神の目
だいぶ遅くなってしまった…
その後夕食もご馳走になり、一段落ついた一同は入浴することになった。広い露天風呂に入れば、真っ白な湯気をあげる温泉が竜の彫刻の口から流れているのが目に入る。
「すげー! こんな広い風呂を貸し切りとか夢みたいだな!」
「ちゃんと身体洗ってから入るんだよ」
「は~い!」
興奮するアグニとレイに頭を撫でられて笑顔で返事するジャックを尻目に、トールが一目散に駆け出した。
「うお~! 一番風呂はもらったあ!!」
「あ! トールずりい!」
我先にと湯船に向かって走るトールに、慌てたのはジャックだ。
「ちょ、そんな早く走ったら!」
ツルリ
「!?」
案の定、お湯に濡れた床で足が滑ってあわやトールの後頭部が激突するかに思われた。だがレイの足元から伸びる影が、トールの胴体を掴み寸でのところで免れた。
「はしゃがないでね?」
「………すいません」
背後に黒いオーラを滲ませて笑みを向けるレイに、青ざめたトールは蚊の鳴くようなか細い声で謝罪した。
ちょうど同じ頃、向こうの女湯でもラナがはしゃいでいた。
「ちょっとメル! ここの備え付けのシャンプーやボディソープとか、今女子の間で評判のやつばっかりよ!?」
「そうなのか? よくわからない………」
彼女が指差すボトルのデザインは見ただけで高級そうなラベルが描かれているのがわかる。だが見たことがある気はするものの、流行りに疎いメルには評判かどうかは理解できない。
「あ~、もう! なんでメルってば素材がメチャクチャいいのに、女子力に関しては無頓着なわけ~!?」
メルは生まれつき整った顔立ちをしていて、知的な雰囲気もあって異性にかなりモテる。ノーメイクでこれなのだから、日夜乙女磨きを欠かさないラナとしては正直悔しい限りだ。
「別にそんな拘る必要もないだろう。そもそも戦いが主流の冒険者が身嗜みするだけ無意味だろうし」
確かに、激しい戦闘にもなれば砂ぼこりにまみれてしまうため言い分はわからんでもない。しかしだからと言って、それで自分の主義を曲げるラナではない。
「あま~い! 今時のできる女冒険者はちゃんと女を磨けなくちゃやってけないわよ!?」
「はあ……;」
ビシッと指差すラナに困惑するメルだが、ここまではいつものやり取りなので深く考える必要はないとも理解している。
「それに、やっぱりアグニだってメルが綺麗になってくれたほうが嬉しいだろうし」
ニヤニヤと下世話な笑みを浮かべるラナだったが、対するメルはきょとんとした表情で首を傾げる。
「………アグニならどちらでもいいと思っているだろうが」
「………ほんとす~ぐ惚気るわねアンタら」
「?」
これでお互いに自覚がないのがたちが悪い。やれやれと肩を落とすラナは椅子に座り、早速シャンプーを試してみる。
「お~、なんかもう香りからして違うわね!」
「そうか、では私も…」
隣に座ってシャンプーを泡立てると、なるほど確かに市販のものよりも質のいい感じがする。
それから身体を洗い、二人は湯船に浸かる。
「あ~……日々の疲れが癒される……」
心身ともに蕩けるような温かさに、ラナはだらけきった顔になる。メルも張りつめていた心がほぐれるようにリラックスする。
そこへガラガラと大浴場の扉が開かれ、誰かが入ってきた。
「あ、貴女は……」
「グーディメル様!」
入ってきたのはグレース嬢で、彼女は微笑みを浮かべる。
「グレースで構わないわ。あとせっかくの慰安の場なんだから、かしこまらならなくて大丈夫」
そう言って鏡の前に座るとボディソープを泡立てて身体の汚れを洗う。詠唱者特有の細身な彼女の肢体には、所々細かい傷痕がある。王子の近衛隊であることを考えると当然かもしれないが、嫁入り前の令嬢としては少々痛々しい姿だ。グレースは二人の視線に気づいたのか苦笑する。
「………ごめんなさいね。少々見苦しかったかしら?」
「いえ、そんなことはありません」
「主を守るのが、近衛隊の仕事なんでしょ? それがなんで見苦しいわけよ?」
身内に覇竜族がいる二人は、下手に気を遣わずに笑顔で答える。それに安堵したのかグレースはシャワーで泡を落とし、二人と同じ湯船に浸かる。
「…………こちらの温泉も、デュナミス様が掘り当てたのですか?」
「ええ」
「ただの商才と幸運だけで、ここまで発展するのは難しそうですよね」
メルの含みのある言い方に、グレースの表情が固まる。
「………」
この地域の名産は、もとからあった野草や根菜を品種改良したとのことだが、よほど植物に詳しくない限りは良質な作物に化けるかどうかはわからない。ホテルスタッフにそれとなく聞いてみたが、デュナミスはほとんど失敗することなく品種改良に成功し、無駄な予算を消費せずにすんでいる。温泉を堀当てるのだってピンポイントでうまくいくはずがない。
考えられるのは一つだけ
「…………デュナミス様ってずいぶん、『見る眼』がいいみたいですね」
「………やはりわかるかしら」
「まあ、なんとなくですが」
一人言っている意味がわからないラナが疑問符を飛ばしていると、メルが確信に迫る。
「あの『右眼』は、王族特有のスキルなのでしょうか?」
「いいえ、あれはデュナミス様の母君のスキルだそうよ」
首をゆるく振り、グレースはデュナミスのある『力』を説明しだした。
スキル『鑑定眼』。
所謂魔眼系スキルの一種で『物の本質を見極める』能力を持ったスキルだ。とりわけデュナミスの鑑定眼は見ることに特化したもので、人間の総合ステータス、物体の品質・成分、果ては土地に眠る豊富な資源の発見が可能なのだという。
「そんなすごいスキルを持っていたんですか!?」
「ええ、覇竜族の血筋であるデュナミス様が王家に身を置けたのも、ある意味ではその力のおかげと言えますね」
「なるほど……」
商人の国からすれば、神様からの祝福ともいえる高性能のスキル。確かに妾の子として厄介払いするよりは、飼い殺しにして利用したほうが遥かに有意義だ。覇竜族という点を差し引いてもおつりがくるくらいの価値がある。
「まあそのせいで、一時期継承権争いが起こってしまったわけだけれど………」
「なるほど……」
それもそうだろう、王としての器量に能力にスキルまであったとあっては、担ぎ上げようとする輩などいくらでもいそうだ。
「………なんといいますか、お二人は結構デュナミス様と親しげですよね」
「私とロディは、デュナミス様とは幼少期からのお付き合いだったからね」
「幼なじみってやつですか」
「まあ、そういうことになるのかしら」
家柄ゆえか、いろいろと性格がひん曲がってたりしていた自分達を導いてくれたのが、ほかでもないデュナミスだった。
彼の人柄に触れ、自分達の長所短所をに向き合い、王家に使える貴族としての器量を育んでくれたあの方に、二人は最後まで尽くすと共に誓ったのだから。
そう微笑んで語るグレースに、ラナがつい下世話な質問をしてしまう。
「アンタもしかして、デュナミス様のこと好きなの?」
「え?」
ぎょっとしたメルだったが、グレース当人はきょとんとした顔で表情で首を傾げる。
「いやいやまさか、デュナミス様はエルザ様一筋ですし。それに私は……」
すると彼女の視線が、わずかに男湯のほうを見る。それを見たラナの俗にいう『女の勘』が冴え渡る。
「あ~、なるほどそっちね」
「!?」
「同じ主を慕う戦友にして恋人………なかなかロマンがあるじゃないの~」
「い、いえ別に! ロディとはあくまで相方みたいな感じで!」
「あれ~? 誰もロドリグ卿だなんて言ってないけど~?」
その発言にしまったと赤面するグレースに、ラナが目を爛々と輝かせて飛びかかる。
「うりゃうりゃ~! さっさと薄情なさ~い!」
「ひゃあああああああああ!?」
あちゃーと哀れみのこもった目線をメルは送る。こうなってしまうとラナからは逃げられないと知っているからだ。
そして彼女達は知らない。壁を隔てた向こう側の男湯でも、全く同じ話題でロドリグがアグニ達に絡まれていたことを。
アグニ「アンタ絶対あの詠唱者の姉ちゃんに惚れているんだろ~? バレバレなんだよ~」(^o^)
ロディ「だから違うと言っているだろう! あいつとはその………腐れ縁のようなもので!!」(///□///;)
トール「いい加減白状しちまえよ~、ネタはあがっているんだぜ~?」(^言^)
ロディ「おい黒獅子! こいつらなんとかしろ!!;」
レイ「諦めてください」(´▽`三)
ジャック「(゜ロ゜;)」オロオロ




