしてトールも肩を竦めてため息をついた。


「よりにもよって、水場でラナにケンカ売るなんてさ」






同じ頃、ラナはタントラで操作する水をいくつか分裂させていき、彼女の周囲に小さな水玉が浮かぶ。


「なんだあ? そんな水礫で攻撃できるかよ!!」


嘲笑を浮かべてラナに飛びかかる暗殺者達に向けてラナが水玉を投げると、彼らの顔面に水玉がまとまりつく。


「ガッ………ガボッ!? ゴバア!!」


必死に顔に張り付いた水をはがそうとするが、両手が濡れるだけで全然掴めない。


「!!」


それを見てデュナミスは、ラナの狙いに気づいた。

どんな強者でも、呼吸を必要とする生物である以上は窒息は苦痛だ。例え手のひら大の少量の水でも簡単に溺死してしまえる。


「ま、これである程度は無力化できたでしょ」


見ているだけでもゾッとするその有り様に、デュナミスはバタバタと地面を転がる刺客達に思わず同情してしまう。


「あ、あの………出来れば生かして捕らえてほしいのだが……」


「いや殺さないから! 大丈夫だから!」


慌ててフォローするラナはタイミングを見計らって彼らの顔の水を取った。


「ひ、ひいいいいいい!!」


逃げようとするが、今度は清流から水の触腕がのびて彼らを拘束する。


「ぎゃあああああ!! 助けて! 水はやめてくれええええええ!!」


彼らは水だけじゃない液体を垂れ流して必死に命乞いをする。


(………彼ら、しばらくは水恐怖症になりそうですね)


(そうだな……)


その姿に、やや哀れみのこもった視線を向ける二人であった。



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